これこそベンチャー!「決めたらリスクをとって一歩を踏み出す」迫力


イー・アクセス株式会社
代表取締役会長兼CEO
千本 倖生

特選インタビュー

ADSLで日本をブロードバンド大国に押し上げた男は、さらにモバイルのブロードバンド化を目指していた。正統派のベンチャー企業とは何か、起業家とは何かを身をもって示そうとしている男の、ビジネスへのスタンスとは?

法的規制を変える

千本変えるようなことをやった。だから、私とかさっき言った種野社長とか小野寺社長とか、連日、会社作ってやったのは、国会に通い、自民党に通い、それから当時の郵政省、郵政省に通い、

蟹瀬政治の壁が厚い。

千本それに、いかにそういうのが必要かということを説いて回り、国会の予算委員会なんかはずっといつも傍聴していましたよ。

蟹瀬議員さんはカレーライスはやっぱり駄目ですか?

千本そういうときにはやっぱりそんなレベルではないですよね。当時……。

蟹瀬どんなレベル?

千本やっぱり結局、当時の郵政省はやっぱり競争政策を入れたいと、むしろ電電公社1社だけでやってると、裁量が効かないではないですか、一人相手だったら。

蟹瀬(笑)。

千本複数を効かせて競争させたほうが、監督行政としていいではないですか?

蟹瀬ええ、権力が大きくなる?

千本ある意味でね。

蟹瀬そうやって説得されたのではないですか?

千本まあ、向こうもそう思ってらっしゃった。だからたまたま僕らがその競走政策を言ったんだけど、俺らもそうしたいっていう、ちょうどうまく合ってたんですね。

蟹瀬そうですか。そうするとその第二電電ですよね?DDI、これの成功の源というか原点というのはやっぱりそういうもの、いくつかの要素がうまく重なってきた?

千本そうですね。やっぱり歴史的に、

第二電電成功の原点

千本要するに独占の企業が行き詰まってきた。それから真藤さんという民間から来た素晴らしい経営者がいて、それがそういう競争を容認してきたと。それからマーケットはちょうどあれぐらいから、当時で 6兆円、7兆円のマーケットだけど、今は十何兆円のマーケットでしょう? ものすごいマーケットになっているわけでしょう? それがこう変わり始めるところだった。それから技術が、ちょうどあのときインターネットのちょっと手前なんですけれども、やっぱり技術が新しいデジタルに変わろうとしたところがあった。

蟹瀬大きな、だから時代の潮目、転換点があってね。

千本それをいかに見つけるかですよ。

蟹瀬ということですよね?

潮目を半歩先に見つける

千本だから巨大なベンチャーを起こすのは、その潮目を人より0.5歩早く見つけられるかどうか。

蟹瀬半歩でいい?

千本半歩。3歩も早く見つけたら、大体失敗する。半歩でないと駄目。だって3歩も前にやったら、この間に資金が続かなくなるじゃないですか。

蟹瀬なるほどね。

千本だからいかに0.5歩前にそういうものを見つけるかというのが、一つの大きな目利きの問題。

蟹瀬そうですね。その潮目をきちんと見られた千本さんなんですけども、その言ってみればうまくいってるところから、また新たなことをやられるんですよね。

津島そうなんですね。

1996年、慶應義塾大学大学院経営管理研究科の教授となります。 1999年、イー・アクセス株式会社を創業、代表取締役社長兼CEOに就任。2003年、東証マザーズに上場。2004年、東証一部に上場。そして2005年、イー・アクセス株式会社の代表取締役会長兼CEOに就任。イー・モバイル株式会社を設立、代表取締役会長兼CEOに就任しました。

蟹瀬仕事がうまくいって大学の先生になるというのは、一丁上がりというイメージが出てしまうんですが、私も実は今、明治大学の教授を拝命しているんですが、慶応大学の大学院で先生をやるというのは、これはどういう決断だったんですか?

千本これはさっきアメリカでドクター取った直後に、アメリカの大学院からも「来ないか」とお誘いいただいてたんですよね。

蟹瀬先生やりたかったんですか?

千本やりたかったんです。で、今のKDDI、DDIも作って、当時売り上げ5,000億ぐらいになってましたかね、10年ちょっとで。で、上場し、それで投資した人には200倍のリターンを渡す。そういうことが来たんでかなり大きな企業になってきたと。そろそろ私も、やっぱり僕は新しい会社を作ることにすごい楽しみがあって、出来上がってしまうと、ちょっとね。

蟹瀬千本さん面白くないんですね?

千本それはまたコンフォタブルではあるんだけれども、いろんな経済的とかいろんな意味で、秘書もいっぱいいてくれたりとか。だけどやっぱり立ち上がる、あの火の玉のようにみんなが苦労をシェアして、あの喜びというのはちょっと変えられないですよね。

蟹瀬そして教育界へ入られて教壇に立たれたと。どうでした?日本の学校に入ってみて。

千本これはやっぱり当時アントレプレナーシップという言葉がなかった、日本には。

蟹瀬企業家精神?

千本企業家精神。で、そういうものが学問の領域に入っていなかった。それを最初に当時慶応、特にあのSFCとか加藤先生なんかやって慶応が新しい動きをいろいろやったじゃないですか?

蟹瀬藤沢のキャンパスでね?

千本藤沢キャンパスつくってね。当時あの時、慶応がまさに一級大学に変わりつつあるところだった。で、アメリカで実はスタンフォードも来ないかと言ってくれてたんだけど、やっぱり日本のために、日本の若い世代の人たちに正統的な起業家、要するに……。

蟹瀬そのへんは千本さんの志ですよね、そのときのね。

千本それとやっぱり大学でぜひとも一度ちょっとは教えたいというので、大学院の教授を引き受けさせてもらったと。

蟹瀬教壇に立ったと思ったら、今度は1999年にイー・アクセス、きっかけというのはどういうところにあったんですか?

イー・アクセス創業のきっかけ

千本これやっぱり僕、教授をやりながらシリコンバレーのハイテクの会社の役員を数社やってたんですよ。だから毎月教授をやりながらも、だってアメリカの会社というのはアカデミックのプロフェッサーなんかボードに選ぶんですよね。

蟹瀬非常に産学共同というか近いですよね、距離は、人も行き来してるし。

千本そう。だからシリコンバレーでそれをやってて、向こうに行ってオフィスでインターネットを使うと、当時100キロビットぐらいかな?それがバンバン出てたのが、日本に帰ってきたらダイアルアップで10キロビットぐらいしか出ない。で、向こうではつなぎっぱなしでいくら使ったって50ドルなのに、日本に帰ってきたら1万何千円で。

蟹瀬そうですよ、ジージーといいながらね。

出演者情報

  • 千本 倖生
  • 1942年
  • 大阪府
  • 京都大学

企業情報

  • イー・アクセス株式会社
  • 放送日 2006.02.25

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