意外に面白い経産省「産業構造ビジョン」、何が日本産業の行き詰まりか分析 高品質・単品売り産業からシステムを売る産業への脱皮などを提言


時代刺激人 Vol. 89

牧野 義司まきの よしじ

経済ジャーナリスト
1943年大阪府生まれ。
今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

経済産業省が最近打ち出した「産業構造ビジョン」は、6月18日に閣議決定となった菅直人民主党政権の新成長戦略に、その一部が反映されているが、日本の産業競争力低下、産業行き詰まりなどに関する分析がなかなかポイントをついており、むしろ、あれも、これもと総花的に対策を盛り込んだ新成長戦略よりも面白い。事実、今回の「ビジョン」は企業の経営戦略担当者の間でも関心を誘っている。そこで、今回は、経済ジャーナリスト的な好奇心で、日本の産業の課題が何か、という問題に迫ってみよう。

「産業構造ビジョン」のポイント部分がいくつかある。まず1つは日本がややウイークだったシステム型産業を、という点だ。日本の産業はこれまで特定分野の技術的な優位を背景に「高機能・単品売り産業」にこだわっていたが、これからは世界の成長センターの中国、インドなど新興アジア諸国をターゲットに「新興経済国が求めるシステムの輸出」、「環境・エネルギー・シルバーなどの社会ニーズの課題解決を図るシステム提供」型産業をめざせ、という。
もう1つは、グローバル市場で競争力を持つ自動車とエレクトロニクスといった特定の産業の「一本足構造」から、今後は原子力発電や水プロジェクトといったインフラ関連産業、ファッションなどソフトパワー的な文化産業、ロボットなどの先端分野産業といった戦略産業5分野の「八ヶ岳構造」への産業シフトも重要。これら新戦略産業分野を軸に官民一体の、いわゆるオールジャパン体制によって世界で存在感を示せる日本産業を、という点だ。

ビジョンづくりのうまさでは霞ヶ関でも1,2を競う経産省だが、、、、
 この後半部分の官民一体の、いわゆるオールジャパン体制の確立が、経済産業省のアピールしたい点であることは明白だ。要は民間の企業や産業にだけ任せてはおけない。この際、国も一枚関与した産業政策的な展開でもって官民一体になってやっていこう。現に米国や韓国などが最近、かつての「日本株式会社」的な政・官・財一体でのスクラム体制を真似て、政府が政策面でバックアップする体制を色濃く出しており、日本もこの際、産業政策を復権させよう、とでも言いたげだ。

ビジョンづくりのうまさでは霞ヶ関の官庁街で1、2を競う経済産業省だが、実行が伴わず絵に描いたモチに終わりかねない、といつも冷笑されていた。しかも、国が産業政策的に、民間の産業や企業の行動にくちばしを入れると、結果的に産業が育たなかったケースも多く、民間側は冷ややかな面もあった。しかし今回の「産業構造ビジョン」で企業の経営戦略担当者らの関心を誘っている日本産業行き詰まりの分析などは、なるほどと感じさせるところがあるので、むしろ、そちらにスポットを当ててみよう。

韓国企業のすごさ、日本企業と対照的に国内消耗戦なしで海外に積極進出
 まず、日本の産業の課題の1つは、国内市場、しかも同一産業内部でのプレイヤーの企業の数が多すぎて、グローバル市場に出る前の国内予選で必要以上に消耗戦を繰り広げてしまっていること、その結果、低収益体質に甘んじている、という点をあげている。
「産業構造ビジョン」によると、液晶テレビではソニー、シャープ、パナソニック、東芝、船井電機などのプレイヤーがひしめきあうのに、韓国はサムスンとLGの2社、中国がTCL、欧州はオランダのフィリップスなど1、2社。また鉄道も日立製作所、川崎重工、日本車両製造、東急車両、近畿車両と競合企業が多いのに対して、韓国が現代ロテム、フランスがALSTOM、ドイツがシーメンスと限られている、という。

とくに韓国企業は、それこそ国内予選なしで、最初からグローバル市場に向けて大胆かつ迅速な投資戦略をとり、それを強みにしている。人口4000万人の国内市場よりも、世界中のグローバル市場で勝負を仕掛けた方が企業収益を確保できる、という発想なのだ。これに対して、日本企業は1億人の、しかも成熟した国内市場に成長のパイがあると国内に力を注ぐ結果、国内での競争で力を消耗して収益力も弱めている。これは日本産業の構造的な問題だ、という分析だ。

旭化成・蛭田氏「日本産業は早くドメスティック・グローバルからの完全脱却を」
 この点に関して、旭化成の前社長で、現在最高顧問の蛭田史郎さんが最近、経済産業研究所で行った「ポートフォリオ転換の経営から見たケミカル産業の将来」という講演で、面白い指摘をしている。
「これまでの日本の産業の成功パターンは、1億人のうるさ型消費人口の国内市場で勝ち抜き、それを武器に欧米中心の10億人の世界の商品市場に進出しシェアを勝ち取ってきた。しかし今や世界は新興国の消費購買力を含めた40億人の市場に急拡大しているのに、日本産業は過去の成功体験をもとに1億人市場での勝利にとどまり、すべてをグローバル基準で対応する態勢にない。私の造語英語で言えば日本産業は早くドメスティック・グローバルからの完全脱却が必要だ」と。
蛭田さんによると、日本産業が1億人の日本国内市場で勝ってもドメスティックな勝利にすぎない。ポートフォリオ転換の経営からすれば今や40億人のグローバル市場を対象にすべての事業の枠組みを組み替え、世界でのシェアをとる戦略展開が必要だ、という。

日本企業の技術裏打ちの製品シェアの急速低下はビジネスモデルに問題あり
 「産業構造ビジョン」では、日本企業が優れた技術を武器に、たとえばDRAMメモリーや液晶パネル、DVDプレイヤー、カーナビなどで製品を世に出した当初、世界市場でも80%から限りなく100%に近いシェアをとるのに、世界市場の拡大とともに、日本企業の製品シェアが急速に縮小する共通現象を問題視し、これは特定の企業、それに製品の問題ではなく、日本産業、企業のビジネスモデルに問題があるからだ、と指摘している。

「産業構造ビジョン」によると、日本企業がここで、学ばねばならないのは、海外の有力プレイヤーの企業は標準戦略の巧みさ、その仕掛けのうまさで競争優位をいち早く構築してしまう点だ、という。たとえば、米インテルの場合、パソコン(PC)に搭載のマイクロプロセッサ(MPU)で、自社ドメインを知財で保護し技術の改版権も独占し、一種のブラックボックス化してしまう。そしてそれ以外の周辺部分に関しては、徹底的に標準化して世界中に開放する、その結果、台湾企業などが参入してコスト競争が激化する。しかし標準化されていない部分に関してはインテルが高利益を確保する。

日本のデジタルカメラは少数成功例、基幹部分のブラックボックス化でシェア
 日本産業が世界市場の伸びのもとでもシェアを維持した競争勝ち抜き例は、デジタルカメラ産業のケース。レンズ、自動焦点化、絞り、シャッタから最後はデジタル信号処理に特化したデジタル・シグナル・プロセッサ(DSP)、画像処理までのデジタルカメラの内部構造が完全ブラックボックス化してあるのが大きな強みになっている。それ以外のカメラ本体の外部インターフェースのみ国際標準化して、韓国など他社による参入を認め、その大量生産効果で市場も拡大するが、インテルのケースと同様、日本のデジタルカメラメーカーはブラックボックス部分で利益をあげ、シェアも維持している、という。

「時代刺戟人」コラムの75回で「トヨタの品質検証どころではない、日本のモノづくりの危機」という問題を取り上げ、その際、カイゼンなどで品質管理に厳しかったトヨタでさえ「設計複雑化」という生産のカベにぶち当たり、日本のモノづくり企業の強みだった職人的な「すり合わせ」技術を駆使した生産が限界にきた可能性があること、しかも中国など新興経済諸国から「モジュール化(部品組み合わせ)」技術による簡単な生産手法によって凌駕(りょうが)されるリスクが強まってくる、と述べた点だ。日本のデジタルカメラと違って、自動車の場合、電気自動車という新たなモジュール化の進展で、これまでのすり合わせなどの強み部分が強みでなくなってくることに、どう対応するかだろう。「産業構造ビジョン」も、その点を危惧している。

日本のビジネス拠点インフラ、外国企業にとって魅力なしと映る
 このほか、「産業構造ビジョン」では日本企業を取り巻くビジネスインフラ、ある意味での産業の立地競争力では興味深いデータがある。外国企業の対日投資関心度調査の結果だが、2007年度と2年後の09年度の2回にわたる拠点機能別評価調査のうち、最初の07年度では、外国企業は日本に関してアジアの統括拠点、研究開発(R&D)拠点では1位をつけ、製造拠点、バックオフィス、物流拠点に関してはバックオフィスのも2位評価だった。それが2年後、何とその調査5項目すべてで中国が1位評価、日本はわずかに研究開発拠点のみ2位だった。何ともショッキングなデータだが、日本はあらゆるビジネスインフラ拠点機能に関して、いまやアジアの中核拠点としての競争力を急激に失った、ということになる。

それ以外に「産業構造ビジョン」は、外国企業がここ数年、日本市場に魅力が薄れたとして高付加価値拠点を求めて日本から離脱しシンガポールや上海など他のアジア地域に移転している事例を紹介している。その問題点としては、日本での法人税率の高さ、税負担の大きさ、空港や港湾など物流インフラの弱さ、グローバルなビジネス競争などに勝ち抜ける日本人の人材競争力のなさ、規制が多くて魅力の乏しい日本の金融市場などがある、という。

日本政府は米国のベンチャー企業成功事例を参考に新産業育成案を
 これ以外に冒頭の原子力発電や水プロジェクトといったインフラ関連産業、ファッションなどソフトパワー的な文化産業、ロボットなどの先端分野産業といった戦略産業5分野の話をすべきだが、ご関心の向きはぜひ、「産業構造ビジョン」を一読されたらいい。

ただ、私は、日本の産業や企業にさまざまな課題があると考えるが、同時に、米国のグーグルなどのように彗星のごとく登場したベンチャー企業があっという間にグローバル企業になっていく状況を見るにつけ、米国政府の規制の柔軟さなども背景にあるのでないかと考える。経済産業省が産業政策の重要性をアピールするのもわかるが、新しい企業、産業が育つ土壌、インフラづくり、そして規制の緩和なども必要のように思う。いかがだろうか。

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