江戸東京野菜を仏料理で地産地消、三國清三さんの心意気は素晴らしい 大消費地東京で旬の野菜の活用、都市農業にはビジネスモデルのはず


時代刺激人 Vol. 74

今回、「時代刺戟人」を文字どおり地で行く人がいるので、ぜひ、取り上げたい。日本のフランス料理界を代表するチャレンジ精神旺盛な有名シェフ、三國清三さんだ。その三國さんは東京・丸の内ビジネス街の一角、ブリックスクエアにあるレストラン「ミクニ マルノウチ」などで東京地元産の江戸東京野菜や自然野菜を「地産地消」の形でフランス料理に積極活用し、生産農家を応援している。その心意気が都市農業を元気づけ再生するきっかけともなるので、紹介したいと思った。最近発売の週刊エコノミスト誌2月23日号「問答有用」で、私がインタビューして三國さんを取り上げておりご覧いただけばと思う。
 三國さんに関しては、ご存じの方が多いはず。フランスに拠点を置く超一流ホテル・レストラン協会ルレ・エ・シャトーから、1998年には世界のトップシェフ60人の1人に、また翌年1999年には世界5大陸トップシェフ6人の1人に選ばれた。それがきっかけとなったか、三國さんはフランス高級料理組合に日本人シェフとして初めて加入することが認められた。日本には数多くのフランス料理シェフがいるが、海外、それも本場のフランスで高い評価を受けている人は三國さんを除いてあまり多くない。そればかりでない。2007年には日本政府から技能の人間国宝にあたる「現代の名工」も受章している。三國さんにとっては、この「名工」はとても誇りのようだ。

そこで、本題の「フランス料理で東京産自然野菜などの地産地消」を取り上げる前に、三國さんの人となりを、もう少し紹介しよう。三國さんの話を聞いていると、苦労人、がんばり屋、負けず嫌い、そして好奇心のかたまりのようだが、同時に自然素材、食材の生まれ育ちにこだわるところは別格という感じがある。それは北海道増毛町という日本海に面した半農半漁の町で生まれ、父が漁師、母は畑で野菜を作っていたことともからむ。というのも、料理人としての三國さんはものすごく素材にこだわり、その産地や生産者に敬意を払いながら素材本来の持ち味を引き出そうとする。今回の地産地消の話も、そうした故郷の原風景のなかにあるのは間違いない。

帝国ホテル修行中に塩の振り方だけでスイスの日本大使館料理長に抜てき
 三國さんのエピソードは数多くあるが、まず興味深いのは帝国ホテルでの修業中の20歳の時に当時村上信夫料理長に才能を認められ、駐スイス日本大使館の料理長に推薦をうけたことだ。三國さんは家庭環境もあって中学卒業後に料理人を志し、単身、札幌市に出て札幌グランドホテルで修業したが、さらに上をめざし帝国ホテルで見習い修業した。当時500人もいたコックの中で、三國さんはひたすら皿洗いなどの下働きばかりで、本格料理を作ったこともなかった。村上さんがそんな三國さんの才能を認めたポイントは、たまたま三國さんが何かの食材に塩を振るのを見で、その力量を鋭く見抜いたのだと言う。三國さんによると、確かに塩を振るのはなかなか難しく、素早く均等に振らなければならない。村上さんはその塩の振り方だけで、この男なら海外の日本大使館の料理長をまかせることができると大抜てきしたのだから、すごいことだ。
ところが、三國さんのエピソードはこれにとどまらない。三國さんは1974年からの大使館勤務時代、休みを使って当時のフランス料理シェフ界の「5人の神様」と言われるうちの1人、フレディ・ジラルデ氏のもとに通い詰め、必死で技術を学び取った。フランス料理の世界では技術を盗むことは許されていて、盗める技量があるなら盗んでみろ、という気風があるそうだ。1978年に大使館を離れてからもジラルデ氏のもとで腕に磨きをかけるべく修業。その後、残る4人の「神様」3つ星レストランシェフのもとで技術の習得に励んだが、三國さんが料理の面で特に大きな影響を受けたのは、最初のジラルデ氏とアラン・シャペル氏の2人だった、という。

フランス料理「神様」の自然と同化した料理に共鳴、今の地産地消に至る
 ここから、少し本題の話にからむエピソードを紹介したい。三國さんは、この2人の神様のうち、ジラルデさんの料理には天才と言えるほどの独創性があり、徹底的に真似をして自分なりに吸収すれば天才に近づけると思った、という。ところが、追いつこうとしても、そのさらに先を走るジラルデさんを見て、ある時にムダであることを悟る。そして、むしろ対照的に、自然素材をしっかり活用するシャペルさんに出会い、自分の料理はこれだということをつかんだ、という
三國さんによると、シャペルさんはパリなど都市部ではなく田舎にレストランを構え、毎日、素材を探しに自分で畑に出かけていく。そして自然に逆らわず、野菜などの自然素材の持ち味を十二分に引き出すことに力を割く、ところに言い知らない魅力を感じた。三國さんに言わせると、40代になって、やっとシャペルさんの領域に入った、という。その領域とは、自然と同化した料理で、江戸東京野菜など自然野菜の地産地消もその延長線上にある、という。四ッ谷にある三國さんの出発点の店であるオテル・ドゥ・ミクニで「自然派創作料理」と謳っているのもそれだそうだ。三國さんは、自身の料理をフランス料理でも日本料理でもなく「三國料理」というオリジナルになってきているという。
三國さんは「自然の風味に満たされている素材には、なるべく手を加えないのがぼくのやり方です。メニューに産地などを入れていますが、これは信頼できる生産者であるこの人が作ったおいしい野菜ですよ、という素直な気持ちを出したいと思って、書いています」と述べている。

「東京産食材のみずみずしさ、うまさが地元で知られてないのは灯台もと暗し」
 三國さんが伝統的な江戸東京野菜をはじめとした地産地消に取り組んだきっかけが面白い。1つは、江戸東京・伝統野菜研究会を主宰する大竹道茂さんという人との出会いが大きかった。伝統小松菜、一般的な青首大根の2倍も大きい大蔵大根、柔らかさが特徴の金町小蕪(こかぶ)、小ぶりで風味の強い寺島茄子など全部で20数種類もある江戸東京野菜の存在を知った。しかも東京だけで1万6000戸の農家が低農薬でさまざまな自然野菜を生産しており、三國さんの言葉で言えば「地域で生産された旬の野菜の独特のうま味を、その地域で味わう、というのは大事。東京産の食材はどれも本当にみずみずしく、味がいい。このおいしさが大消費地である地元の東京で意外に知られていない。まさに灯台もと暗し」と考え、フランス料理に活用することにした、という。
もう1つは、笑い話みたいなものだが、三國さんによると、「僕の知人が、東京に住む知り合いの主婦に江戸東京野菜の話をしたら、『えっ、東京に野菜があるの?』と驚かれた、というのです。僕の店に来られるお客にも同じ受け止め方をされた経験があり、そこで地産地消に取り組む必要があると感じた」というのだ。

都市農業は不動産ビジネスに走らず今こそ地産地消の農業モデルを
 東京から遠隔地にある北海道、東北あるいは九州の生産農家の人たちには申し訳ないことだが、三國さんが指摘するように、地域で生産された旬の野菜などの独特のうま味を生かすには地産地消がベストだ。確かに、東北などの巨大な生産地からすれば、大消費地の東京に出荷し消費してもらうことで農業生産が成り立つ。そのための調整弁として卸売市場があり、全国から東京の築地卸売市場などに出荷された野菜などがセリにかけられ小売店やスーパーを通じて消費者の手元に届く。ところが、市場流通のウイークポイントは流通に時間がかかり、肝心の野菜などの鮮度が落ちる問題がつきまとう。地産地消がいま、大きくクローズアップされるゆえんだ。私は、東京で消費される野菜などをすべて地産地消でなどという極論をぶち上げる考えはないし、卸売市場機能の重要性は引き続き生きると思っている。
ただ、私は、東京だけで1万6000あるといわれる都市農業を営む生産農家がバブル時代の名残りか、農地を宅地転用などして不動産ビジネスに一生懸命になり過ぎてしまい、本来の農業に強い志や生産意欲を見せない農家が意外に多いのが残念で仕方がないのだ。経済ジャーナリストの問題意識で言えば、大消費地の東京という地の利を生かしたビジネスモデル、まさに地産地消をベースにしたビジネスモデルづくりに乗り出せば、都市農業は不動産ビジネスなどに依存するよりも、はるかに面白いし、産業としての農業を実現できる、場合によっては私などが強く推進したい農業の6次産業化、早い話が第1次産業の農業を軸に加工などの第2次、そして流通の第3次まで、すべて農業主導でいくビジネスモデルを作り上げれば、都市農業は十分に再生可能なのだ。

三國さん「食と農がリンクし好循環の関係つくればWIN・WINは可能」
 そういった意味で、三國さんのようなフランス料理の有名シェフが伝統野菜の江戸東京野菜だけでなくさまざまな自然野菜を地産地消していくシステムを作り上げていくことは素晴らしいことだ。追随するレストランやシェフ、料理人の人たちが増えることを期待したい。そして消費者も、そのみずみずしい地元産の野菜などの味のよさに感動して、消費者の側から地産地消のよさを積極的に受け入れていけば、都市農業に再生に向けてのエネルギーが出てくるのでないだろうか
私がインタビューで、「古くからある日本の食材をフランス料理で応援しようという心意気がいいですね」と聞いたら、三國さんも「都市化が進み、住宅地に囲まれてしまった農地でも、しっかりとした志を持ち、低農薬、有機肥料で、おいしく体にいい食材を一生懸命作っている生産者がいるのです。彼らの生産した旬のものを、地元でおいしく消費することができれば、生産者も料理人もお客さんもみんながうれしい、ウィン・ウィンの関係ができる。お客さんの東京野菜に対する高い評価が生産農家に伝わり、彼らを勇気づけることができれば、その関係は好循環を始める。食と農は単体で考えるのではなく、リンクさせることが何よりも重要だと思っています」と述べている。
今回、三國さんがフランス料理で東京産野菜などの地産地消に取り組んだ意味は極めて大きいと思う。都市農業は不動産ビジネスなどに走って、自らの農業再生チャンスをつぶしてしまう状況でない、とも思う。いかがだろうか。

著者プロフィール

  • 牧野 義司
  • 1943年
  • 大阪府
  • 早稲田大学大学院

今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

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