驚き!読売や共同通信のダブル誤報 虚言見抜けず、確認取材に決定的甘さ


時代刺激人 Vol. 202

牧野 義司まきの よしじ

経済ジャーナリスト
1943年大阪府生まれ。
今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

読売新聞が10月11日付の朝刊1面トップで大々的に報じた「iPS心筋を移植 ハーバード大日本人研究者 初の臨床応用 心不全患者に」の記事は、実は、研究者の森口尚史氏のとんでもない虚言だったため、大誤報とわかり、日本のみならず世界中で波紋を呼んだ。
そればかりでない。スクープだと思い込んであわてて対応した共同通信と産経新聞が誤報を十分にチェックし切れないまま、後を追うように、夕刊段階で、まるで事実のように報じてしまった。このため、結果的にダブル誤報という異常事態となった。しかも共同通信の配信記事を信じて、夕刊トップで報じた主要な地方新聞は軒並みおわびを出さざるを得なくなり、波紋はさらに拡がった。ちょっと前例がないケースだ。

iPS細胞でのノーベル賞受賞にからむ「初の臨床応用」に惑わされる?
 山中伸弥京都大教授が新型万能細胞と言われるiPS細胞の製造に成功しノーベル医学生理学賞受賞というビッグニュースで日本中が沸き立った時だけに、私自身、読売新聞の記事を見た瞬間、すごい話だ、よくモノにしたな、大スクープだと思った。なにしろ、こういった分野のニュースに関しては、新聞社の科学部という専門部門の記者が十分な専門知識を駆使して、ニュースの価値判断を行った結果なのだろうと、門外漢の私などは最初からそう思ってしまうからだ。

ところが、それから1日を経て大誤報だと知った際、読売新聞の現場記者、さらにその上のデスク、部長までが、山中教授のノーベル賞の後だけに、人間に対するiPS細胞の臨床応用はスクープという誘惑に勝てず、念には念を入れるべき確認取材を怠ってしまったのかな、とまず思った。しかし、それに続いて共同通信、さらに産経新聞までが後追いの取材にもかかわらず、同じミスを犯したことがさらに驚きで、何とも理解できなかった。

折しも新聞大会で「新聞はいかなる時も正確な情報を、、」
との決議は皮肉な話
 折しも、青森県内で10月16日、日本新聞協会主催の新聞大会が開催された。年1回開催のこの大会で、最優秀の新聞報道を讃える新聞協会賞を授与する。今年は、読売新聞が東電女性社員殺害事件・再審請求審のDNA鑑定結果をめぐる一連のスクープに対する新聞協会賞を受けたが、何とも複雑な思いがあったのは、想像に難くない。

新聞大会は最後の決議で「新聞はいかなる時も、正確な情報と多様な意見を国民に提供することで、民主義社会の健全な発展と国民生活の向上に寄与する」「真実を追究し、国民の知る権利に応える。これこそが最大の使命である。今後も公共的・文化的使命を自覚し、全力を尽くすことを誓う」とした。しかしせっかくの決議も、今回のダブル誤報の現実の前には説得力を欠くものとなってしまった。私自身、毎日新聞やロイター通信の現場にいただけに今回の問題は他人事とは思えず、改めて厳しく受け止めねばならないと思った。

読売新聞、共同通信とも取材過程や記事化判断を
内部調査・検証して公表
 そこで、今回のコラムでは読売新聞、そして共同通信、産経新聞がなぜダブル誤報に至ったのかを取り上げてみたい。読売新聞や共同通信がメディアの責任という形で取材の過程、記事化に至った内部調査・検証記事の形で公開しているので、それらをベースに、新聞社や通信社などのメディアの取材現場の問題や課題を考えてみる。これは、大きな企業組織の失敗から何を学ぶべきか、という問題にもつながるので、ぜひ参考に願いたい。

結論から先に言えば、読売新聞と共同通信の誤報に至った経緯をチェックしたそれぞれの内部調査・検証の記事を見る限り、エクスキューズ(言い訳)はどうであれ、記事化するに際していくつか重要ポイントの確認を怠っている。とくに、ニュースにするかどうかの決め手となる確認取材が読売新聞の場合、十分に出来ていなかった。
この確認取材の怠りの最大の原因は、他社が先にスクープするのでないか、という不安感が先行し、現時点での確認取材でも間違いでないだろう、という手前勝手な判断が働き、それがそのまま他社の鼻をあかしてやれ、といったライバルを意識したスクープ狙い、功名心などにつながる。さらにタイムプレッシャーが災いすることもある。

読売新聞は森口氏に6時間も取材しながら、
確認取材が十分でないのは驚き
誤報ミスを犯した読売新聞の場合、その検証記事によると、森口氏から情報のタレこみ(こんな情報があるよ、という持ちこみ)があったのが今年9月19日。読売新聞の食いつきがいま一つだったのか、森口氏は細胞移植手術の動画などを電子メールで10月1日に読売新聞記者に送ってきた。これを見て、読売新聞記者は反応し、記事化する前の10月4日、何と6時間も取材して事実関係、背景などを聞いた、という。

さて、ここからが確認取材の問題となる。それほどの時間をかけて、何を取材していたのか、と思う。とくに、誤報が表面化してから、森口氏がメディアの追及によって、6回行ったという手術が、実は1回だけだった虚言が判明したが、読売新聞記者は、その6時間の取材中になぜ、1回ごとの具体的な手術事例をどこまでちゃんと聞いたのか、誤報記事には確認取材を裏付ける部分が出ていないし、検証記事でもその点がはっきりしない。

手術成功の米国人男性の「ウラとり」が出来ておらず
森口氏の情報だけで記事化
 とくに、森口氏が自慢した手術成功例の第1号患者の34歳の米国人男性のケースに関して、新聞記者用語でいう「ウラをとる」、つまり、その患者に会ってみて、どれほど回復して元気なのか、あるいは後遺症はないのか、確認のため、ぜひ患者の連絡先を教えてほしいーーなどのチェックをする必要があったが、記事を見る限り、その確認が出来ていない。むしろ、記者は、森口氏の話をそのまま右から左に書いて「、、、、という」としただけにとどめている。
要は、現場を見たりチェックもせずに、さも見てきたように書いてしまうのと同じだ。誤報の最も危ないケースだ。この場合、手術に立ち会った他の医師の名前を聞き出してチェックするやり方もあったが、記事を見る限り、それもやっていなかった。

山中教授になぜ評価聞かなかったのか疑問、
管理職のニュース判断も問われる
読売新聞検証記事では、6時間の取材後、担当記者は科学部の医学担当次長(デスク)に取材経過を報告、判断を求めた。デスクは専門家の研究評価も聞くように指示。そこで記者は再生医療の大学教授から「本当に行われたのなら、6か月間も生存しているのは驚きだ」とのコメントを得た、というが、仮定の質問がベースで、客観性を欠くものだ。
科学部デスクは10月9日昼に科学部長に概要を説明、部長は記者に対し「物証は大丈夫か」と確認したうえで、できるだけ早い記事掲載の指示をした、という。デスクや部長が、手術成功で元気にいるという患者の談話取材や他の患者チェックを徹底して行え、といった指示をせず、早期の記事化を促した判断は明らかにスクープ狙いが優先している。

問題だと思うのは、山中教授に聞くチャンスがあったのに直接聞いていないことだ。問題表面化後の別のメディア報道では、専門家は「臨床応用にはまだ5、6年はかかると見ていたので、森口氏の話は信じがたい」というコメントしている。読売新聞検証報道で見る限り、確認取材の必要につながる否定コメントを得られていなかったのが弱みになった。

共同通信は検証記事で
「本人の言い分を鵜呑み、裏付け取材が不十分」と反省
 読売新聞記事を後追い取材して、ダブル誤報を生み出した共同通信、産経新聞のうち、共同通信の取材過程の検証記事が加盟紙の東京新聞10月12日付朝刊に載っている。共同通信はその中で、「米国の権威ある学会での発表や著名な科学誌に掲載されるという本人の言い分を鵜呑みに報道し、裏付け取材を十分に尽くさずに誤った情報を読者に与えてしまった」、「通信社として、速報を重視するあまり、専門知識が必要とされる科学分野での確認がしっかりできないまま、報じてしまった」と反省の弁を述べている。

共同通信の場合、加盟する地方新聞社が、すべて共同通信からの配信原稿を信用して掲載するため、その責任は極めて重い。今回の共同通信自身の取材検証では、ハーバード大から森口氏について「該当人物がいない」との回答を得たにもかかわらず、共同通信の米国特派員がロックフェラー大で直接、森口氏本人から確認取材が出来、熱心に話したこと、しかも日本国内での取材では読売新聞報道を確認する発言も得たので、信ぴょう性があると判断し、記事配信に踏み切った、という。ハーバード大のネガティブ情報があっても、読売新聞のスクープ報道に引っ張られた形なのだ。

朝日など他紙にも同じような「タレこみ」、
毎日は裏付けとれず記事化を見送り
 ところが、朝日新聞や毎日新聞、日経新聞の報道を見ると、森口氏は読売新聞以外にもこれら新聞の科学部担当記者に対して情報の「タレこみ」、売り込みの形で、取材や報道の誘いをかけていた、という。
このうち、毎日新聞は10月13日付の朝刊で、今年9月上旬に担当記者あてのEメールで「ヒトiPS細胞に由来する心筋細胞で重症心不全の患者の治療が予想以上に成功した。近く論文と学会で発表する」と書かれていて、記者が興味を持ち9月中旬に取材した。その後、確認取材で森口氏に倫理委の承認を得ているのか説明を求めたほか、倫理委のメンバーや手術治療の病院の取材窓口の話を聞こうとしたら、森口氏はあいまいにしか答えず「面倒くさいことになったな」と漏らした。担当記者は科学部デスクと相談し、確実な裏付けがとれないので、記事化しないことにした、という。率直に言って、正しい判断だ。

メディア誤報は枚挙のいとまがないほど多い、
確認取材の義務付けが大原則
メディアの誤報は過去、枚挙にいとまがないほど多い。今回の読売新聞の1面トップ記事のようなビッグニュースから始まって、10行程度のベタ記事まで、さまざまだ。悪質なのはねつ造か虚報か判断が難しいが、確信犯的な誤報だ。また錯覚や思い込み、勘違いによる誤報も意外に多い。今回のケースのようなスクープ狙いの誤報もある。ライバル他社との競合過程で新聞ならば夕刊や朝刊、テレビならばニュース放送時間のからみで一刻も早く出さないと抜かれてしまう、といったタイムプレッシャー要因のケースもある。

スピードよりも正確さを最優先する、というポリシーのもとに確認取材を義務付けるようにすれば、問題が起きない。私が毎日新聞から転職したロイター通信の場合、政策トップのワンソースでOKという例外ケースを除くと、原則は2つのソースから確認をとって記事にしていた。ロイター通信が通信社として100年以上、生きながらえたのは、そうした最低限2つのソースからの確認をとることを義務付けていたからだろう。

世の中を大混乱に陥れた森口氏の問題は今後、医学の世界でさまざまな議論がされるだろう。iPS細胞で世界に名をとどろかせた山中教授のカゲで、こういった森口氏のような同じiPS細胞での虚言問題が起きるのは何とも悲しいことだが、それとは別に、メディア、とくに新聞の報道は影響力が大きいだけに責任が重い。

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