「たじろがずに自分をかえていく」200年企業が次に乗り越える時代の潮流
鈴与株式会社
取締役社長
鈴木 与平
目まぐるしく変化する世界経済と地球環境。かつてない変化とスピードの違いに我々はどう向き合う。時代を牽引する賢者のターニングポイント賢者の選択。静岡県清水区。江戸時代の終わり頃に創業し、この港を拠点にして港湾物流事業を中心に発展してきた鈴与株式会社。鈴与は次々と新たな事業分野を開拓し、現在では140社を要するグループ企業へと成長してきた。1991年に参入した航空事業では富士山静岡空港の開港によって静岡発のエアラインが加速度的に充実しつつある。鈴与は港で発展してきた。これから空の港で発展する。創業200周年の節目を担う老舗企業8代目鈴木与平の未来戦略に迫る。
蟹瀬ターニングポイント賢者の選択ナビゲーターの蟹瀬誠一です。
石田アシスタントの石田紗英子です。
蟹瀬最近本屋さん行きますとね、長寿企業なんて長いこと経営を続けてらっしゃる企業が結構目につくんですね。考えてみますと我々日本人は世界でも一番長生き。それから、それだけじゃなくて企業の寿命という点でも世界一のレベルなんですね。しかしそれだけ長く経営が続くということにはおそらく何か秘密があると思うんですね。というわけで今回は港湾物流事業を中心に事業を展開する老舗企業に焦点を当てまして時代への対応、そして変革などについてお話を伺って参りたいと思います。
石田それでは今日のゲストです。鈴与株式会社取締役社長鈴木与平さんです。
蟹瀬今日はどうもお世話になります。よろしくお願いします。
石田どうも今日はよろしくお願いします。
鈴木よろしくお願いします。
蟹瀬あのちょっとプロフィール拝見していましたら、静岡高校のご出身ということで、静岡高校っていろんな人を輩出されて文武両道の学校ですよね?
鈴木はい。
蟹瀬どんな高校生だったんですか?
鈴木私ですか?
蟹瀬もうその辺から興味が。
鈴木ごく普通の高校生でございまして。高校時代はバレーボールをやっておりました。これがまた静岡高等学校のバレーボール史上を最弱のチームで。今でもOB会に行くと鈴木さんの時が一番弱かったとか。お前の時が一番弱かったとか。いじめられるんで。どうも体育会系というのはそういう意味では弱いと大変なことになります。
蟹瀬でもそういう方が今も大活躍なわけですからね。今日はもう楽しみにしてます。
鈴木恐れ入ります。
石田ではまずは鈴木社長のプロフィールをご紹介いたします。鈴与株式会社取締役社長鈴木与平さんは7代鈴木与平会長のご子息として1941年8月に静岡で誕生。県立静岡高校卒業後、慶應義塾大学経済学部に入学。1965年卒業。1967年東京大学経済学部を卒業。鈴与に入社後、日本郵船に出向。1977年鈴与の社長に就任され現在に至ります。ちなみに鈴木社長はJリーグの清水エスパルスの球団会長も兼任されています。
蟹瀬まあエスパルスの話は後ほどちょっと私も個人的関心があってお伺いたいなと思いますけれども。代々繋がっている企業のなかでね、しかもお名前まで同じ名前を継いでくるわけですよね。これは自分はその仕事しなきゃいけないていう気持ちと、いやもうこういうんじゃなくって全然違うことやりたいなという気持ちと言うのは若い時に交錯しなかったですか?
鈴木そうですね。もうおっしゃる通りです。
出演者情報
企業情報
関連コンテンツ
カテゴリー別特集
リンク