普通の男が大胆な決断! 人生のスイッチを捉えて上場企業の社長に
株式会社LIFULL(前・株式会社ネクスト)
代表取締役社長兼最高経営責任者
井上 高志
東京都中央区に本社があるネクスト、不動産情報をインターネットで提供している。リクルート出身の井上は不動産情報業で起業、紙媒体の情報掲載料が1件あたりだったのを改め1社あたりにして、物件情報を掲載し放題にした。これが受け、2005年には掲載情報が日本一となり、翌年東証マザーズに上場、現在では不動産だけでなく、暮らしのコミュニティーサイトLococomを運営、売上高47億円を見込んでいる。
1991年、株式会社リクルート総合人材事業部へ出向します。目標達成率で社内全国1位になります。1994年、上司に退職の相談をします。そして1995年、株式会社リクルートを退社しました。
蟹瀬普通、配置転換とかいろいろあるときに、親会社から子会社のほうへ移されてくさっちゃうというケースがほとんどですよね? ところが井上さんの場合は、子会社から親会社へ移った、これ普通だったら栄転みたいな雰囲気ですよね? 実際はどうだったんですか?
井上そのとき思ったのは、負けず嫌いな性格にはなっていたので、しょせん子会社のやつだねと思われるのは非常に心外だなと思ったので、だから絶対に1年でトップを取るというような思いはすごく強かったです。
蟹瀬そしてトップを取ったわけですね?
蟹瀬先ほど支店長にはトップを取ったらちゃんと戻してくれと頼んであった。その目標を達成したんだから、これは当然戻れる?
井上という期待もあって、意気揚々と電話をしたんですけれども、「おめでとう」と「すごいよく頑張ったな」と。以上。
蟹瀬そこで帰ってこいという、この一言がない?
井上なかったわけですね。確かに約束ではなかったので、一方的な宣言だったので、ここまでやれば頑張って戻す努力していただけるんじゃないかなという淡い期待だったんですけど。そんな1回トップ取ったぐらいで人事が変わるほど会社甘くないな、というのが今では分かりますけど。さすがにそのときはちょっと落胆しました。なんとなく……。
蟹瀬ショックでしょう?
井上はい、短い目標としては、1年間でここまでやって、次にこうなるという目標として頑張ってやってましたので、それが叶わなかった、戻れないとなると、じゃどうしようかなというふうに、しばらくはちょっとモチベーション下がってましたね。
蟹瀬そこから本格的に独立というのを考えられたんですか? そのときは。
井上考えました。
井上戻る戻らないというのは会社に依存しているんだなというふうにもう切り替えて、一旦はこう沈んだんですけれども、いやいや5年で独立するんだし一生かけて一大事業を成し遂げるんであれば、このぐらいのことどうするんだというので、じゃあ今、目の前にあるリクルートでの仕事というのを徹底的に突き進んでやっていくことで、もっともっと筋肉質になればいいじゃないかというふうに切り替えました。
蟹瀬ただ独立するにあたっては、その準備というか周りの人たちと相談したりとかされたと思うんですけども、そのあたりはどうだったんですか?
井上実は今やっている事業というのはリクルートコスモスにいるときにきっかけがあって、それをやっているんですけれども、僕は不動産業でこんなことやりたいんだということを宣言して、周りに。で、周りに宣言して「こんなことをやりたい」と言うと、不思議と支援してくれる人が現れてきます。上司や同僚に不動産業界、こう変えたいんだ、みたいなことを宣言してますと、じゃあちょっと不動産建設業界の担当顧客を増やしてやろうってやってくれたりだとか、ローカルな雑誌なんですけれども、一つちょっと商品企画やってみろとか、いろいろチャンスは与えていただきましたね。
蟹瀬じゃ、そこで井上さんにはノウハウが付いていったわけですね? ある意味では、その独立するための。
井上付きましたね、はい。
蟹瀬実際に上司の方に辞表を出すときというのは、どういうふうに言われた?
井上「あと半年で独立したい」というふうに告げました。
蟹瀬どういう返事が返ってきました?
井上「ふざけるな」と一言言われまして。おまえの採用、教育費いくらいくらかかっていると。で、おまえ何年目だから、このぐらいの売り上げを上げなきゃいけないと。まあ当時1億5,000万ぐらいやれって言われたんですかね。前年実績が1億3,000~4,000万ぐらいでちょっと足りなかったと。
蟹瀬まだ回収してないと、会社としては。
井上そうです。一番私の気持ちに引っ掛かったのが、「おまえ逃げるのか?」と言われたんですね。で、逃げるのかと言われると、カチンときまして逃げたくはないと。
井上じゃあしっかりと責任果たしてから辞めます、正々堂々と辞めますという、こんなやりとりがありました。
1995年、ネクストホームを創業します。不動産情報サービス事業、スタート。1997年、株式会社ネクスト設立、代表取締役社長に就任。不動産情報ポータルサイト「HOME’S」開始。2003年、ホームズの掲載物件が100万件を突破。2005年、掲載物件数が日本でナンバーワンとなる。そして2006年、本社を東京都中央区晴海へ移転、東証マザーズに上場しました。
蟹瀬この不動産業ということは、要するに、原点はやっぱりリクルートコスモスの時代、わずか3カ月しかいなかったそこへ戻るということですね?
井上そうです。そのときに不動産の営業マンをやっていて、マンションを販売してたんですけれども、そのときに不動産業界ってなんだか不透明というか、情報がちゃんと行き渡っていないなという思いがあって、きっかけは、たまたまモデルルームに来ていただいたお客さんに紹介した物件がすごく気に入っていただいて……。
蟹瀬どんなお客さんだったんですか?
井上若いご夫婦で。
蟹瀬これから初めて家を持つみたいな?
井上そうです。で、新人の私がたまたまついて、なんとか目の前のこのお客さんの住まいの幸せつくってあげたいという思いでいっぱいなわけですよ。で、お客さんもその物件すごく気に入ってくださって、「買いたい!」と言ってくれたんですね。それまで15軒、20軒、いろんなマンション回ってるんだけど、どれも「これ!」というのがなかった中で、「買いたい!」と言ってくれた、すごくうれしい。ところがバブル崩壊後って、ローンの審査結構厳しくなってまして……。結局そのお客さん、買えなかったんです、審査通らなくて。
蟹瀬審査が通らなかった?
井上ああ、かわいそうだなと、すごく感情移入したんですね。で、なんとかしてこのお客さんにもっと本当にぴったりのマンションを探してあげたいという思いで、自社のマンションを紹介もするんですけれども、他にも中古のマンションとか、あと普通やらないんですけど他社、ライバル会社のマンションとかをご紹介して、チラシかき集めて、モデルルーム行って資料集めて。結果的に他社のマンションを買いました(笑)。
蟹瀬(笑)。要するに井上さんとしては、他社、ライバル会社のセールスマンをやったと、結果としては。
井上上司には怒られました。でもそのとき思ったのが、お客さんは、別にわれわれの会社のマンションを買いに来てるんではなくて、そもそも理想の住まいというイメージがあって、それにぴったり当てはまるものはどれなのかって探しているわけなんですね。ところが、一方で営業マンというのは、うちのマンションいいでしょ、うちのマンションいいでしょってPRが中心になるわけですよね。
出演者情報
企業情報
関連コンテンツ
カテゴリー別特集
リンク