ホンモノの働き方改革を実践中。理念のない会社も経営者も存在意義がない
サイボウズ株式会社
代表取締役社長
青野 慶久
「働き方改革」がブームになっている。
そうしたなかで注目されているのが、早くから働き方改革に取り組んできたサイボウズである。
しかし、世の中のブームとサイボウズが取り組んできたものとは、まるで別物でしかない。
サイボウズの働き方改革は失敗のなかから生まれてきた。
世の中のブームは、理念のない経営と同じで意味がない。
「社員の我が儘を受け入れる」といっても、言葉では簡単だが、実践となると、なかなか簡単ではない。
かなりの難易度である、と言っても間違いではない。それは、「いっぺんにはできない」という青野氏の言葉にも表れている。
サイボウズでは、社員目線の働き方改革を実行するにあたって、それぞれの社員が働き方を選べる「選択型人事制度」を採用したが、選択できる働き方は9分類だった。全員の我が儘をいっぺんに受け入れようとしても、その体制が整っていなければ、バラバラな働き方をしているにすぎない。それでは、組織は崩壊する。だから、とりあえず9分類を定めて、組織としての効率性も維持する体制づくりから始めたのだ。
しかし、その9分類も廃止した。
「本当の意味での多様な働き方を実現するために、『100人いれば100通りの働き方』を追求し、完全に個別の働き方を選べるようにしました」 と、青野氏は言うが、それで会社として成り立つのか疑問は残る。社員の我が儘を受け入れることで会社の生産性が失われれば、元も子もないことになる。
「逆です。社員の我が儘を受け入れると、社員のモチベーションは上がるし、個性や能力も発揮できるようになる。結果として、会社としても大きなメリットを得ることになります」
さらに、青野氏は続ける。
「サイボウズでは副業も認めています。むしろ、推奨しているといってもいい。当社では『副業』ではなく『復業』と書きます」
本業の他に仕事を持てば本業が疎かになる、と考えるのが普通である。だからこそ、ほとんどの会社で副業は許されていないのだ。
「それも逆です。ひとつの会社に縛ってしまうと社員の能力を閉じ込めることになりがちですが、復業だと能力は高まります。個人の能力が高まれば、当然、会社へのフィードバックも大きくなる可能性が広がる。さらにサイボウズ以外での仕事が、サイボウズとのコラボレーションにつながることもあります。 復業を推奨することは、実は会社にとっても、いいことだらけなわけです」
ただし、「我が儘な働き方で同じ給料」では、不平等である。大きな不満が生まれ、社内に亀裂ができることも避けられない。
「もちろんです。だから、働き方に見合った給料制度を敷いています」
かつて、サイボウズでは成果主義の給料制度を導入したこともあった。結論を言えば、失敗だった。自分の成果だけを上げるために同僚の仕事は手伝わない、足の引っ張り合いも横行する、まさに「悪しき競争主義」が蔓延した。それが、いい結果をもたらすはずがない。
「サイボウズでの給料を決めるのは『市場性』です。その人の能力と働き方に、どの会社でも、つまり市場が認める価値が給料です。それを導き出すために、膨大なデータを蓄積してきています。もちろん、本人の言い分も聞きます。『ヘッドハンティングの話があって、給料が現在よりこれくらい高い。だから、同額だけアップして欲しい』と言ってくる社員もいます。それも市場性ですから、アップします(笑)」
我が儘な働き方も副業も認められるし給料も交渉できる、となれば、「働いてみたい」という希望者が多くなるのは当然である。実際、サイボウズの入社希望者は増えつづけている。
「でもね、うちの採用試験は難しいんです。希望者のうち、採用は1・5%にすぎない。つまり、98・5%が不採用です」
学歴をはじめとして過去の経歴をいっさい問わないのがサイボウズだ。それでも、「奇跡」と呼べるほどの人数しか採用されない。
「サイボウズが最も重視しているのは『チームワーク』です。誰だって『大事にしたい』と言いますが、その意味、大事さを真からわかっている人は少ない」
とはいえ、それを面接だけで見抜くのは「至難の業」ではないだろうか。その疑問に、青野氏はきっぱりと答えた。
「うちの人事部は世界最高峰です。それを見抜く力があります」
理想があること 会社にも経営者にも絶対条件
サイボウズには、「誰でも使えるグループウェアを作りたい」という目標がある。その目標を実現するには、会社というチームが一体になって取り組まなければならない。
「それには、チームワークです。誰でも使える最高のグループウェアをチームワークで作る、それが私の掲げる理想でもあります」
青野氏は言う。 そして、「理想のない会社にも経営者にも存在意義はない」と強調した。経営者としての彼の信念である。さまざまな改革がサイボウズでは実行され、進行しているが、そのすべてが青野氏の信念に基づくものなのだ。
青野氏は、本名での姓を「西端」という。仕事上と本名が違うのだ。別に、芸名やペンネームというわけではない。結婚を機に妻の姓になったからだ。
結婚によって妻の姓が夫の姓に変わるのは、日本では「当然」とされてきた。職場での姓が突然に変わるのは不自然だというので最近は、結婚しても仕事上では旧姓でとおす女性も増えてきている。しかし、これが男性、しかも有名企業の社長となれば、かなり珍しい。
とはいえ、青野氏が結婚で妻の姓を選んだことについては、複雑な事情があったわけでもない。妻が「(結婚で)姓を変えたくない」と言ったからなのだ。喧々諤々の言い争いがあったわけでもなく、悩み抜いたわけでもなく、それをあっさりと認め、青野氏が「西端」になったにすぎない。
「本名と仕事上の姓が違うと、意外にも困ることが多いんです。株式の登記とかも面倒だし、公の仕事をする場合などに本名を求められる場合が多いんです」
株主総会でも、そうだ。青野氏が座る議長席には「西端慶久」と名前が書かれている。株主もそうかもしれないが、青野氏自身がすごく違和感を感じる。
不便きわまりない。そして青野氏は、「夫婦別姓を選べる法制度がないのは憲法に違反している」として、国を相手取って訴訟を起こしている。自分の仕事をやりやすくする、といった個人的な理由からではない。
「世の中には、働くうえでおかしな慣習がたくさんあります。それを変えていかなければ、楽しく生き生きと働ける環境にならないからです」
そんな青野氏が最近、特におかしな制度と感じているものがある。定年制だ。個人の意思や能力を無視して、ある一定の年齢になれば会社を強制的に辞めさせられてしまう。日本のビジネス社会では「常識」のごとくまかりとおってしまっている。
「定年制には絶対反対です。これは、年齢差別以外の何ものでもありません。
個人の働き方が変わってきている以上、いつ仕事を辞めるかも個々で違うはずです。それを無視して、経営者は社員を一律でしか捉えようとしない。だから、定年制も変えようとしない。日本の経営者も、もっと時代にあわせて進化すべきです」
もちろん、サイボウズでは「定年なし」となっている。しかし、サイボウズの真似をする会社は、なかなか現れない。サイボウズの人事制度が話題にはなっても、それが社会を変える引き金にまでなっていないことに、青野氏は怒りさえ覚えているようだ。
「定年制についても、いつか訴訟を起こしてやろう、くらいに考えています」
青野氏の動きから目が離せない。
「後継者の育成を考えているのか」
と、まだ47歳の青野氏に対して、いささか失礼になるのではと思える問いをしてみた。それに彼は、即答した。
「考えていません」
まだ自分は若いから必要ない、ということではない。彼は続けた。
「私には、絶対にやりたくないことがあります。それは、私が死んでも、私が亡霊のように残り続けるような会社はつくりたくない。
だから私の遺言は、私が死んだら社名も捨てろ、理念も捨てろ、基本は会社の解散です。解散して、残った人たちで話し合って、ゼロからつくっていって欲しい。
時代が変われば、必要とされる理念も違ってくるはずです。私だって、私が死んだ後の変化なんてわかりませんよ。いま言っていることが通用するはずがない。時代が変わったときに私が生きていたとしたら、いま言っていることとは違うことを言うはずです。亡霊は時代の変化についていけません。だから、解散!」
保身ばかりに熱心で、時代の変化に鈍感な経営者が実は多い。それが日本の現状であり、最大の問題点なのかもしれない。青野氏の言葉は痛烈だ。
今年12月期決算で、売上は順調に伸びているものの、最終益では前年比マイナス38・9%という減益予想を、サイボウズは発表している。決算の数字を気にする経営者なら、減益という事態は避けたいはずである。不正な形で決算数字をつくる経営者もいたりする。
「今年は、サイボウズにとってアクセルを全開にするときだからです。そのために開発にも投資しなければならないし、製品の広告宣伝にも経費を使う必要があります。だから、減益です。ただカネを使えばいいわけではないので、状況をみながら調整していきますけどね」
グループウェアを広めるには重要な時期だ、と青野氏は考えているのだ。そうした時代の波を逃さず、捉えてうまく乗っていくためには、それにふさわしい投資が必要だと決断した。それには減益などの見てくれには構っていられない、という姿勢がある。
時代を読み、時代に乗った積極的な経営を展開する。それが、青野氏の経営者としてのスタイルである。
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