復興にほど遠い日本漁業の現場 でも宮古魚市場は早い再開で活況


時代刺激人 Vol. 142

「3.11」の東日本大災害からまもなく4か月がたつ7月1日、チャンスがあって、岩手県宮古市の魚市場など、漁業の現場を見ることができた。大津波で壊滅的な被害を受けた宮古市田老漁港も同時に見た。6月10日、11日に農業の被災現場、宮城県仙台市若林地区を取材したのに続くものだが、日本の漁業の復興再生へのチャレンジがどこまで動きだしているか、ジャーナリスト目線でぜひ見ておきたかったので、貪欲に動き回り、漁業関係者らに話を聞いた。

田老漁港は未だに壊滅状態、
宮古漁協の漁船も大半使えず
結論から先に言えば、復旧には時間がかかっているが、着実に進みつつある。しかし問題は、日本漁業の将来に新たな期待が募るといった復興・再生の絵が描ける状況には、ほど遠いのだ。現に、宮古漁港の場合、津波で壊された建物のがれき撤去などが進み、魚市場も再開されて活況を取り戻しつつあるが、宮古市の3漁協の1つ、田老漁協がある田老港は壊滅的被害で、復旧のめどが立っておらず、荒涼とした世界が広がったままだ。

また主力の宮古漁協も、漁協所属の1030隻のうち150隻が残っただけで、大半の漁船は使いものにならず解体処分だ。漁師の人たちは陸に上がらざるを得ず、沿岸部や近海に水産資源があっても手を出せない状況だ。船主によっては中古漁船の手当てに走り回るが、中古市場が十分に育っておらず、簡単にはいかない、という。

漁船建造に時間かかり身動きとれず、
製氷所などインフラに課題
岩手県漁連が窓口になり岩手県内の漁協に必要な漁船の隻数を求めたら2000隻、宮古漁協だけでも300隻に及んだ。しかし必要な漁船の種類がまちまちのうえに、最近のスピード造船技術を駆使しても、1カ月につくれる漁船は数隻のため、天を仰ぐだけ。

さらに、宮古漁協の場合、漁船や魚市場には必須の氷をつくる製氷所が津波で壊滅状態。わずかに高台の工業団地にある水産加工会社向けの製氷所が助かり800トン、3、4か月分の氷が冷凍庫にあったため、魚市場などへの供給が可能になり、市場再開のきっかけとなった。しかし岩手県や宮城県の漁港の主力の製氷施設がいまだに復旧していない。

このほか岩手県の場合、アワビ、アサリなどの種苗放流、またさけ、ますのふ化放流といった養殖漁が底引き漁業と並んで大きな比重を占めているが、種苗施設が打撃を受け、いわゆるインフラ部分の回復メドがついていない。何とも辛い現実だ。

復興構想会議提言の「水産業復興特区」に
現場漁協は冷ややか
こういった中で、復旧の先にある日本漁業の復興、再生プラン、構想の具体化に「3.11」後の漁業への期待がかかる。ところが菅政権の復興構想会議の提言を受けて、農林水産省が「水産復興マスタープラン」をつくったものの、地元漁協判断に委ねた部分が多く、現時点での現場の漁協の対応能力に温度差があるため、新しいビジネスモデルづくりに発展する動きになっていない。

とくに、沿岸漁業への民間企業の参入を促す「水産業復興特区」に関しては、現行の漁業法では漁協に漁業権が優先的に与えられているが、今回の復興構想会議提言を踏まえ、特区では規制を緩和し、民間企業も参加した法人が漁業権取得に動けるようにした。しかし、宮城県の村井嘉浩知事ら行政当局は積極的だが、現場漁協の反発が根強い。

今回の取材で会った岩手県漁連会長で、宮古漁協組合長の大井誠治さんも「岩手県の場合、沿岸漁業が主体で、極めて零細規模が現実だ。企業が参入してもメリットはないはず」と極めて冷ややかだった。私はむしろ、競争原理の導入によって事態打開、需要創出を図るべきだ、という立場なので、何とか現場から新たな動きが出るのを期待している。

北海道漁連の中国への鮮魚空輸戦略など
先進モデルを学ぶ必要
漁業復興、そして大胆な漁業再生と言っても、現場をベースにせざるを得ないので、現場の漁協や漁業者の中から時代先取りの動き、端的には局面打開のブレークスルーの動きがない限り、将来展望は見込めない。

しかし北海道漁連を見ていると、新興アジア、とくに中国の魚食文化が日本に刺激を受けて大きく変わったのに鋭く目をつけ、中国向け水産物輸出戦略を積極展開している。具体的には毛ガニやカキ、キンキなど8種類の鮮魚を上海のニューリッチの富裕層向けに空輸したり、冷凍魚も現地で素早く解凍して攻勢をかけている。以前、出会った北海道漁連幹部の意欲的な取り組み話を聞いていて、漁協もさまざまだと思った。

要は、輸出コストを加えて現地価格は割高で、ハンディキャップを背負うものの、おいしさ、鮮度維持を含めた品質の高さ、安全性など、日本漁業の強みを武器にしているのだ。今回の被災地の岩手県、宮城県、福島県などの漁協も、それぞれの現地事情があるにせよ、ピンチをチャンスにする絶好の機会であり、北海道漁連の先進モデル事例を学ぶべきだ。

「漁場、魚種で漁業経営が異なる、
岩手は地域特性を活かすしかない」
今回の取材で話を聞いた宮古のある漁業関係者には変革期待があったが、残念ながら現場重視だった。その関係者は「先進モデル事例を参考に、岩手県の漁業を変えるチャンスであることは事実。ただ、それぞれの地域には漁場、魚種などに合わせた漁業のやり方があって、なかなか変えきれない。宮古漁港の立地条件などを考えると、地域特性を活かしたものにならざるを得ない」という。

でも、その漁業関係者は「宮古漁港、魚市場はこれまでならば、盛岡など狭い消費市場をターゲットにビジネス展開していたが、これから三陸縦断自動車道が出来るので、これを視野に入れて、仙台経由、首都圏の巨大市場への鮮魚輸送、冷凍魚輸送をめざす。そのための冷凍施設、製氷所、さらには研究施設などインフラ部分も積極投資が必要になる。こんな発想は、『3.11』がなければ現状維持で終わっていたかもしれない」という。

わずか30分セリで
宮古魚市場はあっとう間に2,000万円取引
さて、せっかく被災地の宮古の漁業現場を見たので、現場の動きをレポートしておこう。宮古の魚市場は、岩手県では比較的早く4月11日にセリ再開となって、活況を取り戻している。宮古市に着いた翌日の7月1日午前7時過ぎに、水揚げされる魚のセリが行われるというので、その日朝早めに起きて、現場に行ってみた。底引き漁船などが魚市場のそばに接岸して、獲れたばかりの魚の水揚げをしていた。

そして午前7時半きっかりに、チリン、チリンというセリ人の鳴らす鐘の音とともにセリが始まった。不思議なもので、魚市場全体に、急に活気が出て来た。プラスチックのかごに入れられたマダイ、カレイ、スズキ、ヒラメ、サバ、イカ、タコ、ウニなどが次々にセリ落とされていく。仲買人はざっと数えて40人ほど。ピーク時は100人ほどでごったがえすそうだが、それでも週末を控えていることもあってか、セリと合わせて行われる魚の入札も含めて、早いテンポで取引が進み、30分で終わった。このわずか30分で約2000万円の取引高だった、という。

「50センチの津波確認」という
3.11当日の津波警報がミスリード
宮古魚市場の施設は「3.11」当時、大津波でダメージを受けたが、鉄骨の支柱と屋根が残ったので、リースで発電機を導入、またプレハブの事務所も建てて、1カ月後に何とか再開できた。とはいえ、現場リーダーで参事の佐々木隆さんによると、大地震、その30分後に続いた大津波で、魚市場のコンクリートに亀裂が入るとともに一部が浮き上がり、海水が噴き出すように出てきた。パニック状態だったが、職員や仲買人をいち早くすぐ近くの山に避難させて難を逃れた、という。

ただ、佐々木さんは「実は、3.11の2カ月前ぐらいから地震がたびたびあったが、そのつど、大きな揺れでなかったので、やや楽観していたのは事実。でも、3.11当日、ラジオの津波警報ニュースで、50センチの津波を確認、というアナウンサーの話が流れ、『それならば大丈夫だ』と楽観視してしまった。結果はとんでもない大津波で、結果論ながら、あのニュースはミスリードだった」という。現に、消防団員が同じように楽観視し防潮堤を閉めるのが遅れてしまった、と聞いている、という。

宮古魚市場はカツオ水揚げ港の座確保のため
インフラ整備に躍起
宮古漁協組合長の大井さんは「宮古にとって、盛漁期の9月から年末にかけての時期までには、喪失した漁船に代わる新漁船の確保は到底、望めないので、出漁は我慢するしかない。しかし宮古の魚市場に、県外漁船が寄港し魚を水揚げしてくれるように、製氷所の復旧はじめインフラ整備が重要になるので、がんばる」と述べていた。

魚市場参事の佐々木さんの話では、今はカツオが三陸沿岸まで北上してくるシーズン。これまでは宮城県の気仙沼港が唯1つのカツオの水揚げ受け入れ港だったのが、大震災で復旧が遅れたため、宮古や大船渡など4漁港が指定港になった。そのため、気仙沼は必死でカツオシーズンに間に合わせるべく漁港の復旧を急いで6月23日に魚市場の再会を果たした。しかし4漁港指定は生きており、気仙沼港よりも北にある宮古魚市場は7月下旬に、北上してくるカツオの水揚げとなるので、目先のチャンスを狙わざるを得ないという。

日本漁業の復興・再生も重要テーマながら
目先の現場競争もし烈
ある漁業関係者が興味深い話をしてくれた。カツオ漁船にとっては、高値をつけてくれる漁港に水揚げするのが最大のポイント。しかし同時に、カツオのエサのカタクチイワシが大量確保できるか、燃料や食料の補給体制はどうか、器材の修理体制が整っているか、さらには冷蔵用の氷がたっぷりあるかも重要なファクター。気仙沼港はそれが整っていたので、一極集中ができて、独占的な利益を確保していた。

ところが今回、東日本大災害で、結果論ながら、三陸沿岸の4漁港にとっては、その独占にクサビを打つことが出来た。共存共栄が各漁協や魚市場の原則だが、宮古魚市場の現場は今回のカツオ水揚げ指定港のチャンスを活かすのに躍起にならざるを得ない。これも現場の現実だ、というのだ。

いわば漁業の現場にとっては、日本漁業の復興や再生は重要なテーマながら、他方で、目先、カツオの水揚げ港の主座を狙って競争しなくてはならない現場の現実もあったのだ。とても勉強になった。やはり現場には行ってみるものだ。

著者プロフィール

  • 牧野 義司
  • 1943年
  • 大阪府
  • 早稲田大学大学院

今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

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