米国は「傍若無人国家」になるのか 次期大統領の米国第一主義に危うさ


時代刺激人 Vol. 290

牧野 義司まきの よしじ

経済ジャーナリスト
1943年大阪府生まれ。
今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

米国次期大統領にトランプ氏が決まってから、予想されたことだが、その言動に、世界中が振り回されつつある。「米国を再び偉大な国に」と叫ぶのは理解できるとしても、「アメリカ・ファースト」(米国第一主義)を全面に押し出し、人種差別や移民排除、保護貿易などを平気で声高に口にしており、このままでは米国が「傍若無人国家」となりかねない。

 日本など同盟関係にある国々にとっての危惧は、トランプ氏の登場で、米国が長年かけて世界に浸透させた人権主義、自由経済主義、法制度による国際秩序、多元主義などが今や空中分解しかねないことだ。それどころかリーダー国としての力の喪失で、世界が混とんの世界に入ってしまう危惧が強まるリスクもある。何ともこわい話だ。

「トランプ氏は価値共有に無関心、
交渉による商取引がベース」とイアン・ブレマー氏

 そんな矢先、米国地政学専門家、イアン・ブレマー氏の分析を聞くチャンスが最近、あった。指導的な力を発揮できるリーダー国が不在になる時代の国際政治・経済リスクを「Gゼロ後の世界」(日経新聞出版社刊)で鋭く指摘した人なので、米大統領選で現実化したおかしな状況をどう見るか、とても関心があったが、結果は予想どおり、手厳しかった。

 「不安定なGゼロ時代の始まりだ。米国第一主義のトランプ氏の登場で、パックス・アメリカーナ(米国の力で成り立つ世界平和)は1945年に始まり、2016年の米大統領選で終わった、と歴史教科書に書かれるだろう」
 「トランプ氏の発想は不動産取引で培ったトランズアクション(交渉による商取引)がベースだ。相手と価値観共有とか共通価値を持つ、といったことをベースにしない。米国にとって最も有利な条件を提示、高い価格をつけてくれる相手にのみ関心がある。同盟関係にある国々は、米国との共通価値基盤が崩れるので、パニックになるかもしれない」と。

不動産売買発想で国際政治・経済・外交を仕切り、
敵・味方感覚で相手区別はこわい
 現実問題として、トランプ氏は米大統領としては型破りだ。トランプ自伝(ちくま文庫刊)を読んだが、イアン・ブレマー氏が見たとおりの人物像で、見識を持った企業家というよりも、不動産売買の発想で国際政治、経済、外交などを取り仕切るリスクが強い。しかも気が短くて、あらゆる人物を敵か味方かの感覚で整理してしまう。世界のスーパーパワーと言われた米国のトップリーダーがこの調子で傍若無人だと、間違いなくこわい。

 最近出会った感情制御技術研究の世界的な専門家で、同時に多彩な能力を持つ光吉俊二さんがトランプ氏を評して興味深い指摘をした。「単純なことに置き換えないと民主主義には勝てない。トランプ氏は『米国エスタブリッシュメント層は、20語以上の英単語が必要とするが、大多数の国民は単語4語以上をこなせない』という点を鋭く見抜き、MAKE AMERICA GREAT AGAINの短いフレーズでアピールし、有権者の人心をつかむ巧みさがある」と。とはいえ、そのトランプ氏は大統領選時から、ツイッターを使って短い文字で対立候補クリントン氏を攻撃し、しかも当選後もメディアを敵視して記者会見を行わず、ツイッターでワンサイドの政治メッセージしか流さない、というのは異常だ。

経済グローバル化のあおりで
米国中西部の製造業を中心に中間層に貧困リスク

 それにしても、なぜ米国に、こんな型破りの大統領が誕生する事態になったのだろうか。私も含めてジャーナリストは、大統領選予測を誤ったことについて、率直に反省しなくてはならないが、根深い米国経済社会の深刻度を見抜けなかったこと、メディアがワシントンのエスタブリッシュメントを取材ソースにし過ぎた点が大反省、と言えそうだ。

 トランプ氏は逆に、その米国ミドルクラス没落を政治テーマにした点に鋭さがあったのかもしれないが、米国西海岸の大学で教授職にある日本人の友人から教育現場の米国人の現実を聞いて、政治の手が及んでいない現実に驚いた。
 友人によると、米国の白人高卒労働者は、経済グローバル化のあおりで時給や日当ベースで賃金レベルの低いメキシコや中国に仕事を奪われ、雇用機会を失って貧困生活を余儀なくされている。中西部のラーストベルト(さびついた鉄鋼などの工業地帯)の製造業が中心だが、他の地域にも広がっている、という。

友人の米国大学教授「トランプ氏が何かで失脚しても
第2、第3トランプ氏待望論」

 それだけではない。白人の高卒の若い失業者は就職資格を得るために大学入学に必死で、学習塾に通ったりする。しかし仮に大学入学しても高額の学生ローンを抱えての大学教育へのチャレンジとなるうえに、学力の低下が目を覆うほど。教授の立場で現場を見ていると、ハングリー精神があって学力もある中国系、韓国系、インド系の学生がいないと、今や専門ゼミを含めて授業が成り立たないほど。このため、白人大学生は就職時の仕事に関しても、それら中国系学生らにいい仕事を簡単にとられてしまう、というのだ。

 その友人教授は「社会で落ちこぼれた形の人たちの潜在的な不安、ストレスレベルは非常に高く、次第に、既存の社会構造や格差を生むグローバル資本主義を嫌悪、逆に現在のシステムでエリートになったエスタブリッシュメントの人々を敵とみなす。そんな中で、自分たちの怒りを最も理解してくれているのがトランプ氏だった、ということだ」と語る。
 この点で、トランプ氏はしたたかだった、と言える。つまり、タフなビジネス交渉術で不動産王にのしあがっただけに、製造業現場の白人貧困層の怒りを巧みに政治テーマにし、そのために反グローバリズム、アメリカ・ファーストを全面に押し出せば勝てると判断したのだろう。友人の教授は興味深いことを付け加えた。「トランプ氏支持の人たちの怒りは強く根深い。仮に、トランプ氏が何らかの形で失脚することがあっても、第2、第3のトランプ氏が必ず現れ、これら怒れる人たちの問題に対応せざるを得なくなる」と。

「誰がアメリカンドリーム奪ったのか
――貧困層へ転落する中間層」の本もすごいルポ

 ここで、私は以前読んだ「誰がアメリカンドリームを奪ったのか?――貧困層へ転落する中間層」(朝日新聞出版刊、上下刊)の本のことを若干、追加したい。米ニューヨークタイムズ紙の記者時代からピューリツアー賞など有名な賞を受賞したジャーナリストのヘドリック・スミス氏が書いたもので、いくつかの製造業現場を丹念に数年ごとに定点観測して変貌ぶりを克明にチェックした結果を描いており、極めてインパクトが大きい。

 その本では、「エコノミストは、(経済のグローバル化で)仕事から放り出された人々がいずれ戻ってきて、もっといい仕事に就くと主張している。そこで、私は、それを確かめることにした。(以前訪問した)オハイオ州ウースターの工場をラバーメイド社が閉鎖してから6年後、2004年に、私はそこを再訪した。ほとんどが前よりもひどい暮らしをしていた。(中略)ラバーメイドに18年勤めたシルビアン・グリーンと妻のロイスは、慈善事業と公共の支援なしには生き延びられなかったはずだ。ラバーメイドでは2人合わせて8万ドルの年収があったのに、その後、連邦政府の支援があっても、2人の年収は半減した」といった調子だ。

トランプ氏の「100日計画」は
事実上の景気刺激盛り込んだトランプノミクス政策

 ヘドリック・スミス氏はこの本の中で、アメリカンドリームを取り戻すための10段階の戦略を盛り込んだ「国内マーシャル・プラン」を提案している。1)老朽化した米国の交通網を現代化し500万人雇用創出のため、新官民パートナーシップを創設、2)イノベーション・科学・ハイテクの研究促進、3)製造業の復興、関連して米国製品を買うバイ・アメリカン運動を起こす、4)米国の税制をもっと公平にしミドルクラスに恩恵を与える、5)中国に公平な貿易を要求――などだ。

 今回、トランプ氏も、来年2017年1月20日の就任後に真っ先に行うという100日計画をすでに公表しているが、それによると、1)年4%の経済成長をめざし、子供2人の中間層の家族向けに所得税35%の減税、法人税は35%から一気に15%へ引き下げ、2)企業の海外移転を阻止するための関税を導入、3)10年間で1兆ドルのインフラ投資の実施、4)医療保険制度「オバマケア」の修正もしくは廃止、5)メキシコ政府の負担でメキシコ国境に壁を建設、場合によって一部地域はフェンスも設置、6)北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉、もしくは離脱の意思表明、7)環太平洋経済連携協定(TPP)からの離脱を表明――などとなっている。

もろ刃の剣の景気刺激策、財政赤字に加え
ドル高で米国企業の輸出競争力ダウンも

 この100日計画は、トランプ政権の経済政策などを占う手がかりであることは間違いないが、金融市場は、このうちの所得税・法人税減税や10年間で1兆ドルのインフラ投資に反応し、景気刺激のトランプノミクスと先取りしたため、株高、ドル高が進んだ。
 しかし、エコノミストに限らず、私も当然のごとく指摘したい点だが、このトランプノミクスともいわれる経済政策はもろ刃の剣で、一連の減税政策や公共投資には裏付けとなるケタ外れの財政資金が必要で、これまでGDP(国内総生産)に占める財政赤字比率が健全レベルに戻っていたのが再び反転し、大幅な財政赤字を招くのは間違いない。同様に、ドル高に今後弾みがつけば、米国企業の輸出競争力は急速に弱まるのは目に見えている。

 これに似た現象がかつてのレーガン大統時代の同じ景気刺激策、レーガノミクスだ。当時は現在よりも、米国経済は大きく低迷し活力を失っていたため、積極財政は経済活性化につながったが、その後、ドル高が高進によって、海外からの輸入メリットの半面、それが貿易赤字を生み、それに財政赤字、経常赤字も加わってトリプル赤字に追い込まれた。とくに行き過ぎたドル高是正のために日本円など主要通貨に調整圧力を加えるプラザ合意が主要先進5か国(G5)財務大臣会合で決まり、日本円は急速な円高に追い込まれ、円高対策のための財政・金融政策がちぐはぐになり、経済混乱に追い込まれたのをご記憶かと思う。それらの引き金になったのがレーガノミクスだった。

次期政権が保護貿易政策含め
傍若無人な政策行えば政治や経済の混乱必至

 今回、もしトランプノミクスといった政策が進められた場合のリスクは、レーガン政権時と違って、米国経済が比較的、堅調であるため、景気刺激策がどういった結果を生むかどうかという点、さらに金融市場が先取りした株高、ドル高のうちドル高に関しては、今後、米国の追加利上げ政策などが行われれば、さらに新興国からドル資金が米国に向かい一気にドル高に弾みがつく恐れがある。
 そういった中で、トランプ次期政権が保護貿易主義に走って、メキシコや中国からの地米輸出品に高関税をかけると同時に、米国企業にそれらの国々からの撤収と合わせて米国内に生産拠点を移せと強引な政策をとった場合、このドル高が響いて、米国企業の輸出競争力が落ちているだけに、せっかくの雇用創出のための政策が裏目に出て、米国に戻った企業でリストラが行われ、新たなリスクを生む、といった事態も想定される。

 そんな状況下で、トランプ次期政権が傍若無人な政策を次々に行えば、さらに政治、経済混乱も起きるのは間違いない。TPPに代わって、米国としては二国間での自由貿易取り決めも選択肢で、完全なる保護貿易主義に走るわけでない、とも言われているが、このあたり何が起きるか、全く読めないのがトランプ次期政権だ。ウオッチが必要だ。

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