時代刺激人 Vol. 143
牧野 義司まきの よしじ
1943年大阪府生まれ。
日本国内の54基の原子力発電所のうち、東京電力福島第1原発事故で廃炉が決まっている4基を除く50基の安全性について、現時点で信頼する術(すべ)が本当に見当たらない、東電事故の二の舞は絶対に避ける、という理由で、国の定期検査終了後も、原発立地地域の自治体や住民の人たちの最終同意を得られないため、すべてが再稼働停止状態に陥る、という可能性が出てきた。
その場合、日本の電力エネルギー供給の30%が一時的に喪失するリスクが来年2012年5月に現実化する。5月は既存原発の最後の原発定期検査終了の時期のことだ。現状を見ていると、その可能性はどう見ても強まってきているように思える。となると2012年の夏は、今年とは比べものにならないエネルギー危機が訪れるかもしれない。
最悪シナリオは来年夏のエネルギー危機、電力の供給不安リスク
最近の菅政権の原発政策、とりわけ原発再稼働政策の迷走ぶり、九州電力のコーポレートガバナンス・ゼロとも言える「やらせメール」事件の発覚はじめ、後で述べるさまざま理由で、原発の安全確保が依然として確信できないといったことが背景にある。
ただ、ここで大事なのは、原発の安全性確保は何にもまして最重要で、今後もあらゆる手立てを講じる必要があるが、もし電力の30%が供給不安という最悪シナリオに陥った場合の日本経済全体への影響も、真剣に考えておかなくてはならない、という点だ。
メディアでも報じているが、最近、起きているさまざまな問題を考え合わせると、冷静に考える必要がある問題なので、やはり書いてみようと思った。ぜひご覧いただきたい。
「想定外」という東電のリスク想定の甘さ、安全神話崩壊が原因
結論から先に申上げよう。東電の原発爆発事故で、「想定外」という、東電のリスク想定の甘さや予見判断の失敗によって、日本国内ばかりか世界中を震撼させる大問題になった今、原発の新増設は到底、認められない。同時に、既存原発に関しても、想定されるすべてのリスクをクリアする安全保証の担保が必要だ。もし、その担保が信頼に足るものであれば、既存原発の再稼働はやむをえない、と私は考える。
太陽光発電など再生可能エネルギーにシフトすることは必要で、ライフスタイルも当然、変えていくべきだろう。ただ、再生可能エネルギーの制度的な基盤が出来ていない現状で、過度に頼るのは非現実的だし、石油火力や液化天然ガス(LNG)に頼るとなれば、電力コストが跳ねあがり電気料金引上げを甘受せざるを得ない。この点は国民の選択だ。
私は現時点では、既存原発の再稼働を全否定すると、日本国内の巨大エネルギー需要を到底、まかない切れない。そこで、既存原発に厳しい安全性確保を求めたうえで、当面、既存原発の活用を図る、むしろ今は電力供給不安定の事態回避が重要、との判断だ。
政府統一見解の原発再稼働の新基準は今1つ中身が不透明
そこで、本題だが、問題は、既存原発の安全性確保は大丈夫だろうか、という点だ。東電の福島第1原発の爆発事故で、「原発は絶対安全。5重の防護壁があるから大丈夫」という安全神話が崩れた今、誰もが最悪のシナリオを想定して既存の原発にも同じ問題が起きるリスクはゼロとは言えない、と厳しく見ているのは間違いない。
そんな中で、政府は7月11日、既存原発の再稼働に際しての安全性チェックの統一見解を発表したが、原子力安全・保安院がこれまで行ってきた定期検査の評価と、今回新たに導入されたストレステスト(設備やシステムに大きな負荷をかけ、安全性をチェックする耐性テスト)の評価のつながりが何とも不透明だ。
早い話が、ストレステストは東電福島第1原発事故の教訓として、大地震のみならず大津波のリスクへの備え、さらには外部電源や冷却水も遮断、飛行機墜落事故リスクにどこまで対応できているかがポイントだ。しかし、そんなことは、これまでの13カ月ごとの定期検査でしっかりとやっておくべきことで、ストレステストに委ねる必要はなかったはず。これまでは技術検査だけで、リスク管理を怠ってきた、というのだろうか。
菅首相は脱原発政策を優先、既存原発の再稼働容認は邪魔?
海江田万里経済産業相が6月末に、定期検査で稼働停止中だった九州電力玄海原発に関して、「国の定期検査を信頼してほしい。国が責任を持つ」と言明した。ところが、そのあとで菅直人首相がそれを否定するかのように、原発再稼働の条件はストレステストに合格評価を得ることが必要、と日本も欧州共同体(EU)が導入したこのテストに追随する方針を急に打ち出した。この混乱、迷走が政権の原発政策に不一致問題に発展し、今回の異例とも言える政府統一見解の発表となった。
しかし、友人の政治ジャーナリストの話では、政治的孤立を深める菅首相が、首相顧問のアドバイスをもとに8月6日の広島、9日の長崎での原爆被害者慰霊の場、さらに原発事故のあった福島で「脱原発・再生エネルギー政策への転換」をアピールし、政権存続の切り札にする考えが濃厚、そればかりか、これらの政治行動への世論評価がよければ、「脱原発・再生エネルギー政策への転換」で解散も辞さずの姿勢を変えていない、という。
最終の安全評価権限を与えられた原子力安全委も逃げ腰
もし、その話が確かならば、菅首相は、自らの政治延命には原発の再稼働は邪魔、むしろストレステストなどで再稼働のハードルを高くした方が政治判断を示す必要もなく都合がいい、と言っているようなものだ。何のことはない。政治延命のために利用できるものは利用しようということなのだろうか。何とも薄汚い政治の思惑が見えで不快だ。
一国のエネルギー政策、とりわけ原発政策が政治の思惑で振り回されるのは大問題だ。しかも、今回の政府統一見解で、最終安全確認の評価権限を与えられた政府の原子力安全委員会の斑目春樹委員長は、安全委が首相への単なる助言機関でしかなく、原発再稼働の判断には直接関与しない、と腰を引いている。要は、リスクをとりたくない、という逃げ腰の姿勢が見え見えだ。こんな安全評価の姿勢では、原発立地の自治体や原発周辺の住民にしてみれば政府のどこを、誰を信用すればいいのかと不安になるのは確実だ。
国が原発安全の最終責任の確約表明を、自治体広域協定の容認も
私の考えでは、今回の原発事故の教訓をしっかり踏まえて、政府が既存原発の安全確保対策に関して、基本方針を示すことが大事だ。つまり国が安全確認に最終責任を持つことを明確に打ち出すことだ。事故が起きた場合、事業者の電力の責任発生と同時に、国の責任が無限責任として起きることを示す。これは原発立地の自治体には重要なポイントだ。
同じく今後の国と原発立地の自治体の関係で、大きなポイントは、関西の2府5県でつくる広域行政組織「関西広域連合」が最近、関西電力との間で福井県内の原発再稼働に際して、関係自治体すべてと原子力安全協定を結ぶように申し入れたことだ。原発立地自治体のみならず、事故次第で広範囲に影響を受ける自治体が連合軍を組むわけで、電力会社から強力な安全確保策を引きだす武器となる。今後、全国に広がるのは間違いない。国は、この原子力安全協定を容認する姿勢を示すことが必要だ。
電力会社に「想定外リスク」に対応出来る安全確保策の義務付けを
次に、私がぜひ訴えたいのは、電力会社経営のクライシス・マネージメント策にからめて、「想定外のリスク」にも対応出来る原発の安全確保策をとるように電力経営に義務付ける問題だ。これは極めて重要な安全確保策になる。
今回の東電の福島第1原発事故での「想定外の大津波による事故」という清水正孝前社長が記者会見での発言がその後、事故そのものが天災、人災のいずれによるものか大きなポイントになった。清水前社長の発言は、東電としては不可抗力の大津波だった、というものだが、先日、東北電力の関係者に聞いた話を聞いて、むしろ東電経営のリスク想定の甘さや予見判断の失敗があったと言わざるを得ない。
東北電力女川原発が奇跡的に助かったのは元副社長の経営判断
東北電力の女川原発が大津波で奇跡的に大惨事を免れたのは、今は故人の副社長が役員会で孤立しながらも原発担当責任者として、過去の大津波災害を教訓に原発の高さを14.8メートルにまでかさ上げすることを強硬に主張し譲らなかった、という。当時の最大の反対論は、巨額の設備投資額が経営に過重な負担となる、予測不能のリスクに経営は対処できない点だったが、元副社長は押し切ったのだから、すごい経営判断だ。
この点に関連して信越化学工業の金川千尋会長が最近、雑誌インタビューで「想定外に備えるのが経営のリスク管理であって、われわれは想定外という言い訳をしない、その事態が起きてもびくともしない経営のバックアップシステムをつくるのが経営だ」といった発言をされている。こういった経営者がいることに心強さを感じた。
九州電力の玄海原発再稼働向けの「やらせメール」事件はひどい
最後に、最近、大問題になった九州電力の玄海原発の再稼働に向けての「やらせメール」事件について述べておきたい。九州電力の原発担当の元副社長が社内の担当者を通じて関係会社に対し、経済産業省が6月に佐賀県民向けに主催する原発再稼働説明会で、再稼働を支持する一般市民の声として取り上げられるように意見メールを送れ、というものだが、内部告発で、表面化し、大問題になったものだ。
国会で取り上げられ、真部利応九州電力社長が7月6日、緊急記者会見で陳謝したが、メディア報道では「そんなに大きな問題ですか」と思わず口走った、という。それに「社内指示はしていないと明確に申上げる」と言っていたのが、数日後に原発担当副社長ら「原発村」の組織行動だったことが判明し恥の上塗りだった。古川康佐賀県知事にすれば、玄海原発再稼働で動いていただけに、後ろから鉄砲で撃たれる心境だったに違いない。
企業の不祥事問題で厳しい危機管理、ガバナンスの重要性を指摘する国廣正弁護士に最近、会った際、「いずれ表面化することが目に見えているのに、組織ぐるみで事件を引き起こすのが信じられない。企業ガバナンス以前の問題で、地域独占の電力会社の思いあがり体質こそが問題だ」と述べていたのが印象的だ。
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