次は欧州金融危機の顕在化、早くストレス・テスト(不良債権特別検査)を EU連合体の弱さが危機対応遅らせる、破たんリスクある中東欧向け融資も火種


時代刺激人 Vol. 42

牧野 義司まきの よしじ

経済ジャーナリスト
1943年大阪府生まれ。
今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

怒涛(どとう)のごとく押し寄せ世界中を大混乱に陥れた世界のマネーセンター、米国の金融危機も最近になって、やっとパニック状態から離脱したように見える。理由は、バンク・オブ・アメリカなど米金融大手10社が公的資金注入からまだ時間がたっていないのに、米財務省に資金返済を申し入れ、それを財務省が容認したためだ。しかし、まだまだ楽観は許されない。傷みに傷んだ金融市場の再構築には時間が必要だし、世界中の投資家らの信頼を取り戻すにはもっと時間がかかる。それよりも、今、とても心配なのは、米国金融危機の陰に隠れて大きく表面化しなかった欧州の金融危機だ。

国際通貨基金(IMF)が今年4月に公表した「国際金融安定性報告書」によると、世界の金融機関の損失は2007年から2010年までの3年間の累計で、何と4兆540億ドル、円換算で約400兆円にのぼる。
このうち、問題の米金融機関の損失が2兆7120億ドルだったが、欧州も負けず劣らず1兆1930億ドルという巨額数字。これに対する日本の金融機関の損失は1490億ドルで、いかに欧米金融機関の傷みの度合いがひどいか、この数字だけを見てもわかる
IMFはこの報告書で、金融システムの安定化のために必要な金融機関の資本増強額を同時に公表している。

まず米国の金融機関は2750億ドル~5000億ドル、そして欧州のうちユーロ通貨圏のドイツやフランスなどの金融機関は3750億ドル~7250億ドル、ユーロ圏に属さない英国は1250億ドル~2500億ドルというケタ外れの資本増強が必要というのだ。

ECB公表のユーロ圏金融機関の不良債権処理必要額は何と28兆円

ここで、米国の数字を見て、おやっと思われたかもしれない。米中央銀行にあたる連邦準備制度理事会(FRB)が5月に公表した米金融大手19社に対するストレス・テスト(不良債権特別検査)では、10社が750億ドルの資本不足、9社が資本に問題なしという検査結果だったからだ。IMFの資本必要額の推定数字との間に、かなりの開きがある。特別検査がかなり甘かったのでないか、という疑念を抱かせると同時に、米金融危機はまだまだ続くのだ、ということを印象付けたのは間違いない。

さて、今回は、米国の問題よりも欧州の金融危機顕在化が間近かだ、ということを取り上げたいので、そちらに話をしぼろう。
数字ばかり出して恐縮だが、欧州中央銀行(ECB)が6月15日に公表したユーロ圏の金融機関の損失や不良債権処理必要額の数字は参考になる。それによると2007年から2010年までの累計の損失額が最大で6490億ドルという。前述のIMF見通し数字と開きがあるが、欧州の金融機関を直接、間接に見ているECBだけに、実体に近いのかもしれない。

それにしてもケタ外れの数字だ。しかし、ここで注目しなくてはならないのは2009年から10年にかけて最大2830億ドル(円換算約28兆円)の不良債権処理が必要だ、としている点だ。われわれは、金融危機が表面化してから、さまざまな数字にマヒし始めているが、欧州に、まだこれだけの厄介な不良債権の数字の塊(かたまり)の数字があるのは驚きで、裏返せば、金融危機は長く、そして深刻な事態になることを意味している。

米投資銀が売りつけた証券化商品は巨額、IMFも米国より欧州の危機を懸念

複数の金融専門家が口をそろえて指摘する欧州の金融危機の厄介さ、危うさについて、興味深い話をいくつか紹介しよう。まず、米国のリーマン・ブラザーズなど旧投資銀行が崩壊する前に欧州の年金基金などに売りつけた証券化商品が巨額にのぼり、しかもその損失確定が出来ておらず、一種の時限爆弾を抱えているようなものだ、という。これに関して、アジア開発銀行の黒田総裁も最近、東京での講演で、「米国を起源とする証券化商品の損失の半分近くが欧州の金融機関に保有されていると見られている。IMFは米国よりも、むしろ欧州の金融危機に危惧を抱いている」と述べ、専門家の話を裏付けている。

問題は、それにとどまらない。欧州共同体(EU)という27カ国による共同体、連合体が意外にも障害になっているのだ。欧州各国の連合体として、共通通貨ユーロをもとに経済共同市場を形成し、各国間の経済障壁が事実上、取り払われてモノやおカネが比較的自由に動き回るようになって経済成長を押し上げる要因になっていたのは間違いないが、今回の金融危機局面ではリスクの連鎖がきわめて速く、あそこの銀行が危ない、といった話が出ると、あっという間に広がって、危機が増幅されてしまう。つまりは水際(みずぎわ)で防ぐ手立てがない。

ところが、その半面、EUに現地法人や支店網を展開する金融機関に悩ましい問題が起きている。仮にオランダの銀行が不良債権の多いさに身動きがとれず、本国オランダのみならず現地法人化している出先の国々に同じように公的資金の注入要請したとしよう。オランダ政府は自国の金融機関の問題なので、当然、公的資金には前向き対応する。ところが、問題は周辺のドイツやフランスでは、それぞれの国民の税金、財政資金を使って、なぜ、オランダの銀行の資本不足の面倒を見なくてはならないのか、といった反発となって、金融機関の不良債権処理がスムーズに進まないのだ。EUという共同体をつくっていても、加盟各国のお家事情で、危機対応が遅れる、という問題があったわけだ。

ECB軸に共通金融政策が可能だが、財政政策は利害錯そうし危機対応できず

金融政策に関しては、前述のECBが加盟各国にニラミをきかすため、共通政策をとることが可能。ところが財政政策に関して、統一もしくは共同の財務省のようなものがない。このため、今述べたような金融機関への公的資金の注入といった財政支出が伴う政策に関しては、各国の利害が出てきてまとまらず、危機が広がってしまう。もちろん、EUには欧州委員会があり、金融機関への資本注入や銀行間取引などに関する政府保証について、協議のうえで承認して政策の実行に移す役割を果たしている。しかし、金融危機がきっかけで、EUのマクロ経済運営に意外な弱みの部分があることが判明した形だ。

その点で、私は、欧州委員会か、EU首脳会議が主導して、米FRBが行った金融機関の不良債権の実体をチェックするためのストレス・テストを早急に、欧州でも行うのが先決だと主張したい。10年前の日本の金融危機でも、金融機関の不良債権の実体を浮き彫りにするため、徹底した金融検査を行い、問題解決に近づけた。今回の米FRBのストレス・テストは、当時の日本と違って、スピードの時代に対応してか、極めてスピーディに行った。

その点は極めて評価できるが、前述したように、巨額の不良債権の実体にどこまで迫ったのか、どちらかと言えば、検査が厳しすぎて金融市場に不安感を与え、実体経済への悪影響も出かねないとの政治的な判断から、甘い金融検査に終始したのでないか、とみられている。

欧州はストレス・テストに消極的、とくにドイツ財務相は経済への悪影響を心配

ただ、欧州の場合、そのストレス・テストそのものが手つかずであり、何としても金融危機の度合い把握のためにも勇気をもって取り組むべきだ。今のところ9月に実施するという話だが、9月では明らかに問題先送りだ。今すぐに実施して、世界中に情報開示すべきだろう。ところがロイター通信が報じたところでは、ドイツのシュタインブリュック財務相が早期実施、そして検査結果の情報開示の双方に関して、極めてネガティブだ、というのだ。理由は、金融機関の不良債権に関するマイナス情報がマーケットなどで厳しく受け止められ、それが投資家の投資行動のみならず消費者の消費行動などに悪い影響となった場合のことを危惧するためだ、という。

時限爆弾という意味では、欧州の金融機関には、もっと大きな爆弾がある。それは中東欧向けの不良債権の問題だ。最近の例でいえば、バルト3国の1つ、ラトビアの経済・金融危機がわかりやすい。投資バブルによる不動産ブームで年率10%超の高い経済成長を記録したが、米国発の金融危機のあおりで、海外からの投資資金が一気に水が引くように引き揚げたため、一転、ピンチに見舞われ、今年1-3月の実質国内総生産(GDP)は驚くなかれ年率換算40%のマイナス成長になった。問題は、北欧スウェーデンを中心に欧州の金融機関がラトビアの金融機関に融資をしていたため、これらの融資に焦げ付きという形で不良債権化してしまったのだ。

これは、ラトビアにとどまらず隣接するリトアニア、エストニアのバルト諸国のみならずポーランドやハンガリーなどの東欧諸国にも同じような問題が及び、欧州の金融機関にとっては、不良債権の巨大な塊となっている。これらの国家に、万一、支払い不能という形で破たんのリスクが現実化した場合には、巻き込まれる欧州の民間金融機関の影響は想像に難くない。

欧州の金融危機の問題は、米国の危機の陰に隠れて、これまで大きく表面化も顕在化もしてこなかった。しかし、これからはマーケットや投資家の目が欧州に向き、ちょっとしたはずみで危機が増幅されるようなことになると、欧州からロシアへと危機の連鎖が広がるリスクがある。

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