中国の社会主義はどこへ行った?と思わず聞きたくなるほど市場経済化進む 経済成長に弾み、しかし他方で格差拡大し医療や年金など対策求める声も


時代刺激人 Vol. 101

牧野 義司まきの よしじ

経済ジャーナリスト
1943年大阪府生まれ。
今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

巨大な三峡ダムはじめ宝山製鉄所、さらに上海万博会場を見るチャンスがあって9月中旬、2年ぶりに、わくわくして中国を訪問した。というのも、実は昨年を除いて、ほぼ毎年、ジャーナリストがよくやる手法でもある定点観測という形で、これまで中国経済の現場をウオッチしてきたので、その後どう変貌しているのか、自分の目で見たかったからだ。今回、湖北省の武漢市、それに経済中心地で政府直轄の上海市などを見た印象で言うと、中国は国内的に抱える課題が多いにもかかわらず、経済そのものにますます勢いがついてきていて、20年デフレに苦しむ日本とは格段の差がある、というのが私の実感だ。

その中国が、私の帰国後、尖閣諸島沖で日本の巡視船に衝突してきた中国漁船の船長を海上保安庁が公務執行妨害で逮捕した事件をめぐって、日中間での閣僚級の交流を停止すると日本政府に通告した。これによって一気に緊迫度を強める異常事態に陥っている。中国滞在中、そういった動きは全くなかったし、こと経済関係に関しては、日中はうまくいっていただけに、政治的にエスカレートするのが誠に残念だ。ここは日中両国政府に冷静な対応を求めたい。

「社会主義」と「市場経済」の巧みな使い分けで今まではうまく行ったが、、、、
 話を中国経済に戻そう。中国は、1978年に改革開放に踏み切ってから今年で32年に及ぶ。そんなに時間がたったのかというのが正直な受け止め方だが、スタート当初から、中国は「社会主義・市場経済」を標榜(ひょうぼう)したうえ、互いに異なる2つの枠組みを巧みに使い分けて、ここまで経済成長を遂げてきた。
資本主義そのものと言える市場経済と社会主義がどうして同居なのかといった疑問が未だに残るが、中国はそれをうまく両立させながら見事に経済の立て直しを図った。そればかりでない。今や日本のようなデフレに陥るリスクにおびえる米国や欧州諸国からは、8~9%の高成長を続ける中国は格好の輸出先でもあり、成長期待が強まっているのだ。率直に言ってすごいことだ。

不平等や格差是正してくれるのが社会主義でないのか、といった不満意見も
 ところが、「市場経済化」によって、経済成長にアクセルがかかったのはメリットだったが、デメリットも目立ってきた。成長のひずみとも言える所得格差はじめさまざまな経済的格差が表面化し、置いてきぼりにあった人たちの経済生活、医療、年金、教育など社会保障面への対応が重要課題になってきている。
今回の旅行では、ジャーナリストの好奇心で、中国人、さらに中国に在住の日本人に取材したところ、医療など社会保障面での不満、さらに土地や不動産の値上がりに歯止めがかからずマイホームが持てないことへの苛立ちが一般大衆に広がっている、との声が強かった。それはあとで、ご紹介するが、要は、一般大衆を支えてくれるはずの社会主義はいったいどこへ行ってしまったのか、不平等や格差の是正に取組むという社会主義が市場経済化の行き過ぎに歯止めをかけるのが使命でないのか、と指摘する声が意外に根強かったことは間違いない。

鄧小平氏の「先富論」が公の場から消える、格差拡大を助長しかねないと判断?
 ところが、上海で上海交通大学の副教授はじめ複数の中国人が異口同音に面白いことを言っていた。それは、中国の改革開放に先鞭をつけた中国リーダー、鄧小平氏(故人)の「先富論」が最近、「公の場から消えた」、「当局が口にしなくなった」と言うのだ。この「先富論」は「先に豊かになれる者から豊かになれ、そして後に続く落伍者を助けよ」というものだ。同時に、鄧小平氏の有名な言葉には「白ネコでも黒ネコでもネズミを捕まえるのがいいネコだ」とし、社会主義の体制や枠組みにかかわらず資本主義的な手法で利益をあげて豊かになっても構わない、それによって国の経済成長に貢献せよ、とした。
中国の改革開放を象徴する政治家のメッセージだが、この「先富論」が公の場から消えたとすれば、極めて興味深い。私なりの解釈では、格差拡大を助長しかねないので、中国政府や共産党が意識的にブレーキをかけたのではないかと思う。

上海の病院で名医に診てもらうには割高な予約券買いが必要、貧困者には無縁
 中国人の人たちから聞いた格差問題のヒントになる話を申し上げよう。まず医療の話。いま上海市内では公立の病院が大半、一部に民間経営の病院があるという状況だが、日本のような医療保険制度が中国では未発達のため、医療費負担がかさむ。そのうえ腕のいい名医と評判の医師のもとには患者が殺到し、予約券を買わなければならないのだ。ある中国人によると、その予約券自体は、名医であればあるほど入手が極めて困難で、かつて野球場のそばで横行したダフ屋まがいの連中が割り増し料を上乗せして売りつけるのと同じことが予約券買いで起きている、という。
これに本来の治療費が別途、必要のため、資金的に余裕のある人でないと、いい医師には診てもらえない。これは特定の病院の話でなくて、上海に限らず北京市など大都市のどこでも見受けられることだ、という。地方から子供の病気治療で上海に来ても、医師のところにたどりつくまでには二重、三重のカベがあり、挫折感を味わう患者事例は枚挙のいとまがないほどだ、というのだ。
中国のような社会主義を標榜する国の主要都市の医療の現場で、公然と格差を助長するような問題が起きていながら、共産党を含めた中国政府が対応しきれないでいるのは、上海の低所得者にとどまらず農民工と呼ばれる農村部からの出稼ぎ労働者などにとっては、なぜなのだ、といった不満増幅につながっていくのだろう。

「日本はいち早く国民皆保険制度を導入、中国よりも社会主義国」には苦笑
 数年前に中国を訪れた際、北京で社会科学院の人から、面白い話があった。ご紹介しよう。その人は真面目な顔で話すものだから、こちらがとまどってしまったのだが、要は「日本は、中国よりもはるかに進んだ社会主義国だ。1960年代にいち早く国民皆保険、国民皆年金を実現した。社会保障制度の充実は、中国にとっても大きな政策課題だが、13億人というケタ外れの巨大人口をすべて対象にした国民皆保険、国民皆年金の実現は正直なかなか難しい。人口規模が違うとは言え、日本は素晴らしい。戦後、計画経済で復興を成し遂げた延長線上に国民皆保険などがあるのだから、社会主義国といっていいのでないか」と。
中国の人から「日本は中国よりもはるかに進んだ社会主義国」という評価を受けるとは思わなかったが、肝心の羨望(せんぼう)の的になった日本の医療保険制度や年金制度が今や制度疲労をきたしているのだから、気恥ずかしい限りだ。
でも今回、上海で別の中国人から似たような指摘を受けた。「中国は国民皆保険制度を導入するには財政負担をどうするかの問題がある。しかし日本は高度成長経済時代にいち早く制度を実現したので、その後、社会保障支出増の財政負担にも耐えられたのだ。中国も、ある面で、いまの高成長時にこそ、導入するチャンスだ」と。なかなか鋭い問題意識だ。まさにそのとおりだ。

日本は今こそ中国が抱える課題克服のための先進モデル事例をつくればいい
 前回100回の後半部分でも書いたように、いま日本が、中国を含めた高齢社会を迎える世界中の国々にとって先進モデル事例となるような医療や年金の新たな制度設計を行えばいいのだ。高齢化の「化」の部分がとれた高齢社会に耐える新制度に関して、日本が率先垂範で先進モデル事例をつくり、制度改革案を打ち出すことだ。その時点で、日本は「課題克服先進国」として、胸を張っていける。
米リーマン・ショック後の金融危機、世界景気後退の時期にも、中国は積極的な内需拡大策でもって高成長を維持し、世界の成長センターのアジアの中核にいる。さきほどの中国人が指摘したように、その高成長の時期にこそ、胡錦涛政権が打ち出す経済社会安定のための「和諧社会」実現に向けて、日本と同じような国民皆保険制度を導入すべきなのだろう。仮に、今後、経済が低成長を余儀なくされたら、社会保障支出が財政を圧迫し、導入が厳しくなるのは間違いない。中国にとっては今が制度導入の正念場かもしれない。

ところで、中国における格差の問題は何も医療制度の問題だけでない。宝山製鉄所見学の際に同行してくれた29歳の中国青年によると、「上海経済は勢いがあるので、自分たち若者の雇用などの面では不自由はない。しかしマンションなどの不動産価格が上海万博もからんで一段と値上がりし、ますます手が届かない。ニューリッチと言われる新富裕層の連中が平然と高級マンションなどを買いあさるので、値段がエスカレートしている。上海市の人民政府や北京の政府指導部がもっと政策的に手を打つべきだ」という。地価や不動産価格の高騰は、私が3年前に上海を訪れた時にも見られた現象だったが、経済成長に弾みがついて、再び上昇テンポを速めているのだろう。

格差拡大が社会不安にならないようにするにはGDP8%成長が必要、との声
 しかし上海で知り合った中国での生活が長い日本人は興味深い話をしていた。「市場経済化で上海経済1つをとっても、ますます生活レベルが上がってきている。しかし同じように、中国の内陸部の人たちにとっても所得が前年よりもそこそこ上がっているので、沿海部の上海などとの格差が広がっても大きな社会不安に発展するような事態にならない」という。
ところが、「もしこれがたとえば内陸部で成長が減速したりしたら、格差問題が一気に表面化し不満爆発となる。だから北京の中央政府としては、年率で8%成長、ギリギリでも6.5%成長は絶対に維持しなくてはならない。中国にとって、輸出環境がよくない今、内需拡大策にますます比重を上げざるを得ない。そういった中で、成長政策とのバランスを図る『和諧社会』政策に踏み込めるか悩ましいのでないか」という。

所得分配の不平等度合いを示すジニ係数で何と中国が米国を抜いたという話
 最後に、国際金融にかかわるある公的機関の首脳が言っていた気になる話をご紹介しよう。要は、所得分配の不平等の度合いを測る国際的な客観指標のジニ係数で見た場合、最近、競争を背景に所得格差が常に大きいと言われる米国を、何と中国がわずかながら抜いた。これが瞬間風速の数字になるか、恒常的なものになるかは、今後の推移を見なくてはならないが、中国政府首脳が、所得分配の不平等をなくすのが社会主義なのに、それを容認する米国を超えるようなことは許されないと激怒した、というのだ。なかなか公式数字が確認できないのだが、現在の中国経済の勢いを見ていると、あり得ないことではない。しかし社会主義を標榜する国がジニ係数で米国を上回ったとなればビッグニュースだ。

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