米国は若きリーダー、オバマ次期大統領出現で何かが変わる予兆 ブッシュ政権残した負の遺産を背負っての「変革」がどこまで可能?


時代刺激人 Vol. 14

牧野 義司まきの よしじ

経済ジャーナリスト
1943年大阪府生まれ。
今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

米国の次期大統領に決まったバラク・フセイン・オバマ氏の勝利宣言のスピーチを聞かれただろうか。なかなかメッセージ発信力のあるものだった。米国は、ひょっとしたら強い志で「CHANGE(変革)」意欲に燃える、この若き黒人リーダーの出現によって、何かが変わるような予兆を感じさせたほどだ。ただ、ブッシュ現政権が残したさまざまな負の遺産を背負っての変革は、あまりにも厳しい。米国がまだ、ダイナニズムを持ち合わせていて、このリーダーのもとで抜本的に国の枠組みを変えてくれることを期待したい。
 それにしても47歳という若さのオバマ氏のスピーチは、民族や人種などを越えて訴えるものがあった。
とくに「若者と高齢者、富める者と貧しい者、民主党と共和党、黒人と白人、そしてヒスパニック、アジア系、アメリカ先住民、同性愛者とそうでない人など、この国が寄せ集め(の集団)でなく、(さまざまな力を結集して変革を起こす)アメリカ合衆国だというメッセージを世界に伝えた」こと。
さらに「明日から向き合う難題は、われわれの時代では最大級だ。(イラクとアフガニスタンの)2つの戦争、(温暖化など環境悪化の)危機に直面した地球、そして今世紀最悪の金融危機、、、、、。それらを克服する道のりは長く、そして険しい。1年、あるいは1期(4 年)の大統領任期の間には達成できないかもしれない。だが、私は、今夜ほど達成できるという希望に満ちた気持ちを持ったことはない。私は、常にあなたたちに誠実でいる。ぜひ国家の再建に加わってもらいたい」とも。

風雪をくぐった106歳の女性の話も「米国初の黒人大統領誕生」にふさわしい
 せっかくの機会だから、人の心を動かすオバマ氏のスピーチをもう少し引用させていただきたい。
こうも言っている。「今回の選挙で初めて起きた多くのことが、今後、数世代にわたって語り継がれるだろう。アトランタで1票を投じた106歳の女性のことが、とくに印象的だ。彼女は、米国で奴隷制が終わってわずか1世代あとに生まれた人なのだ。彼女のような人が(女性という)性別と(黒人という)肌の色だけを理由に投票ができなかった時代だ。よい時も、また暗い時代もすべて経験した彼女は、(黒人大統領という私を選んだことで)米国が今後、いかに多くの変革をするか、わかっているはずだ」
106歳という年輪を感じさせる黒人女性がテレビのインタビューで「私はオバマ上院議員に1票を投じた。次期大統領に選ばれたことで、みなさんメディアが私のところへ来るだろうと思っていた。彼は、私たちの期待に応えて、この国を変えてくれるだろう」と語っていた。
オバマ氏の周辺が、当選した時のスピーチには、人種的な偏見やいじめなど、さまざまな風雪をくぐってきたこの黒人女性の話をぜひ、と働きかけがあったのだろうが、白人が我が物顔で跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)してきた米国で、初の黒人大統領誕生を彩るにふさわしい事例だ。
 知り合いの大手企業の経営トップは「うちは、厳しい経営環境下でもがんばって比較的、高収益を続けてきたのに、ここ1ヶ月ほどの米国発の株安に連動した東京市場の株価急落に巻き込まれてズルズルと値下がりしてしまい、振り回されている。企業業績と無関係に株価が落ち込むのは問題だ。投資家の不安心理が先行して市場混乱し、それが企業マインドを萎えさせたりしたら、それこそ問題だ」と嘆いている。
そういった意味で、政府が、投資家のみならず企業、さらに消費者はじめさまざまな経済主体の弱気に陥りかねない心理を変える対策を早め早めに打ち出すことが大事だ。マーケット関係者や一部のメディアは、「真水」5兆円程度では実効性は薄いといった評価だが、まずは対策のスピードがきわめて重要、そのあと実体経済の状況次第で、新たな内需創出につながる改革を含めた抜本対策を矢継ぎ早に打ち出せばいい。

米国は世界の嫌われ者なのに、欧州や中東ではオバマ氏に強い期待感
 米ニューズウィーク誌によると、オバマ氏暗殺を狙うネオナチの脅威が米国内にある、という。何とも恐ろしい国だ。
その報道によれば、4年前に比べると、イスラム系テロ組織からの脅迫はほとんどない。代わって政府の特別捜査班が警戒を強めているのが極右の過激派で、今年の夏以降だけでも3件の脅迫事件が発生、そのうちオバマ氏暗殺をほのめかした3人の白人至上主義者が逮捕された、という。
 今回の米大統領選は、米国だけでなく世界中で大きな注目、関心事だったうえ、とくに欧州ではオバマ氏を支持する動きが強かった。
ある外国メディア報道では、フランスのニコラ・サルコジ現政権のもとでセネガル移民の黒人閣僚、ラマ・ヤド外務・人権担当閣外相は「オバマ氏のような黒人大統領が出てくるところが米国という国の素晴らしさだ」と語っている。欧州は、ブッシュ政権のイラク侵攻などに強い反発があり、そういった意味で対極にあるオバマ氏の登場には、もろ手を挙げての賛成気分だったのだろう。
しかし、これは欧州に限ったことではない。何とイスラム原理主義者も多い中東でもオバマ氏のミドルネームの「フセイン」に親近感があって、米国の中東政策も変わるのでないか、という期待感を持っている、という。
米国でもブッシュ現大統領は史上最低との受け止め方が強く、それが高じて米国自体が世界の嫌われ者になっている面もあるが、オバマ氏という、数多くの意外性を持ったニューリーダーの登場で、これから世界の米国に対する見方は変わっていくのだろうか。

最大課題は金融危機克服、実体経済テコ入れで「ニュー・ニューディール政策」も
 さて、問題は、オバマ氏が来年1月の大統領就任後、米国が抱えるさまざまな重い課題に関して、どこまで課題克服ができるかだろう。「CHANGE(変革)」のスローガンはいいが、何をどうやって変化していくのかだ。
 私がジャーナリストとしてかかわる経済の分野だけでも、克服すべき課題が多すぎる。最たる問題は、言うまでもないことだが、米国の金融システム危機にどう対処するかだ。
米国政府は大手銀行を中心に公的資金をつぎ込んで自己資本比率の引き上げを図り、信用収縮に向かわないように躍起だが、資金をつぎ込んだ先の大手銀行の資本の毀損(きそん)、つまり痛み度合がいまだに見えず、一種の底なし沼の様相を呈している。 今後、米国の金融機関が、自己防衛から貸し渋りなど信用収縮の行為に及べば、それはそのまま実体経済に大きな影響を与える。すでに米国経済には急速にデフレリスクが高まってきている。
民主党員のオバマ氏としては、かつての大恐慌時に当時のルーズベルト政権が大胆に実施した公共事業による需要創出、雇用創出のニューディール政策にならった「ニュー・ニューディール政策」をとるのは間違いない。その場合、巨額の財政支出を伴い、現時点でも巨額の財政赤字がさらに悪化するだろうが、背に腹はかえられない状況だろう。 ただ、経常赤字、貿易赤字と並んでの3つの赤字によって、世界の基軸通貨のドルに対する信認が一段と不安定になり、暴落リスクさえ出てくる。
そればかりでない。米国経済の衰退を象徴する自動車産業の凋落に関しても、オバマ次期大統領は危機感を強め、労働者の雇用確保の面からも、産業政策的に保護主義的な政策を打ち出してくる可能性が高い。

格差もたらしたグローバライゼーションの問い直し、対外直接投資規制も
 保護主義といえば、私の知り合いの中前国際経済研究所代表の中前忠氏は、興味深い指摘をしている。
「オバマ次期大統領は、これまでの選挙公約にもとづいて、さまざまな格差を生み出したグローバライゼーションの見直しに手を染めるのは間違いない。その延長線上で、技術移転などを伴う対外直接投資に対しては、何らかの規制を加え、自国の産業や企業の生産を優先させる。それによって貧困層の雇用創出、所得確保を図ろうとする。保護貿易主義、自国産業保護主義的な政策を強めることになるが、その場合、米国企業の1つのビジネスモデルである多国籍企業の在り方を問うことにもなる」という。
オバマ氏は、これから数か月、大統領就任までの間、政策ブレーンたちと、米国の「変革」のためのさまざまな戦略づくりに入るのだろうが、世界の嫌われ者になった米国が再びダイナニズムを取り戻して再生することを期待するしかない。
その意味で、米国の国民がオバマ氏を次の政治リーダーに選んだのは大きな賭けであると同時に、賢明な選択だった、と言えるかもしれない。

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