日本はTPP参加を決断し農業強化などで骨太の国になる絶好のチャンス 韓国やベトナムのしたたかさを参考に、APEC議長国として戦略力発揮を


時代刺激人 Vol. 108

 TPPというローマ字が新聞の見出しにたびたび出てきて、最初は何の略語かと思っていた人も、注釈などを見て、さすがにわかってきた。そう、TRANS-PACIFIC PARTNERSHIP AGREEMENTの略語で、日本語に直すと環太平洋経済連携協定をさす。要は協定に参加した国々の間で投資や貿易などヒト、モノ、カネの自由化をめざすものだ。日本は、このTPP参加を表明して国のドアを大きく開け、戦略的強みの技術革新力や環境分野で競争力を強め、同時に戦略的な弱みの農業などに関しても、大胆に強化策を打ち出すという形で、骨太の国に脱皮するいいチャンスにすべきなのだ。

実は、あとでも述べるが、私は当初、米国主導のアジア、太平洋を網羅したTPPへの参加よりも、日本はまず、東南アジア諸国連合(ASEAN10カ国)プラス3(日本、中国、韓国)による東アジア地域経済統合をめざすべきだと考えていた。ところが、最近の中国の経済高成長を背景にした大国主義の高まり、とりわけ海洋権益の確保をねらった尖閣諸島、南沙・東沙諸島の領有権の主張、さらには一段の成長政策によって経済1人勝ちをめざす中国の「富国論」の動きを見て、判断を変えた。つまり日本にとって、中国は重要な関係を保つべき国とはいえ、ここは中国の行き過ぎた動きに歯止めやけん制をかける意味で、日本がTPPに戦略的に加わった方が得策だ、との考えに変わったのだ

肝心の民主党政権は農業保護派の反発でTPPに踏み込めず、腰砕け状態
 ところが、このTPPへの参加をめぐって、民主党政権は煮え切らない。それどころか関税自由化によって影響を受ける国内農業を守れという農業保護論者の参加反対論に苦慮して身動きがとれず、ほとんど腰砕け状態でいる。現に、11月9日の閣議決定に向け7日に行った対応協議のための関係閣僚委員会では「情報収集を進めながら対応することが必要。国内の環境整備を早急に進めるとともに、関係国との協議を開始する」ということにした。政治主導を売り物にした民主党とは到底思えない、わかったようでわからない、どうとでも受け取れる官僚の作文でもって、事態乗り切りを図ったのだ。

率直に言って、民主党政権は事実上、経済開国するチャンスを棒に振ってしまったと言っていい。そればかりかアジアでの戦略的な行動チャンスも失った。というのは今回、日本が15年ぶりにアジア太平洋経済協力会議(APEC)議長国となり、横浜で11月13、14日の2日間、21カ国・地域による首脳会議を開催して全体を仕切り、存在を内外にアピールできる絶好のチャンスだった。ところがこの閣議決定内容では中心テーマの1つ、TPPに関して、議長国として参加するのか、しないのかがさっぱりわからず、存在感を示せないまま、来年の次回開催国である米国に名をなさしめるだけなのだ。

米国が昨年、TPP参加しベトナムも加わったことで戦略的意味合い変わる
 なぜ、TPPへの日本の参加にこだわるのか、と思われるかもしれない。実は、このTPPはもともと2006年に発効した時点での参加国がシンガポール、ニュージーランド、チリ、ブルネイの4カ国だけで、失礼ながら、これらの国々で自由貿易経済圏をつくっても経済効果が限られていた。
ところが米国のオバマ大統領が昨年2009年のAPEC首脳会議の場でTPPへの参加を表明してから局面が大きく変わった。しかもそこに豪州、ペルーに加えてマレーシア、ベトナムが参加表明したことで、俄然、その戦略的な意味合いがぐんと強くなった。すでに参加表明しているカナダ、メキシコに加えてタイ、それに米国と自由貿易協定(FTA)を結んだ韓国も加わるのがほぼ確実な情勢だ。そうなると、TPPはさらに一段と重みのある経済連携協定となってくるのだ。

東アジア共同体構想に弾みがつくと米国はアジアで孤立するリスク考えた?
 米国のTPP参加表明には、米国なりの戦略的な意味合いがあったように思う。とくにその表明タイミングが、日本の鳩山首相(当時)の東アジア共同体構想を打ち出した時期と微妙にだぶる。つまり米国としては、日本の民主党政権の実行力について見極めがついていなかった。しかし、もし新興アジアで急速に力をつける中国、それに韓国に、日本が加わってASEANプラス3による東アジア経済連携協定、あるいは経済連携にとどまらず政治連携も加わって東アジア共同体実現に向けた動きが仮にも具体化すると、米国の影響力が及ばない集団がアジアに誕生する。米国が当時、それへの危機感を強めたのは想像にかたくない。そこで、米国は海のモノとも山のモノともつかないTPPに参加表明することで、東アジア共同体が独り歩きするのを防ごうとしたのでないかという気もする。

米国発の金融危機にとどまらず世界経済の危機をもたらした2008年の米国のリーマンショックに対しては、世界中の国々、とりわけアジアの国々は反発が強い。そればかりでない。1997年のアジア金融危機、経済危機の引き金を裏で引いたのが米国、そして米国が影響力を及ぼす国際通貨基金(IMF)であると見ているアジアの国々は、米国を快くなど思ってもいない。しかし地盤沈下が目立つ米国でもまだまだ腐っても鯛(タイ)で、貿易相手国としても存在感を認めるべきだという気持ちがアジアにはあるようだ。だから、その米国がTPPに参加表明すると、にわかにベトナム、マレーシアなどが参加表明した。私は、そのベトナムには実はもっと戦略的な意味合いがあるとみるべきだと思っている。

ベトナムのTPP参加は肥大化・中国のアジア覇権主義への警戒感が背景に
 私の知り合いの国際政治を研究する専門家の1人が、ベトナムの行動について面白いことを言っている。私もまったく同感なのだが、要は、ベトナムは中国への警戒感を崩しておらず、大国主義を背景にしたアジア地域覇権のようなものが芽を出してくると、抑えようがない。そこで、ベトナムはいま、中国の巨大市場への貿易といった形で経済的な恩恵を得ているが、中国のアジア、とりわけベトナムへの南下戦略に歯止めをかけるにはTPP、そしてその中核の米国の存在感を利用するのが得策だ、と見たのだ。しかもベトナムはロシアともつかず離れずどころか、原発発注などを通じてロシアから見返りに潜水艦の供与を受けるしたたかさも持っている。

中国の突然のTPP参加表明はサプライズ、日本は取り残されるリスクも
 そんな中で、最近、サプライズだったのは、何とTPPに中国が参加の意向を持っていることが判明したことだ。APEC議長国の立場にある日本の外務省や経済産業省の関係者が、その情報を得て、日本のメディアにリークし、一斉にニュースとなった。さきほどの国際政治研究の専門家は「中国がTPPに参加表明し、本気で関税の自由化を含めヒト、モノ、カネの自由化に一気に応じるほどの余裕はないはず。しかし、米国を軸にTPPを通じた中国包囲網のようなものが出来ることに対し、中国としては、けん制すると同時に、参加表明している国々に対しても中国は広域の経済連携協定には柔軟なのだ、という姿勢を示して波紋を残そうとしたのでないか」という。
率直に言って、中国のTPPへの参加の本気度がまったく見えない。しかし、もし日本だけがTPPへの参加について、国内問題を理由に、あいまいさを続けていたら、はっと気がついた時には、日本だけが大きな経済連携協定の枠組みから取り残されてしまう、というリスクも視野に入れておかねばならない。そういった意味で、ベトナムの動きは極めて参考になる。

日本がTPPの枠外で孤立すれば貿易面で差別的待遇を受けることは覚悟も
 確かに、TPPが予想外のテンポで動きだしたりすれば、その枠組みに入っていない日本は貿易面で大きなハンディキャップを背負うことになることは事実だ。早稲田大学大学院の浦田秀次郎教授は10月30日付の産経新聞の「TPP参加 私はこうみる」の中で こう述べている。
「TPPが構想ではなく現実に動きだしている点が重要だ。(中略)このままでは、アジア太平洋地域での経済連携の制度づくりに、まったく日本の意見が反映されず、日本の企業や消費者にとっては大きな損失になる。参加しなければ、例えばオーストラリアに製品を輸出する際、『(TPPに入る)米国製は無税だが、日本製は有税』といった差別的待遇を受け、日本の輸出機会が縮小する」という。

アジアではいま、このTPPとは別に、ASEANが中国とだけでなく韓国、日本、インドと自由貿易協定(FTA)を結んでいる。同時に、韓国も大胆に米国、そして欧州共同体(EU)ともFTAを結び、中国との連携強化にも踏み出している。そこへ今回のTPPが加わり、それこそさまざまな経済連携協定、自由貿易協定などがアミの目のように張り巡らされ、それこそ相関図はクモの巣状態と言える。

日本農業の現場は着実に力をつけている、政治は「攻めの農業」づくりめざせ
 こういった中で、日本は国内農業保護論がネックとなって、FTAに関しても、シンガポールなど農業国でなく農業をめぐる問題が表面化しない国々との締結は進んでも、肝心のそれ以外の主要国とは農業問題が影響して問題先送りのままだ。今回のTPP参加をめぐる問題も同じ農業で身動きがとれない状態でいる。

私は第96回コラムで国内農業保護にこだわらず、アジアとの広域FTA連結に踏み出せと書いてきた。また第27回、第72回コラムでも農業の現場では農業生産法人化を通じて企業経営手法を取り入れて改革に取り組んでいる事例、第1次産業を中心に、市場流通に頼らずに第2次、第3次の産業分野まで主導的に経営展開する「6次産業論」を実践して、儲かる農業を実現している先進モデル事例をあげ、十分に競争力がつき始めている、ことを指摘した。
いまこそ、農業の保護や守ることに躍起になるのではなく、攻めの農業を確立するためにはどうしたらいいか、国際競争力のある日本農業はどうあるべきかをもっと議論した方がいい。農業の現場では着実に力をつけている農業者が増えているのだ。今回のTPP参加をめぐる問題も、政治がもっと攻めの農業づくりに踏み出さない限り、永久に封印される、という恐ろしい事態になりかねない。いかがだろうか。

著者プロフィール

  • 牧野 義司
  • 1943年
  • 大阪府
  • 早稲田大学大学院

今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

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