タイの途上国への逆戻りは許されない 軍部はクーデターに終止符、民政に戻せ


時代刺激人 Vol. 244

牧野 義司まきの よしじ

経済ジャーナリスト
1943年大阪府生まれ。
今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

 ASEAN(東南アジア諸国連合)10か国のうち、シンガポールと並んで経済成長の面でバランスのとれた国という評価が定着し始めていたタイで、5月22日に何と軍事クーデターが起きた。

 ASEAN(東南アジア諸国連合)10か国のうち、シンガポールと並んで経済成長の面でバランスのとれた国という評価が定着し始めていたタイで、5月22日に何と軍事クーデターが起きた。率直に言って驚きだ。軍部が民主政治や市場経済に暴力的に介入するのは、発展途上国での話だ。今や「中進国」と言われるタイで起こる事柄ではない。
「国王の軍」という特殊な位置づけにあるタイ国軍が、国内の政治紛争の長期化、それに伴う経済の停滞を憂え、立憲君主制を守るためという大義名分によって、クーデター行動に出たのかもしれない。しかし理由がどうであれ、途上国への逆戻りは許されない。早く民政に戻して挙国一致で難局に立ち向かうべきだ。

そんな思いが私には強い。そこで、今回はもう一度、ASEAN、とくにタイの問題を取り上げ、何が課題かなどをぜひ述べてみたい。私がメコン諸国を歩き回っての8回にわたる報告の番外編ということで、ご了解いただきたい。

労働需給ひっ迫で完全雇用経済、援助国表明のタフな国なのに、
なぜクーデター?

ご記憶だろうか。メコン諸国報告の最初のコラムでも書いたが、タイはいくつかの面で際立ったものがある。私が旅行した昨年11月当時、労働需給ひっ迫によって、タイの失業率はわずか0.5%と完全雇用に近い経済状況だった。スペインやエジプトでの若者を中心にした失業率2ケタの厳しい現実からすれば、すごいことだが、バンコク市内の人々の機敏な動きを見て、経済に勢いがあるので、当然かもしれないと思ったほどだ。

同じ11月当時、タイがこれまでの援助を受ける立場から一転して援助国に回ることを表明した話を聞いた時も、その瞬間はサプライズだった。しかし経済をじっくりと見るにつれて、タイも経済運営に自信を示し、途上国経済から抜け出して「中進国」の道を着実に歩んでおり、経済成長に弾みをつけ、社会の制度設計も整えて先進国入りをめざしたい、という気持ちがあるため、援助国の表明になったのだろう、と考えるようになった。

バンコク周辺に巨大な産業集積、
ASEAN地域統合でサプライ・チェーンの中核に

そればかりでない。首都バンコク周辺には日本企業を中心にアジア随一の巨大な産業集積があり、2015年12月にスタート予定のASEAN地域経済統合でタイがサプライ・チェーンの中核的な存在となるのは間違いないこと、それに関連して都市交通インフラが急速に整い始め、他のメコン諸国とは格段の差があることも実感した。

いずれも、タイに地殻変動が起きていることを印象付けるもので、この動きが周辺各国に連鎖すれば、ASEANは地域経済統合をきっかけに、世界の成長センターになることも夢ではない、と思ったほどだ。

客観情勢から見てクーデターの必然性なし、
むしろ国際社会の反発招くだけ

そのタイで軍事クーデターが起きたのだから、思わず「えっ、本当に?」と言わざるを得ない。今回を含めて19回も軍事クーデターがタイで過去に起きていたことを知って2度びっくりだった。
重ねて申し上げたいが、少なくとも前回2006年に当時のタクシン政権打倒から8年がたっていること、いま申し上げた客観情勢のもとでクーデターの必然性がないこと、むしろ国際社会で厳しい批判を浴び、それはそのままASEANがまだまだ発展途上の国々の集まりなのかと見下されかねない。それにもかかわらずなぜ、軍事クーデターが起きてしまったのか、私にはなかなか理解できない。

ここ数か月、タクシン派と反タクシン派の政治紛争が続き、しかもタクシン元首相の実の妹で、首相のインラック氏の経済運営のまずさも手伝って、不安定な政治状況にあったことは事実だ。しかし、そうだとしても軍事クーデターは明らかに異常な行為だ。いったい何が原因で、そういった事態になったのだろうか。誰もが知りたいのは、その点だ。

今年1-3月期GDP落ち込み、
相次ぐ経済見通し下方修正でタイ国軍に危機意識

そこで、タイ訪問時に知り合った取材先の人たちのネットワークや友人たちにEメールで連絡をとり、情報収集したところ、いくつかのことがポイントとして浮かび上がった。

1つは、政治紛争の長期化で経済停滞が深刻になってきたことに対するタイ国軍トップらの苛立ちが、軍人特有の「自分たちが立ち上がらないと国家経済は大変なことになる」という危機意識の高まりに発展した、という見方だ。
確かに、戒厳令が発令された5月20日の前日19日に公表になったタイの今年1-3月期GDP(国内総生産)が悪すぎた。前期比でマイナス2.1%、前年比でもマイナス0.6%と市場予測を超す悪い数字だった。四半期の瞬間風速数字とはいえ、2011年の大洪水時以来のマイナス成長記録だったことは大きい。

周辺の国々が相対的に高い経済成長続けており、
タイ経済の地盤沈下を懸念?

それに加え、政府の国家経済社会開発委員会がその発表会見で、2014年経済の成長率見通しについて、2月発表時の年率3~4%成長への下方修正を、さらに引き下げて年率で1.5~2.5%と見通した。短期間にこれだけ下方修正するのは、先行きに不安要因を想定しているためであることは間違いなかった。

そこで、タイ国軍トップらは、政治混乱が長引いて経済に影響を及ぼす状況を放置すれば、さらに事態が悪化する。周辺の国々が、成長率に差はあるものの5%前後の相対的に高い数字でいるだけに、このまま政治紛争の長期化はタイ経済の地盤沈下を引き起こしかねないという懸念や危機意識に発展したことは容易に想像できる。

タイ国軍は国際社会の批判回避で周到な準備、
政府・反政府側招いて仲介工作

2つは、2006年のクーデターが欧米からの強い反発を招き、タイの国際的地位の低下につながった、という反省のもとに、タイ国軍内部では今回のクーデターに関して、政治混乱や流血騒ぎを引き起こす事態を避けるため、周到な作戦準備が行われたようだ、と複数の専門家は語っている。

具体的には、まずタイ国軍は5月20日に戒厳令を発令しクーデターでないことを国民に印象付け、続いて21日にプラユット陸軍司令官名でチャイカセム法相ら政府、与党のタイ貢献党、野党の民主党、反独裁民主戦線の通称赤シャツ隊、反政府デモ隊の各代表らを集め、事態収拾策を協議した。プラユット陸軍司令官は内閣総辞職を求めたが、代行内閣は応じる態勢になかったため、「国軍が全権を掌握するしかない」と、クーデターを宣言したという。早い話が、民主的な手続きを踏んだうえで、最終的に国軍が事態収拾にあたるしかなかったという筋書きだ。

タイ国軍が経済の下落リスクに歯止めかける政策力量、
指導力あるかが問題

しかしタイ国軍が政策運営を行える力量があるのかどうか、という問題がある。クーデター劇のリーダー、プラユット陸軍司令官は、経済の下落リスクに歯止めをかけ回復軌道に経済を戻すため、政府や経済界に対しては万全の策をとる、と表明し、支持を得ようとしているが、決め手となる妙手があるわけでないとバンコクの友人専門家は述べている。

とくに、インラック政権時代に行った農民向けの人気取り対策としてのコメ担保の融資という、事実上の政府によるコメ買い上げ政策が財政赤字を膨らませるだけに終わっているうえ、買い上げたコメの在庫が異常に積みあがっている。しかも悪質コメブローカーが周辺国から密輸入したコメまで買い上げせざるを得なくなるなど、制度そのものを見直さざるを得なくなっている。タイ国軍がこれらをうまくさばけるのかというのも難題だ。

非常時対応のリーダーに任命の陸軍司令官は民政移管の総選挙日程を明言せず

問題はまだある。プラユット陸軍司令官がプミボン国王の任命を受け、軍政下の統治機構の国家平和秩序評議会の議長に就任した。非常時対応のリーダーだが、5月26日の就任記者会見の際、「クーデターは軍のためではなく、国民のために実施した」と言っただけで、民政移管のための総選挙のスケジュールなどに関しては、ほとんど明言しなかったと現地からのメディア報道は伝えている。

ここは重要ポイントで、軍事クーデターによってタイ国軍が国家の非常事態宣言を行い、立法府や行政府、さらには司法の3権分立の仕組みに「待った」をかけ、市場経済に動揺を与える状況を続けるのはおかしな話だ。冒頭に申し上げたように、早く秩序の再構築を図り、そのためにも民政移管を速やかに行うことが必要だ。そうでないと「中進国」タイは間違いなく発展途上国に戻ってしまう。それはそのまま、ASEANが2015年12月からスタートさせる地域経済統合をつまずかせることにもなりかねない。

プミポン国王が高齢・病弱な点が気がかり、
早く民政移管してタイ再建の構図を描け

ジャーナリスト感覚で、まだまだ申し上げたい点があるが、スペースも限られているので、1つだけ、ぜひ問題提起しておきたいことがある。タイ国民の中核にあるプミボン国王の問題だ。国王は年齢的にかなりの高齢であるのと、病弱で公式行事も十分にこなせない、とメディア報道でも伝えられている。

もし、国王に、ご不幸があったりした場合、後継の王位継承者を誰にするかで、枢密院会議もかなり苦しみ難航する事態も想定される、といった話を、私がバンコク滞在中にも聞いた。要は、後継と目される息子の王子に課題があり、娘の王女に決めた場合にひと悶着が起きかねない、ということのようだ。その場合、「国王の軍」であるタイ国軍はどういった行動に出るのかが大きな焦点となる。立憲君主制の国とはいえ、今回のようなタイ国軍が軍事クーデターで強引に事態の打開を図ることがあり得るとすれば、タイの将来は不安と言わざるを得ない。
そういった意味でも、今回の軍事クーデターはさまざまな問題を提起した、と言っていい。タイの国民が、今回の問題を教訓にして、どういった再建の手立てをしっかりと講じるかだろう。

 

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