「考える力」を身にまとい、世界標準目指せ


立命館アジア太平洋大学(APU)
学長
出口 治明

SOLOMON

日本は「経済一流、政治三流」といわれた時代があった。だが今年1月、出口治明さんは立命館アジア太平洋大学(APU)学長に就任した。
「本当にそうだろうか」と苦言を呈する。日本経済の体たらくは経済人の学力ばかりか、自分で「考える力」を備えた教養がないからではないか。世界標準の教養を身にまとった経済人を育てようと、出口さんは大学の場で奮闘を始めた。


学生と教員のその半数が外国籍という立命館アジア太平洋大学(APU、大分県別府市)は日本のグローバル教育を牽引する大学である。昨年9月、「学長候補の一人として推挙されました」という連絡を突然受けた出口治明さんは「選ばれるはずはない」と咄嗟に思った。
日本生命で働いていた時には、ロンドンの現地法人社長を務め、国際業務部長にも就いた。日本企業の中では「国際派」と言っていいが、英語は「ペラぐらい」と謙遜する。博士号も修士号も持っていない。APU学長の選考条件は博士号を持っていることと英語が堪能で「ペラペラ」なことだった。「僕には関係がない話」と思っていたら、あれよあれよという間に本決まりとなった。
「少し毛色の変わった方に決めようとでもお考えになったのか。でも選ばれた限りはやるしかない」。やると決めたら早い。昨年のクリスマスには居を東京から別府に移した。
学長の選考方法が実は気に入っていた。
過去の3代の学長は京都の学校法人立命館が決めていたが、4代目はAPUのメンバーが独自に学長候補者を推薦して決めることになっていた。

10人の学長候補者選考委員会
4人が外国人、3人は女性。ダイバーシティーにほれ込んだ

公募に応じた自薦他薦(出口さんは他薦)の100人余りの中から、副学長が選考委員長となり、他に5人の教員、2人の職員、2人の卒業生という10人の選考委員会が候補者を絞り込んでいった。この選考委員10人のうち4人は外国人、3人は女性だった。「普通の大会社の指名報酬委員会と比べてもぶっちぎりのダイバーシティーぶりです。選ばれたことはとても光栄です」と出口さん。
日本生命を還暦前に中途退社し、独立。2008年にライフネット生命を開業して社長となり、ネット生命保険市場を開拓した。ビジネス界での経験をどう大学運営に生かすのか。
「大企業に勤めた後、この10年間はベンチャー企業を経営しました。組織を運営するのは企業もNPOも大学も同じ。企業はいい人を集め、いい仕事をする。大学ならいい教員と学生を集め、いい研究といい教育をする。それを支える経営陣の役割はどんな組織でもしっかりとした財務基盤を整えること。これまでの経験が生きます」。そう自信を見せる出口さんは学内関係者からレクチャーを受け、教育基本法や学校基本法を読み込み、勉強の日々を送る。
学長執務室には学生らがやってきてディスカッションをすることも。「毎日、面白くてワクワクドキドキだ」と楽しんでいる。
日本の大学を取り巻く環境は厳しい。英国の教育雑誌によると、世界大学ランキングで日本の大学は年々、順位を下げ、東京大学でも46位(2017年)。アジアでも中国やシンガポールの大学の後塵を拝している。日本経済の低迷と大学の地盤沈下は無関係ではない。

欧米に比べ低い日本の成長
時代の変化に合わない日本の仕組みが原因

出口さんは指摘する。
「この20年間、米国は平均3%、欧州は平均2%の成長をしているのに日本は1%という低さ。世界の変化に伴って他の国は変わっているのに、日本が変わっていないことを示しています。日本が得意だった製造業の工場モデルはみんなで決めたルールを守り、辛抱強く作業を行う市民を育てました。自分の頭で考えない方が都合のいい社会でした。これまでの教育を変えねばならないのに変わらなかった」

先の見えない時代
自分の頭で考える 尖った「ジョブズ」を育てたい

先が見えない時代である。自分の頭で考えず、みんなで決めたことを守っているだけでは、新しい時代に合ったアイデアは生まれない。
「APUではアップルを創業したスティーブ・ジョブズのように自分で考え、尖った発想を持つ個性豊かな学生を育てたい」
出口さんはユニークな学生が育つ環境がAPUにはあるという。6000人近くの学生のうち51・4%が89ヵ国・地域からの留学生、約170人の専任教員の50・3%が外国籍だ。学生も教員も日本人と外国人が半々で、学生は日本語か英語のいずれかを学び、中級レベル以上の能力を身につけます。留学生は日本人と一緒に、日本人は留学生と一緒に協働する授業を必ず受けなくてはならない。
「日本人だけの大学なら何も言わなくても周りが忖度してくれるが、APUでそれは不可能。国籍、性別、年齢フリーの世界標準で鍛えられる」。出口さんは、日本社会の中では珍しいダイバーシティーがAPUで実現し、様々な個性が組み合わさることで、新しい知恵やイノベーションが起きるのではないかとみている。
大学として世界標準の「考える力」がある学生を育て、社会に送り出そうとしている出口さんだが、日本企業に注文がある。
「企業が学生の大学時代の成績をちゃんと評価し、採用する際の判断に使うようにならないと日本は変わらない」
欧米企業の採用では大学の成績を重視し、原則的に卒業後に採用を決めるという。どのような理由で大学、学部を選び、成績がどうだったかを説明させ、採否を決める。だから学生は大学で必死に勉強をする。
「日本の多くの企業の場合、1、2時間の面接で決める。しかも『クラブは何をした?』『バイトの経験は?』という質問ばかり。中には、内定を出した後に成績表を出させる企業もある。これでは学生は4年間、勉強しません。日本企業の採用システムが人材の劣化を招き、自分で自分の首を絞めている」日本企業がモノづくりだけではなくサービス産業でも新しいイノベーションを起こせるようになるには、世界標準の学力と考える力を兼ね備えた学生が正当に評価され、企業が採用するようにならなければならないのだ。そのためには世界標準でみっちり4年間教育するAPUが目に見える形で実績を上げなくてならない。英国の教育専門誌の日本ランキングでは、西日本・九州の私立大学でトップになった。「総合」でも全国21位にランクインした。
「大学間の競争は激しくなっている。APUはまだすそ野の大学です。しかし、きらりと光るユニークさで実績を出し、他の大学に刺激を与えたい。すそ野を上げればテッペンも上がる」
一見、控えめな発言の出口さんだが、日本の大学の改革を九州・別府の地から進めようとする意欲がみなぎっている。

日本のビジネスパーソンよ
もっと考える力をつけ、世界を学べ

戦後の日本経済は、キャッチアップ、人口増加、高度成長の3点セット
戦後復興、高度成長、ジャパン・アズ・ナンバー1の時代、そしてバブルの崩壊……。日本の戦後の歴史を振り返り、出口治明さんは「自分の頭で考えない方が都合のいい社会だった」と言い切る。
日本の敗戦はまさに米国との工業力の圧倒的な格差が原因だった。戦後の復興は、まずその反省から始まった。工業立国、輸出立国で成長しようとGEやGMといった米国を代表する電機メーカーや自動車メーカーをお手本として再生を目指した。米国というゴールがはっきり見えていたのだ。
言い換えれば、自分の頭でビジョンを考え、戦略を練る、という復興ではなかった。そこに団塊の世代という人口を押し上げる集団が登場し、日本経済は「人口増加」というボーナスを享受し、発展した。「アメリカへのキャッチアップモデル、人口増加、高度成長」という3点セットが機能したピラミッド社会、それが戦後の日本の社会だというのが出口さんの持論だ。
しかも戦後の日本の発展モデルはモノづくり、即ち製造業の工業モデルだった。工場は力と体力で勝る男性が有利な職場。男性が長時間外で働き、女性は家庭を担うという性分業が効率的だった。夫は家では「メシ、風呂、寝る」の3語で過ごし、それに応えてくれる妻が良妻と言われたのが戦後の日本である。
冷戦構造が崩れてから約30年。インターネットが普及し、産業構造は劇的に変わった。
「時代が大きく変わったのに働き方が変わっていないのが日本です」と出口さん。

「メシ、風呂、寝る」は終わった
国籍、性別、年齢 すべてフリーへ

日本人の年間労働時間は2000時間、長期休暇は1週間。それに対して欧州の労働時間は1500時間以下で1ヵ月のバカンスを取る。それなのに近年の欧州の成長率は日本を上回る。どう考えてもおかしな現実がある。
出口さんの指摘は女性の待遇にも向かう。
「世界経済フォーラムが発表した世界各国の男女平等の度合いを示すジェンダー・ギャップ指数(2017年)をみると、日本は144ヵ国中の114位。企業などで幹部社員の中の女性比率も欧米は30〜40%なのに日本は10%にも満たない。女性の待遇についても世界の変化に対応できていない」
「国籍、性別、年齢すべてフリー」の国にならなければ、これからの日本経済の成長はないのだろう。
「新しいアイデアやイノベーションはできるだけ互いに遠い距離にある既存の知恵やノウハウなどの組み合わせから生まれると言われています。だとすれば同じ国、同じ性別、同じような年齢が集まった同質的な集団からはイノベーションは生まれにくいのです。このような経験的に分かっているダイバーシティーを取り入れない保守性が日本にはあると思います」
女性の幹部登用について出口さんは「クオータ制(一定割合のポストを女性に割り当てる制度)を導入するべきだ」と主張し、
世界標準を目指せという。
なぜ日本は過去の成功モデルにしがみつき、変われないのだろうか。

問題は日本人の「低学歴」「修士号」、「博士号」
取得が普通の欧米企業幹部

追いつき追い越せのキャッチアップ時代が長かったので、自分の頭で考えることが少なかったことが理由の一つだが、出口さんは「低い学力が問題です」と言い切る。
日本の大学進学率は約50%。OECDの他の先進国の平均は60%を超えるので日本は明らかな低学歴国だ。加えて大学時代に単位は所得しても、本当に勉強したかというと疑わしいのが現実だ。
出口さんの著書『本物の教養』(幻冬舎新書)によると、日本の大学生が在学中に読む本は平均約100冊、一方米国の大学生は平均約400冊という。読書量だけでも日米で4倍の勉強量の差があるのだ。
こうした現状は大学自体の問題でもあるが、すでに述べたように日本企業の採用システムの問題でもある。企業が学生に大学時代の成績の優劣をそれほど求めていないのだから、日本の大学生が真剣に勉強するインセンティブが生まれるはずがない。
国連など国際機関への日本の分担金は経済力に応じて比較的多いのに、そこで働く幹部職員の数が少ないと言われてきた。出口さんは「これも日本人の学歴が低いから。国際機関の幹部職員になる条件は最低限でも修士号を取得していることだ。博士号を持っている人もざらです。日本人は就職したくても応募できないのが実情です」と言う。
グローバル企業の管理職社員の募集でも修士号や博士号の取得は必須条件と言われる。日本企業の幹部の学歴は、出口さんに言わせれば「低学歴」ということになる。
もちろん経済人の優劣は「学歴」では必ずしも決まらない。パナソニック創業者の松下幸之助氏やホンダ創業者の本田宗一郎は尋常小学校にしか通っていなかった。学歴さえあれば、経済人として必ず成功するわけではない。
だが先が見えない時代になってからおよそ30年経ち、欧米に比べて低迷し続ける日本経済の現状を見ると、働き方や女性の待遇、勉強に対する姿勢等で、欧米の先進国との間に歴然とした格差があることが浮かんできた。ならばまずここに切り込むべきだろうと考えるのが出口流である。

出演者情報

  • 出口 治明
  • 1948年
  • 三重県
  • 京都大学

企業情報

  • 立命館アジア太平洋大学(APU)
  • 公開日 2018.04.26
  • 大学名
  • 立命館アジア太平洋大学
  • 業種
  • 教育
  • 設置場所
  • 大分県別府市十文字原1-1
  • 設立
  • 2000年4月(1999年12月文部省設置認可)、2003年4月大学院開設
  • 学生定員(総収容定員)
  • 5,350名

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