遅々として進まない東日本復興 こわい政治空白、官僚動かぬ恐れ


時代刺激人 Vol. 198

牧野 義司まきの よしじ

経済ジャーナリスト
1943年大阪府生まれ。
今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

 2011年3月11日午後に東日本地域を襲った大地震、大津波から1年半がたった。運命が狂わされた多くの人たちにとって、行き場を失ったまま、どう生き抜くか辛く厳しい現実が続いている。今年8月末に、私は、宮城県仙台市若林区の被災地を1年ぶりに訪れて、農業の復興状況がどうなったか見て回る機会があったが、大津波の爪あとが深く刻み込まれた農地が点在し、草が伸び放題で手つかずのまま、というケースが多かった。

そればかりでない。何も変わらない現実が重くのしかかっていた。1年前に、大津波で農地に壊滅的な被害を受けた農業者の人たちに出会った際、「危機をチャンスに切り替えるしかない。地域や集落で協議し、個別農地の線引きを見直して集約化を図り、大規模経営をめざす」と言っていた話の「その後」を聞いたところ、利害が錯そうして足並みがそろわないうえ、集会のたびに、頑固で保守的な古老の農業者らの反対の声の大きさに、改革派の農業者も説得に疲れ果て、今では事実上、集約による大規模化構想は棚上げ状態だ、というのだ。何とも悔しい話だ。政治や行政がなぜ、こうした現場で変革を主導する役割を果たさないのか、と強い憤りも同時に感じた。

官僚の発想はレームダック化した政権下でリスクとらない?
被災者目線がゼロ
そんな矢先、別の被災地域の現場を歩いていたら、とてもがっかりする話を聞いた。復興プロジェクトを進めている農業関係者が「我慢ならない」と語ってくれた話だ。それによると、復興庁の現場に象徴されるそうだが、霞が関の中央官庁の官僚は総じて、今の混迷する政治状況のもとで、あえてリスクをとって政策実現に動こうとしない。官僚のしたたかさで、政治がどう動くかという様子見に転じたため、復興の現場でプロジェクト申請しても動きが急になくなった、というのだ。

要は、政治が混迷を極め、民主党政権も半ば統治能力を失いつつあり、レームダック化してきている、と官僚は冷ややかに受け止める。そして、解散総総選挙後の新政権がどうなるか定かでなく、仮に、復興の現場でリスクをとってプロジェクトを進めた結果、あとで、新政権のもとで「なぜ、そんなプロジェクトを進めたのか」と責任追及されたりするリスクもある。そのことを考えれば、ここは動くべきでない、という判断なのだろう。そこには被災者目線がゼロなのだ。でも、これが復興をめざすべき現場の悲しい現実だ。

政治家も解散総選挙を意識し復興への取り組み実績アピールに終始の悲しい話
 ディアも集中的に取り上げている東日本大震災から1年半、何が変わったか、という特集企画に連動する、というわけでないが、私が被災地現場で見聞した話を交えて、今回は、東日本の地域再生、復興をめぐる問題を取り上げてみたい。

さきほどの農業関係者の話には、まだ後がある。「誰だとは言えないが、復興にかかわる民主党の政治家を見ていると、自身の浮沈がかかる解散総選挙を意識してか、復興プロジェクトでどういった汗を流したかのアピールなどに終始して見苦しい。復興庁の現場官僚の冷めた動きと合わせて、われわれのように、早く何とかしなくてはという立場の人間にとっては、むなしくなる。とくに政治空白がこわい。政治が指導力に欠け劣化する現実をつくづく感じる」と。政治家の罪も大きい。

NHKスペシャル「追跡 復興予算19兆円」調査報道は信じられない現実を指摘
復興に取り組む現場で見聞した話をする前に、9月9日夜に放映されたNHKスペシャル「追跡 復興予算19兆円」がなかなか素晴らしい内容の調査報道だったので、ぜひ、取り上げさせていただきたい。

結論から先に申し上げよう。本来ならば、東日本の復興に使われるべき国民の税金19兆円の一部が、何と復興と関係ないプロジェクトに使われ、被災地に届いていない、というのだ。しかも、そこには霞が関の各省庁の官僚の巧みな政策誘導によって、遠回しに復興につながるような大義名分で予算化が認められていた、というのだ。
NHKスペシャルの番組担当者がわざわざ情報公開で入手した予算書を、阪神・淡路大震災時に、同じような問題意識で予算チェックした神戸大の塩崎賢明名誉教授の協力で分析し、それをもとに現場取材したものだ。既存の新聞社は、記者クラブ制度に安住せず、こうした調査報道で存在感をアピールすべきだと思うが、それにしても、NHKはよくやった、と思う。

沖縄県国頭村の護岸・国道工事に復興予算から5億円計上、
住民もびっくり
 その報道で、興味深い事例をいくつか紹介させていただこう。1つは、国土交通省所管のプロジェクトで、何と沖縄県の国頭(くにがみ)村での海岸線沿いの国道および海岸護岸工事7億円のうち、5億円が復興のための19兆円の中から予算計上されていた。この工事自体は8年がかりのプロジェクトで、これまでは台風対策の名目で予算化されていたが、NHK報道によると、今回は地震対策のため、という項目が加えられたためか、予算が認められたようだ、という。

NHKは、住民の人に対して「この工事のカネは東日本大震災の復興予算から出ていますが、ご存じだったですか」と聞いたら、その住民は「えっ、そうなんですか」と、驚いて聞き返すが映像に映し出された。住民が驚くのも無理はない。われわれだって驚く話だ。なぜ、沖縄の護岸や国道の補強工事が東日本の復興と結びつくのだろうか。

岐阜県コンタクトレンズ会社の設備拡張に補助金がなぜ被災地への波及効果?
 この類の話はまだまだあった。経済産業省所管のプロジェクトで、岐阜県関市のコンタクトレンズ企業の工場拡張の設備投資に関して、被災地への波及効果を見越した国内立地補助金名目で予算計上され、それが認められている。岐阜のコンタクトレンズ工場の設備拡張がどう被災地につながるのか、と思っていたら、NHKが取材した経済産業省担当者のコメントは「岐阜県で生産が伸びれば、その会社の仙台支店の販売増につながり、雇用も増える。被災地への波及効果は十分に見込める」というものだった。明らかに、無理スジの理屈付けだが、これまた復興予算19兆円から予算化されているのだ。

もう1つだけ、事例を加えよう。NHK報道によると、外務省所管の21世紀青少年国際交流事業に関しても、東日本とのきずな強化プロジェクトの一環ということで、予算がつけられていた。これまで長年、続いていたプロジェクトながら、今回、東京や大阪、京都の見学コースに2日間、南三陸町沖合いを船で回るプログラムを付け加えただけの話だ。外務省アジア太平洋局の幹部は「手法やアプローチは例年のものと似ているが、今回、被災地へ行くことで、意味が違っている」と、何とも苦しいコメントだった。

2011年度の復興予算のうち、5.8兆円が使われず繰り越しの現実も
 NHKスペシャルはこのあと、これら霞が関の行政機関の悪乗りとも思える便乗型の復興関連付けプロジェクトへの予算配分のおかしさを指摘したあと、被災地では逆に、厳しい予算査定で補助金などが認められず、苦悩する人たちの姿を描いている。私もこのあと、似たような事例を申し上げたいので、紹介を省かせていただくが、ぜひ、再放送のチャンスがあれば、この「追跡 復興予算19兆円」をご覧になったらいい。

ところで、復興庁によると、こういった復興と無縁な予算の使われ方がされているおかしさがある一方で、2011年度の復興関係費約15兆円のうち、何と5兆8000億円が使われず仕舞いだった。とくに、そのうち4兆7000億円が2012年度に繰り越され、残り1兆1000億円に関しては関係省庁が復興特別会計に入れ、財政需要に応じてフレキシブルに対応する、という。
このうち、未使用額が4兆7000億円の巨額にのぼったのは、プロジェクトがらみで住民の人たちの合意が得られるまで執行を抑えたケースとか、逆に、予算の査定にかかわる担当者の人数不足で、やむなく未使用になった、と復興庁関係者は説明している。

被災企業への補助がらみで被災者雇用の条件付けが負担で
申請敬遠事例も
さて、私が被災現場で聞いた話で、思わず、行政サイドが予算執行に際して、もっとフレキシブルな対応を考えるか、制度設計を手直しするかしないと、復興の実績は上がらないのでないかと思ったことがある。それは、被災企業が被災者を1年以上、あるいは身分保障して無期限に雇用する、という雇用契約条件を実現すれば、事業復興型雇用創出助成金という予算費目で1人の雇用にあたって最大225万円の補助金を経営者側に出す、という制度があるのだが、被災者支援でさまざまなプロジェクトにかかわっている友人から聞いた話では、被災企業の経営者も大津波で資産をなくして、それでも再生をと踏ん張っていても、補助金ほしさで無理に雇用を増やす自信がない、という人が多いというのだ。

国としては、復興の大きな柱として、事業創出と合わせて被災者の雇用の創出を、という気持ちが強いのは当然だろう。そのために、事業復興型雇用創出助成金という形で、2012年度に4万3000人の被災地雇用を見込んでいるが、聞いた話では、まだ10%弱の実績、という。

官僚も被災の経営者に自信を与えるように制度設計の見直しが必要
 友人の話のように、経営者自身も、事業再生を手伝ってくれる人たちを雇用し、同時に、国からも助成金名目の補助金をもらいたいという気持ちがある一方で、自身が被災でダメージを受けて資産を失たりして、弱気になっている面もあって、雇用をどこまで維持できるか自信がない、というのが本音なのだろう。
こういった場合、官僚も、政策執行に際して、理屈付けさえ、ちゃんとしていれば、フレキシブルに対応可能と、たとえば、雇用に際して何らかの留保条件をつけて、まずは補助金を活用しやすい仕組みに手直しをするとか、工夫が必要だ。このままでは、がんじがらめの仕組みで、運用実績が上がらず、それはそのまま復興につながらない、ということになりかねない。民間の知恵を仰ぐの一案だ。

政治が指導力発揮しなければ事態は動かない、
野田首相も自身も肝に銘ずべきだ
 こうした復興現場でのさまざまな現実、とくに復興予算を活用して動きたいと言っても肝心の復興庁の官僚らが混迷政治の現状に、リスクをとって妙な責任をとらされるのを嫌がって動かないといったことや、おかしな予算の使われ方がしている現実に対して、私は政治がしっかりとした指導力を発揮していれば、こんなことにはならない、そういった意味で政治が問われる、と思う。

野田首相が以前、外国メディアのインタビューに対して「新しい日本を再建することが政治の使命だ。大震災前に存在した日本の姿に戻すという復旧や再生ではない」と述べたそうだが、野田首相自身、自らの言葉に重みを感じているのだろうかと問いたくなる。

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