エボラ出血熱危機管理体制に大問題 免疫法と感染症法がタテ割りで連携せず


時代刺激人 Vol. 257

牧野 義司まきの よしじ

経済ジャーナリスト
1943年大阪府生まれ。
今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

世界中を震撼させている西アフリカのエボラ出血熱が、何かのはずみで、もし日本に飛び火したら、いったいどういった事態が起きるだろうか。想定したくもない問題だが、その時は、間違いなくパニック状態になるだろう。

世界中を震撼させている西アフリカのエボラ出血熱が、何かのはずみで、もし日本に飛び火したら、いったいどういった事態が起きるだろうか。想定したくもない問題だが、その時は、間違いなくパニック状態になるだろう。
その先例が最近、米国にあった。2001年9.11同時多発テロ以来、米国はテロリスクに異常なまでの危機管理体制を敷いているが、ニューヨークで10月23日、西アフリカ・ギニアから欧州経由で帰国した男性医師に、何と帰国後6日たってから高熱症状が起き、チェックしたらエボラ出血熱感染の陽性反応が出たため、大騒ぎになった。

米ニューヨークで先例、男性医師に発症までの
潜伏見抜けず一時はミニパニック

医師は帰国の検疫時、発熱症状がなかったので、当局も大丈夫と見たのだろう。医師は普段通りの生活だったので、接触した人が多かった。このため、突然の発症が情報開示された途端、ひょっとして感染したのでは?という不安心理が広がり、巨大都市ニューヨークは一時、ミニパニック化した。これが米国の恐れる生物兵器のバイオ・テロにつながるものだったら、騒ぎはもっと大変だったはずだ。
致死率の高いエボラ出血熱には、実は最大21日間の潜伏期間があるため、発症するには時間がかかる。この点を軽視してしまったことが、米国の危機管理ミスの最大のポイントだったのだ。しかし日本でも同じことが十分に起こり得る。

そこで今回は、このエボラ出血熱の危機管理の問題を取り上げてみたい。経済ジャーナリストの私がなぜ専門外の問題に関心を、と思われるだろう。実は、エボラ出血熱に関する日本の危機管理体制は大問題、という元厚生労働省技官で、パブリック・ヘルス(公衆衛生)問題専門家、内科医の木村もりよさんと最近、知り合う機会があった。とても刺激を受けて問題意識を共有させていただくうちに、木村さんから緊急セミナーを開催したいので協力を、との依頼があり、私がセミナーの司会役を引き受けてしまった。そんな経緯もあり今回、私なりにジャーナリスト目線でエボラ出血熱の危機管理問題をコラムで取り上げてみることにした。ぜひ、ご覧いただきたい。

2009年新型インフル時の失敗教訓生かせ、
「水際作戦」より危機管理体制が重要

専門家の木村さんの興味深い問題提起をご紹介する前に、私が考えたエボラ出血熱対応に必要な日本の危機管理のポイント部分を先に申し上げよう。
まず、2009年のメキシコ由来の新型インフルエンザ対応で、当時の成田空港での検疫対策の「水際作戦」失敗の教訓を今回、どう生かすかだ。ご記憶だろうか。到着した飛行機内に防護服姿の人たちが入って必死で検疫チェックしたにもかかわらず、関西地区の高校生がすでに別ルートで帰国してしまっていて感染リスクを防ぎ切れなかった問題だ。要は「水際作戦」は根本対策にならなかった。同じ過ちを繰り返すな、ということだ。

そこで2つめの問題は、空港などの水際で食い止めることにエネルギー集中するよりも、エボラ出血熱がいずれ日本国内に入り込むことを前提に、それに対応する広範な危機管理体制を構築する方が先決だ。あとで申し上げるが、日本は、その点に関して課題山積だ。
3つめは、日本が主導してアジアでの広域危機管理ネットワークづくりを行うことだ。日中韓3か国の保健大臣(日本は塩崎恭久厚生労働大臣)が最近11月23日、北京でエボラ出血熱対策に関する緊急会合を開催、患者発生時の情報共有などに取り組む共同声明を出した。もろ手を挙げて賛成だが、日本は今後、巨大人口を抱える中国で感染症が発生した場合の日本やアジア全体へ波及するリスクを考え、危機管理システム構築などの情報提供を行い、未然防止に協力することが必要だ。

専門家の木村さん「有事と平時の危機管理区別が
あいまい、結果は希薄な体制」

さて、ここで専門家の木村もりよさんに登場願おう。木村さんは現場経験を踏まえて、日本のエボラ出血熱など感染症危機管理体制が十分に機能していないこと、とくに有事(緊急事態)と平時の管理体制の区別があいまいで、結果的に、危機管理という概念が極めて希薄なシステムになっていることが問題だ、と警鐘乱打している。
とくに感染症対応の法律として検疫法と感染症法、さらに緊急事態対応の新型インフルエンザ法があるが、互いにリンクしないことが問題という。たとえば検疫法は、感染症が日本国内に入るのを防ぐ法律で、厚労省の出先機関、検疫所が日本への玄関口の成田国際空港や横浜港などで検疫対応する。しかし感染症が国内に入ってしまうと、検疫法領域から国内法の感染症法管轄となったと地方自治体に対策を委ねるチグハグさだ、という。

木村さんはわかりやすい例をあげる。羽田空港国際線ターミナルで問題が生じた場合、検疫所職員は制限区域を含めて自由に立ち入りできるが、もし乗客が国内線ターミナルに移動すると法的に立ち入りができず、東京都の担当職員に対応を委ねる仕組みだという。確かに法律の立てつけがおかしい。緊急事態時に法律をタテに責任逃れしたりした場合、どうするのだろうかと思ってしまう。タテ割りの組織、それにからむ法律が互いに縄張り争いしている形だ。木村さんが危惧する危機管理の現実は確かに問題だ。

感染症受け入れの医療機関が貧弱、
全国45機関、ベッド数80、医師不足と指摘

木村さんの話をもう少し紹介しよう。エボラ出血熱が現実化した場合、政府は危機管理体制として、内閣危機管理監をリーダーとする初動体制を敷く。各省庁に、それぞれの行政に即した分担を委ね、エボラ出血熱の場合、厚労省が中心となる。ところが、厚労省は平時の場合と同様、国内への感染症侵入を食い止める「水際作戦」に過度に力を注ぎ、肝心の国内対策は地方自治体に依存するだけ。役所はどこも法令順守が第一で、危機の時にさまざまな法体系がフルに機動的連携する仕組みになっていない点が問題だ、という。

さらに木村さんが問題視するのは、エボラ出血熱患者を受け入れる日本国内の医療機関の体制の脆弱さだ。現在、特定感染症指定医療機関と第1種感染症指定医療機関を合わせて全国に45しかなく、ベッド数でいくとわずか80床、それに対応する専門医療スタッフも大きく不足している。しかも全国47都道府県のうち青森、鹿児島など9県にはまだ、これら第1種感染症指定医療機関すらない。危機への体制づくりがお粗末なのだ。

エボラウイルス研究の国立BSL4施設が
住民の反対で30年以上も立ち上がらず

問題はまだある。エボラウイルスなど危険な感染症を引き起こす病原体の封じ込め対策の研究を行うバイオセーフティ・レベル4(BSL4)という国立感染症研究所の特別施設が周辺住民の反対運動で、1981年以後、30年以上全く機能していない。ウイルス研究が出来ないため、医薬品開発も遅れたままだという。国はなぜ、住民の利害とからまない新たな土地を探して研究施設を立ち上げないのか、という疑問も起きる。

ここで、私が問題提起した3つの点を中心に危機管理体制の在り方を申し上げよう。
まず1つ目の「水際作戦」の限界問題だ。厚労省は現在、エボラ出血熱対策のために、成田国際空港など国内主要空港で海外からの旅行客を対象に熱エネルギー検知のサーモスタット装置での体温チェック、帰国者全員に発症国の西アフリカ4か国での滞在歴がある場合、その滞在期間などを自主申告してもらうなど、海外からの外国人旅行者、日本人帰国者が入国する前に感染症リスクを発見する「水際作戦」に全力投球している。

「水際作戦」の限界見極め、むしろ
エボラ感染症侵入を前提に危機管理体制を

しかし、冒頭に挙げた米国の事例のように、エボラ出血熱には最大21日間の潜伏期間があるため、「水際作戦」では十分にチェックできないのが現実だ。仮にギニアからインド、タイを経て中国の会議に出た後、日本に来たという場合、直行で日本に来ていないので、チェック側に緊張度が欠けるリスクがある上、いくつかの国を迂回しているため、発熱リスクがなければチェックもおろそかになる。

となれば、誰もが当然、考えることだが、「水際作戦」にエネルギーを集中するよりも、まずは広範な危機管理体制を整備することだ。つまり、エボラ出血熱はいずれ日本に入り込む、と危機を想定すること、そしてそれを前提にした体制づくりを急ぐことだ。
そこで思い出すことがある。中越沖地震後、私は新潟県柏崎市で開催された原発危機管理をめぐる国際シンポジウムに参加したが、米国の原発危機管理の専門家が指摘した問題意識は、私には目からウロコだった。要は、米国は原発事故が起きるという前提でそれに対応する危機管理体制を敷いているのに、日本は、原発事故を起こしてはならない、起きるはずがない、という「原発安全神話」前提でコトにあたり、危機管理体制が出来てないのは問題だ、という話だ。
結果的に、それから数年後、東京電力福島第1原発事故が起きたが、その時の危機管理体制の脆弱さがさまざまな問題を引き起こし、被害を甚大化させてしまった。米国専門家の指摘どおりだった。エボラ出血熱対応もこれと全く同じだ。水際で侵入を防ぐのだ、ということよりも、侵入を前提に、それに対応する危機管理体制の構築こそが重要だ。

今こそ立法府の政治の出番、
解散総選挙にエネルギー費やす場合でない

そうしてみると、木村さんが指摘した検疫法と感染症法が一本化出来ていない問題、このため、法律が違うことを理由に厚労省と地方自治体がうまく危機連携を機動的に行わないばかりか、下手をすると責任のなすりつけあい、といった危機管理の現実になりかねないことをまず直すことに取り組むべきだ。それを行えるのは立法府の政治で、党利党略で解散総選挙などを行っている場合でない、と言いたい。
さらに、危機管理体制の構築ということで言えば、木村さんが問題提起したエボラ出血熱患者を受け入れる日本国内の医療機関体制を早く立て直すことだ。全国の9つの県に未だに、第1種感染症指定医療機関が置かれていないというのも国や自治体双方の問題だが、たとえば、まだ未設定の青森県で、仮に青森空港にエボラ出血熱感染リスクが表面化した場合、隣接する岩手県などに助けを求め、断られた際の「たらいまわし」リスクにどう対応するのか、といった問題などのことを想定して早めに対応することが必要だ。

エボラウイルスなど危険な感染症対策研究を行うバイオセーフティ・レベル4に関しても、住民の反対運動で30年以上、封印されたままというのも問題だ。対案を考えるべきだ。先進国で立ち上がっていないのは日本だけというのを今回、知って驚いた。

日本が人口多いアジアでの感染症リスク未然防止のため
危機管理体制づくりを

世界的に人口集中するアジアではいま、成長志向が高まり、経済成長優先政策が高じて、結果的に環境問題への対応や医療体制整備の遅れが次第に重大問題化しつつある。こういった時にこそ、日本は、エボラ出血熱など感染症リスク対応に関して、アジアで主導的な活動を、と言う点はすでに申し上げたとおりだ。
この点に関連して、エボラ出血熱の震源地の西アフリカで根源部分を封じ込める対策がますます重要になってくる。日本は、相変わらずカネを出すが、専門研究チームや医療チームの組織的派遣が極度に遅れている、という話を聞くと、日本国内の危機管理体制づくりも重要ながら、国際貢献という意味で、西アフリカでの各国との連携対応はもっと重要だと思う。バイオテロを封じ込める国際的な研究連携もさらに重要だ。まさに課題山積だ。

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