日本での新型インフル感染防止めぐる危機管理で「失敗の研究」が必要 水際対策にこだわり過ぎ、封じ込めではなく感染拡大の速度抑制策を


時代刺激人 Vol. 41

牧野 義司まきの よしじ

経済ジャーナリスト
1943年大阪府生まれ。
今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

 ご記憶だろうと思うが、国連の世界保健機関(WHO)がメキシコ発の新型インフルエンザに関して、4月29日夜の緊急会見で、世界的な感染拡大があり得ると発表し緊張が一気に高まった。日本では水際(みずぎわ)作戦と称して、成田空港などで北米から帰国もしくは日本を訪れる旅行客を対象に厳しい検疫調査を続けた。そして5月9日になって初の感染者が確認され、それからほどなくして神戸市や大阪府の高校生を中心に感染拡大が確認された。1か月たって、発症はやっと下火になったが、一時は、関西地区を中心に、見えないウイルスによる感染拡大リスクに対して、一種のパニック状態になり、さまざまな課題を残した。専門家の話では今年秋に、再び新型インフルエンザが流行して感染リスクが拡大する可能性がある、ということなので、この際、感染防止をめぐる危機管理策で「失敗の研究」が必要だと思う。

ここでいう「失敗の研究」というのは、過去のさまざまな事故事例を検証し、なぜその事故が起きたのか、現場のヒューマンエラーだったのか、それともエラーを引き起こす組織上の問題があったのかどうかなど、再発を防ぐために事例研究を行うことだ。私自身、NPO「失敗学会」のメンバーとして、いろいろな分野の人たちと一緒に研究をしており、今回も、新型インフルエンザの感染防止をめぐる厚生労働省当局のみならず医療現場の問題、メディアの報道の問題などについて、単なるジャーナリスト目線とは別に、興味を持っていたので、ぜひ取り上げてみたい。

小松医師の「新型インフル対策の問題点」指摘は極めて参考になる

まず、医療に携わる専門家の人たちがつくる医療ガバナンス学会のメンバーの1人、虎の門病院の小松秀樹氏が「新型インフルエンザ対策の問題点」という形で問題点を整理されている。いろいろ調べているうちに、とても参考になったので、一部を転載する形で紹介させていただき、何が問題で課題かを浮き彫りにしたい。

<新型インフルエンザ対策の問題点>
1)水際撃退作戦
厚生労働省が今年2月17日に出した「新型インフルエンザ対策ガイドライン」は高原病性鳥インフルエンザを想定したもので、しかも水際撃退作戦を想定した関係機関、地方自治体向けのいわば行政機関向けガイドラインとなっている。厚生労働省当局は、水際での検疫によって撃退し侵入を防ぐことに比重を置いている。これに関連して、専門家諮問委員会委員長の尾身茂氏(WHO理事に内定)は5月28日の参院予算委員会で、検疫は侵入を防ぐことではなく遅らせることが目的だった、と述べている。しかし国立感染症研究所の疫学調査では、兵庫県内での2次感染による新型インフルエンザの最初の発症は5月9日だった。成田の検疫で患者が発見されたのは5月8日だったので、検疫で発見されるよりも前に、新型インフルエンザが国内侵入していた可能性が高い。水際撃退作戦そのものに限界や無理があることを知る必要がある。

WHOも当初から「封じ込め」不可能、めざすは「被害の軽減」を強調

2)風評被害
厚生労働省のさまざまな言動とメディアの報道が、水際作戦での阻止が可能かどうかということを抜きに、阻止しないといけないという「規範」を国民に伝えてしまった。空港での検疫のものものしい姿と、(疑わしい人を検査のため隔離状態に置く)停留という人権制限を伴う措置が、新型インフルエンザに対する国民の恐怖心をあおった。水際での撃退という、そもそも無理なことを「規範化」して、目標とするように見せたことがかえって国民の不安をかきたてた。そして、インフルエンザと診断されると行政、住民から迫害されると思わせた。結果として、それらがインフルエンザを隠すことを奨励することになった可能性がある。

3)感染拡大後の被害を少なくするための対策に遅れ
WHOは当初から「封じ込め」は不可能、めざすべきは「被害の軽減」だとアナウンスしてきた。しかし日本国内では、水際作戦が優先されたためか、水際作戦のために(さまざまな現場が)疲弊したためか、結果として、感染拡大後の被害を小さくするための体制づくりが遅れ、現場が混乱した。

4)サーベイランス(感染の拡がりの系統的な調査)
サーベイランスがなされなかった。今なお、国内での実態が十分につかめていない。現場医師から伝え聞くところ、多くの地域で診断確定のためのPCR検査が、海外渡航歴、関西への旅行歴のある患者に限定されている。このため国内発生があっても把握しにくい状況にある。実態がわからないので、根拠にもとづいて方針を変更することができない。

厚生労働省の医系技官に課題、医学よりも法を優先し判断ミス誘う

<厚生労働省の抱える原理的な問題点>

1)行政官としての医系技官の問題
医系技官は行政官であり、医学よりも法を優先しなければならない。科学的な見地から実情を観察して現実的な対策を考えるよりも、過去の法令にしばられる。行政官は、過去の法令に科学的な合理性があるかどうか、その法令を現状に適用することが適切かどうかを判断しない。医師免許を持っていても、医師としての良心よりも法律が優先されてしまう。科学と医師の良心という判断の砦(とりで)を原理的に持てないので、メディアや政治などの影響で判断が揺れ動く。

2)政治によるチェック
厚生労働省の行政官は政治の支配を受ける。政治は行政官を通じてしか、科学的な知識を得る方法がなかった。政治家は、インフルエンザの封じ込め政策が、科学的に可能であり、正しい政策だという行政官からの情報に裏打ちされて、無邪気に、あるいは脅迫観念に駆られて検疫を推し進めた可能性がある。

3)科学によるチェック
新型インフルエンザ問題は、原理的に、科学によって対応すべき問題だ。ところが日本の学者は伝統的に政治に距離を置いてきたが、その一方で、行政の支配を安易に受け容れてきた。研究費、研究班の班長職、審議会委員などが行政による科学支配の手法、手段として使われてきた。

日米で危機管理に差、学ぶべきは米国の「事故は起きることを前提に対策を」

以上が、虎の門病院の小松秀樹氏の分析だが、さすが医療の現場におられる人だけに、ポイントを突いている。問題指摘に全面的に納得する。そこで、私も「新型インフルエンザ対策の問題点」を提起してみたい。

結論から先に申上げれば、5月7日付の36回「感染拡大が懸念の新型インフルエンザで危機管理策が一気に課題に」というコラムの最後の所で言及したが、危機対応や危機管理に関しては、水際作戦に大きなエネルギーを費やすよりも、起こることを前提に国内での感染予防対策にウエートをかけることが必要だ。その際、私は、米国と日本の原子力発電所事故に対する危機管理意識、対策の打ち方が全く異なること、端的には日本では原子力に対するトラウマもあって、原発事故はあってはならない、起こしてはならないという前提に立ち、行政当局は厳しい規制を加えているのに対して、米国の場合、原発事故といえども事故が起きないということはあり得ない、むしろ起き得るものとして、それに見合った危機管理体制を組む、という違いを上げた。

日本のように、事故は起きてはならないという前提で、行政が法規制し、現場もそれに沿った対応していると、もし事故が現実になると、あってはならないことが起きたとパニックに陥りやすいのだ。

現に、今回の新型インフルエンザで問題が起きている。水際作戦で5月9日にカナダから帰国した大。阪府の高校生ら初の感染者が成田空港で発見されたが、厚生労働省専門家のフォローアップ調査では、最も早い発症者は神戸市の高校生で、それも5月5日だったことがわかった、しかもこの高校生には海外渡航歴がなく、別の感染者からうつった、とみられている。水際作戦が現実問題として、功を奏さなかったことになる。

渡航歴のない高校生が感染者で関係者パニック、ネットでの中傷も大問題

ところが、5月9日以降、成田空港はじめ関空など主だった空港での検疫調査の形での水際作戦に多大なエネルギーが投入され、国内での感染拡大予防体制づくりが遅れた。そればかりか、渡航歴もなく入国者と接点もない高校生を中心とした感染拡大が全く想定外だったため、現場は右往左往するばかり。

そのうち感染者が出た学校がネットなどで誹謗(ひぼう)中傷を受けたり、さらには関西から出張や旅行で戻った人までが「近づくな」「寄り付くな」といった調子で過剰な扱いを受けたりと、信じられない事態が相次いだ。まさにパニックに近い状態だった。
そればかりでない。厚生労働省が地方自治体に急きょ、予防を兼ねた早期発見のための「発熱外来」という窓口を設けて医師を交代で常駐させるように指示したが、現場にさまざまな混乱をもたらした。医療の現場の人の話で知ったことだが、「発熱外来」という発想は日本だけのことだ、という。

いずれにしても、空港などでの水際作戦を含め、厚生労働省の発想は「未然に防ぐべきだ」「ウイルスといえども侵入は防ぐべきだ」ということに、大半の人的、物的エネルギーを投入するが、今回の経験で、その戦略にミスがあった、と言って過言でない。「失敗の研究」という点で言えば、この戦略ミスを繰り返さない、ということでないだろうか。

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