世界シェア8割の根幹!「オープンでフェア」な判断が、結束と対話をつくる
株式会社堀場製作所
代表取締役会長兼社長
堀場 厚
目まぐるしく変化する社会情勢。そんな時代にこそ、その先を読み、己の信念と緻密な戦略のもと、大胆な決断をくだす賢者たち。人生のさまざまな局面で、彼らは何を考え、どんな選択をしてきたのか。分析機器メーカー、株式会社堀場製作所の選択、堀場厚社長の決断とは?
蟹瀬いよいよ43歳の若さで代表取締役、どうでした?
堀場ただ、私、専務のときから、かなりトータルにマネージメントを見るような立場にいましたので、社長になったから急に何かをしたということはなくて、割と自然に社長職ということはできました。
ただそれまで、やはりいろいろお伺いをしなくてはいけなかったのが、やはり自分でリーダーシップ執れるということで、むしろ効率は上がったかなと思いますけどもね。
蟹瀬お、いいぞ、という感じですか?
堀場そうですね。やはり……。
蟹瀬責任もだけど大きくなる?
津島そうですね。
堀場やっぱり
堀場社長と社長以外というのは全然違いますね。
蟹瀬どのへんが違いますか?
堀場責任の重さはもちろんあるんですけれども、やはり自分の考え方をストレートに表現していけるというのは、すごく大事だと思いますね。ほとんどのことは51対49なんですよね。7対3なら誰でも、社長が言わなくてもやるわけですよね。だから51対49の、そのどっちを取るかというのがこの社長の一番面白いところだと。
蟹瀬決断をピシャッとしていくという。
堀場はい、そうですね。で、そのときに、やはり自分がどれだけ情報を持っているか、あるいはいい意味でいろんな人脈を持っているかというのが効いてくると思うんですね。
蟹瀬従業員の方の反応ってどうだったんですか? この事業の継承って、実は僕、調べたことあるんですけど、とても難しくて、特に初代から2代目、2代目から3代目と移っていくときに、社員の人たち、従業員の人たちがどういう目で見てるかってものすごく重要ですよね?
堀場そうですね。私の場合ラッキーだったのは、やはり海外をオペレーションをやってきて、それは私の父、その次にオオウラという生え抜きが社長をしていたんですが、ちょっとジャンルが違ったんですね。で、ちょうど堀場が国際化していかないといけないときに社長になったので、そういう面ではすごくラッキーだったと思いますね。
蟹瀬一番強いところで勝負ができると?
堀場そうですね。いわゆるコピーではない、オリジナリティーを自分が持ててたということは強みだったと思いますね。
蟹瀬だけどこの頃って、バブルがはじけた頃ですよね?
堀場そうなんですよ。
蟹瀬ということは、会社の経営って相当厳しかったのではないですか?
堀場そうなんです。というより、社長を継いだ途端に3年間減収減益だったんですよ。
蟹瀬そこから乗り越えるときに、何が一番大事だったんです?
堀場そのときに、やっぱり父の助言が一番良かったですね。で、減収減益で、これ大変だなという話をしていたんですけれども、そうしたら、やっぱり自分の信じる方向ですることをすれば、必ず結果が出てくると、関係ないと、心配するなという感じのことを言ってくれまして、そんなに優しくなかったと思いますが。
蟹瀬それはまさに、僕、今、思い出しましたけど、松下幸之助さんが言っていたことなんですよね。
堀場そうなんですか。
蟹瀬景気がいいとか景気が悪いとかに左右されるような経営をやっているのは、経営者として問題があると。まさにそのことをお父さんがおっしゃったと?
堀場はい。で、実際、少しこういう経済状態で厳しいですけれども、結果が出てきたのは私が社長してから10年ぐらいのときから急速に成果が出てきた、特に人を育てるという面では、やっぱり10年20年かかりますから、そういう面ではやっぱり経営というのはかなり長いスパンで考えないと、3、4年で経営者として優秀とか優秀でないと評価されるのはすごくおかしいと思いますね。
蟹瀬なるほどですね。そしてフランスの会社を買収されていますよね? これはどういういきさつだったんですか?
堀場これは既にその会社とライセンス、生産とかいろんなライセンスをやっていたんですが……。
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