新潟の米作農家・玉木青年がついに台湾で「玉木米」の現地生産に踏み出す 日本からの輸出と2本立て、「国際競争に勝てる強い日本農業めざす」がすごい


株式会社玉木

時代刺激人 Vol. 124

牧野 義司まきの よしじ

経済ジャーナリスト
1943年大阪府生まれ。
今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

 今回は、思わず元気が出る、日本農業の現場での意欲的な取り組みを紹介しよう。コラム27回目で、私は「日本は農業でチャレンジを、発想変えればビジネスチャンスいっぱい」という話を書いたが、その際に取り上げた新潟玉木農園の青年農業者、玉木修さんが今回紹介するチャレンジ事例だ。

玉木さんは現在31歳だが、自信作の銘柄米の価格が大きく下落をたどる日本国内の状況に先行き不安を感じ、6年前の2005年に台湾への米輸出を決意し、試行錯誤の末に見事に実績を残した。その成果を踏まえて、何と2012年から台湾中部で「玉木米」ブランドの新潟コシヒカリの現地生産に踏み切るのだ。このチャレンジ精神はすばらしい。日本農業が閉そく状況に陥っている中で、まさに先進モデル事例だと言っていい。

TPP参加めぐり日本農業不安が懸念される時に、メディアでも間違いなく話題に?
 国内のメディアはまだ、玉木さんが取組む台湾での「玉木米」ブランドの新潟コシヒカリの現地生産に関しては、取り上げていないが、私の経済ジャーナリスト感覚でいけば、ニュースであり、間違いなく大きな話題になると思う。とりわけ、いま、環太平洋経済連携協定(TPP)への参加をめぐり、日本国内では自由化に伴う関税ゼロによって、日本農業は壊滅的な打撃を受けるのでないか、という危惧や懸念ばかりが先行しているだけに、たくましい取り組みだ。

これからいろいろ申し上げるが、日本農業は守りに終始していてはダメで、攻めに転じて日本農業の品質管理技術やうまみなどすごみの部分を世界にアピールすればいいのだ。米に限らず野菜、果樹などに関しても、日本の戦略的な強み、弱みを見極め、このうちの弱みの部分を強みに変えて攻勢をかけるには何が必要かを考えることが必要だ。そういった点で、玉木さんのような先進モデル事例は間違いなく大きな刺激材だ。

米価下落で玉木さんの実家経営が一時資金ショート、米輸出で局面打開を決断
 27回目のコラムで、玉木さんへの現場取材を踏まえて、その生き方を紹介したが、今回の本題に入る前に、最近の状況を捕捉取材したものを踏まえ、玉木さんとはどんな人なのか、紹介しよう。玉木さんの実家は新潟市にある米の専業農家で、約13.5ヘクタールを耕作する大規模経営農家。父親の玉木森雄さんは篤農家で、玉木さん自身が「親父の背中を見て学んだ」というほど、影響力のある人だ。

ところが不自由でないはずの実家の新潟玉木農園の経営にショッキングな事件が起きた。玉木さんが20歳の時に米作農業を引き継ぐつもりで現場に入ったが、スタート時から4年間に米価が下落を続け、次第に経営を揺るがしたのだ。玉木さんは今でも言う。「24歳の時に突然、実家が一時的に資金ショートした。米価の下落で、予定した米代金が計画を下回ったためだが、うちの場合、仮に米価が5%値下がりするだけで数百万円レベルの減収となる。専業農家ほど、米価値下がりの影響を大きく受けるのはおかしいと思った」と。そこで、玉木さんは、自力で事態打開を図るしかないと考え抜いた結果、巨大な潜在市場のある海外へ日本の米を輸出してみよう、と考えた。

米が自由化されている台湾で日本米は競争力あると判断、品質と味を強みに
 玉木さんは当時、アジアで米そのものへの味の評価が定着していて、一定の経済成長を維持していた台湾を輸出先にしようと判断、そして精米詰めのコシヒカリ10キロを持って単身で台湾に売り込みに出かけた。25歳の若さでだ。
事前に、台湾で米を取り扱っている貿易専門商社も調べあげたが、不慣れさもあって苦労の連続だった。しかし持ち前の反骨心が、結果的に運を持ち込んだ。とくに、リンさんという、米国を拠点に日本、台湾、中国、香港、シンガポール、タイなどでビジネス展開する貿易会社社長と知り合い意気投合したのが幸運だった、と玉木さんは今でも語る。

台湾は日本と違って米の輸入が自由化されており、現地の台湾産以外に米国産、ベトナム産、タイ産の米がひしめきあって価格競争している。それでも玉木さんは各国の米を食べ比べたところ、日本産の米が味の点で群を抜いており、十分な競争力がある、と見た。このため、売り込みのために不必要に価格を下げるべきでないと判断、今も円換算して日本国内よりも高い値段で、数種類の価格帯の米を売っている。

玉木さんのがんばりは徹底したマーケットリサーチ、品質管理努力も怠らず
 でも、ここに至るまでに、玉木さんにはすごい経営面での努力がある。まず、今も欠かさないそうだが、徹底したマーケットリサーチを行う。台湾の消費者のニーズ、とくにどの価格帯の米が最も売れ行きがいいのか、高所得層はもとよりだが、中間所得階層、低所得階層のニーズは味が最優先か、あるいは価格なのか、十分にチェックする。

それだけでない。日本の強みでもある米の品質、とくに安全・安心部分の確保策に関しては、玉木さんも新潟の現場経験で鍛えられており、実践している。玉木さんの場合、有機肥料と海洋深層水で無農薬化を図り、日本食品分析センターでの分析試験を踏まえ残留農薬検出ゼロを連続して達成し、その実績証明書を付けて台湾でコシヒカリを売っている。とくに、コシヒカリBL(ブラスト・レジスタンス・ラインズ)というイモチ病に強く、農薬を減らした栽培が可能な新潟県独自の品種の証明も武器にし、さらに原産地証明を兼ねたトレーサビリティ―の強化も徹底している。
玉木さんによると、味だけでなく品質や安全性に対して台湾はかなり厳しいので、当然対応するが、それへのこだわりが消費者の人たちへの強いメッセージとなり、高い値段のものでも日本の米を買おう、と判断してくれる、という。

今年産米は国内向け3400トン、輸出が台湾300トン、米国が500トン計画
 いま、玉木さんの米輸出には弾みがついている。四苦八苦のスタートだった6年前にわずか6トンだった台湾向けが、2010年産米で実に150トンに及ぶ。今年作付けの2011年産米に関しては、台湾向けを300トンに倍増する計画のうえ、ビジネスパートナーのリンさんのサポートもあって米国向け輸出もメドがつき、その分として500トンを計画している、という。
現時点での玉木さんの売上げ計画は、2011年産米に関しては、主力の国内向けが3400トン、計画ベースで約8億3000万円、そしてすでに述べた輸出向けが台湾の300トンを含めた全体800トン、為替変動もあるにしても同じく計画ベースで約2億円を見込んでいる。父親の玉木森雄さんを含め、総合力での取り組みがベースになっているが、こと輸出に関しては、すべて玉木さんの経営手腕による。31歳の青年農業者のたくましさ、志の高さが伝わってくる。

現地生産は米の品質管理技術の台湾指導が縁、だが実際は輸出コスト高対策
 さて、本題の台湾での現地生産だ。玉木さんは「実は、できれば今年産米からスタートさせたかった。ところが台湾は年2回の2期作で、1月と7月に田植え、6月と12月に収穫というパターンのため、現地生産する場合のために準備する新潟コシヒカリの種もみが間に合わない。そこで、今年秋に収穫後の稲の種もみを来年1月の作付けに使うことにした」という。
現地生産に踏み切るきっかけは、玉木さんによると、いろいろある。まず2年前に、玉木さんが台湾の農林行政当局から評価を受けて、台湾中部、そして南部で日本の品質管理技術を含め栽培や生産などの管理手法の講演を兼ねて技術指導を頼まれたのがきっかけだ。そこで、親しくなって交流を続けた台湾中部の生産農家との間で、新潟コシヒカリの種もみをもとに委託生産の形で台湾での現地生産計画が具体化した。
しかし決定的なのは、日本からの輸出に際してのさまざまなハンディキャップ、端的には輸出にかかるコスト増、為替リスク、輸出手続きの煩雑さ、品質管理などを克服するためには、輸出先で新潟コシヒカリの現地生産をするのがベストと感じたからだ、と玉木さんは述べている。

為替リスクへの対応など課題多いが、グローバル対応できる日本の米づくりめざす
 玉木さんは「為替リスクへの対応など勉強することが多い。しかしグローバル対応が出来る日本の米のビジネスプランをつくりたい。そして、国際競争にも十分に勝てる力強い日本農業をめざしたい。それが私の今の気持ちだ。台湾でのマーケットリサーチを通じた現地ニーズへの対応、価格戦略など現地化で学んだことをベースに、日本が持つ強みの品質管理や安全・安心への取り組みを武器にすればいい」と述べる。
聞いていて、2年前に取材して話を聞いた時よりも自信に満ちていて、一段とたくましくなっており、うれしくなった。こういう意欲的な、チャレンジ力のある人たちに日本農業を託したい、と思ってしまう。

3月中に新会社設立、TPP参加決まれば台湾産新潟コシヒカリを日本へ逆輸出も
 玉木さんは3月中に農業生産法人として「株式会社玉木」を創立する、という。この農業生産法人がユニークなのだ。日本国内の農業生産法人は生産だけのための法人組織がほとんどだが、玉木さんの新生産法人は集荷、卸売、精米加工、さらに輸出など貿易業務も事業内容に含めた多機能のものにする。このあたりが経営者としてもすごい。

こうした経営態勢や海外での新潟コシヒカリの現地生産をベースに、玉木さんはTPPへの日本農業の対応も考えている。台湾での現地生産が軌道に乗れば、コストの安い海外の新潟コシヒカリを日本へ逆輸出するのも一案だ、という。なかなか考えることが大胆だ。
私は、日本がTPP参加をきめ、これをきっかけに農業のみならずヒト、モノ、カネなどあらゆる分野で「開国」に踏み出すべきだ、という考えだ。今や自由貿易協定(FTA)や経済連携協定(EPA)など、アジア1つとってもさまざまな経済面での国境を外して自由に貿易活動を進める動きがスピーディに進んでいる。とりわけ韓国や中国、それに東南アジア諸国連合(ASEAN)で進み、TPPもその延長線上にある。だから、どの枠組みにかかわるか別にして、自由化は避けて通れない流れだ。あとは何を守るかは外交交渉であって、すべてが裸同然になるというわけでない。
日本農業の強みは品質、安全・安心力だが、コスト高の弱み克服こそ課題
 それに、日本農業に関しては、別の機会に、私の現場体験を踏まえた持論を展開したいが、日本農業は玉木さんが指摘するように、高品質、安全・安心などの面では強みを持っている。問題はコスト高などの弱みの部分をどうするかだ。政治や行政が新たに、骨太の農業になるような競争力をつける政策的な努力をすればいいのだ。
加えて、今や、日本の食文化はブームでなく、安全・安心のみならず、おいしい、健康的などの点で、新興アジアを中心に強い需要がある。裏返せば、日本の農業の現場は、今回の玉木さんの例にならって、輸出競争力をつける努力をすべきだ。底力を発揮する素地は十分にある、というのが私の見方だ。

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