TPPをモノともせずのたくましい農業者 兵庫で稲作専業農家束ねて株式会社化


有限会社夢前夢工房
代表取締役社長
衣笠愛之

時代刺激人 Vol. 245

牧野 義司まきの よしじ

経済ジャーナリスト
1943年大阪府生まれ。
今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

 日本農業はいま、重大な岐路にある、と言っていい。日本が「守りの農業」にこだわって狭い国内市場に閉じこもるか、あるいは「攻め」の姿勢を打ち出して、国内で成熟社会に対応した新たな「食と農業」の連携ビジネス化など需要拡大はじめ、新興アジアなどの成長市場へ積極的なチャレンジをするか、ということに尽きる。

 日本農業はいま、重大な岐路にある、と言っていい。日本が「守りの農業」にこだわって狭い国内市場に閉じこもるか、あるいは「攻め」の姿勢を打ち出して、国内で成熟社会に対応した新たな「食と農業」の連携ビジネス化など需要拡大はじめ、新興アジアなどの成長市場へ積極的なチャレンジをするか、ということに尽きる。
そのカギを握る環太平洋経済連携協定(TPP)交渉は、日本のみならず関係国間の利害が大きくからみ、こう着状態に陥っている。しかし交渉参加の日米や豪州、ベトナム、マレーシアなどの各国間の貿易関税を限りなくゼロ方向に持っていき、自由な経済の往来をめざすという10年後の大きな流れはたぶん、変わらないだろう。日本としては、その時代変化を改革のチャンスと捉え、中核の農業のみならず、あらゆる産業の競争力強化に向けての布石を打っておくべきだと、私は考えている。

農業生産法人「夢前夢工房」社長の衣笠さんの積極経営は先進モデル事例

冒頭から、重い話を始めてしまい、恐縮だが、実は、今回のコラムで、日本農業の先進モデル事例とも言うべき兵庫県姫路市の農業生産法人、有限会社夢前夢工房(ゆめさきゆめこうぼう)社長の衣笠愛之さんの積極経営を取り上げたいと思った。
衣笠さんはTPP新時代に対応して、さまざまな取り組みをしているが、そのチャレンジぶりが興味深いので、いろいろレポートしてみたい。きっと、みなさんは、私が衣笠さんの取組みを見て感じたと同様、「日本農業の現場には頼もしい人たちがいるな。こういった担い手に農業を託していけば、農業は間違いなく成長産業になる」と思われるのでないかと思う。

まず、衣笠さんがどんな人かお伝えしよう。現在は52歳。兵庫県生まれで、高校時代は物理学に関心を持っていたが、実家が養鶏業であり、いずれは農業の道に飛び込まざるを得ないだろうと、兵庫県から遠隔地の宇都宮大学農学部に入った。持ち前の好奇心で、学生時代は、ありとあらゆるアルバイトを行ってさまざまなビジネスの現場を経験した。

稲作専業大規模経営めざし父親から水田農地買い取って独立、
受委託で規模拡大

ここまでは、どこにでもいる学生の典型例だ。面白いのは、衣笠さんは大学卒業後、実家に戻って養鶏の仕事に携わるうち、養鶏業ビジネスに将来性がないこと、自身でエネルギーを費やす農業分野が他にあるはずと思い、いろいろ考えた末に、地域の主力だった稲作、それも規模拡大の専業農家経営にチャレンジしようと決断したことだ。

そして32歳の時に独立を決め、まず、父親が持っていた42アールの水田を買い取ることにした。親子の間柄で、いずれは継承するだろう自家保有の水田の買い取り契約を結ぶ必要もないだろうと、誰もが思うが、衣笠さんは「自分に負荷をかけゼロから出発するのだ、という決意表明みたいなものです。当時、農協から3000万円の大金を借金しました。貯金も担保もゼロからのスタートは大変でしたが、負けず嫌いの性格ですので、3年間は不眠不休でがんばりました。私の稲作大規模経営化の夢に賛同してくれる人が多く、水田の管理受委託で栽培面積も増えるなど、経営基盤を確立できたのがよかったです」という。

農薬・化学肥料をほとんど使わず、
さまざまな堆肥活用の循環型農業をベース

衣笠さんによると、稲作の大規模経営化は着実に進んでいる。現在、コメに関しては、農薬・化学肥料不使用の水田が10ヘクタールある。兵庫県がコウノトリを育む環境創造型農業を推進し農薬・化学肥料不使用の水田で生産されたコメに「ひょうご安心ブランド認証」を与えているため、衣笠さんも積極的にコミットしている。このほか、衣笠さんは、農薬使用を2分の1以下に抑える水田11ヘクタールでうるち米を、さらにもち米用の水田が8ヘクタール、古代米が3.6ヘクタールという大規模稲作経営だ。また衣笠さんは、小麦15ヘクタール、大豆7ヘクタールについて、それぞれ農薬・化学肥料不使用で取り組んでいる。

ここでお気づきのように、衣笠さんは、完全な有機肥料による有機農業かと言えば、必ずしもそうとは言えないが、環境にも、人体にも影響のある農薬や化学肥料を極力使わず、さまざまな堆肥などを活用した循環型農業をベースにしている。農薬に関しては、娘さんがアトピー性皮膚炎にかかり、農薬散布による影響を回避するため、身近なところから取組む必要があった、という。

兵庫県内の専業農家と連携し稲作株式会社、
1000ヘクタールの大規模集約で効率経営

さて、いよいよ本題だ。私が経済ジャーナリスト目線で、衣笠さんの農業への取り組みは先進モデル事例だと感じたのは、衣笠さんが主導して、2000年に兵庫県内の稲作専業農家に呼びかけて、共同出資の株式会社組織「兵庫大地の会」を設立したことだ。ビジネスモデルとしても興味深いのは、兵庫県内の各地に点在する専業農家25人を束ね、その集約化した水田農地が現在、700ヘクタールに及んでいる。委託契約による生産農地を含めれば1000ヘクタールにのぼる。

早い話が、稲作の大規模経営で効率的な経営をめざすと言っても、単独の農業法人が孤独な闘いをやっていてもダメなので、地域が兵庫県内の全域に分散している農地を一くくりにして集約化すれば、仮に分散していても大規模な稲作専業経営のメリットが発揮できる、ということなのだ。

「兵庫大地の会」共通ブランドでコメ販売、
肥料も大量購入でコストダウンのメリット

現に、衣笠さんは「私たちのビジネスモデルは、特定地域1か所に農地を集約しなくても、社員株主の専業農家がそれぞれの地域で品質に磨きをかけたコメを生産し、それを『兵庫大地の会』の共通ブランドで市場に出せるうえ、大口スーパーや企業と独自販売ルートを構築して付加価値をつけ売り出せる点が最大の強みです。株式会社化したからこそ、パワーが倍加したのです」と述べている。

さらに、株式会社化したメリットに関して、衣笠さんはこうも述べている。
「コスト面で比重の大きい肥料1つをとっても、農協購買部門に頼る必要がないどころか、肥料メーカーの方から必死で売り込みに来ます。購入数量が多いので当然、値引き競争の提案があり、われわれとしても、肥料に関してさまざまな注文を付けることが可能ですし、品質力のあるメーカーを自由に選べます。大量購入による値下げのコストダウン効果は、それまでに比べて各段に大きいです」と。

株式会社の平均年齢は35歳で、60~70歳台がゼロ、
経営に意欲的なのが強み

また、「兵庫大地の会」の日本酒原料の酒米の生産力が高いという評価が広がって、全国から生産依頼が増えている。酒蔵メーカー側にすれば、大規模経営の最大メリットとして、まとまった数量のものを安定的に供給してもらえる点に期待値がある。とくに最近は、米国を中心に海外で日本酒需要が伸び、酒造メーカーとしては輸出用の日本酒生産に力を注ぐ必要があり、生産力のある「兵庫大地の会」が脚光を浴びる結果となった、というのだ。

衣笠さんによると、株式会社の25人の社員株主の平均年齢が35歳で、20代、30代がそれぞれ30%で中核となっており、60代、70代はゼロ。経営陣は、仕掛け人の衣笠さんが代表取締役社長を引き受けているが、副社長、専務など役員が10人いる。経営方針や課題を議論する役員会は毎月1回、衣笠さん自身が経営する「夢前夢工房」そばにつくった本社事務所で、いつも夜8時から深夜の午前零時ぐらいまでになる。スタート時間が遅いのは、兵庫県内各地から車で集まるためだが、それぞれ問題意識があり、また品質管理などの研究にも関心が強く、勢いがあるが強みだ、という。素晴らしいことだ。

株式会社化は迅速な経営対応の判断がベース、
TPPが具体化しても大丈夫

2000年の株式会社化から14年がたち、「兵庫大地の会」の経営基盤も安定してきたが、衣笠さんは「実は、株式会社組織にしたのも、私たちの間で、早い時期から経営判断があったのです。つまり、いずれ農産物貿易も厳しい時代がやってきて、海外からの農産物輸入、とくに米国などの大規模経営に伴うコストダウン化したコメなどが入ってきた場合に備えて、迅速に経営対応できる株式会社で行こうと全員一致したのです」という。まさに先見の明と言える。

今後のTPPが具体化した場合、何も手を打っていなくて、うろたえるよりも、いち早くリスク対応ができるようにしているのとでは、日本農業にとっては段違いだ。衣笠さんは「TPP交渉で、農産物貿易がどうなるか、見極めが必要ですが、関税撤廃など最悪の事態に関しては、10年間の猶予があり、私たちなりにいろいろな対応準備を考えていきます。ただ、そのことよりも、TTPのメリット面は、私たちが新興アジアの富裕層向けに味のいい日本のコメ輸出を今後、活発に行える、という点です。コメ輸出に関しては、すでに台湾などへの輸出が現実化していますが、今後、農産物輸出の面で、TPPの逆活用によって、日本農業にはチャンスがいっぱいでないかと思っています」という。

衣笠さんの経営感覚は素晴らしい、
「農業に夢を、地域に夢を」がモットー

時代の先を見据えた農業経営を考えて、地域に分散する稲作専業農家を束ねていち早く株式会社化に踏み切った衣笠さんの経営判断、行動力などは、私が衣笠さんと話をしていても、なかなかのものだと思う。とくに、日本農業現場に最も欠けていると思われる経営感覚やビジネスマインドを持って取り組んでいること、その場合、とくにマーケットリサーチを独自に行い、確実に売れる農産物、消費者が思わず手を伸ばしたくなる農産物を生産することにこだわりを持っている点も素晴らしい。

衣笠さんが農業生産法人で有限会社の社名を「夢前夢工房」とネーミングしたセンスもなかなか興味深い。衣笠さんは「社名に二つある夢のうち、夢前は地名で、地域アピールのため社名に加えたのです。『夢工房』は文字どおりさまざまな夢を考え出し実現する場所の意味でつけました。自分に夢を、農業に夢を、地域に夢を、というのが常にあり、夢は必ず努力すれば実現可能と思っていました。いろいろな人とつながって行くと形になり、それが夢の実現に結びつくと思っています」というのだ。

しかし衣笠さんの農業者としての経営手腕は、実はもっとある。中でも兵庫県内を走る県道67号線沿いに「夢街道FARM67」という地元野菜の直売店をつくったが、周辺地域の若者の農業生産者に呼びかけて野菜生産を行い、そのとれたての野菜の地産地消をキャッチフレーズに、その店で販売するシステムをつくった。同時に、野菜の宅配サービスも事業化している。若者たちは、衣笠さんのリーダーシップに応えて改革の試みも行っている、というから、衣笠さんの「人を動かし、地域を動かす力」は相当なものだ。
まだまだ、衣笠さんには面白い経営手法があるが、スペースに限りがあってここまでとしたい。もし、興味を持っていただいたならば、衣笠さんに直接、コンタクトをとられるのもいい。それと、私自身は、日本政策金融公庫の雑誌「AFCフォーラム」6月号の「変革は人にあり」企画で取り上げているので、ぜひ、ご覧いただけばと思う。

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