日本のものづくりに地殻変動? コア技術も海外に移転の動き


時代刺激人 Vol. 162

牧野 義司まきの よしじ

経済ジャーナリスト
1943年大阪府生まれ。
今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

デフレ脱却がなかなか出来ず、もがき苦しむ日本経済に東日本大震災、それに連動した東電福島第1原発事故の影響がいまだに続き、まるでボディブローのような状況だ。そんな中で、タイの洪水で現地生産能力が落ちた日本企業が最近、タイ人の技術者や現場従業員を日本に大量に呼び寄せて生産回復に取り組んだ、というニュースに、オヤッ、どこか変だなと思った。日本国内で雇用不安が続いており、なぜ日本人を優先雇用して生産対応しないのだろうか、ということだ。日本人の誰もが不思議に思った点だ。

ところが、それら日本企業のうち、パナソニック・タイの日本人幹部がメディア・インタビューに答えているのを聞いて、ややオーバーに言えば日本のものづくり現場に意外な危機的問題が生じていることを感じた。要はタイでしか生産していない製品の生産肩代わりを日本でやる場合、スピーディかつトラブルなしにやれるのは、日ごろから生産に習熟しているタイ人技術者やオペレーターなので、日本に送りこむことにした、というのだ。

タイ洪水対策でタイ人技術者らを日本へ呼び寄せた理由に驚き
失礼ながら、タイの技術者、従業員を活用した方が給与レベルで割高な日本人よりも有利、というコスト面からの理由なのかと思ったが、そうではなかった。生産現場での技術対応や処理対応が、タイ人の方がはるかにスピーディで、生産効率も上がるということが大きな理由だ。このため、タイから遠く離れた日本に、航空運賃や住居費などの滞在費を支払っても十分に採算がとれる、という。いやはや、これは間違いなく驚きだ。これまでの常識でいけば、日本人の器用さ、理解度の早さ、生産へのひたむきな取り組みなどが日本ものづくり現場を支える力だったはずなのに、そこが大きく崩れつつあるからだ。

そればかりでない。今回のタイ洪水騒ぎで、日本の企業のタイ進出、現地生産規模がケタ外れに大きく、サプライチェーン化していたことが明らかになった。これも驚きだった。そして、そのタイの生産現場の技術や生産が日本人で代替が出来ないほどになっていることだ。もちろん、高度な先端技術分野のものなどは、日本でしか生産できない、ということは厳然としてあるのだろうが、タイ自体が、日本のものづくりのサプライチェーンになるほどの生産システムを持ち、その分野はタイ人技術者や従業員に委ねた方がいいという経営判断が大半の日本企業に定着しつつある、ということがポイントだ。

タイは今や日本のものづくりを支える重要なサプライチェーン
サプライチェーンというのは、部品供給網とも言われているが、資材や部品の調達から生産・加工、そして物流、販売までの供給システムが鎖のチェーンのように密接にリンクし合っている、ものづくりの基盤部分のことも意味する。今回のタイ洪水で、日本のモノづくり企業は、東日本大震災によって打撃を受けた東北地方のサプライチェーンに続き、タイでも同じ問題に遭遇して、ダメージを大きく受けた、と言うことになる。

そうした矢先、経済産業省、厚生労働省、文部科学省の3省が最近まとめた「ものづくり白書2011年版」に、思わず引き込まれた。その第2章の「我が国ものづくり産業が直面する課題と展望」という部分で、さまざまな問題を浮き彫りにしていたからだ。

ものづくり白書「企業は今や低コスト生産よりもグローバル市場開拓で海外へ」
まず、今回のタイのサプライチェーン化ともからむが、こんな指摘がある。明らかに、これまでとは違う動きがある。「従来は、『低コスト生産』を求めての日本企業の海外展開が中心であったが、新興国市場の台頭を背景に、現在計画中の案件は『グローバル市場の開拓』が主たる理由となっている」という点、さらに興味深かったのは「経営上で重要な主力製品の海外生産や、コスト競争力の向上を目的としたコア技術の海外生産拠点への移管も進んでいる。日本のものづくり産業の長期的な国際競争力の維持のためには、今後、十分な技術流出対策を講じることが重要」というのだ。

これらは、ものづくり企業を対象にしたアンケート調査結果がベースになっているが、経済産業省が2011年1月に行った調査で「海外へ工場新設・増設した理由」という質問のうち、今後の計画に関しては、「グローバル市場の開拓」が64.9%にのぼっている。過去実績の54.7%よりも大きくアップし突出している。そして、これまで海外展開のトップ理由だった「低コスト生産への対応」が過去は63.8%だったのが、今後の計画レベルでは59.6%にダウンし、海外市場開拓という動機と、立場が逆転していた。このほか、海外展開に切り換える理由としては、実体経済とは矛盾する急ピッチの円高という為替対策、海外政府の日本企業誘致や進出要請もポイントになっている。

3.11による電力供給不安や円の一段高進などが企業の背中を押す?
この企業動向は、緊急調査という形で同じ企業を対象に再度行えば、きっと、海外への生産移転に拍車がかかっているはずだ。というのは、経済産業省調査の1月以降、3.11の東日本大震災で東北サプライチェーンが寸断されたこと、東電福島第1原発事故による電力供給不安が全国レベルに波及したこと、米国経済の停滞に加えて、ユーロ危機の深刻度が高まり、そのあおりで相対的な安全資産ということで円買いに拍車がかかっての円高が進んだこと――などが新たな動きとして加わったためだ。

もちろん、少子化に伴う人口減少、新興アジア諸国に比べて相対的に割高な法人税率、製造業派遣業務の原則禁止などの労働規制、韓国などに比べての自由貿易協定(FTA)の取り組みの遅れが企業の国際競争力を下げるといった、これまで言われてきた日本経済の弱み部分もあるのは、言うまでもない。

生命線のコア技術移設が進出企業の69.8%、
コスト競争に勝つためが理由
しかし、今回のコラムで重要視したいのは、日本のものづくり産業が新興アジアを中心にグローバル市場開拓にぐんと踏み出したということもさることながら、企業の生命線とも言えるコアの技術を海外生産拠点に移している、という点だ。同じ経済産業省調査結果によると、コア技術をすでに海外に移設済みと答えた企業数が全体の69.8%にも及んでいたことだ、その理由は海外に生産拠点を移すだけでなく、その進出先でのコスト競争力に高めるためには必要というのだ。また、進出先の国で市場シェアをとるだけでなくシェア拡大を図るため、というのが全体の41.6%、続いて、多かったのが取引先企業からの強い要請で27.2%などとなっている。

ものづくり白書の解説ばかりしていても仕方がないが、もう1つだけ、引用させていただこう。これら企業の海外進出動機は、円高による為替リスクの高まりが先行き不安を招き、コスト競争に勝つために、背中を押されるような形で、やむなく海外へ生産拠点移設、それに見合って、おそるおそる「秘伝のタレ」とも言えるコア技術も持って行く、といった企業行動パターンかと思われるかもしれないが、実は、必ずしもそうではないのだ。

グローバル・ニッチ・トップ企業の先進モデル事例に学ぶのも一案
白書によると、グローバル・ニッチ・トップ企業(略してGNT企業)という、要は特色ある技術や製品、事業モデルで世界的に高いシェアを持つものづくりの中堅・中小企業がいて、これら成功企業のうち、30社をヒアリング調査したところ、いくつかの成功の秘訣があった、という。
具体的には、製品開発にあたって、たとえば大企業出身の創業者経営者の場合、市場ニーズがある製品について、用途を限定し、性能を高める製品開発を行って市場シェアを確保すると、今度は矢継早に、性能や価格の異なる製品群をそろえて市場で優れた企業のイメージ定着を図る、という。また、後続の第2、第3のヒット製品づくりに関しても、市場ニーズに対応するため、足りない技術は外部から取り入れるなどアウトソーシングの活用にもフレキシブルなのだそうだ。
しかも、経営優位を保つために、コア技術や企業秘密に関しても、模倣や追随を許さない戦略をたてる。特許だけでは不十分だと見ていて、さまざまなノウハウを企業秘密として保持してしまう、という。いわゆるブラックボックス化してしまう、という。さらに、ポジショニングと言って、競争相手となり得る大企業が参入しない市場をあえて選び、その分野で強みを発揮して不動の地位を確保する戦略もその1つだという。
海外進出した場合に、コア技術を持って行っても、こうした形で戦略的な経営行動をとれば技術を盗み取られるとか、模倣技術をベースに安い製品攻勢でシェアを奪われるといったリスクにも十分に対応していけるのだという。

真田教授の「高品質・少量・多品種生産で日本にいて外貨稼ぎ可能」が参考に
この話で、ふと思い出したのは、以前も116回コラムなどでご紹介した友人の愛知淑徳大学教授の真田幸光さんのことだ。真田さんによれば、高品質で付加価値の高い製品を少量・多品種生産、さらにそれが世界でもオンリーワン技術ならば、中堅・中小企業でも日本にいながら外貨を稼ぎだせる、何もコスト安、それに新興アジアなどグローバル市場を求めて海外に生産拠点を移さなくても日本でやれる、そういったビジネスモデルは十分に可能だという。そして現に、数社の実例を紹介いただいたが、いずれも高収益企業ばかりだった。言われてみれば、日本国内で腰を据えて、ものづくりに打ち込むことは可能だ。

しかし、ものづくり白書で取り上げた日本のものづくり産業の地殻変動とも言える、積極的なグローバル市場の開拓動機での海外展開、そして海外で市場シェアをとるために、あてコア技術も持ち出すすごさは頼もしい、と見るべきだ。

国内製造業の空洞化など、課題残るが、
別途、新規の需要や雇用創出を
もちろん、きれいごとでは済まされない。日本国内のものづくり産業が今後、どうやって生き残りを図るか、それぞれが孤独な闘いをやるよりも、いわゆる産・官・学連携に始まって、さまざまな連携、異業種コラボレーションなどの仕組みづくりが必要だ。

日本の現場は過去、数多くの試練を乗り越えてきたので、それほど心配していない。ワンパターンの空洞化論議は、おさらばすべきだ。企業や産業がグローバル市場に新たな場を求めて出て行くことで、日本国内の雇用の場が失われるという議論が出るが、むしろ大胆な規制改革はじめさまざまな対応で、新規の需要創出、雇用創出に議論を移すべきだと思う。

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