権利は武器だ! その権利で武装しろ!! 知的財産の大切さと今後のあり方について問う
山本特許法律事務所
代表
山本 秀策
男は、知的財産のエキスパートになった。キッコーマン中央研究所の研究職から弁理士の道に進み、スタッフ200人以上の規模を誇る山本特許法律事務所を育て上げた、前代表、山本秀策。知的財産問題に関して国際的に高く評価されるにいたった経緯と、知財の権利について山本の考え方とは?!
山本ピッツバーグにある、大変大きな巨大企業です。
蟹瀬初めて仕事をもらったときの気持ちというのは覚えてらっしゃいますか?
山本覚えております。アームストロングの所にいたときに、アドバイスをしたんです、何度か。で、これがことごとく当たって、PPGが非常に喜んでくれた。で、そんなことがあって、私が日本に帰って細々と私1人と秘書1人で始めた頃に、ここの特許部長、ミスターセブリーニというんですけど、が訪ねてくれたんです、大阪のそのポツーンと、10坪ほどの事務所に。それで昼食をご馳走して、タクシーを呼んで、タクシーのドアが開いてセブリーニがタクシーに乗り込む直前に「ミスター山本、委任状を送っといてくれ」と言うんですよ。
蟹瀬委任状?
山本代理人として依頼するときは、私に全権を依頼するという委任状ですね。
蟹瀬なるほど。
山本で、「自分は約束はできないけれども、取締役会に山本の話をするから」と言ってくれたんですね。で、口だけ言っているんだろうなと思って、すぐに郵送しておいたんです。そして1カ月ほどたってからですかね、仕事なんか全然ありませんよ、事務所開いても、お客さんがあっての仕事ですからね。するとある日、国際郵便が届いたんです。で、蓋を開けてみますとPPGから仕事が来たんです。
蟹瀬その委任状が入っていたんですね?
山本ええ。うれしかったですね。
蟹瀬うれしかったでしょうね、それはね。
山本はい、もう本当にうれしかったですね。本当は抱きしめて寝たいぐらいでしたね。
蟹瀬あんまりやると問題が起きてくる。
山本夜、寝るときですね。
蟹瀬その書類をですね、そうですか(笑)。
山本はい。
蟹瀬そうですか。そして……。
山本それでもう一生懸命やりました。で、仕事が完全に終わって、全てを報告をした頃にまた来た、もう来ないかなと思ったら、また来たんですね。で、それから、もう信じていただいたか何かで、次から次へと来る……。
蟹瀬だんだんそういうネットワークが広がっていくのでしょうね、信頼のね。そして、アメリカやヨーロッパへ、かなりいろいろビジネストリップ、つまりビジネスのための旅行というとちょっと違うかもしれないけど、出張をなさったと?
山本はい。
山本事務所を開いて数年たったころに父が亡くなったんですけど、父の、もちろん葬儀も終え、お墓も建てて一段落した日に、近くの喫茶店でちょっとお茶でも飲んでホッとしていたんです。そのときに新聞を読んで、何の記事を読んでいたのかちょっと忘れたんですけど、記事を読みながら、はっ!と、そろそろ国際的に目を向けないとなと。事務所、日本だけに閉じこもってその日の仕事をやっているだけでは駄目だなと。
蟹瀬要するに待っていても駄目だと、自分から打って出ていくということが必要だということですね?
山本ちょっと思うことがあって、それでその年の翌年からですか。アメリカ、ヨーロッパを毎年行こう!と。一旦行くと、3週間から1カ月ですね。
蟹瀬それは仕事を実際に取るために行っている旅行なわけですよね?
山本もちろん取るためですけど、取る前に自分を売るということですよね。
蟹瀬具体的にはどういう形で売られたのですか?
山本「仕事ください」というのは、そんなのはだめだということは自分で分かっていました。日本の特許法ですね、特許法をアメリカのお客さんとかアメリカの代理人に正確に伝えて、こういう状況ですから、こういうように特許法を使えば、あなたの今の問題点は解決するよ、というような。
蟹瀬ビジネスがうまくいきますよと。
山本という、そのレクチャーするというか、講義をするというか、そういう感覚で回っていったんです。そしたら1年目、2年目、3年目は反応がありましたけど、それだけのこと、それがだんだん人を通して私に、山本のためにというのでお客さまを紹介してくれたり、私が直接話したお客さんから仕事が来るようになったんです。
津島この後、事務所は200人を超えるスタッフを抱え、知的財産のグローバル企業に発展します。
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