中山間地域おこしの「ちょっといい話」 蕎麦屋からソバづくりに転じ見事成功


株式会社赤城深山ファーム
高井眞佐実

時代刺激人 Vol. 269

牧野 義司まきの よしじ

経済ジャーナリスト
1943年大阪府生まれ。
今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

群馬県の赤城山中腹でソバ栽培にチャレンジし、中山間地域での難しい農業経営に見事成功した人がいる。その前歴がユニークで、何と東京小金井市での25年間に及ぶ蕎麦屋経営の経験を生かしての一念発起の結果だ、という話を聞き、ジャーナリストの好奇心で現場取材に行ってみた。

群馬県の赤城山中腹でソバ栽培にチャレンジし、中山間地域での難しい農業経営に見事成功した人がいる。その前歴がユニークで、何と東京小金井市での25年間に及ぶ蕎麦屋経営の経験を生かしての一念発起の結果だ、という話を聞き、ジャーナリストの好奇心で現場取材に行ってみた。これが大当たり。実に素晴らしい取り組みで、私自身が元気をもらうほどだった。そこで今回は、課題山積の中山間地域で、ソバ栽培を通じて地域おこしする「ちょっといい話」を取り上げてみよう。
チャレンジしたのは、農業生産法人の株式会社赤城深山ファームを経営する高井眞佐実社長だ。川にたとえると流れに逆行して川下の蕎麦屋から川上に駆け上がってのソバ専作だが、現在64歳の高井さんの取組みは、今やアクティブシニアの挑戦だ。蕎麦屋経営に区切りをつけ、40歳から始めたソバ栽培は当時としては勇気のいることで、とくに農業生産は天候など自然条件とのし烈な闘いがあり、素人が誰でも出来るという単純なものではない。高井さんによると、最初の5年間は試行錯誤で、苦労の連続だった、という。

赤城山中腹斜面160ヘクタールで夏・秋ソバの二期作、
こだわりの土づくりと無農薬栽培

その高井さんは最初、3ヘクタールのソバ栽培からスタートしたが、今は赤城山の中山間地域の面積160ヘクタールに及ぶ畑で広範囲にソバ栽培するほどまで、力をつけている。とくに素晴らしいのは、時期が近接する夏ソバ、秋ソバの二期作に取り組んでいることだ。
国内の大半のソバ栽培農家が主力の秋ソバに集中特化する中で、高井さんは、秋ソバ90ヘクタールに加えて、夏ソバ70ヘクタールにもチャレンジした。夏ソバは、夏場の除草が大変で、収量にも制約があるため、敬遠する農家が多いそうだが、高井さんは夏場にこそ、ざるソバ需要がある、とあえて積極挑戦した。暑い夏にノド越しさわやかに感じる新鮮な活きのいい夏ソバを出したい、という蕎麦屋の現場ニーズを長年の経験から知っていたからだ。

そればかりでない。ソバ栽培にあたって、高井さんは土づくりにこだわり鶏糞やソバ殻を使って有機質の土壌を実現した。そして消費者ニーズの強い安全志向に応えるため、無農薬栽培によって高品質の「元気の出るソバ」をめざした。しかもソバを製粉加工して、末端の蕎麦屋向けに販売する、いわゆる1次産業から2次、3次までの、いわゆる6次産業化にも取り組んでいる。味の改良工夫にこだわったことで、今では市場評価を得て、「赤城深山そば」のブランドによって、18都府県にほぼ全量を売り切る企業経営ぶりだ。

標高差使ったソバ栽培に意外な強み、
北海道の広大平地生産と異なる優位性見抜く

さて、ここで興味深い話をしよう。高井さんの生産拠点である群馬県渋川市の赤城山中腹の畑は、200メートルから800メートルまでの標高差の地域にある。農林水産省によると、中山間地域は、平野の外縁部から山間地までの広範な地域を指す。その点で言うと、高井さんの生産拠点は、同じ中山間地域の中でも標高が高い点ではハンディキャップのある土地と言っていい。北海道の広大な農地を使ったソバ生産の場合、標高差などは無関係の平地で、機械を駆使して効率的な生産を行えるのとは対照的だ。私は当初、高井さんから話を聞くまでは、中山間地域の厳しい生産環境下でのソバづくりは大変だろうな、と思っていた。

ところが、私が高井さんからいろいろ話を聞いてみると、中山間地域、それも標高差のある山の中腹斜面を活用したソバ栽培に意外な強みがあることを知った。高井さんの話はこうだ。「標高差をうまく生かした栽培をすれば、やりようによってはコストダウンを図れるのでないかと考えた。標高の高い畑から作付けして順番に少しずつ下に降りていく作業形態をとり、高低差と時間差を活用したやり方でいけば、平地生産のような同時集中して一気に作業する必要もなく、生産性向上も可能になるのでないか」と。要は発想の転換が重要だ、というのだ。

「現場・現物・現実」のモノづくり3現主義で
中山間地域の現場に合った手法を導入

現に、高井さんが赤城山の中山間地域の気象条件を調べると、100メートルで気温が0.6度も異なることがわかり、高地の部分から500メートルも下がると単純計算で3度の温度差がある。このため、ソバの種まきに1か月の時間差を設けることが可能だとわかった、という。
高井さんは「北海道の広大な平地でのソバ生産の現場を見学した際、収穫期1つをとっても、同じ気温の下で同時集中的に大量の人員を投入せざるを得ない。それに比べて、中山間地域の標高差を使ったソバ生産ならば、人員は必要最小限で済み、トラクターなどの機械も有効活用できるので、本当にコストダウンが図れた。これは間違いなく強み部分だと自信を持った」と述べている。

誰もが中山間地域の、しかも赤城山の中腹の斜面という生産環境だと、機械を効率的に動かせることが出来ないばかりか、気温差も災いして温度管理が大変、かつ人員の作業配分にも苦労するなどハンディキャップが多くて苦労が多いのだろうな、と勝手に思い込んでしまう。ところが高井さんは、モノづくりの3現主義、つまり「現場、現物、現実」を見極めて、その現場に合ったソバ生産手法を導入して、見事、コストダウンを図り、同時に、それによって利益も出せる経営を実現したのだ。

「利益を生み出すソバ生産モデルをつくれば、
中山間地域に元気が出ると思った」

そして、高井さんは「利益を出せば中山間地域農業にとって、ソバ生産は儲かるビジネスモデルだ、とみんなに刺激を与えて、元気にすることになると思った」という。というのも、高井さんによると、赤城山の山麓周辺の中山間地域では、農業者の高齢化が急速に進み、耕作放棄せざるを得ない農地が増えてきているため、中山間地域農業に将来展望を作り出す必要があったからだ。

ところが、高井さんの周辺農家には違う現実があった。周辺の農業者は、レタスやブルーベリーといった長年、かかわった作物の生産にしがみついている。高井さんのソバ栽培が利益を出しているのが見えても、積極的に門をたたいて「ソバ栽培方法を教えてくれ。一緒にやろう」といった声かけは皆無だった。それどころか、「高井さん、うちも高齢化で畑を耕す余力がない。うちの畑を使ってくれないか」といった形で、半ば耕作放置化した畑の活用委託を申し入れてくるケースが多かったのだ。

現実は人口高齢化で「生産受委託」要請ばかり、
そこで高井さんは別の地域貢献に

そこで、高井さんは、別の形で地域貢献することにした。経営規模拡大によって、若者を中心に社員化の形で地元からの雇用創出に努めた。現に、周辺農家などの若い男女が入社し、全国にソバを売り出す仕事に誇りを持つようになってくれた、という。また、農地を借りた周辺農家160戸に対して2014年時点で年間800万円の賃貸料を支払っている。農家によっては年間2、30万円の賃貸収入を得るケースもあるので、年金生活に入った農業者にとっては大きなサポートになるのは間違いない。
高井さんは「本当の恩返しは、私が40歳で新規就農して、ソバ生産で何とか利益を出せるまでになった取組みをモデル事例にして、中山間地域でも発想の転嫁で取り組めば、儲かる農業に転化できるぞ、と一緒にやりたかった。でも、こういった地元雇用の創出や農地の賃貸料支払いの形で地域へのお返しも1つかなと今では割り切っている」という。ちょっと残念な気がするが、高井さんの言うとおり、動かない現実には逆らえない。

「ソバは粗放農業で手間ひまかけないでもいい」
というのは間違い、品質管理が必要

ところで、高井さんの自助努力、創意工夫が現在の経営成功に結びついている点を述べてみたい。高井さんは面白いことを言う。「ソバは粗放農業で、荒れ地でも育つ、手間ひまかける必要がないと思っていたら大間違い。太陽、水、土の生産三要素のうち、土づくりがとくに重要だと気が付いた。化学肥料や農薬を使わず有機肥料、とくに鶏糞とそば殻を肥料にした。微生物が豊富で、ふかふかな土にこだわった畑でのそばは根の張り方が違うし葉の色つやもいいのです。元気の素です。ソバ殻も重要で、畑の水はけをよくするだけでなく、微生物の活動促進効果もあることがわかった」という。
さらに、高井さんは「ソバは、雨に弱いのが最大の欠点なのは事実。しかし、水はけをよくすれば問題なし。その点でも赤城山麓のそば生産環境は、年間を通して霧がまいた状態になり、水はけのいい畑となるので助かった。とくに夏場は、朝晩涼しく温度差が大きいのもプラスだった」という。

安全重視の国産ソバめざし中国産ソバ依存から脱却し、
国産の「強み」発揮努力を

また、ソバの品種選びに関しても、高井さんは工夫をこらし、良質品種を選び、その種子は、品質特性を維持するため毎年、全量更新を行った。「ソバは、早期に収穫すると、味がよく香りもいいので、それに努めた。ただ、収穫後のソバの傷みが早いので、乾燥調製などの工程管理、さらに保管の方法も細心の注意を払った。おかげで苦労して生産した新そばに対する評価が大きくなり、製粉会社経由で納入する蕎麦屋さんから、『今年の新そばは出来がいいね』と評価をもらった時は、うれしかった」という。これもまた、25年間の蕎麦屋経営体験が生きている、ということだろう。

今、国内ソバ供給元の中国産が、中国での都市化の影響で生産地が減少すると同時に日本への輸出価格も上昇してきた。このため、日本国内で国産ソバ志向が高まっている。以前は、ソバの国産比率が19%だったのが、今は23%にまで上昇している、という。しかし、高井さんによると、国産ソバの強みは、高井さん自身が取り組む有機質の多い土づくり、安全志向に対応する無農薬栽培などによって、安全・安心のソバであることを国産の強みにすればいい、と言うのだ。そのとおりだと思う。

「農地バンク」と従来型の農業委員会の2つによる
農地受委託が機能しないのは問題

最後に、高井さんの問題提起に納得してぜひ、述べておきたいことがある。それは、政府が2014年から始動させた「農地中間管理機構(通称農地バンク)」のことだ。このプロジェクトは、安倍政権が農業の成長戦略の1つとして、農業の規模拡大や経営効率化のために耕作放棄地や農家が活用していない農地を集約し、国が主導して専業農家にまとめて貸し出すシステムだが、最近の農林水産省の発表では、政府が目標にした数字に対して実績がわずか5%という信じられない低調な数字だったことだ。

高井さんによると、農業の現場では、国が都道府県に委託した農地バンクを通じた農地の受委託のやり方と、もう1つ、従来型の地域の農業委員会が自治体の市町村当局と連携して生産者と農地を借りたい人との間で利用権設定をして受委託を成立させるやり方の2つが併存し、うまく機能していない、と言うのだ。
高井さんが経営展開する赤城山中腹の中山間地域では、高井さんと周辺農家のニーズが一致し、農地の生産受委託をめぐる話し合いや交渉がスムーズに進み、高井さん自身の規模拡大ニーズとも合致した成功例と言っていい。ところが、他の都道府県では、専業農家と、高齢化で耕作放棄地にしたままの兼業農家などとの間に入って、調整役を果たすべき自治体に人手不足、業務量の多さという忙しさに責任を負いたくないというおかしな意識の蔓延、それに2つのルートの一本化が図れない問題などが重なって、機能していない。それが「農地バンク」の目標数字の5%の低迷数字にもつながっている。問題の所在がはっきりしているのならば動くのが政治であり、行政であることは言うまでもない

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