事業家精神旺盛に62歳から起業、3社株式上場し黒字経営 高齢社会生き方モデルの廣瀬さん、「志あるビジネス」にワクワク感


時代刺激人 Vol. 12

みなさんと思わずワクワク感を共有したくなるような、志を持って素晴らしい生き方をされている71歳の事業家がいる。廣瀬光雄さんだ。バンドエイドなどで知名度のある製薬および医療機器の米国企業、ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)をリタイアしたあと、閉そく状況に陥った日本を変えたいという気持ちから62歳で事業家精神旺盛に、志のあるビジネスを立ち上げ、それらがいずれも成功している。生き方そのものが今後の高齢社会のモデルになるのは間違いないので、ぜひ、今回取り上げてみたい。

まずは廣瀬さんがどういった人か、プロフィールを紹介しよう。1937年生まれ。慶応大学卒業後、米国ボストンカレッジ大学院で経営学を終え64年から88年まで大日本印刷に勤務、米国現地法人社長も務めた。88年にヘッドハンティングでジョンソン・エンド・ジョンソン・メディカル社長に転出、その後J&J日本法人の社長を務めた。このJ&Jでのビジネス体験が、廣瀬さん自身のその後の生き方に強い影響を与えた。

米J&Jの4つの経営責任、株式配当は最後という「我が信条」に感動

廣瀬さんによると、J&Jのすごさは、経営の信念から無借金経営を続け、ずっと増収増益企業でいること。今回の米国金融危機で米自動車大手、ゼネラル・モーターズ(GM)が過大な借金などで株価急落し、一時は2ドル台に落ち込んだのとは対照的で、J&Jは金融危機の荒波もかぶらず株価ダウンは小幅にとどまっている。しかし影響を受けたのはJ&Jの「我が信条」という企業のコア・バリュー。具体的には経営の責任を置く先が4つあり、最初が医師、看護師、患者で、2番目が全社員、3番目が地域社会、そして最後が株主。配当責任が一番最後というのはすごい。大半の米国企業が株主やマーケットの評価を得るため短期的な利益稼ぎに走るのとは100%異なる。これに惚れ込んだという。

廣瀬さんが起業に意欲を示すきっかけは、在日米商工会議所の役員をやっていた際、昼食会での米国の著名な経営学者、ピーター・ドラッカー氏(故人)からのアドバイスだ、という。「さまざまなものが変化する時代になる。こういったときは経営のコンサルティングがいい。新しいビジネスチャンスが何かをつかむきっかけになる」と。

ドラッカーのアドバイスと日本の閉そく状況打破の気持ちが起業のきっかけ

そこで、廣瀬さんは99年に、その後のビジネス立ち上げの中核となるマベリックというコンサルティング会社を創設した。マベリックの語源は、異端児、一匹オオカミ的なものから来ているとか。廣瀬さんは「62歳でJ&Jを退職した時に、まだ自分自身に体力があったこともあったが、日本は、さまざまな制度設計が古くなっているのに、過去のビジネスモデルや過去の成功体験にこだわっていることが気になっていた。そこで、新しい社会の枠組みづくりに、自らやれる範囲内でチャレンジしよう。それには事業を起こすしかないと。言ってみれば大きな夢を描く小さな会社をつくってみようと思った」という。

廣瀬さんは創業当時、友人4人で7つのテーマを考えた。そのうち3つが早くも実現しいずれも事業立ち上げ後に株式上場にこぎつけ、黒字経営している。ビジネスモデルの基本は、会社立ち上げと同時に事業計画をつくり、事業に興味を持つ投資家を探して資金を集める、また経営のプロを招いて経営をゆだねるやり方なのだ。「事業のアイディアを持つ人は多い。

しかし問題は、ビジネスプランにして投資してもらうこと、そして経営のプロを呼んできて経営をまかせることが大事だ。そこが起業のポイントだ」という。

文科省に対抗しネット上で会社経営による大学院大学、大前研一氏が学長

3プロジェクトのうち、株式会社経営による修士課程のみの2年制専門職大学院がその1つ。ビジネス・ブレークスルー大学院大学がそれだ。廣瀬さんによると、いま企業ではしっかりとした経営戦略論などを学びたい、そのため米国の大学で経営学修士(MBA)を修得したい、といったニーズが強いが、休職するか悩ましいうえ授業料の費用負担も大きく、二の足を踏むケースが多い。そこで、インターネット上などのサイバーネットワークを活用し、企業などに在籍したまま、24時間、自由にいつでもどこからでも授業に参加できる経営大学院を株式会社による経営でやることを思いついた、という。

廣瀬さんは「案の定、文部科学省が難色を示した。日本の教育官僚の発想でいくと、まずは教育現場の学校を含めたキャンパスを持つことが要件だという。学校という巨大な教育設備を持って勉強させるというコンセプトが古い」という。ところが、身動きとれないでいた時に、運がひらけてきた。小泉政権の時に、規制改革の1つとして特区構想が具体化し、しかもマベリックの所在地の東京千代田区が呼応して教育推進特区を打ち出したのだ。そこで、廣瀬さんは株式会社経営によるネット空間を使うバーチャルな経営大学院を申請した。設置が認められたので、その名も「エア・キャンパス」とした。

「投資家に働き掛けたら、11人がカネを出そうと応じてくれ、資本金1億円はすぐに集まった。経営のプロは友人の大前研一さんに頼んだらすぐOK。学長も買って出てくれた。教授陣もゼネラル・エレクトリック経営者だったジャック・ウエルチさんらが名前を連ね教育内容も充実している」と廣瀬さんは語る。株式上場も果たし黒字経営だという。

倒産したゴルフ場を買い取り見事に再生、最終300コース経営が目標

しかし圧巻は、ゴルフ場再生会社パシフイックゴルフマネージメントの立ち上げだ。廣瀬さんは無類のゴルフ好きだが、日本国内で会員権を持っていたゴルフコース7つのうち、バブル崩壊時に4つが倒産、2つが原っぱで放置状態となった。何とかしなくてはと事業再生に取り組むことにした。要は不良債権を買い取って再生するのだが、米国時代に聞いていたゴルフ場経営システムを取り入れ、投資ファンドから資金を得て見事に再生した。152のゴルフ場を経営するまでに至っている。プロゴルファー、ジャック・ニクラウスのアドバイスで、コースを増やせば増やすほど運営コストが下がり経営的に成り立つ、ということだったので、全国で300コースが最終目標。経営のプロを招いて委ねているが、こちらも株式上場し、黒字経営でいる。

廣瀬さんは、このゴルフ場再生ビジネスに関してビジネスモデルをつくり、必用資金を得るため、友人が経営陣にいる国内の3つのメガバンクの1つに持ちかけたら「倒産したゴルフ場に資金をつぎ込んだら、当局ににらまれる。悪いが協力できない」と門前払い。そこで、在日米商工会議所時代のメンバーだった米国系投資ファンドに話を持ち込んだら、あまり時間をかけずスタート時1280億円の融資を無担保でOKというからびっくり。ただし金利はリスクを織り込んで高く、長期に借りるとリスクが大きい。だから早く運用して収益を上げたらすかさず返済することがコツだという。

J&J経営の学習効果生かし全盲の人たちにゴルフ場開放も

ところが、事業再生が軌道に乗った途端、門前払いしたメガバンクが「そろそろお取引を」という話があり、さすがの廣瀬さんも激怒し「ふざけるな。当時の頭取らが来るならいざしらず、どういうことだ」と突き返した、という。廣瀬さんは「いま米国が金融危機で、傷が浅い日本のメガバンクに出資支援などで熱い視線が集まっているが、リスクをとるべき時にとらないようなビジネスモデルだと、グローバルな競争には勝てないのでないか」と冷ややかだ。

その廣瀬さんは、これらゴルフ場で誰もが気軽にリーズナブルな値段でゴルフを楽しめるようにするのが経営のポイントで、しかも春秋の年2回、全盲の人たちのうち、ゴルフ好きの人たちにアシスタントをつけて無料開放している。「J&Jで学んだことを実践している」という。

この2つのプロジェクト以外に、廣瀬さんは、国内の医師らが病院などでの治療などに追われて十分な研究時間がなく、国内外の新しい医療技術や情報に接し得ないことのリスク対応として、株式会社ケア・ネットを立ち上げ、医療情報やノウハウを習得できるサービスを行っている。株式上場を済ませ、経営は軌道に乗っている。

医療情報提供「ケア・ネット」も軌道に、企業の次のCSRは健康管理とビジネス化

また、廣瀬さんにとっての最初の会社であるマベリックでいま、企業の健康管理のサポートビジネスを展開している。「社員の元気が会社の元気」というあるPR会社のコピーメッセージでないが、いま企業にとっては役員のみならず社員の病気やストレス性疾患などが経営のリスクになっているうえ、医療費負担で健康保険組合の閉鎖に追い込まれる事例も出ている。企業の社会的責任(CSR)という点では今後、環境対応に続いて、健康管理がCSR課題になるし、ビジネスチャンスでもある、という。

いま、廣瀬さんは事業を構想し、人を動かし組織を動かしてビジネスを立ち上げていく。ビジネスプランに「投資価値あり」と判断した投資家から資金が集まる。最後は経営のプロを呼んできて経営をゆだねる。
廣瀬さんの原点は、J&J経営だそうだが、気取らず、背伸びせずに淡々と語る廣瀬さんにはこれまでの経営の足跡がくっきりと残っているだけに、言動にはすごさがある。高齢化の「化」がとれた日本の高齢社会の生き方のモデルと言ってもいいのでないだろうか。

著者プロフィール

  • 牧野 義司
  • 1943年
  • 大阪府
  • 早稲田大学大学院

今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

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