「プロジェクトX 挑戦者たち」に続く人たちの輩出を いま日本に必要なのはチャレンジ精神、歴史に足跡残す活動


時代刺激人 Vol. 6

牧野 義司まきの よしじ

経済ジャーナリスト
1943年大阪府生まれ。
今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

 NHKのテレビ・ドキュメンタリー番組「プロジェクトX 挑戦者たち」のエグゼキュティブ・プロデューサー、今井彰さんが番組で取り上げたさまざまな企業プロジェクトにかかわった人たちの生き様、番組制作の苦労などを話すことを最近知り、ジャーナリストの好奇心で、あるセミナー会場にもぐりこんだ。
 結論から先に申し上げれば、今井さんは想像していたタフな人ではなく、飄々(ひょうひょう)とした人ながら、とてもロマンチストで、しかも世の中でひた向きにチャレンジする人たちの心意気に感動し、ジャーナリストの目線で世の中に伝えるべきだという使命感のある素晴らしい人だ。だから、青函トンネル建設工事に24年という文字通り半生をつぎ込んだ人たちの苦闘の物語などを静かに語る話し方には情熱と凄みを感じる。小生は、聞いているうちに今井さんと問題意識を共有し、今、日本全体、とくにモノづくりの現場に欠けているチャレンジ精神、それに歴史に足跡を残す心意気、志につながる動きが今後、日本に力強く根付いてほしい、と願う気持ちになった。

青函トンネル建設、工期10年が24年に延びた中でもやり遂げた人たち
 この「プロジェクトX 挑戦者たち」をご存じない方もおられるかもしれないので、簡単に説明しよう。2000年3月にスタートしたNHKのテレビ・ドキュメンタリー番組で、戦後の日本の復興期から高度成長期、さらにその後の石油ショックなどの時期に、企業などの現場でのさまざまなプロジェクトをテーマに、そこにかかわった人たちの苦悩、葛藤、そしてプロジェクトを成し遂げた喜びの一瞬までを綿密な取材で描き上げたものだ。
 これらの話のうち、青函トンネル建設工事の話がとても感動的だったので、その一端をご紹介しよう。いまJRの列車がごく自然に海底を走り抜ける津軽海峡は、かつては本州と北海道を結ぶ交通手段が青森と函館間を運航する青函連絡船しかなく、それも欠航が相次ぐ荒れる海で有名で、洞爺丸沈没という悲惨な事故もあった。その津軽海峡の海底深い場所に、トンネルを掘り列車を走らせる一大プロジェクトだったことはご存じのとおり。

今井さんによると、工期は当初、10年だと言われていた。それでも他のトンネル建設工事からみれば、異例の長期プロジェクトだが、現実は未知の事態に遭遇し、その試行錯誤の繰り返しで、とくに度重なる出水との格闘がすさまじく、何と当初計画の2倍以上の24年間という長い年月を費やした。
旧国鉄から独立した旧日本鉄道建設公団(現独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構)の技術者、それに民間のゼネコンからの出向者らによるプロジェクトだが、本州側の先進導坑(水平坑)を掘るための前進基地にした竜飛鉄道建設所周辺は1966年当時、漁業を営む人たちのわずかな集落しかない。担当者の1人が「作家の太宰治がかつて、竜飛のことを本州の極地であり、ここを過ぎて道はない、と書いたが、われわれの工事を始めた当初はほとんど同じものだった」と述べているほど。

「権力や組織ルールでは人は動かない。感動の共有が大事」
 今井さんによると、作業員ら数百人が水道はじめ生活インフラがなく、もとより学校も商店街もないところへ家族を引き連れて通算24年間もプロジェクトにかかりきり、生まれた子供たちも成人になるほど。気の遠くなる長い歳月で、大半の人たちの気持ちの中には言い知れない苦労があった。しかし、同時に、日本どころか世界でも例のない海底深いトンネルづくりに取り組むのだ、という切れることのない使命感もあった。こういった使命感を持ちながらへこたれずにプロジェクトをやりぬく心意気が、今の日本の企業の現場にあるだろうか、という。
 今井さんは番組の別のプロジェクトを引き合いにし、「窓際に追いやられていた日本ビクターのVTR(ビデオテープレコーダー)事業部長の高野鎮雄さん(故人)が技術者らの仲間と一緒に、ライバルのソニーを凌駕しグローバルスタンダードの家庭用VTRをつくって企業再生を図ったプロジェクトも、まさに人間ドラマだった」という。 そして、今井さんは、高野さんが後輩の経営陣に言い残した言葉、「権力や組織ルールでもって社員に指示しても、組織も人も動かない。感動によってこそ人や組織は動く。その感動を、経営者も含めて社員みんながどこまでしっかりと共有できるかだ」とのメッセージが素晴らしい、という。
あらゆるプロジェクト成功の秘訣は、まさにこの点にあると言っても過言でない。

今井さんの熱意に応えて歌手の中島みゆきさんが番組の主題歌「地上の星」を作詞、作曲する。これがまた、われわれの気持ちをかき立てる。中島さんは「いつもテレビなどでプロジェクトの完工式を見ていると、テープカットするのは行政トップの大臣や地元の政治家だけ。地を這うような厳しい現場で働いた人たちの気持ちが出ていない。私は歌でプロジェクトの現場の人たちの気持ちを伝えたい」と。

大組織病が官僚化ならぬ民僚化をもたらし製造ミスも
 ここまでが「プロジェクトX 挑戦者たち」の話だが、小生が「時代刺激人」のくくりで申し上げたいことがある。
最近、中部電力が浜岡原発5号機の最新鋭タービンのプロペラ破損事故で製造元の日立製作所に製造物責任のからみで損害賠償請求訴訟を起こすと発表した。電力会社と重電メーカーとの間は、発電機の技術開発などを含め、深い依存関係があるだけに、訴訟に至るというのはただ事ではない。しかし、小生からみれば、重電では三菱重工、東芝と並んで日立製作所はトップランクの企業で、その技術力は優れたものがあるはずだが、最新鋭のタービンに設計技術あるいは製造過程でミスが出るというのは明らかに大組織病がもたらした結果かもしれない。
 組織自体が官僚化、正確には民間企業だから民僚化なのかもしれないが、どこかで民僚化し、前例踏襲あるいは問題先送り体質が欠陥製品を生み出す結果となったのかもしれない。さきほどの日本ビクターの故高野さんが言う「感動によってこそ人や組織が動く」という点が組織の肥大化で出てこなくなった、とも言える。

神戸製鋼所のインドネシア産褐炭の高品質化への取り組みは朗報
 これとは別に、うれしくなる話をお伝えしたい。神戸製鋼所が原油高騰の中で価格高騰しつつある原料炭の褐炭という低品質炭を、技術開発によって高品質炭に変えることに成功した。もちろん、原料炭供給先のインドネシアにとっては、現地で本格プラントを立ち上げて実用化が軌道に乗れば、朗報どころか輸出による大きな外貨獲得につながる。神戸製鋼所のみならず日本の製鉄メーカーにとっても朗報だ。 この技術開発も担当者のちょっとしたヒントから出てきたものだが、そこに至るまでの苦労は「プロジェクトX 挑戦者たち」に位置づけられるものだろう。
 大事なことは、日本にとっては、今、アゲインストなことが多いが、モノづくりの現場が培ったチャレンジ精神、それに現場の人たちの情熱、使命感などがチームワークとなっていけば、またそうした現場の心意気を吸い上げるリーダーの見識や指導力があれば、日本はまだまだ捨てたものでない。今井さんのメッセージもそこにあるのでないだろうか。

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