外務省OB が外交密約認めているのに、政府はなぜ「存在せず」と隠すのか 民主党は政権交代後に原則公開へ、米国のように一定期間後公開し政策評価を


時代刺激人 Vol. 45

牧野 義司まきの よしじ

経済ジャーナリスト
1943年大阪府生まれ。
今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

外務省の高官OBたちが、日米間で秘かに交わされていたいくつかの外交密約の存在をポツリ、ポツリと認めるようになってきた。いずれもメディアのインタビューで、やっと認めたのだが、これらの密約自体、実は米国政府がずっと以前に公開した過去の公文書で明らかになっていること。だから、外務省高官OBが密約の存在を認めたことについては敬意を表するが、実は米国の公開文書を追認したにすぎないのだ。
それよりも問題なのは、日本政府、そして担当の外務省が国会答弁や記者会見で、未だに「密約は存在しない」と木で鼻をくくったような答弁を繰り返していることだ。それも、密約に関与した一方の側の米国政府が、一定期間後の情報公開によって密約の存在を明らかにしている現実があるにもかかわらずだ。知らばくれるばかりか、平然とウソをつき通す日本外交のどこかがおかしい。今回は、ぜひ、この外交密約問題を取り上げたい。
 私の問題提起を先に申上げよう。政府、とりわけ外務省はウソをついたりせずに、米国と同様、一定期間が過ぎた外交文書を含めた公文書に関して、情報公開の形で公開し密約の存在をオープンにすべきだ、ということが1つ。そして、日本政府が密約の形で守り続ける国益とはいったい何なのか、誰のためなのか、それは国家益、それとも国民益のためなのかを外務省自身が示し、多くの識者や国民の評価を受けるべきだ。
同時に、当時の日本を取り巻く状況の中で、それぞれの外交密約を行うことが正しかったかどうか、政策評価も受けるべきだ。もし外務省が、外交はプロの自分たちに任せておけばいいのだ、といった開き直りや思いあがりがあるのならば、もはや外務省に外交を委ねる必要などない。むしろ民間から、もっと有能な人材を政治任用で充てるのも一案だ。私だけでなく、大半の人たちがそう思うのでないだろうか。

沖縄返還時の密約報道した毎日新聞記者逮捕は「国策捜査」に間違いなし
さて、日本でいったい、外交密約と言われるものは、いくつあるのだろうか、米国のように外交文書が公開されない限り、われわれには知ることができない。その意味でも25年から30年といった一定期間後に、公文書の情報公開が必要だが、今回、明らかになった外交密約はわずか2つだ。外務省の元アメリカ局長の吉野文六氏が2006年に、沖縄返還時の対米密約の存在を、また元外務次官の村田良平氏が最近、日米安保条約改定時の密約、具体的には核兵器を搭載した艦船が日本に寄港することを事前協議の対象とせず容認するという密約の存在を、それぞれ明らかにした。
 このうち、沖縄返還時の対米密約の存在に関しては、最近出版されてベストセラーになっている山崎豊子さんの全4巻の小説「運命の人」で取り上げられており、ご存じの方が多いはず。私がかつて20年間在籍した毎日新聞で、政治部記者の西山太吉氏が1971年から72年にかけて、密約に関する外務省電信コピーをもとに記事にしたが、西山氏は国家の機密を外務省職員に教唆(きょうさ)して入手し記事にした、と国家公務員法違反(教唆の罪)で逮捕された。当時の毎日新聞は事態を重大視し、報道の自由と「国民の知る権利」で反撃に出たのをよく憶えている。

当時の東京地検は密約をあいまいにする必要、スキャンダルにすり替え世論誘導
 私は、東京地検が当時、西山氏を国策捜査で逮捕、そして起訴に追い込むに際して、密約問題をあいまいにするため、西山氏の私的スキャンダル問題にすり替え、世論誘導する巧妙かつしたたかな国家の意思が働いたと思っている。いわゆる国家の利益、国家の体制維持を最優先にし、「国策捜査」で臨むというものだ。
そして、西山氏が外務省職員の女性と情を通じて機密の電信コピーを入手した、目的のため手段選ばずの取材方法は許されるべきでない、と当時の東京地検は、西山氏の私的なスキャンダル事件にすり替えてしまった。私も当時、「国民の知る権利」を武器に徹底対決の姿勢でいたが、世論は西山氏に批判集中し、密約問題があいまいになってしまった。
この事件を当時担当した東京地検の佐藤道夫氏がその後、参院議員に転じてテレビ討論などで、外交密約の存在が問題になると政治混乱が避けられないこと、言論弾圧と騒いでいる知識層やメディアの論調をかわす必要がある、との判断から突如、女性と情を通じて機密の電信コピーを入手したのはけしからん、という形での世論誘導を思いついた、と述べている。佐藤氏が自慢げに話すのを聞くにつけ、当時を知る私などは、本当に悔しい思いをしたのを今でも憶えている。

沖縄密約問題の真相究明できず、西山氏の報道の仕方に数多くの問題
 この沖縄返還をめぐる密約問題の本質は、返還に際し、米国政府が沖縄の基地などの土地の地権者に支払うべき400万ドルの土地現状復旧費用について、日本政府が秘密裏に肩代わり負担する、という信じられない外交密約を米国との間で取り交わしたことにある。この密約の真相究明は何としても必要だったのに、東京地検の巧妙な世論操作で問題があいまいにされてしまった。
私に言わせれば、西山氏の取材、そして報道の仕方には問題が多過ぎたのは事実。外務省職員の女性との問題だけでない。最初、機密の電信コピーをもとにストレートなスクープ記事が書けたのに、なぜかインパクトの弱い解説記事にとどめてしまったこと、それが無反応だったため、あせった西山氏が社会党代議士に電信コピーを見せ国会追及を画策したこと、さらに決定的にまずかったのは社会党代議士に情報源の秘匿(ひとく)を徹底しておかなかったため、その代議士は迂闊(うかつ)にも電信コピーの情報源の部分を消さずに国会追及し、政府側に手の内をさらけ出す結果になってしまったことだ。

村田元外務次官「核搭載の米艦船寄港は核持ち込みでない、との判断で密約に」
 もう1つの核兵器を積んだ米艦船の日本寄港に関して、日米政府間で事前協議の対象にするとしたはずなのに、寄港を容認するという密約があった、という問題にも触れておく必要がある。密約を認めた村田元外務次官は新聞とのインタビューで明らかにしたところによると、核を日本に持ち込む時には事前協議する、としたのは主に2つの理由があった。米国が、日本の防衛、それに米国の軍事的な戦略行動のために、日本国内に核兵器を恒常的に置く時、あるいは核兵器搭載した米国の艦船がずっと日本の港に常駐する時で、これらは、日本として事前協議の対象にする、とした、という。
ところが、問題が生じた。核兵器搭載の米艦船が、日本の領海を航行している時とか、一時的に寄港した場合も『核持ち込み』に当たる、いや当たらないとの議論になった。そこで、日本側から、寄港は本当の意味での核持ち込みでないので、問題にしないでおこうと言い出し、それが密約になった。口頭了解したものを記録の形で1枚紙にし、歴代の外務次官が外相に報告することにした、というのだ。

河野衆院外務委員長(自民)も「密約ないとの強弁は問題。政府答弁修正が必要」
 村田氏がこれだけ明確に、密約の存在を明らかにしているのに、なぜ、内閣官房長官や外相、それに外務次官らは国会答弁や記者会見で、相変わらず「密約自体、存在しない」といった発言を繰り返すのか、何とも理解しがたい。
そういった中で、最近、ちょっとした変化が政権与党の自民党に起きた。河野太郎衆院外務委員長(自民党)が村田氏の密約容認発言を重視し、直接、村田氏に発言確認をとったあと、7月13日の記者会見で、政府が密約は存在しないとしてきた答弁に関して、修正を求める外務委員会決議を行うというのだ。河野氏は「密約はなかったと強弁するのは、国民に対して誠実でない。これではまともな核抑止の議論もできない」と述べている。
政権与党サイドから、こういった動きが出ることは極めて健全で、率直に評価する。しかし河野氏は自民党の中でも少数派におり、たまたま衆院外務委員会委員長という、外務省にニラミがきく立場だったので、アクションを起こせたが、自民党全体を巻き込めるかということになると、心配になる。
それに対して、民主党は、この問題に関して改革に積極的だ。岡田克也幹事長は記者会見やインタビューで、外交密約文書に関して、「政権交代した場合、政府の情報公開を進める。一定期間を経たものは原則公開するように新しいルールづくりをする」と述べている。その際、岡田氏は「外交文書の公開がいま、外務省の裁量で決められている。役所が勝手に決めるのでなく、客観的な仕組みづくりが大事だ」「外交交渉をすべてオープンにしろとは言っていない。ただ、外交秘密という名のもとに官僚の判断、政治の判断がない。惰性に流されてきたのが問題だ」とも述べている。そのとおりだ。

外務省は密約に至った政策判断を後世代の検証に委ねよ、米国を見習え
 冒頭のところで申上げたが、日本政府が密約の形で守り続ける国益とはいったい何なのか、誰のためなのか、それは国家益、それとも国民益のためなのかを外務省自身が示し、多くの識者や国民の評価を受けるべきだ、と思う。さらに、密約に至った当時の政策判断も30年以上たったいま、時代状況が大きく変わってきており、議論の対象にしていいはずだ。大事なのは、外務官僚が勝手に、かつ都合よく外交文書を秘密扱いにするのでなく、あとあとの世代に対して、あの時の政策判断が正しかったどうか、その判断を後世代も踏襲すべきかどうか、といった材料提供すべきだ。その意味でも、米国のように、一定期間後の公文書を情報公開することは極めて重要だ。
 NHKの報道特集番組「NHKスペシャル」の企画制作にかかわった川良浩和氏が「闘うドキュメンタリー」という著書の中で、米国が情報公開した機密外交文書をもとに日米安全保障条約の改定交渉の舞台裏を描いているが、その中で、外交文書の読み取りなどで取材協力を仰いだ日本の大学教授の言葉を紹介している。これがとても参考になる。
「日本で得た知識や日本的な既成概念は一切、白紙に戻して、徹底的に文書を集め、読んでください。想像もつかないようなアメリカのリアリズムに出会うでしょう。自分の国のことを考えていればよい国と、常に世界を相手にしている国とは、やっていることがケタ外れに違うはずです」
今回の外交密約を頑なに隠して「そんなものは存在しない」とうそつく日本の外務省が井の中の蛙(かわず)状態だと言えないだろうか。

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