日本農業の戦略的強み活かし、高コストなど弱みを克服すれば十分に競争力 農水省次官OB高木さんの問題提起に賛成、TPP参加表明で農業抜本改革を


時代刺激人 Vol. 125

牧野 義司まきの よしじ

経済ジャーナリスト
1943年大阪府生まれ。
今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

 「国際競争に勝てる強い日本農業めざしてがんばる」と、来年から輸出先の台湾で新潟コシヒカリの現地生産に取り組む新潟玉木農園の農業青年、玉木修さんを前回コラムで取り上げたところ、反響があった。「時代刺激人」の役割を果せたか、とうれしくなった。そこで今回は、日本農業が閉そく状況にあると悲観する前に、課題克服に取組んで日本農業が持つ強みを活用すべきであることをぜひ述べたい。最近、農業問題専門家の話を聞く機会があり、問題意識がほとんど同じだったので、その人の問題提起を紹介しながら、意見が割れる環太平洋経済連携協定(TPP)について、私自身としては、参加表明賛成を通じて、日本農業の抜本改革につなげるべきだ、という考えであることを述べたい。

その専門家というのは、元農林水産省事務次官の高木勇樹さんのことだ。私は毎日新聞時代に農水省をカバーして農政をいろいろ取材したが、歴代の事務次官の中には旧自民党政権の農林族議員や巨大な農業団体、全国農協中央会(全中)との政策や利害調整に終始した調整官僚が多かった。その中で、高木さんは間違いなく骨太の政策官僚の1人だ。今回、ある研究会会合で、農政の現状や今後のあり方について、話を聞いたが、その問題意識はジャーナリストでないかと思うほど、現場を踏まえて鋭く、共感できるものだった。

成熟度高い国内市場に加え最終消費7、80兆円のアジア市場の存在はチャンス
 さっそく高木さんの問題提起を、ご紹介しよう。話のテーマは「TPPと日本農業問題――本当の課題は何なのか」というものだったが、高木さんの結論は、日本農業の強みを活かす制度やシステムの構築を図るべきだ、日本はTPP交渉の場に加わり、交渉を通じて情報収集を図り、TPP参加が日本の国益にかなうかどうか判断すればいい、という。

日本農業の強みについて、高木さんは、いくつか挙げている。まず、世界の中で依然として所得水準の高い1億人超の人口を抱える豊かで成熟した日本の国内市場を持っていること、同時に東アジアという、食料などの最終消費額が7、80兆円(円換算)、加えて富裕層が厚みを増しつつある中国など巨大な「食」を欲する市場をターゲットにできる現実があること、この2つは日本農業にとってチャレンジのチャンスである、という。全く同感だ。前回コラムでも述べたが、日本の食文化は世界中でブームを越えて、「安全・安心」「おいしい」「ヘルシー」といった点が定着しつつあり、この機会を活用すべきなのだ。

情報技術や異業種の科発技術、知財が農業のすぐそばにあり活用のチャンス
 続いて高木さんの挙げた強みは、IT(情報技術)、ロボット、品種改良、栽培技術など異業種の開発技術や知財が農業のすぐそばにあり、それらを活用出来るチャンスがあること、企画力や販売力、雇用力、付加価値力といった持続的経営体(法人経営体)の出現や活躍が十分に見込めること、さらに農業「経営」者のマインドの高さがあること――で、これらは日本農業の強みを活かすためのバックアップ材料だ、という。

このITの農業への活用の面白さを最近、実感した。三重県津市で株式会社オリザという企業を立ち上げアグリベンチャー(農業ベンチャービジネス)にチャレンジする若者たちの活動を、私が取材した時のことだ。31歳という若い最高経営責任者の浅井雄一郎さんは、オランダが施設園芸のトマト栽培技術に関して、オープン・イノベーションという形で世界中に技術をオープンにしているのに刺激を受け、日本でも応用に踏み切ったのだ。

若者のアグリベンチャーも技術のオープン・イノベーションで新農業にチャレンジ
 浅井さんらはいま、インターネット上で日本国内の若手農業者に働きかけて完熟トマトの独自栽培技術を共通マニュアル化し、全国8か所の農業者仲間でその技術をもとに同じ品質のトマトをつくりあげる。浅井さん自身も、4000平方メートルのビニールハウスで温度などをコンピューター制御して生産する。株式会社オリザがそれらを一括で買い上げ、伊勢丹や三越などの有名デパートに販売し収益をあげるシステムで成功している。

昔ながらの経験や培ったノウハウ活用によって、それぞれの農業者が自分だけで生産に取り組むのも大事だろう。しかしITで生産技術情報を共有し、全国各地でオリザ・ブランドの同質の完熟トマトをつくるところが農業ベンチャーのポイントだ。日本農業の持つ品質管理技術などを加味すれば、さらに競争力のある農業に変えることが可能になるはずだ。高木さんが指摘するのも同じことで、日本農業にはこういったさまざまな技術活用の素地が農業現場にあり、チャレンジ精神で日本農業が弱みを強みに切り替えるべきだ。浅井さんらの取り組みを見ていると、新しい時代の農業が登場しつつあることを感じる。

高木さん「TPP参加で高コスト構造、農地の非効率利用など弱み解決に取り組め」
 高木さんの問題提起はここからだ。TPP対応を含めた国際化、自由化への日本農業の対応について、高木さんは「国のあり方に対する戦略、覚悟をもった政治主導によってTPPの協議や交渉に参加することが必要だ。それら交渉などを通じて状況を把握しつつ、日本の水田農業や畜産、果樹などの生産に関して、地域ごとの徹底した経営分析を踏まえて強みを伸ばし、弱みを是正する処方の策定が必要だ。それによって、真の国益確保に万全を期すことだ」という。

その強み、弱みの処方の策定については、高木さんによると、水田農業で言えば強みは高品質、安全、安心の技術的な裏付けだ。弱みは高コスト。特に飼料用や加工用の米にそれが言える。また、農地の集約化をめざしても、受託などで借りることのできる農地が分散していて非効率な農地利用しかできないことも弱み。酪農に関しては、強みは欧州共同体(EU)並みの規模があることだが、弱みは高コスト、草資源の低位利用も問題、さらに減価償却の高さなどで、これらの弱みの克服だ、という。
そこで、高木さんは「強みを伸ばし、その一方で、弱みをなくす方策の実現のためにはスピードが大事。必要な制度や施策の提案をすること、端的には構造対策実施の影響額がどの程度かはじき、その対策に必要な額、財源、変動要因の的確な把握も重要だ。それらをもとに対処方針、工程表をつくる。やれば出来る」と述べている。まったく同感だ。

「農産物輸出でも国家戦略が必要、民間で対応困難な輸出インフラの整備を」
 前回コラムで取り上げた新潟の玉木青年の米輸出など日本の農産物輸出を進める環境づくりについても、高木さんは「国家戦略として、民間で対応困難な輸出向けインフラの整備に早急に取り組むことだ」という。具体的には検疫制度の整備、知財権の保護、関税のチェック、容器や包装を含めたきめ細かい物流システムの確立、民間輸出体制の整備や金融・税制面でのバックアップが必要だ、という。

新潟の玉木青年もその点を強調していた。具体的には「国の行政が、米を含めた農産物輸出に真剣に対応する、という態勢になっていない。たとえば新潟から台湾への米の輸出に関して、新潟東港からの船の直行便が少なく、現実問題として遠距離の横浜港を使わざるを得ないが、国内陸送運賃のコストが割高で経営圧迫材料だ。そればかりでない。集荷や検査・保管管理・精米・出荷・輸出の一貫システムにつながる低温倉庫がほしいが、行政には輸出志向が薄いので、そうしたニーズの把握もできていない」という。

TPP参加めぐり意見割れるが、守りの農業で事態打開図れず、ガラパゴス化が心配
 さて、日本はTPP参加を表明するかどうかがポイントになる。これまで述べてきたことから、おわかりのように、私は、日本がTPP参加を表明し、それに伴って日本の農業が国際競争力をつけるためのさまざまな改革に取り組めばいいと考えている。農業だけにスポットが当たっているが、ヒト、モノ、カネなどさまざまな分野での自由化が課題になるのは間違いない。政治決断も必要になるが、日本はいま、国の形を新たに考え直す、作り直す時期に来ており、農業に関しても、その延長線上で抜本改革するチャンスだと思う。

日本国内では、このTPP参加をめぐって、意見が割れている。メディアの世論調査では社会保障財源とからめた消費税率の引き上げへのリアクションと同様、TPPへの参加表明に関しても過半数の賛成が数字になって出ているが、農協など農業団体、大学の研究者の間では根強い反対意見がある。反対論のポイントは、例外なき関税撤廃、関税ゼロ化によって安い農産物が海外から流入すると、日本農業は価格競争の面で太刀打ちできず、結果として食料の経済安全保障上も問題が多くなる、というものだ。

しかし、私は、守りや保護にばかりこだわり国際競争の現場から距離を置いたことによって、結果として、日本農業は守りにこだわった部分だけ、攻めの部分でも取り残されてしまい、気がついてみたら、日本農業ガラパゴス化してしまい、せっかくの日本の食文化を武器に海外に出るチャンスも失ってしまう、という気がしてならないのだ。

TTP交渉での例外なしは建前、米国は弱みの砂糖の例外扱いを主張へ
 外務省や経済産業省のTPP問題担当者によると、TPP関係国同士の交渉では農産物に関して、原則的に例外を認めない、という方針で進んでいるが、それは建前であって、米国がTPP交渉で、豪州との間で結んでいる自由貿易協定(FTA)で例外扱いにしている砂糖などをTPPでも前例踏襲してほしい、と、原則から外れる主張をしている。日本が仮に交渉参加を表明しても、米国の砂糖問題を引き合いに、日本の米問題の特殊性を主張し、例外扱いにすることは十分に選択肢としてある。むしろ、交渉参加を表明して、各国の本音を探るなど情報収集に動いたほうが得策だ、という。
高木さんも、冒頭部分で述べているように、「日本はTPP交渉の場に加わり、関係国との間での交渉を通じて情報収集を図り、TPP参加が日本の国益にかなうかどうか判断すればいい」という姿勢だ。私も、この点は異存ない。

高木さんは1993年ウルグアイラウンドでのMA米受け入れの愚策避けよの主張
 ただ、高木さんは、今回、仮にTPP参加表明したあとでも、かつて日本が1993年のウルグアイラウンド(多角的貿易交渉)最終局面で、米の取り扱いについて「例外なき関税化の例外」を外国に認めさせた半面、778%の高率関税をかけて米の輸入に関する関税の壁を設け、代償として、米国の執拗な要求を受け入れてミニマムアクセス米(MA米)という最小限の輸入米を受け入れた愚策を二度と行うべきでない、と述べている。

確かに、そのとおりだ。このMA米は、あまり知られていないが、いまや日本政府にとっては泣き所になっている。国内では米の需給調整のために生産調整(米の減反)政策を続けている手前、国内市場から隔離し、義務で輸入する外国産米の大半を海外への食料援助などに活用するか、あとは数年前に社会問題になった米粉加工会社、三笠フーズによる汚染米の不正転売事件の原因になったのもこのMA米だ。
このMA米の在庫が膨れ上がり、政府の在庫保管費用などの財政負担が年間100億円にのぼり、その累積の財政負担額はすべて国民の税金でまかなわれている。米を守ったツケがこういった形で来ていることも事実だ。この教訓を忘れてはならない。日本は、TTP参加表明後は、まずは日本農業の抜本改革策を本格的に議論し、競争力をつけて本格交渉に臨めばいい。いかがだろうか。

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