時代刺激人 Vol. 209
牧野 義司まきの よしじ
1943年大阪府生まれ。
今年最初の「時代刺激人」コラムだ。時代が閉そく状況なので、ジャーナリスト目線で時代を刺激する情報発信を、と始めたこのコラムで、ぜひ書いてみたいと思っていたのが女性パワーの活用だ。
以前、サッカー日本女子代表「なでしこジャパン」の大活躍ぶりに刺激を受けて、女性パワーの問題を一度取り上げたが、今回は日本を支える担い手として、女性の問題をどう考えたらいいか、正面から向き合ってみたい。
韓国で女性問題対策の「女性家族省」があるのは驚き、
人口減少社会へ先手?
きっかけになったのは、韓国で政府の「女性家族省」が中心になって人口減少社会に先手を打つため、女性の就業を積極支援している、という毎日新聞連載キャンペーン企画「イマジン――はたらく」の記事だ。読んでいて驚き、思わず引き込まれてしまった。
その驚きは、ほかでもない。韓国で、時代を先取りして、女性のさまざまな問題に特化した専門の政策官庁をいち早くつくっていたことだ。残念ながら知らなかった。韓国の場合、アジア通貨危機で経済が奈落の底に突き落とされる強烈なダメージを受け、それをきっかけに金大中政権当時の2001年、経済社会の徹底した構造改革の一環として、「女性省」を創設した、というのだ。現在は「女性家族省」と名称を変えたが、磨きをかけて、女性の社会的な活用策に取り組んでいる、という。
日本は内閣府に社会啓蒙の「男女共同参画局」があるだけ、
取り組みが違う
日本では、内閣府に「男女共同参画局」という社会啓蒙活動を進める行政セクションがあるだけだ。女性問題の活用のために、1つの独立の省庁がある、というのは、日本でもちろん皆無だ。
韓国のような「女性省」、「女性家族省」といった発想自体、残念ながら日本にはなかった。男性優位の考え方が社会に組み込まれていたことも否定できない。また、人口減少対策で、外国人移民や少子化対策で子供の出産対策に時間がかかるので女性の活用を、という問題意識はあったにしても、特別の省庁を置くほどでもない、という意識だったことは間違いない。
韓国は、そこが違った。女性の活力を引き出すためのみならず、出産、子育て、親の介護までを含めて、男性とは別のハンディキャップを背負う女性のため、夫婦のワークシェアリング(労働の分かち合い・分担)はじめ、さまざまな制度課題に取り組む専門の行政組織を設けるのだから、すごい。明らかに、韓国は、この分野では先を進む先進国と言っていい。日本が学ばねばならない点だ。
日本よりも急ピッチの少子化や生産年齢人口の減少に
韓国が強い危機感
そこで、問題を考えるヒント事例を、毎日新聞企画記事から引用させていただこう。
まず、韓国の場合、積極的に取り組まざるを得ない背景があった。アジア通貨危機の後遺症で少子化が日本以上に進み、1人の女性が一生に子供を産む数に相当する出生率が一時は1.08まで落ちた。経済落ち込みで、生活に余裕が持てなくなった女性が子供を産むことをリスクと感じたのだろう。2011年現在、1.24まで戻ったが、それでも少子化に危機感を持つ日本の1.39よりもまだ低く、人口減少社会現象が生じている。
それに関連して、韓国では生産年齢人口が同じく減少を続け、2017年にピークを打って、あとは急下降していく。日本は、働き手ともいえる生産年齢人口が1997年にピークを打って頭打ちとなり、ピークから30年で18%減少する予測だが、韓国はその減少率が同じ30年間で25%も減少する見通しで、経済社会の働き手が激減するということに対する大変な危機意識が広がっている、という。
国家公務員の新卒採用で韓国政府は30%を女性に義務付け、
国が範を示す
問題は、そこからの政府の取り組みだ。とくに女性の就業率を一気に高めることへの取り組みに関しては、日本と韓国の間に決定的な差が出てきている。韓国の場合、さきほどの女性家族省が率先してリーダーシップをとり、いろいろな政策に取り組んでいる。
新採用の国家公務員の30%以上を女性にする、という大胆なクオータ(割り当て)制度を導入した。政府が範を示すべきだ、というものだ。同時に、民間企業に対しても、従業員500人以上の企業を対象に、女性の雇用のみならず女性管理職の比率も引き上げるように行政指導している。管理職の比率は2011年現在、16%だという。日本はあとでも申し上げるが、わずか11%で、先進国の中でも最低比率だ。
韓国の取り組みで、参考になる事例がまだある。2009年に、出産や育児で離職した女性の再就職のための専門職業紹介、能力開発などをサポートする公的な支援センターを設立し、現在100か所がある。今年2月に就任予定の韓国初の女性大統領の朴槿恵氏は、このセンターを毎年30ずつ拡大する、という。日本も子育て女性の再就職をサポートする「マザーズハローワーク」があるが、韓国が強い目的意識をもって、女性の就業対策に取り組んでいるのとは、雲泥の差だ。
オランダの女性就業率急上昇、
フルタイム・パートでの同一労働・同一賃金が弾み
もう1つ、日本が学ぶべき先進事例として、ぜひ紹介したいのがオランダだ。憶えておられるだろうか。昨年10月、東京で開かれた国際通貨基金(IMF)・世界銀行年次総会の主役の1人、女性専務理事のラガルド氏が「女性が日本を救う」というIMFレポートで日本の政策課題を挙げ、そのモデル事例国にあげた国だ。
オランダの場合、女性の就業率を高めると同時に、働きやすい環境づくり、男女のワークシェアリングが行えるように、といった多目的の制度改革を行った。具体的には1996年にフルタイムやパートタームの労働に関して、時間給や待遇、とくに昇進や福利厚生などの面ですべて差を設けず、同一労働・同一賃金にすることを法律で決めた。
女性の就業率は1985年当時、35%にとどまっていた。それが、このフレキシブルな制度の導入で、一気に女性就業に弾みがつき、2011年現在、2倍の70%に到達した。女性は家庭で、とくに子育て世代を抱え家事にも忙殺されるか、両親など家族の介護などに取り組まざるを得ないなど、さまざまだろうが、少なくともパートタイム労働で収入確保しながら家事もこなす、といったことが自由に行え、あとは女性本人のやる気次第、という理想的な状況になっている。
IMF専務理事アドバイス、
日本がオランダ事例導入すればGDP5%押し上げも
ラガルドIMF専務理事が東京で「女性が日本を救う」というレポートをもとに日本政府に向けてアドバイスしたのは、このオランダの事例を学習し、導入すればいい、ということだった。非正規雇用の多かったオランダの制度改革を参考にして、日本が女性の就業率を先進国並みにすれば、1人あたりの国内総生産(GDP)は5%アップする、というものだ。
いま、日本ではデフレの長期化で、企業が雇用の安定よりも、社会保険料負担やボーナス支給などの負担軽減といったコストダウンを優先し、あおりで男性の雇用に関して非正規雇用に頼るシステムにしてしまっている。だから、そのしわ寄せが女性の雇用にもそのまま投影されてしまい、韓国やオランダのケースはどこか別の国の話になってしまっている。
オランダなどの先進事例は社会システム改革だ、
日本でもやれないはずがない
海外にすべて、先進事例があるとは思わないが、こと、女性の就業率拡大に弾みをつけた事例でみれば、オランダの取り組み事例は素晴らしい。これは間違いなく画期的で、社会システム改革だ。日本は、この際、ラガルドIMF専務理事のアドバイスを素直に受け入れて、よい先進事例には耳も目もすべて傾けて、そして学習することだ。
韓国では人口減少社会に対する危機感から、またオランダでは女性の労働化率・就業率の引き上げのみならず同一労働・同一賃金の制度化による男女のワークシェアリング定着化、安定した雇用システムづくりへのチャレンジなどをめざし、最後は政治や政府が主導して、それらの目標の実現にこぎつけている。うらやましい、ということで終わらせてはならない。そういった先進例をもとに、日本でも積極的にチャレンジすることが必要だ。
前民主党政権の「働く『なでしこ』大作戦」は政権交代で立ち消え?
問題は、主導する政治の指導力がどこまであるか、ということだろう。民主党前政権時代、日本再生戦略として、女性の活躍による経済活性化のために「働く『なでしこ』大作戦」というキャッチフレーズのプロジェクトが立ち上げられた。
当時の計画では、2020年に、25歳から44歳までの女性の就業率を73%に引き上げる、ただし2015年度の中間目標時には、その比率を69.8%まで持っていく、というものだった。韓国の女性の再就職支援センターのところで述べた日本の「マザーズハローワーク」制度も、このプロジェクトの1つだった。
しかし、どんなに中身のあるプロジェクトでも、ひとたび、総選挙を踏まえた政権交代があると、政治の世界は冷酷だ。後を引き継ぐ新政権は、前政権の政策の全否定でスタートする。3年半前の政権交代時も同じで、当時の鳩山民主党政権は、自民党政権時代につくられたプロジェクトのほとんどをお蔵入りさせた。そして政策の大幅変更で、時代が変わった、という印象を与えようとしたが、結果は空回りに終わって、混乱だけが残った。以前も申し上げたが、何もできなかった政治の「罪」は大きい。
安倍新政権の女性活性化策のお手並み拝見、
「男社会」変えるシステム改革を
自民党政権の安倍晋三首相は、今回のテーマである女性の就業率引き上げなど今後の人口減少社会に対応した対策に関しては、衆院選での公約だった「指導的な立場につく女性の比率を2020年までに30%にする」というプラン実現にやる気を見せている。同時に、民間企業で女性の役員や管理職の割合、出産や育児への取り組み度合いに関して、基準を上回った企業を「優秀企業」として社会的評価をすると同時に、国などが調達する資材の購入、受託・委託プロジェクトで優先的扱いをすることも法案化する、という。
この程度では、オランダや韓国のような大胆な社会システム改革にはつながらないような感じだが、いずれ首相官邸に立ち上げたさまざまな政策会議でプロジェクトを打ち出す女性活性化策のお手並み拝見というところだが、人口の半分にあたる女性は生産労働力はもとより消費購買力でも、知的生産力でも、サッカーの「なでしこジャパン」のようなパワーを潜在的に持っている可能性が高い。それを引き出すのが政治指導者の力だ。
それと、もう1つ重要なのは、これまでの日本の社会システムは男性主導というか、男社会といってもいいような制度の枠組みだった。今後は、女性も交えた新たな制度設計に持っていかねばならない気がする。女性活性化策もそれが視野にないとダメだ。
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