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時代刺激人-ジダイシゲキビト-経済ジャーナリストの辛口メッセージ

Vol.296

2017.09.29

「18歳と81歳の違い」事例が興味深いが、
81歳イメージを変革できるかが焦点

 本題に入る前に、私の知り合いの野村證券OBの高梨勝也さんが、ある友人から披露されたという「18歳と81歳の違い」の事例がなかなか興味深い。というか、私は思わず抱腹絶倒してしまった。ここにご紹介する81歳は、西原先生とは違った、まさにこれこそが今の現実かもしれないが、今後、人生100年社会を考えた場合、ここで描かれた81歳の人たちの意識改革ができるかどうかだ。まずは、そのいくつかをご紹介しよう。

 「人生につまずくのが18歳、小石につまずくのが81歳」「高速道路を暴走するのが18歳、逆走するのが81歳」「心が脆(もろ)いのが18歳、骨が脆いのが81歳」「まだ何も知らないのが18歳、何も憶えていないのが81歳」「自分探しの旅をしているのが18歳、出かけたままわからなくなるのが81歳」。この興味深い話はまだ続く。「愛しているって聞くのが18歳、息しているって聞かれるのが81歳」「アメをかみ砕けるのが18歳、アメをかみ歯が砕けるのが81歳」「自動車運転免許とるのが18歳、返納するのが81歳」「乾杯で会を始めるのが18歳、献杯で会を始めるのが81歳」。

 81歳の高齢者の姿をうまく浮き彫りにしているが、西原先生からすれば、「他人から、そのように見られて恥ずかしくないか。もっとメリハリのある人生を過ごせ」という反論が返ってくるかもしれない。

超高齢社会が始まる2025年が最大危機、
800万人の団塊世代が75歳に到達

 さて、ここからが本題だ。西原先生が問題提起されたことに関しては、100%同感で、それを踏まえて、私は、今後の日本の高齢社会に関して、次のような問題意識でいる。
 日本は今後、高齢化の「化」がとれて、文字どおり高齢者の数が人口面で次第に大きな比重を占める高齢社会に陥る。それどころか、戦後日本の高度成長経済の大きな担い手だった団塊の世代という巨大な人口の塊が2025年に75歳の年齢層に達する。高齢社会どころか、「超」高齢社会となるのだ。何とその団塊の世代層は800万人に及ぶ、というから重大事態だ。

 ところが日本政府や自治体、企業は、こういった時代が訪れることを早くから予見していながら、それに見合った制度設計、社会システムづくり、財政負担対策、さらには医療や介護の現場がこの人口の巨大な塊によって大きな負担を強いられることに対応するシステムづくりに関して、率直に言えば、とても十分なことができていない。今後の政策課題は多い。とりわけ高齢社会が定着する中で、制度や社会システムなどをどこまでそれに見合ったものにできるか、そして団塊の世代対策だ。

英グラットン教授の「100年時代の人生戦略」は
まるで日本への制度設計アドバイス

 そういった点で、西原先生が問題提起されたことは重要だ。企業社会国家とも言える日本で60歳定年によって自らの人生は引退、隠居し、あとはのんびり人生と考えたら大間違い。医療技術の発達によって、健康寿命が大きく伸び、人生100年時代も十分に想定される。団塊の世代が今後、社会のお荷物とならないように、アクティブシニアとして元気で好きな仕事に携わり、医療や介護の世話にならずに済むようにすることだと思う。

 この問題意識に沿って、まるで日本の将来設計を想定して書いたのでないかと思う本がある。すでに話題になっているので、お読みになった方々も多いかもしれないが、英国ロンドンビジネススクールのリンダ・グラットン教授が書いた「100年時代の人生戦略」(東洋経済新報社刊)がそれだ。ぜひ読まれたらいい。
 グラットン教授によると、これまでは、20歳までが学びという名の教育時期、60歳までが生産労働力としてさまざまな仕事に携わる時期、それ以降は、いわゆる退職、引退によって老後を楽しむ時期という3段階構造の人生設計が主要国で一般的だった。しかし今やそれは時代遅れになっている。今後は、引退によって豊かな老後をエンジョイするのも重要な選択肢だが、むしろ自身で新たなスキルを学んでそれを活用、あるいはこれまでとは全く異なるワークスタイルで仕事をしてみるとか、要は長寿社会になることを前提にマルチステージ、つまり多段階構造の人生設計をたてることが必要だ、というものだ。

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