中国は「強大国」誇示するなら環境重視を 地方政府や下級裁判所が住民に冷ややか


時代刺激人 Vol. 292

発表ものをこなすジャーナリズムではなく、現場からの独自発信こそ大事、という立ち位置に長年こだわってきた私は、メディアの調査報道に関しても当然、積極推進論者だ。

発表ものをこなすジャーナリズムではなく、現場からの独自発信こそ大事、という立ち位置に長年こだわってきた私は、メディアの調査報道に関しても当然、積極推進論者だ。そんな私が「これはすごい」と思ったのが、2月5日放映のNHKスペシャル「巨龍中国の大気汚染 超大国の苦悩~PM2.5 沈黙を破る人々」という調査報道番組だ。

NHKスペシャル「巨龍中国の大気汚染」は
3年間追跡した調査報道で、脱帽

 中国の環境汚染は、急ぎ過ぎた経済成長の反動で深刻さが加わり、中国国内のみならず今や日本を含めた周辺国に影響を及ぼしている。中国習近平政権が「強大国」を誇示するならば、対策のホコ先を変え環境大国をアピールする国にすべきだと思っている。そんな中で、NHKが、環境汚染対策に苦しむ超大国の現場を3年間にわたり「定点観測」の形で密着取材した。中国における外国メディアの取材は大きな制約を受けるだけに、脱帽だ。
 

今回の番組は、中国・武漢の大気汚染現場での住民の反公害運動に対して地方政府のとった汚染物質排出源の企業寄りの行政、また中央の環境保護部(日本では環境省にあたる政府機関)の現場窓口の対応、そして下級裁判所の住民提訴を半ば門前払いするやり方などを3年間にわたって、住民サイドに立って、いくつかの家族の動きを描いている。

急速な都市化による問題噴出する中国・武漢で
環境被害に苦しむ現場に密着

 武漢は、地方都市とはいえ1000万人の人口を擁する巨大都市。ここ数年、農村部からの大量の人口流入で急速に都市化が進んだ。それに伴い武漢市当局は、住宅建設など物的インフラ整備に努めるが、急増人口が吐き出すゴミ処理に追われ、対策が追い付かない。それをビジネスチャンスと見た中国企業が2008年に進出し巨大なゴミ処理工場を建設していったあたりから大気汚染などの問題が深刻化してきたと、その報道番組は伝える。
 

ゴミ処理会社が環境維持に必要な煙などの排出基準を守っていないことが最大の問題で、調査報道では、王成さんという24歳の息子を亡くした王さん一家が、医師から、ゴミ処理会社の煙に発がん性物質が混入し急性白血病死去の原因の可能性が強い、と言われる姿を描く。また任端さん一家は、5歳の息子のノドに腫瘍が見つかり医師からゴミ処理会社の大気汚染の影響でないか、と聞かされる姿を映し出す。任端さんは、不妊治療の結果に授かった息子のため我慢ならず、同じ被害にあった人たちと住民運動に立ち上がる。

2014年3月全人代で環境汚染との闘いを
新目標に加えたのに中央の威令届かず

 場面変わって、NHKスペシャルの映像は、2014年3月の全国人民代表大会で、習近平政権NO2の李克強首相が、経済成長と同時に貧困撲滅という政策目標に加えて、新たに環境汚染との闘いを目標に加える、と強い口調でアピールした姿を映し出す。政権は、これまで共産党幹部などの腐敗撲滅を全面に押し出してきたが、大気汚染にとどまらずさまざまな環境汚染にも対策を講じて社会不安が政治不安につながらないように躍起、ということなのだが、驚くことに北京中央の威令が武漢の地方政府に全く伝わっていないのだ。
 

調査報道では、武漢の地方政府は、任端さんらが訴えたゴミ処理会社の大気への排出物の情報公開要求に対して、「社会の安定を乱すので、情報公開などは認められない」と答える姿を映し出す。企業のゴミ処理工場も、住民の抗議デモに対して平然として対策もとらない。堪忍袋の緒が切れた任端さんらはらちが明かないと、北京の環境保護部に直訴に行くことを決め、行動に移した。ところが察知した武漢の地方政府の役人がスパイもどきに尾行する。気が付いて抗議したら、逆に開き直って「余計なことをするな」と恫喝する。

北京の環境保護部陳情窓口でノラリクラリ、
下級裁判所でも門残払いに住民が対策

 話はまだ続く。北京の環境保護部の陳情窓口で、任端さんらは窮状を訴え、違法操業しているので、対策の手を打ってほしいと懇願する。しかし窓口の担当者は、映像では声が聞こえてこないが、事務的処理で「やることはやっている。しかし陳情が多すぎて大変で処理しきれない」と言っているように見える。字幕に「年間100万件の陳情」と出る。
それよりも問題なのは、別の場面で映し出された武漢下級裁判所の対応だ。任端さんらは、ゴミ処理場を相手取って70万元(円換算1300万円)の賠償請求訴訟のアクションを起こすが、肝心の裁判所がのらりくらりの姿勢で受理せず、事実上の門前払いなのだ。
 

李克強首相が、2014年の全国人民代表大会で明確に環境汚染との闘いを目標に加える、と声高にアピールしたにもかかわらず、北京の環境保護部のみならず、武漢の地方政府もポーズだけなのだろうか。あるいは中国独特の「上に政策あれば、下に対策あり」がここでも続いているのだろうか。
NHKスペシャルは、武漢下級裁判所の門前払いの対応ぶりを報じたあと、中国政府が司法制度改革によって2015年4月から立件審査制から立件登録制に切り替え、すべての訴えを受理するように改正する、というニュースを伝えた。それでも疑心暗鬼の任端さんらは、新たな訴えを起こす。下級裁判所が受理しやすいように、損害賠償請求額を70万元からわずか7元の少額に変えたのだ。まずは受理させることが重要との判断からで、結果的に受理された。中国の裁判所現場は、中央の方針表明とは別に、まだこんな悲しい状況だ、ということを浮き彫りにしたが、任端さんらの運動はまだ続き問題解決していない。

松野さん「中国政府は一票否決制度などで
地方幹部の環境対応に厳しいはず」

 前回の中国ネット通販問題のコラムで最近の現場事情を聞いた友人の清華大学・野村総研中国研究センター理事兼副センター長の松野豊さんに再度、今回の問題に関連して、中央政府の威光が地方政府になぜ届かないのか、北京中央の共産党の力の低下なのか、といった点に関して聞いてみた。
 

松野さんは、「武漢の地方政府が、住民の環境汚染問題意識が高まった今、環境問題をないがしろにして成長だけを追い求めることはしていないはずだ。というのも、中国は、第11次5か年計画で地方政府幹部の仕事評価に関して『一票否決』原則、つまりGDPで目標値を上回る実績を残しても環境保護で目標達成できなければ地方トップの昇格人事を否決する制度導入して、重しになっているからだ」という。
松野さんは同時に「中国は、これまで(地方政府間で互いに)発展GDPで競争してきたので、地元の企業の抵抗に出合ったり、また環境行政の制度的な不備がまだまだあるため、解決に時間がかかっているのだと思う。ただ、中央政府は、社会不安につながる事案には極めて敏感だ。その点で環境問題が、中央政府にとってもまだ致命的な問題だとは認識されていない、とすれば残念だが、私の見るところ、これは少しやばいぞ、と感じてきたようには見える」と述べている。

中国は世界に胸を張る先端部分の環境法制を
作ったのは事実、問題は運用

 中国の環境問題対応、とくに省エネ問題取材で以前、訪問した際、中国の大学教授が興味深い話をしていたのを思い出す。中国は、後発国のため、立場上、先進国の環境法制などに関して学習研究して、先端部分の法制備を行っている。問題は、地方政府などの現場が現実との乖離が大きく対応しきれないことだ。ただ、その場合、外国から中国の環境行政を批判されたら「我が国は、世界に胸を張れる環境法整備を進めており、後ろ指をさされるいわれはない」と開き直れる。その面で法制度だけはしっかりしたものにすることは重要だ、というものだ。
 

しかし現在は、中国がGDPで世界第2位の国といったことにとどまらず、いろいろな意味でその存在が大きなインパクト、影響を与える状況になった。端的には、環境汚染に関しても、中国の水際で外国に流出もしくは影響を出さないように歯止めをかける、いわゆ国境措置を講じることが可能な問題は別にして、大気中を伝わって周辺国に影響を及ぼすPM2.5はじめ、急速に問題が増えている。このため、中国政府の本気度が試され、世界に向けて自慢できる環境法制に対応して厳しく実行を、という段階にきている。

杉本さん「三権分立になっていない、
地方下級裁判所と地方政府が癒着構造」

 今回のNHKスペシャルで問題になった武漢の下級裁判所の当初の門前払いの事例は、現実に被害が出ているだけに、驚きだったが、日本国内の中国環境問題ウオッチャーでつくる中国環境問題研究会の有力メンバーの1人、杉本勝則さんは「中国は、立法、行政、司法の形をとっているものの、残念ながら三権分立にはなっていない。民主集中制の社会主義国家で、憲法規定で他機関に影響されずに裁判を行えとなっていても、裁判官の独立もなく、とくに地方の下級裁判所が組織、財政面で地方政府に依存しているため、結果的に、今回の武漢のような問題が仮に起きて正式裁判になっても、地方政府や問題企業に有利に働くような判決、司法判断になりかねない。言ってみれば癒着構造だ」という。
 

その杉本さんは、中国の大学で講演などをするチャンスがたびたびあった際、日本の高度成長期に経済成長優先の経済風土の下で、企業が引き起こした公害問題に対して住民の訴えにメディアが、そして地方政治、自治体が呼応し、結果的の地元選出の国会議員が国会で問題視、霞が関の行政も公害対策に踏み出した事例を具体的に挙げ、日本の公害対応、環境汚染対応を学習材料に、あるいは教訓にしたらいいと強く述べた。しかもその際、杉本さんは先例となる英国ロンドンの大スモッグの都市公害対応も同時に教訓とすべきだ、と訴えた、という。

中国は日本の公害対策で学習しているが、
民主制度を導入する気はない?

 これに関しては、私も同じような問題意識を持っており、以前、中国を取材訪問した際、杉本さんのロンドンのスモッグ公害対応まで思いが至らなかったが、中国の取材先などで問題をぶつけたことがある。
この点に関してさきほどの清華大学・野村総研中国研究センターの松野さんは「日本のことは、彼らは間違いなく学習している。しかし中国は、国民がすべてを決める、という民主国家ではないので、日本や欧米のような民主制度を導入する気は全くない。彼らは、日本の制度を学習しているのではなく、『環境問題を社会的に解決する』ための科学的な手法を学ぼうとしているだけだ。中国のメディアも、環境問題を鋭く追及するが、それは国民に知らせる段階にとどめている。中国では、解決の主体はあくまでも共産党政府なのだ、ということを理解しないとダメだ」と述べている。
 

何とも難しい国だ。しかし、NHKスペシャルで調査報道した現実は、中国の武漢の一例で、他の地域では、問題噴出している。ある面で都市複合汚染だという状況が起きていると言っても言い過ぎでない。これが、中国国内におさまらず、周辺国や地域に及んでいる現実が問題になっているのだ。重ねて言いたいところだが、中国習近平政権が「大国」あるいは「強大国」を誇示するならば、対策のホコ先を変え環境大国をアピールする国にすべきだと思っている。いかがだろうか。

著者プロフィール

  • 牧野 義司
  • 1943年
  • 大阪府
  • 早稲田大学大学院

今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

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