技術大国ニッポンを支える3人のリーダー。先端技術企業の裏側に迫る!


技術開発 スペシャル
小谷 眞由美 / 山崎 敦彦 / 生田 尚之

特選インタビュー

人件費が原因で新興国企業に遅れを取っているメイド・イン・ジャパン。しかし、日本の技術はいまなお世界に誇れるものばかりだ。今回は「技術開発」をテーマに過去放送を再編集。世界と戦う3企業のリーダーたちが推し進める戦略にフォーカスした。これを見れば、技術大国ニッポンが世界を牽引するためのヒントが浮かび上がってくる。

今回のテーマは技術開発。これまでに放送したリーダーたちが語る。情熱を傾けた技術開発とは?

株式会社ユーシン精機-1973年、創業者である小谷進が、京都で様々な自動機を開発製造する会社を設立。1978年、プラスチック成形品取出ロボット事業に本格参入。その後、新技術を次々と開発し、2000年には国内業界トップへと躍進。現在はプラスチック成形品取出ロボット分野で世界トップシェアを誇るまでに成長を果たし、創業以来、黒字経営を続けている。創業者とともに歩み、現在のユーシン精機を牽引するのは、代表取締役社長 小谷眞由美。

小谷 「できない、無理だ、は出発点」という言葉を大事にしています。毎回新しいもの開発するときに出てきます。それを乗り越えて商品を作っております。

「できない、無理だ、は出発点」小谷が守り続ける創業者の信念と、これからの成長戦略とは。

蟹瀬 さて、プロフィールを拝見しますと、小谷社長は創業者の奥様でいらっしゃいますよね?

小谷 はい。

蟹瀬 ご主人はどのような経緯でこの会社を作られたんでしょうか?

小谷 立命館の機械科を出て、それから学校の就職で東京に来て、東京で2年ガスメーターの会社に入っていまして。それで辞めて京都に帰ってきて資本金400万円で作ったんですね。

蟹瀬 ご主人様はやっぱり、いわゆる技術屋さんっていうか、技術にものすごく情熱を注がれた方ですか?

小谷 ものすごい情熱ありましたね。子供の頃からそうだったって母親が言っております。

蟹瀬 そうすると奥様としてはどういう部門を?

小谷 私はもう技術以外です。経理だったり、購買だったり、人事だったり、社員が2人ほどしかいませんので、全部で4人です。

蟹瀬 当初はどんなお仕事をなさっていたんですか?一番最初の頃は?

小谷 1番初めは大学時代の友達がダイキャストの会社にいましたんで、そこの仕事とか、言われれば何でも作っていたんですけど。

会社設立から5年目の1978年、ユーシン精機に転機が訪れる。

プラスチックの時代

小谷 5年ぐらい経って、ある商社さんが大阪の方のプラスチックの機械も自動機で作っていましたから、こういう射出成形機から物を取るロボットって、そういうのを作られたらどうですかって言われて、「じゃあそれしようか」ということで。

ドーキンズ 当時はプラスチックの製品っていうのはもう今みたいにメジャーになっていたんですか?

小谷 プラスチックの材料の統計とか見ていますと、年々すごく上がっていっていたんです。それは家電メーカーが、ほとんどプラスチックになっていっているんで。車も徐々になっていますし「プラスチックの時代だな」って。その材料が伸びているっていうことは使われているということですよね。

創業者の決断

蟹瀬 「やろう!」っていうのはやっぱりご主人が決断されたんですか?

小谷 そうです。機械作っているのは彼なんで。やろうっていうのは彼で、「どう思う?」っていつも聞かれるから、「いや、いいんじゃないですか」って、なにも反対したことがない。大体彼の言う事で反対することは、ほとんどないんですよ。「ああ、いいじゃないですか」っていう感じ。

蟹瀬 いい奥様ですね。

小谷 やはりね、開発する、新しいことをするっていうのに応援しなければ、やる気が起きないんですね。経営者というか、トップに立っていて、みんなが反対して、でも私は絶対賛成しない事には、彼に自信が出ない。自分で2、3歳から日本舞踊とかいろいろしているんですけど。舞台に上がるとき「できないな」と思っていても「いや、いけるよ、いけるよ」って周囲に言ってもらうと、自分がその気になるのがわかるんですね。だから一緒じゃないかなと思った。

創業者の経営戦略

蟹瀬 その時代に既にそういう仕事をしている会社っていうのはあったんですよね?

小谷 ございました。その時は先輩企業は14社くらいおられましたね。

蟹瀬 もうすでに先行するライバル企業がいて、そこに新規参入されたわけですよね。そうすると創業者の方はどういう戦略で臨まれたんでしょう?

小谷 やはり彼は彼なりに考えて新しい機械を作ろうっていうので、新聞紙上で公募で月1回だけ研究に来てもらえる方たちっていうのを出したんですよ。大学教授の方とか大手の商社系の人とか、それからエンジニアの人とか、4人ぐらい呼びまして、毎月毎月3年ぐらい勉強会を開いて、88年にサーボモーターを使ったロボットを作ったんですね。

1989年、業界では世界初となるサーボモーター駆動の取出ロボットを発売した。サーボモーター駆動の取出ロボットは、現在では世界のスタンダードになっている。

世界初

小谷 これはその頃、業界にはなくって。ですから値段も1台850万とか。そんな高い850万の機械を買う人はいないって言われていたんですね。

蟹瀬 製品をさらに世に知ってもらうということが必要なわけですよね。そのためにはどういうことをなさったんですか?

小谷 貸与キャンペーンです。貸し出しです。使っていただければ買っていただけるとこっちは思って。

蟹瀬 無料で貸し出されたわけですか?

小谷 無料です。

ドーキンズ 無料で!?

蟹瀬 そしたらクライアントの方たちは「やっぱりこれ良いから買おう」という。

小谷 射出成形機で物をつくる機械の上にこの機械が乗って24時間、ほとんど1年間動いていたらもう下ろさないです。下ろすのは返すということですから、毎日の売り上げに貢献している機械なんですね、その機械は。だから、まあ返ってはこない。

2002年

ロボット事業を始めて7年目。ユーシン精機は取出タイム0.5秒という当時の世界最速を記録、その後、0.15秒、0.069秒と記録を次々に更新。現在、取り出しタイム0.069秒は世界最速タイムとなっている。しかし、0.069秒という世界記録を更新した2002年、創業者小谷進が急逝、その後は当時副社長だった眞由美に託された。

創業者の急逝

蟹瀬 しかし、事業をゼロからスタートされて成功にまでたどり着くって、これは大変険しい道のりだと思うんですね。その中で創業者の方はどういう思いでやってこられたんでしょうかね?

小谷 自分がしたいと思う商売をやっている内にお客さんからどんどん注文が来たという感じです。

蟹瀬 やはりお客さんの方から「この方は信用できる」ということでしょうね。

小谷 そうですね。そんなに宣伝もせず彼の魅力で売っていますからね。

蟹瀬 部下の方々には何かおっしゃっていたことあるんですか?

小谷 社員の方相手には、「できない、無理だ、は出発点」とか。なんか標語とか書くのが好きなんですね。当社が小さいときに、できないとか無理だっていうことは、他所も同じだから当社に仕事が来ているんだっていう。

蟹瀬 できないと諦めちゃだめだっていうことですかね。

小谷 そうですね。

『できない、無理だ、は出発点』その信念がゼロからのスタートで世界トップメーカーの一つにまで成長した、ユーシン精機の原動力。

出演者情報

  • 小谷 眞由美 / 山崎 敦彦 / 生田 尚之

企業情報

  • 技術開発 スペシャル
  • 放送日 2019.02.04

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