時代刺激人 Vol. 283
牧野 義司まきの よしじ
1943年大阪府生まれ。
「福島第1原発事故は、日本の最も弱い部分、すなわち『日本のエスタブリッシュメントの甘さ』を世界中に露呈した。日本の信用が一気に低下したのは事実だし、今もその動きは止まっていない」
「震災は日本を変えたか」
著者は政治リーダーの安定ベースの現状維持に不満
日本のエスタブリッシュメントと目される人たちの決断、意思決定に関して、米MITのサミュエルズ教授の話を紹介しよう。教授は安全保障、エネルギー、地方自治の3領域に焦点をしぼり3.11から2年間の動きにどんな変化があったかを調査分析した。
結論から先に申し上げれば、教授は「3.11は形勢を一変させる『ゲーム・チェンジャー』にならず、日本の政体を構造的に変えることもなかった。前向きに『変化を加速』するよりも『現状維持』が優先されたようだ」「力の均衡を揺るがし突如として組織の正当性が否定されるようなビッグバンではなかった」と述べ、日本の政治リーダーたちが当時、安定を優先した現状維持に終始したことに不満でいる。
ただ、教授は「変化の兆しが見られ、日本の政治の刷新を心待ちにする人々に希望を与えたが、日本の政治に長期的な変化をもたらすのだろうか?」と結び、政治リーダーたちが変革を待望する国民の期待に応えられるかどうかがカギだという見方でいる。
「サイロ」破壊で経営が成功、
組織が活性化した陰には企業リーダーの力があった
最後の話は、ここまでの話と少し角度が異なるが、ジャーナリストのテッドさんが指摘する「サイロ・エフェクト」の問題だ。ソニーの出井伸之さんが1994年のCEO当時、巨大組織化したソニーを8つの専門家集団の集まりであるカンパニー制に分け、独立採算でカンパニー経営を行う「サイロ」経営にした。しかも新製品発表のデモンストレーション時、3つのカンパニーが出した新製品間に互換性を持たせなかった。
ところがこれとは対照的に、ライバルのアップルは単一の組織でヨコ連携を図り、結果的にソニーのウォークマンを凌駕するヒット商品のiPodをつくり、インターネットの時代につなげて行った。結果は明白で、iPodが爆発的な人気を呼んだ。テッドさんはこの象徴的な事例をもとに、「サイロ」経営に陥ったソニー・トップの経営の失敗だ、と断じた。
テッドさんが本の中で取り上げた「サイロ」破壊の病院成功事例は興味深い。米クリーブランド・クリニックという大手の病院で内科医と外科医などの専門医のカベを取り外し、患者の立場に立って最も効率的で、治療費コストも安く済む医療体制を確立するなど、巨大組織化した病院経営の枠組みをガラッと変えた事例だ。IT(情報通信)などデジタル化も大胆に進め、誰もが電子カルテでチェックできるシステム導入も行った。現場の専門医の反発や抵抗を押し切った結果、全米病院評価では常にトップ10にランクされるほどで、患者人気も上がり経営的に伸びた。タテ割り組織の弊害をなくすためヨコ連携した結果だが、優れたリーダーの心臓外科医、トビー・コスグローブさんの指導力が力となった。
日本のメディアはまだ変化に立ち遅れ、
朝日新聞は「サイロ」破壊に失敗
この話で思い出したのは、朝日新聞が政治部と地方総局・支局間の連携の悪さが誤報事件を生んだ再発防止対策の一環として、2005年当時、政治部や経済部、社会部などの編集部組織のカベを取り外し、マクロ経済取材グループなどといった形で有機的な取材を行うことになった話がよく似たケースなので、紹介しよう。
私は当時、先見性があるなと大いに期待した。しかし朝日新聞は誤報という致命的な問題への対処策として「サイロ」破壊という形で風通しの悪い編集局の組織改革に取り組んだのだが、結果は失敗で、その後、現場の声を踏まえ、元の取材体制に戻してしまった。原因は朝日新聞の現場記者が古い編集の枠組みにこだわったのだ。しかしインターネットがツールになる電子メディアという先の時代を読み組織改革を貫く経営リーダーがいれば新聞社経営の先端を走れたのに、時代の先を読めなかったことが敗因だ。
黒川さんが国会事故調問題をきっかけに日本社会に巣くう「規制の虜」など社会システムにメスを入れ、リスクをとって責任を果たす真のリーダーの輩出を促した警告は素晴らしい。中でも、本の中で「グループシンク(集団浅慮)が国を滅ぼす」という問題を取り上げ、同質性の高い人たちばかりが集まって行動する結果、異論や異質の考えを受け入れず間違った判断を下すリスクが高い、とし、東電原発事故の背景にはそういった問題があることを指摘しているのも重要ポイントだ。
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