日進月歩の医学!可能性は無限大!日本の医療分野を支える3人の雄


医療特集スペシャル
中村祐輔 / 東田有智 / 今村聡

特選インタビュー

医療技術は日々目覚ましい速度で進歩している。にもかかわらず、三大疾病の1つであるガンや、花粉症などに代表されるアレルギー、さらに喫煙による生活習慣病などは、いまだに適切な医療を受けられるレベルには到達していない。そこには、医療技術だけでなく治療を受ける患者にも求められる。今回は「医療」をテーマに、人々の健康を守るために戦う3人の医師の取り組みをダイジェスト形式でお届けする。

患者のために、がんと対峙する医師がいる

中村 私は、がんを治すということをゴールに研究してきましたし、今やもうそれは、現実的に視野に入っていると思います。あと10年、20年すれば、がんは慢性疾患になるくらい、がんの治療は変わってくると思います。

シカゴ大学 医学部教授 中村祐輔

アレルギーをコントロールする術を提唱する医師がいる

東田 アレルギーはですね、治療がかなり良くなって普通の生活ができるようになっています。うまく治療が出来てないのが現状で、我々の目指すところは完全なコントロールです。

一般社団法人 日本アレルギー学会 理事長 東田有智

COPDという病気の啓発に努める医師がいる

今村 COPDは主に喫煙による肺の生活習慣病です。まずはCOPDという病気を知ってください。

日本医師会 副会長 今村聡

正しい知識を身につけ、最善の治療法を追い求める。命を守る医師として、常に見据えるのは患者ファースト医療。それぞれの思いが重なるとき、新たな価値が生まれる。賢者の選択 FUSION。

シカゴ大学 医学部教授 中村祐輔は、1977年に大阪大学医学部を卒業後、外科医として勤務。2012年から拠点をシカゴ大学に移し、がんの治療に向けた取り組みを行っている。中村は、なぜがんと向き合うようになったのか?

ガンと向き合う

蟹瀬 がんと向き合われたのは、いつ頃からなんですか?

中村 私は卒業してから、7年間近く外科医をやっていて、胃がんとか大腸がんとか乳がんの手術をやっていました。その時に出会った患者さんを通して、がんと遺伝子、遺伝するがんに関心を覚えて、アメリカに留学をして、そのまま研究者として自分の道を考えるようになったわけです。

蟹瀬 ただがんの患者さんと向き合われると当時は、告知とかなかなか難しい時代だったんじゃないですか?

中村 当時は、告知はしていなかったので…。

ドーキンズ していなかったんですか。

中村 はい。今でも印象に残っているのは、私が27歳の時に、27歳の胃がん患者さんの死を宣告したんです。その前に、一年間くらいずっと医者と患者という立場で関わってきたんですけれども、がんと告知しない状況で、日々悪くなっていく患者さんを診療するのは、私たちも心の負担になっていた。とにかく胃潰瘍とか、十二腸潰瘍とかいう言葉を、患者さんには付けていたんです。患者さんも自分の心の中で病気のことを、気付かれていたと思うんですけれども。阿吽の呼吸でなんとなく言わないままに日々過ごしていました。
ある日、突然私の白衣を掴んで、私のおなかの中の塊を取ってくださいと泣き叫ばれてですね。心の準備が出来ていなかった私は、うろたえるだけで、自分が涙をこらえるのが耐えるのが精いっぱいだったわけです。
ある大腸がんの患者さんは、二人の幼いお子さんを残されて亡くなられました。その時に奥さんは当然、ご臨終ですと言うと、泣き崩れておられたわけですけれども、小さい子供は何も分からないから、病室の中を走り回っていると。そのコントラストが今でも脳裏に浮かぶくらい強く残っていてですね。
それで、どうして若い人ががんになるんだと。勉強するうちに遺伝するがんがあるんだと。遺伝するがんの原因を突き止めれば、がんの治療に繋がるんじゃないかと思って、遺伝子の研究の道にすすんだわけです。

かつては、不治の病と呼ばれていたがん。医療は日々進歩を続けているが、果たして、がんを治癒できる日は来るのだろうか?

がんの治癒を目指す

中村 1980年代になって、がんが遺伝子の異常で起こるということが分かりました。色んな技術の革新もあって今は、もう簡単に遺伝子が調べられるようになり、個々の患者さんで起こっている遺伝子の異常が分かってきてですね。それに応じた薬が作られるようになってきて、以前と比べれば今でもう50%以上の患者が治りますし、それがだんだん治癒率を上げて行く時代になってきていると、感じています。

ドーキンズ 遺伝子がポイントなんですね。

中村 我々の持っている遺伝子は、年を取るごとにどんどん異常を積み重ねていって、あるレベルを超えると細胞の増殖に歯止めがかからなくなるんですね。それががんという状態になるわけです。ある種の白血病などは、遺伝子の異常が分かって、それに基づいて薬がつくられてですね。今や高血圧や、糖尿病と同じような慢性疾患の様な形で治るようになってきています。

蟹瀬 じゃあ、効率良く治療が出来るということになるんですかね。

中村 かつてのがんの治療は、とにかくがんも叩くけれども、正常細胞も叩いてしまって。それで強い副作用が出ていました。それが、原因に基づいて薬を作って、がん細胞だけを叩くという時代になってきたわけです。

二人に一人はがんになるといわれている今の時代。私たちはどのように病気と向き合えば良いのか?

知識のギャップ

蟹瀬 元気な時って、あんまり病気を意識することはないんですけれども。やはり、がんっていう今、不治の病ではないにせよ、宣告をされた患者さんっていうのは辛いですよね。

中村 がんと宣告された段階で、かなりの患者さんは動揺されると思いますね。日本の問題と言うのは、全部標準化、マニュアル化されてしまって、治療法が無い場合でも簡単に患者さんに告知をして、あなたは余命何カ月です。治療法がありませんということを告げられるわけですけれども。やっぱり自分の命が限られたことを伝えられた瞬間、患者さんは、真っ暗闇の中に落とされたような感じを持たれると思うんですね。そうではなくて、やっぱりいろんな手立てを用意して、少しでも明かりが見えれば、日々の暮らしが違ってくるし、美味しいモノを美味しいと感じるようになると思うので、そこはやっぱり、これからの日本の医療の中で考えていく、大事なテーマだと思いますね。

蟹瀬 患者の立場としてね。ガンというものに対して、どう対応していけばいいかということなんですけれども。どうしてもお医者さん任せになっちゃいますよね。我々は。

がんと向き合う

中村 アメリカと日本と比べて、大きな違いというのは、病気の教育だと思うんですよね。例えば、がんは遺伝子で起こる病気だというのは、ある程度の教育を受けた人間と言うのは、アメリカでは高校生くらいでは常識なわけですよね。日本は、やっぱり遺伝子と言うものに対する恐れがあって。なかなか教育の中に、遺伝子がどう関わるのかっていうのを教えていないですから。そこから変えていかないと。なかなか向き合うと言っても、ちゃんとした情報が無い中で向き合うというのは、かなり患者さんにとっては、厳しいものがあると思います。

蟹瀬 専門性と言うことで考えると、やっぱりお医者さんというのは、我々の上の方にいらっしゃるわけですよ。だから、言われたらそうかなと思っちゃいますよね。

中村 逆に、お医者さんが選ばずに、お医者さんがこれもこれもこれもありますよというふうに言って、じゃあ選んでくださいという時代になってきて。でも逆に患者さん側は、その備えが出来ていないと。その知識ギャップ、情報ギャップを埋めていくというのが、これからの医療にとって物凄く大切だと思いますね。

蟹瀬 患者の責任も重いっていうことになりますかね?そういう意味では。

中村 やっぱり自分の命ですし、自分の家族の命ですから、それなりに自分で責任を持つというようなことが思われてくる必要があると思います。

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