地政学イアン・ブレマー氏が面白い 「Gゼロ」後の世界リスク分析が的確


時代刺激人 Vol. 266

牧野 義司まきの よしじ

経済ジャーナリスト
1943年大阪府生まれ。
今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

国際政治経済の先行きが不透明な中で、世界中いたる所で起きるさまざまな出来事、問題がどういった展開を見せ、それがからみあって何か重大なリスクになっていくのだろうか、といったことは、まさに地政学の領域の話だが、私たちのようなジャーナリストは、いつもアンテナを張り巡らし、地政学にからむ情報や分析ヒントを得たいと必死になる。

国際政治経済の先行きが不透明な中で、世界中いたる所で起きるさまざまな出来事、問題がどういった展開を見せ、それがからみあって何か重大なリスクになっていくのだろうか、といったことは、まさに地政学の領域の話だが、私たちのようなジャーナリストは、いつもアンテナを張り巡らし、地政学にからむ情報や分析ヒントを得たいと必死になる。
最近、その地政学アプローチで国際政治経済情勢分析を行う著名なユーラシアグループ代表のイアン・ブレマー氏の話を東京で聞くチャンスがあった。結論から先に申し上げればブレマー氏持論の世界主要国リーダー不在による混乱とも言える「Gゼロ」状況が欧州を中心に世界に広がる、というもので、なかなか説得力があった。そこで今回のコラムは、先行きを読むに際して、とても重要ヒントになるブレマー氏の話を軸にお伝えしよう。

世界動かすエンジ役の米やEU、日本が悪戦苦闘、
リーダー不在が問題で「Gゼロ」

私がなぜ、ブレマー氏の地政学的分析に興味を持ったかをまず、申し上げよう。実は、2年半前に、ブレマー氏の著作の翻訳本「『Gゼロ』後の世界――主導国なき時代の勝者はだれか」(日本経済新聞出版社刊)が出た際、好奇心をそそられるタイトルだったので、さっそく購入して読んでみた。そこには目からウロコ、つまりは日ごろ、モヤモヤして見極めがつかなかった問題がクリアに描かれていて、まさに大当たりの内容だった。それ以来、ブレマー氏の地政学をベースにした分析情報に強い関心を持っていた。

なぜ「Gゼロ」なのか、ポイント部分を少し引用させていただこう。
「世界からグローバル・リーダーシップが失われている。米国では党派対立による政治闘争と山積する連邦債務のため、1930年代以降で最悪の不況からの回復が遅々として進んでいない。今も続く債務危機はヨーロッパ、その諸機関、その未来への信用を損なっている。日本では地震、津波、原発事故という三重の災害からの回復について目覚ましいものがあるのに、20年にわたる政治と経済の停滞を克復できないでいる。30年ほど前、これらの国々は世界経済を動かすエンジンであり、G7(主要先進7か国会合)という世界秩序の心臓部だった。今は、ただ単に足場を取り戻そうと悪戦苦闘している」と。

新興国中国、インド、ロシアなども国内に問題抱え
世界の重い責任背負いきれず

さらにG7以外の「中国、インド、ブラジル、ロシア、トルコのような新興国は、拡大しつつあるこの権力の真空状態を埋める能力も、意思もない。新興国は、それぞれの国内で非常に困難な問題を抱えているため、世界的な政治と経済のリーダーシップの分担について、今以上に重い負担を引き受けることが出来ない」という。
「(中略)最近誕生したG20(20か国地域・首脳会合)は、根本的な政治的・経済的価値観が、まとまりがつかないほど多様であるため、切迫した問題でない限りコンセンサス提供が出来ない。誰がリーダーになるのか。今後数年間、世界の誰もリーダーになれないだろう。これが『Gゼロ世界』、第2次世界大戦が終わって以降、グローバル・リーダーシップという課題を引き受けられる国や国家連合がどこにも存在しない状況なのだ」と。

実は「Gゼロ」の予兆は40年前に、
サミットに首脳が集まって決めるスタイル定着

しかし、私は「Gゼロ」は今から40年前の1975年に始まった、と思っている。当時、フランスのランブイエに先進6か国と言われた米国、ドイツ、フランス、英国、日本、イタリアの首脳が集まって先進国首脳会議(サミット)を開いた。米国を含めて当時、突出したリーダーシップをどの国もとりえず、みんなで集まって決めないと何も決まらない、方向付けができない状況になったため、サミットという形で首脳が集まって決める枠組みをつくらざるを得なかった、ということだ。裏返せば「Gゼロ」現象の予兆は、すでに40年前から始まっていた、と言えるのでないだろうか。

以後、このサミット会合は毎年1回、持ち回りで開催され、EU(欧州共同体)がオブザーバーという形で加わった。途中からカナダが参加してG7、さらにそのあとにロシアが加わってG8となった。ロシアのウクライナへの軍事介入、クリミア半島併合問題で主要国の対ロシア制裁が表面化し、現在は残る7か国によるサミットとなっている。

ユーラシアグループが1月公表の
「2015年世界10大リスク」も興味深い

さて本題だ。ブレマー氏が「『Gゼロ』後の世界――主導国なき時代の勝者はだれか」を出版した当時から2年半後の今、世界の動きをどう見るのか、ぜひ知りたいところだ。その前に、ブレマー氏が代表を務めるユーラシアグループが今年1月に公表した「2015年の世界の10大リスク」を挙げておこう。これも参考になる。

それによると、トップは欧州政治の弱体化だ。ユーロ債務危機は一時ほどのリスクでなくなってきたが、極右、極左政党が勢いを増し社会不安を招いている、欧州でリーダーシップを発揮すべきドイツ、フランス、英国が国内に問題を抱えていることが問題、という。2位が欧米と対立を深めるロシアで、2015年全体のリスクとなる。ロシアの中国、イランとの連携、中でも北京とモスクワの協力体制が深まると地政学的リスクをはらむ、という。以下、3)中国経済減速の波及 4)米国がならず者国家への金融制裁を兵器化 5)広がる「イスラム国」の脅威 6)新興国指導者の求心力低下 7)政府の企業への影響力拡大 8)サウジアラビアとイランの対立 9)中国と台湾の関係悪化 10)トルコが失政で混迷、など。ただ北朝鮮、韓国、日本の東アジアに言及がないのが意外だ。

欧州政治弱体化とロシア関係を危惧、
ギリシャの「ロシアカード」使用のリスク指摘

今回の「2015年の世界リスク」4月講演で、ブレマー氏が地政学観点からのリスクとして取り上げたのが欧州とロシアの問題だった。分析が興味深いので、ご紹介しよう。
ギリシャのチプラス首相が4月8日にロシアを緊急訪問しプーチン大統領と会談、その際、EUのウクライナ問題をめぐる対ロシア制裁に反対と表明したことを取り上げ、ブレマー氏は「ギリシャは、財政改革を前提にしたIMF(国際通貨基金)やECB(欧州中央銀行)とのギリシャ金融支援交渉が難航する中で、ロシアカードを切り、欧州に揺さぶりをかけた。ロシアが今後、ギリシャを取り込み、その一環としてNATO(北大西洋条約機構)からの離脱を求め、ギリシャにロシア軍基地を設けるなどの動きに出たら地政学的リスクが高まる」と述べた。興味深い視点だ。

ブレマー氏は「ギリシャのEU離脱はない。国民の80%がEU残留を求めているためだ」と述べたが、「ギリシャがロシア接近というロシアカードを切ってEUとの金融支援交渉に揺さぶりをかけるのはロシアを喜ばすだけで、欧州とロシア関係をこじらせるリスクだ」と。国際的に孤立状態にあったロシアが中国に接近していることやロシアにサイバーテロの力があり、武力行使よりも、その行使力を警戒すべきだ、と述べたのが印象的だ。

英国のEU離脱リスク、右派台頭の仏も同じリスク、
米国のキューバとの和平評価

ブレマー氏が今回の講演の中で危惧していたのは、1月時点と同様、欧州政治の弱体化だ。1つが5月7日投票の英国下院選挙での最大争点のEUからの離脱問題で、保守党が英国独立党の急伸に背中を押されEUからの離脱となれば、EUのリスクが高まると指摘。またフランスでも右派が台頭しEU離脱論が力を増している点も無視できない、という。ドイツもメルケル首相が大衆迎合のポピュリズムへのコミットに苦しみ、結果としてリーダーシップを失いつつあり、EU弱体化の遠因となっている、という。ブレマー氏流に言うと、これらの動きはすべて互いに絡み合い、地政学的リスクなのだ。

米国に関しては、課題山積としながらも、最近の米国、キューバの歴史的な和解、国交正常化に向けての動きを主導したことをブレマー氏は評価した。ただ、ブレマー氏によれば、今回の動きは、むしろキューバ側の要因によるもので、原油価格の低落によって友邦国だったベネズエラが激しく凋落し、原油供給や財政支援の面で頼りにできず、米国の歴史的な和解によって米国からの投資などに戦略転換したことだ、という。ただ、米国が反米のベネズエラなど抑え込むチャンスと見て、キューバを取り込んだことは間違いなく、その点で地政学的な戦略判断が決め手になった、と私も思う。

中国政権の政治改革は評価だが、
経済は減速、国内に年金・医療投資課題も多い

また、ブレマー氏の講演で、今後を考えるに際して興味深かったのは、中国、ロシア、インド、ブラジルを含めた新興国の動きに関する部分だ。G7諸国の低迷のもとで、それに続く新興国がそれぞれの国に政治、経済両面で問題を抱え、とくにガバナンスの課題が多い点は変わっていないため、Gゼロ状況が続かざるを得ない、と述べた。

問題は、中国に関する部分だ。ブレマー氏は「中国の習近平政権は、国有企業の改革や共産党内部の汚職撲滅キャンペーンに乗り出しているのは評価できる」と述べたが、「経済の減速は避けられない。国有企業や地方政府の不良債権や債務リスクにどこまで対応できるかが課題だ。中国は今、AIIB(アジアインフラ投資銀行)などでアジアにインフラ資金を供給しようとしているが、年金や医療の制度が弱く、そのための国内投資に資金をつぎ込む必要がある。人口動態を見ても高齢化が進んでいるし、環境汚染対策投資も必要だ」と述べ、これら国内対策を行わないと政治不安を引き起こすリスクがある、という。

中国独自の世界標準・基準づくり無視できない、
ブラジルは先進国入り潜在可能性

ただ、ブレマー氏は、中国がAIIB創設に踏み出し世界銀行やIMFなどワシントンコンセンサスと呼ばれる米国主導の国際金融機関システムに対立する枠組みづくりにチャレンジしていること、とくに人民元改革やインターネットアーキテクチャーなどを通じて中国独自の世界標準・基準を作り出そうと考えていることを問題視し、すぐに機能するとは思えないが、無視すべきでない、と述べた。私も同感で、なかなか鋭い指摘だと思った。

また、他の新興国のうち、ブラジルに関して、ブレマー氏は、政治、経済両面で数多くの問題を抱えていることを指摘しながらも「先進国の仲間に入る潜在的な可能性が一番ある」と述べた。私自身、40年ほど前にブラジルに仕事で行った経験があるだけで、定点観測が出来ていない。当時も貧富の格差が大きく、経済面では不安定ながら、飛行機の国産はじめ、工業化にも積極的に取り組んでいたのが印象的という程度だが、ブレマー氏は「中国やインド、ロシアと比べても潜在的な成長力がある。周辺国は最悪と言っていい国々が多い中で、最高の部類に入る。長期的には成功できる方向に向き始めた」というのだ。

日本は地政学的リスクとは別に、
女性登用が不十分、サウジと変わらないと厳しい

このほか、インドはじめアジア、さらにサウジアラビアを中心にした中東などの問題に関しても、ブレマー氏は、地政学的な見地から、ジャーナリストにとってもユニークな切り口の指摘があり、とても参考になった。
最後に、ブレマー氏は、日本をどう見ているのだろうか、という点が気になる。興味深かったのは、女性への対応問題だ。「日本で仕事することが多いが、安倍政権が女性の登用などを成長の起爆剤にとか言っている割合には、私の見る限り、サウジアラビアと変わらない。女性の力を本気で活用すべきだ」と。ブレマー氏得意の地政学とは直接結びつかない話だが、外部の目線が手厳しいことを、私たちはしっかりと受け止めることが必要だ。

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