被災地農業がたくましくチャレンジ 集落再生支援ファンドで活性化策


株式会社舞台ファーム
代表取締役
針生信夫

時代刺激人 Vol. 208

牧野 義司まきの よしじ

経済ジャーナリスト
1943年大阪府生まれ。
今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

劣化が著しい日本の政治に、私は最近、あまり大きな期待をしない。というのも、政権交代によって、これまでの自民党にない政治にチャレンジしてくれるのだろうと期待した民主党が、あまりにも政治的に未熟で、ひどすぎたからだ。政治の「罪」は大きい。
12月の総選挙で、有権者は時計の振り子現象のように、自民党を選んだ。しかし自民党が3年間の下野生活のもとで、何を反省し新たな政策勉強をしたのか、現時点で定かでない。政局報道などに走ったメディアも反省が大いに必要で、今後は、政策の検証や見極めで評価が問われる。

劣化する政治に頼らず農業復興に取り組む針生さんが実に面白い
 さて、そんなことよりも、今年最後のコラムは、宮城県仙台市若林区の東日本大震災の農業復興現場でタフにがんばる友人の農業経営者、針生信夫さんの新たなチャレンジぶりを取り上げたい。
劣化する日本の政治に頼らず、被災地の農業の復興、それに荒廃する地域社会の再生に必死でチャレンジする志の高さ、とくに津波災害や放射能のリスクに対応する新農業をめざし民間ベースのいろいろなネットワークを使って、時代を乗り切ろうとするたくましさがある。間違いなく元気が出るし、よし、応援しようという感じになる人だ。

この針生さんのことは、ずっと前に一度取り上げたが、今回は、新しいチャレンジにスポットを当てたい。実は昨年、東日本大震災のあと、農業の復興現場を取材に行った際に知り合い、それ以後、たびたび定点観測のような形で会ううちに、その行動力、構想力などに惚れ込んでしまい、いまでは私が勝手にサポーターのようになっている。

仙台で企業型農業経営、
6次産業化による農業の一体的経営に強み
 針生さんはいま50歳。実家が15代も続く農家で、親と一緒に家族型農業経営に携わってきたが、20年前に経営面で世代交代するころ、企業型農業経営でないと生き抜けないと感じ、「舞台ファーム」というユニークな名前の農業経営の株式会社を立ち上げた。
独特の有機電解水農法で業務用野菜生産を行い、カット野菜にして東日本地域の大手コンビニ900店舗に出荷しているほか、仙台市内で野菜の直売所にも出店、さらに、プロ野球の楽天イーグルスのKスタ宮城球場などで直営の飲食店を出して加工野菜の調理にもかかわるやり手だ。そればかりでない。業務用の白米、無洗米の生産や販売も手広く手掛けている。企業経営の手法を農業に導入した点で時代先取りの人と言っていい。

その手法は、農協出荷の卸売市場流通に頼らず、第1次産業の農業生産から第2次産業の加工、さらに第3次産業の農産物の流通や直接販売まで主導的にかかわる。マーケットリサーチを踏まえて消費者ニーズのある売れる農産物づくりを行うなど、第1次、第2次、第3次の産業を一体的に経営する6次産業化経営がビジネスモデルだ。

3.11の津波災害と原発事故の放射能リスクで危機対応の経営も
 針生さんによると、農業生産だけにこだわっていては、消費者の顔が見えず、ひとりよがりの生産で発展がない、と消費者ニーズに応え、直接、販売する仕組みが必要と考えた。そして売り上げを爆発的につくっていく、それも年商1億円や2億円ではなく数10億円というスケールメリットを目指そうと取り組んだ結果、一定の成果をあげた、という。

ところが、針生さんに影響を与えたのが3.11の大震災だ。それ以降、針生さんは津波災害リスク、さらに東電福島第1原発事故に伴う放射能リスクへの対応が避けて通れない問題となり、自身のビジネスモデルを新事態に対応にする必要に迫られた、という。
針生さんは「これまで考えてもいなかった放射能リスクなど、未知のリスクへの対応に、農業者は無防備同然で、経験則なども通用しない。そこで、大学や研究機関、異分野の企業などと連携し、柔軟な発想を武器に、変幻自在に、機動的にビジネスに取り組む仕組みをつくっていく必要を感じた」という。こういった発想の切り替えがすごい。

オープンコンソーシアムで異業種企業や大学などアウトソーシング活用
 そこで考え出したのが舞台ファーム・オープンコンソーシアムだ。
このコンソーシアムは、針生さんによると、いくつかあるが、その1つが、技術や人材のアウトソーシングによって、津波リスクにも耐える農業生産をめざし、借り受けた被災地農地に大型のハウスを建設し、水耕栽培や溶液栽培の野菜づくりに取り組む。とくに農業を工業と捉えて、企業や研究機関との連携によって、農業の狭い範囲での発想から抜け出すことで津波災害リスクや放射能リスクに耐えることを考えた、という。

具体的には、針生さんの「舞台ファーム」が、津波による塩害で農地被害にあった農業者の人たちなどと株式会社みちさきを2012年7月に創設した。その会社がトマト栽培でカゴメから栽培技術、また情報通信技術(ICT)で日本IBMなど大手企業と連携、研究開発で宮城大学や環境ルネッサンスという企業とも連携した。とくに、ICTによって北海道や広島の先進技術を持つ生産者とテレビ会議を開いて技術情報交換も行う。
大型ハウスで生産される農産物は、放射能リスクを遮断する農法なので、問題ないが、風評被害リスクがあるため、放射能検査の会社と連携した、という。3.11が農業の現場を変えてしまった典型例だが、針生さんらは、自衛のリスク対応するしかないのだ。

農村集落再生のために地域管理会社を立ち上げビジネス化
針生さんのオープンコンソーシアムはまだまだある。話を聞いていて、面白い発想だ、と思ったのは、農村集落や農業地域社会の再生、そして支援するため、集落営農の上に地域管理会社あるいは集落運営法人のようなものをつくる、という考え方だ。同時に、針生さんの「舞台ファーム」もそこにコミットし、ビジネスに結びつける考えだ。

具体的には、コメ生産の専業農家と「フェアプライス」事業連携という形で、「舞台ファーム」が集落運営法人と連携して、採算の取れる価格でコメを安定契約購入すると同時に大手外食など販路を仲介すると同時に、金融機関と連携して安定生産のための資金支援を組み合わせて提供する。
また、高齢者介護が今後、大きなテーマになってくるが、その集落運営法人が介護用ベッドや介護用トイレなどを安くリースで提供、さらに流動食やカロリーを調整したお弁当などの手当ても考えていく。その地域で、これらのサービスに必要な雇用の創出もできるし、地域社会に必要な共同連携のシステムや考え方が定着してくることも期待できる。

ソーラー売電で耕作放棄地の活用、
地域をスマートエネルギーで管理も
 また担い手農業者のいない農地を活用して、ソーラー売電のプロジェクト支援を行っていく計画もある。針生さんによると、今の50㌔低電圧には約200坪の土地が必要だが、2013年3月までなら1㌔ワット42円で買ってもらえる。1年間にわずか200坪から200万円のお金を生み出す計算となる。太陽光パネル設置代の投資が必要だが、集落の資源である土地や太陽を活用して集落運営法人の資金をまかなうことにつなげることが可能だ、という。舞台ファームもこの法人に出資する計画だ。

針生さんは「ソーラーパネルの売電から得るお金で集落全体の水路管理など地域社会のシステム管理が可能になる。そのために地域の建設会社の仕事量も増える。そして町全体、田舎全体をスマートエネルギーで維持管理できたら素晴らしい。こうすれば、高齢化で増える耕作放棄地の活用も可能だし、場合によっては農地の大規模集約化にも弾みをつけることも出来る。そういう新しい概念で集落営農の可能性を広げていく時代だ」という。

オープンコンソーシアムは農業再生のWIN・WINビジネスモデルになる?
この農村集落再生でのオープンコンソーシアムは、いろいろな意味でWIN・WINプロジェクトになる。高齢化に伴うさまざまな問題を抱える農村側から見ても、農業現場の実情をよく知っている農業者の針生さんが自らのビジネスと結びつけながら、農村集落の荒廃に歯止めをかけるプロジェクトで支援してくれるのはありがたいことだ。
さきほど述べたコメのプロジェクトの場合でも、稲作専業農家にすれば、農協を含め流通を中抜きにして直接、大手外食企業などとつながる流通パイプを確保してもらえるし、仮に契約生産となれば、コメ価格の市場変動に振り回されることなく収益の安定確保が見込める、ということになるわけだ。もちろん、「舞台ファーム」にもプラスに働く。

針生さんの話では、こうしたオープンコンソーシアムのユニークなプロジェクトをスムーズに進められるように、10億円ぐらいの規模で、「集落再生支援ファンド」(仮称)を組成する方向で東北地域の民間金融機関など話し合っている、という。「舞台ファーム」もそのファンドにコミットするそうだ。

逆境を切り開くフロントランナーのモデル事例と言っていい
 このファンドがいま述べたような農村集落再生、地域社会再生のプロジェクトに生かされていけば、被災地農業の復興だけでなく、高齢化で医療や介護、あるいは担い手農業者が櫛の歯がかけるようにいなくなって耕作放棄地が増える、といったさまざまな問題に苦しむ農村集落の新たな再生にもプラスに働く可能性がある。一見して、地味に見えるが、農業自体が元気になる基盤づくりにつながっていくように思える。
私がここで、針生さんを紹介した狙いが何となくお分かりいただけたと思う。針生さんのような農業経営者が、今回の東日本大震災で津波災害リスク、そして東電原発事故の影響による放射能リスクという状況に背を向けず、しかも自分自身のことよりも周辺の被災した農業の復興、さらに中山間地域などの荒廃する農村集落の再生に必死で取り組もうとするチャレンジ精神が素晴らしい。まさに、逆境を切り開くフロントランナーのモデル事例の1つでないかと思っているのだ。劣化する政治は、針生さんのようなリスク覚悟で、時代の先を見据えて走る人たちに、農業の将来を託すべきだろう。

政治家は劣化しているヒマなどない、
農業現場のさまざまな取り組みを見よ
 針生さんは大震災当時、1㌔そばまで押し寄せた津波から高速道路がカベになってくれて奇跡的に助かった。このため、高速道路の反対側で、津波に打ちのめされた農業者らとの天国と地獄の差の生活を感じて、余計に、保身に走らない農業経営にこだわるのだろう。
そのためか、針生さんは、被災地になった若林地区の40歳以下のやる気のある若手の農業者15人を束ねて「未来農業研究会」を立ち上げている。この研究会では毎月1回、外部講師を呼んで太陽光パネル、新電力システムのスマートグリッドから塩害など土壌改良への新たな対応など幅広く勉強している。さきほど述べた農村集落再生のための地域管理会社をつくってソーラーパネルプロジェクトを展開する、という発想も、この研究会での勉強の成果だったのかもしれない。日本の現場では、たくましくがんばっている人たちがいる。政治家よ、劣化しているヒマなどないぞ、と言いたい。

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