「課題克服先進国」は日本にピッタリ 成熟社会の先進モデル例をつくろう


時代刺激人 Vol. 168

牧野 義司まきの よしじ

経済ジャーナリスト
1943年大阪府生まれ。
今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

 さしずめ異業種交流とでも言えるような、業種がまちまちの、でも時代の先がどうなるかについて談論風発が大好きな5人の仲間会合で最近、1冊の新書版の本が話題になり、大いに議論になった。その本は「成熟ニッポン、もう経済成長はいらない――それでも豊かになれる新しい生き方」(朝日新聞出版刊)だ。ぜひ、読まれたらいい。三菱総研エコノミストから同志社大教授に転じた浜矩子さん、同じ同志社大教授の橘木俊詔さんの2人が、本のタイトルどおりのテーマをめぐって議論したものが本になったのだ。

1冊の本「成熟ニッポン、もう経済成長はいらない」
めぐり仲間が議論
 論客の浜さんが終始、議論をリードしている。ポイント部分を紹介させていただこう。「日本は今や典型的な成熟債権大国になっているのに、そのことを十分に認識せずに、巨大なる天才子役みたいな中国と張り合わなくちゃいけないと、本気で考えている。その辺の実態と認識のミスマッチを何とかしていかないと、企業経営も、いろいろなレベルでの経済政策も方向性を誤まる」という。

浜さんの言う債権大国は、フローがないが、巨額の個人金融資産を含めたストックが潤沢にあり、とくに海外には投資資産を持ち、しかも国内には優れた経済社会インフラがある状況のことをいう。「日本は非常に成熟度の高い大人の経済になった。この大人の経済がおとなしく優雅に賢く、そして年の功を発揮して自己展開していくために必要なことは何なのか。そういう観点からの日本の姿こそが論じられなければならないのに、そこに目が向かず『日本はどうして、こんなふうになっちゃったのだろう』という感じで、いろいろなことが考えられているところが非常に残念」とも述べている。

論客の浜さん「日本は債権大国、
成長産業探しの発想は古い」の発想
 橘木さんは、「私なりに浜さんの考えを解釈すれば、たとえばリーディングインダストリーに期待するのは時代遅れ。成長を期待できるような産業を見つけること自体が古い。昔から『成長くたばれ論』みたいなものがあったが、もう低成長でいいじゃないか。債権大国になり、ストックも豊かになったから、高度成長なんか目指さずに、そこそこ、食っていける低成長でいいじゃないか。こういう主張と理解してよろしいか」と言ったら、浜さんが「基本的にそんなイメージ」と。そして2人は「成熟ニッポン、もう経済成長はいらない」という点で意見が一致し、それに見合う議論を展開している。

これに対して、われわれ仲間の議論では、浜さんらの成熟度の高い経済社会になったのに見合って、新たな経済社会システムをつくるべきだ、制度設計をやり直すべきだ、という点に関しては異存がなかった。しかし経済成長をめぐっては、大いに議論が分かれた。誰もが、かつての高成長社会に戻すべきだなどとは思っていないものの、浜さんらが本のタイトルにしたような「成熟ニッポン、もう経済成長はいらない」という経済社会は到底、考えにくいこと、成長レベルに関して、4、5%成長は最低限必要、いや1、2%成長でもいいのでないかという違いがあっても、成熟国家を支える成長は必須という立場だ。

新成熟社会めざせは大いに必要、
そのためにも一定の成長が不可欠
 以前のコラムでも紹介したが、早稲田大教授の深川由紀子さんが「大学の私のゼミの20歳の学生に経済成長に対する執着心が全くない、という恐ろしい現実がある。無理もない。学生が生まれてからの20年間はバブル崩壊後の『失われた20年』が続き、ゼロもしくはマイナス成長で、経済成長そのものを実感していないからだ」と述べていた点だ。こういったことを、今後の成熟社会国家のもとでも若い世代に味わせるべきでなく、その点でも4%程度の成長は間違いなく必要だと、個人的に思う。

そのためには狭い日本国内の内需にこだわらず、新興アジアと経済連携を進め、さまざまな経済・技術協力などの見返りに新興アジアの旺盛なる成長の果実を、日本にとって「拡大内需」という発想で活用させてもらうことが必要だと、かねがね思っている。その意味で、アジアに日本の戦略軸を置くことが何よりも重要であることは言うまでもない。

活力ある高齢社会のシステムづくりが最重要、
新制度設計も装備
それよりも、問題は、どういった新成熟経済社会モデルにすべきかだ。仲間会合では大いに議論になったが、その際、私が主張したのは、供給先行型の企業成長モデルをベースにした経済社会の制度やシステムを変えて、新しい制度設計のもとに、これから申上げる「課題克服先進国」をめざすべきだということだ。これは重要な切り口ポイントだ。

その新経済社会システムを支えるには、やはり、ある程度の経済成長が必要で、既存の枠組みにない新たな産業ビジネスを創出し、同時に雇用創出チャンスもつくるべきだろう。1億2000万人の巨大人口が少子化で1億人、あるいは8000万人の人口規模に縮小していく可能性は否定できないが、むしろ今後は高齢化の「化」がとれた高齢社会、その社会で活力を維持できるための大胆な制度設計を行うことが最重要だ。それに沿って需要創出策も新しい発想で行い、世界の他の国々にとっての先進モデル事例になる経済社会システムをつくりだすことだ、というのが、その談論風発会合での私の主張だった。

「課題先進国」ではなく
「課題克服先進国」が正しい言い方
ここからが、今回のコラムの本題だ。冒頭のヘッドラインに書いたように「課題克服先進国」というキーワードは今の日本にとってピッタリのものだ。これに向けて、新たな成熟経済社会の先進モデル例、仕組み、システムを作り直すことが大事だ、と思う。実は、ずっと以前のコラムで、この「課題克服先進国」の話を書いたことがあるが、今回は少し踏み込んで書いてみよう。

このキーワードは「課題先進国」という言葉でも言われ、日本国内で次第に定着しつつある。現に、野田佳彦首相も昨年2011年11月に米ハワイで開催されたアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会合で、この言葉を口にしている。この「課題先進国」は、正確には、さまざまな課題を克服もしくは解決して初めて先進国と言える、という意味で「課題克服先進国」、もしくは「課題解決先進国」と言った方がいい。

社会システムデザイナーの横山さんが口火、
小宮山さんも独自展開
 もともとは、横山禎徳さんという知り合いの社会システムデザイナーが2006年に「アメリカと比べない日本――世界初の『先進課題』を自力解決する」(ファーストプレス社刊)で、この「課題解決先進国」という言葉を使ったのが最初だ。ジャーナリストの好奇心で、いろいろな所でチェックしたが、この素晴らしい表現を世の中にアピールしたのは、疑いもなく横山さんだ。横山さんとは言論NPOで一緒に活動した間柄で、長いつきあいだ。

その後、東大総長のあと三菱総研理事長に転出した小宮山宏さんが2007年に出版された自著「課題先進国日本」(中央公論社刊)で、横山さんと同じような問題意識で、独自に「課題先進国」をアピールした。面白いもので、小宮山さんの存在感、メッセージ発信のうまさで一気に、このキーワードが世の中に拡がった。

横山さん「超高齢化などの先進課題を日本が
世界で最初に解決すべきだ」
 余談だが、この2人は互いにつきあいがあって仲がいい。最近、小宮山さんに会合でお会いする機会があり、私は「横山さんが『小宮山君がボクの言葉をぱくったんだ』と笑いながら言っておられますよ」と言ったら、「そうなんだ。彼はそれを言うのだ」と大笑い。大事なことは世の中に、こういったキーワードをしっかりと根付かせてアクションを起こしていくことだ。その意味で、優れ者の2人が役割分担すればいい。そこに私も加えてもらい、ジャーナリストとして違う形でアピール役を担えばいいと思っている。

先陣を切った横山さんの問題意識が素晴らしく、全く同感という部分があるので、ご紹介しよう。横山さんは著書で「世界で最初に日本が新たな課題に直面するステージに来た。日本の歴史にとって初めての経験だ。これまで習い性になっていた世界、とくに『欧米先進国』の事例から倣うべき先例のない『先進課題』を、日本が世界で最初に自力で解決しなければいけない時代になったのだ」という。

先に歩いているだけの「先進国」でなく、
文字どおり課題克服の先進国に
 本当に、そのとおり。この「先進課題」の解決策、克服策を新制度設計の形で示し、そして自ら率先して実行すると同時に、いち早くモデルとなる事例を作り出せばいい。そうすれば世界中に胸を張って誇らしげに「課題克服先進国」と言える。単に、先を歩いているという先進国でなく、文字通り、新制度設計が優れた先進国という意味だ。

横山さんによると、先進課題は、超高齢化問題だけでなく、環境問題、資源枯渇問題、さらには中国やインドなど新興アジアと、どうつきあうかなど数多くある。日本自身が解決策見つけ出さなければ最初に困る国であることは言うまでもないが、日本が潜在的な総合能力を発揮して、これらの課題を解決すれば、これまで40年以上、古い制度や枠組みに安住し「思考停止した経済大国」から抜け出す糸口になる、という。

小宮山さんは「ビジョン2050」で
高齢社会や低炭素社会モデルを提案
 小宮山さんも同じ問題意識だが、小宮山さんは、日本がポスト工業社会のフロントランナーの位置にあり、高齢社会、生態系、低炭素という3つの次世代キーワードをもとに「プラチナ社会」の実現を主張している。プラチナはゴールドよりも高価で、品格を感じさせ、輝きの失せない元気なイメージがあり、それにふさわしい社会にすればいい、という。

小宮山さんによると、世界は21世紀の持続可能な社会モデルを模索している。そんな中で、日本が他国に先んじて高齢社会、生態系、低炭素社会という21世紀の難問、課題を世界で最初に解決できれば、それこそ真の先進国で、フロントランナーと言えるという。そして40年後を想定した「ビジョン2050」で、エネルギー効率3倍、再生可能エネルギーを2倍といった数値目標をベースにしたシナリオを描いている。

日本自身の課題克服と同時に
新興アジアとの連携にも活用を
私は、日本自身が自らの課題に取り組むと同時に、新興アジアとの経済連携のからみで、中国などアジア各国がいずれ直面する人口の高齢化に伴う問題、さらには急速な成長に伴って起きる都市化現象のもとでの医療、年金、教育など社会インフラシステムの再構築の課題に関して、日本が先進モデル事例をつくって各国に学習材料を提供うすることで連携すればいいのだ。

メディアコンサルティングにかかわっているアジア開発銀行研究所のセミナー、ワークショップなどで出あうアジアの政策研究者らとの会話でも、その分野での日本への期待が強い。かつて日本は、ジャパンマネーや省エネはじめものづくり技術の技術移転で、アジアに強みを誇っていたが、今では中国から「そんなものマーケットから買える」と言われる現状だ。しかし、これらの新しい制度課題に関しては、日本は先進モデル事例をつくれば強み部分になり、再び評価の対象になっていくのは間違いない。

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