リオパラリンピックは大感動! 東京大会に向け新社会づくりを


時代刺激人 Vol. 288

政治的にも経済的にも不安定な状況で当初、開催さえ危ぶまれていたブラジル・リオデジャネイロでのオリンピック、パラリンピックが、フタを開けてみれば、感動の数々で、見ていて素晴らしかった。

政治的にも経済的にも不安定な状況で当初、開催さえ危ぶまれていたブラジル・リオデジャネイロでのオリンピック、パラリンピックが、フタを開けてみれば、感動の数々で、見ていて素晴らしかった。とくに社会不安を背景にした暴動や混乱など大きなトラブルで大会中断、といったことに至らず、私自身はややオーバーに言えば、胸をなでおろした。
ブラジルの事前の政治、経済、社会の不安定な動きを見ていて、新興国でのオリンピック開催は今後、IOC(国際オリンピック委員会)でもリスクが大きければ、当事国の政治的な思惑を無視して、メンツなど関係なしに中止判断すべきだ、と思っていたからだ。
そればかりでない。イタリアのローマ市長が最近、1960年代のオリンピック時の借金返済が終わっていない中で、2024年夏季オリンピック招致に手を挙げるのを断念、と表明したのを見て、私は、今回のブラジルに重ね合わせ、ブラジルもオリンピックの収支決算をしてみたら、イタリアと同様、借金返済で苦しむのかな、と。それを考えると国威発揚、景気浮揚などの思惑がからむ国際的なスポーツ行事とはいえ、今後は、財政負担を最小限にとどめ、簡素でコンパクトな大会といった新たな仕組みづくりに考え方を変えない限り、オリンピック開催そのものに赤信号の国々が次々と出てくるな、と思った。

1964年大会以来の金メダルゼロにこだわるな、
人にやさしくバリアフリーの社会を

 さて、今回のコラムは、いま申し上げた問題とも微妙にからむが、パラリンピックの問題をきっかけに障がい者らをしっかり受け止める大会運営、社会システムづくりが今後の日本社会を見据えた場合、意外に重要なことではないか、ということを書いてみたい。
まず、リオデジャネイロ・パラリンピック競技結果の位置づけだ。日本チームが、健常者の人たちによるオリンピックでの金メダル12個を含む史上最多の41個のメダルの獲得数に比べて、1964年の東京オリンピック以来続いていた金メダル獲得ゼロに終わったことを残念がるムードがいまだに根強い。一部メディア報道では、2020年の東京大会を意識してか、日本の強化遅れなどを問題視し早急な対策を、といった指摘があった。
もちろん国際競技なので、金メダル獲得は励みになる。しかし今回のパラリンピック競技での日本選手たちの必死のがんばりが感動を与えたことで十分だ、と思う。むしろ、そのことにこだわるよりも、2020年東京オリンピック、パラリンピックに向け、オリンピックのコンパクト化、今後の世界の潮流となる高齢社会、成熟社会にリンクした人にやさしい社会づくり、ハンディある人たちが笑顔で動き回れるバリアフリー社会の先進モデル事例づくりについて、日本が率先してチャレンジすべきだ、ということを訴えたい。

パラリンピック水泳日本代表監督の峰村さんに
日本社会変えるヒントを聞いた

 そこで、本題だ。現場取材にこだわる私も、さすがにリオデジャネイロにまでは行けなかったが、今回の水泳日本代表監督を務めた峰村史世(ふみよ)さんに帰国後の忙しい中で、いろいろ聞くチャンスがあったので、それをお伝えしたい。テーマは、私たちが観客目線でパラリンピックを見ているのと違い、競技現場での選手たちはどんな取り組みだったのか、障がいを抱えたアスリートたちの指導でどんなことにエネルギーを費やしたのか、また私の関心事であるパラリンピックを通じて、日本社会を変えるヒントは何かなどだ。
実は、峰村さんは、私の学生時代の親友の娘さんで、よく知っている。小さい時から水泳に強い関心を持ってチャレンジしただけでなく、大学卒業後、日本海外青年協力隊のボランティアを志願して、マレーシアで自身の特技を生かし障がい者の水泳指導を行った実績があること、さらにその後もパラリンピック水泳日本代表コーチ、ヘッドコーチなどを経て障がい者の水泳指導にあたり、今回、その実績評価で水泳日本代表監督に選ばれた。シンクロナイズドスイミング日本代表チームコーチの井村雅代さんのような強烈な個性はないが、その指導力には定評がある、という。

峰村さん「リオ大会結果数字にくやしさ残るが、
選手はやることやって満足のはず」

 私がインタビュー冒頭、日本水泳チームのエース、全盲の木村敬一選手が競泳男子50メートル自由形(視覚障害S11)での銀メダルを含め4つもメダルをとったのをはじめ男子、女子とも大健闘したので、指導する立場の監督としては十分満足できるのでないか、と聞いたら、峰村さんは「ロンドンオリンピック時は金メダルを含め8つのメダルをとっており、ロンドンを超えるのだ、という目標をたてていました。しかし結果は銀2つ、銅5つの7つでしたので、監督としては、シビアに受け止めざるを得ません」とくやしがった。
ただ、峰村さんは同時に「スポーツ競技は勝負の世界なので、結果がすべてとなりかねません。その点で木村選手、2度のパラリンピック欠場にもかかわらず現場復帰でチャレンジした成田さんら選手全員はせいいっぱいやった結果ですので、悔しさは残るとはいえ、やることはやったという満足感はあるはずです。私も、監督として自身には課題を残しましたが、選手の全力の取り組みには満足しています」と述べていたのが印象的だった。

メディアが新聞スポーツ面でしっかり報道したことも
パラリンピックの地位向上に貢献

 それよりも、峰村さんの話を聞いていて、こちらもうれしくなったのは、日本のメディアが今回のパラリンピック報道に関して、今までのような新聞の社会面で障がいを克服した選手のドラマを美化して取り上げる、といったワンパターンのやり方から一転、スポーツ面で他のスポーツと同様、選手たちの苦闘ぶり、あと一歩でメダルを逃した状況などを克明に取り上げたこと、それに何よりも取材する記者たちが、健常者のルールとは異なるパラリンピックのルール、端的には肢体不自由、切断、脊髄損傷などの障がいの重度、軽度の違いで10クラスに分かれること、視覚障害は3クラスに分かれることなどに関して必死に勉強し、それを踏まえた正確な報道に努めようとしたことなどだ、という。
確かに、日本身体障がい者水泳連盟によると、たとえば「SB7 選手名 Y,A,7」という場合、Sはスイム(水泳)、Bはブレスト(平泳ぎ)、7は10段階の重度クラス、Yはスタート時にひもを口にくわえてのスタート、Aは介助者をつけていいなどを表す。
峰村さんによると、水泳選手は陸上での選手の義足、車いすなどの補助手段がない半面、選手自身の障がい度合に応じてクラス付けがあり、しかも障がいで残された身体の残存能力で技能を競う。このルールを知っていないと、取材は中途半端なものに終わり、世の中をミスリードしかねない。その意味で、今回のパラリンピックではメディアの記者自身が学習して正確な報道に努めようとしていたのはうれしかった、という。とてもいい話だ。

「障がい者抱える家族らがもっとオープンになり
社会全体で共生、共助を」と峰村さん

 峰村さんの話で、興味深かったのは、パラリンピックを通じて、障がいを抱えている人たちを社会全体でどう受け入れていくか、という点だ。それによると、日本は今でこそ開かれた社会になりつつあるが、まだ、障がい者、ハンディキャップを持つ人たちを家族が隠そうとしたり、表面に出そうとしない面がある。今回のパラリンピックに出たアスリートたちは周囲のバックアップ、本人の自助努力でプラスに作用しているが、そこにたどりつけず悶々としているケースがまだまだあるのが残念だ、という。
ところが峰村さんがボランティア経験したマレーシア、また欧米の国々によっては自己責任、自助努力を優先し、それに見合った社会インフラづくりをしている。とくにマレーシアの場合、自分で責任を持つならば、施設の活用もどうぞ、という。そして、国よっては、小さい時から不幸にも障がいを抱えていても、すべてオープンにして、子供たちに生きがいの目標の1つとしてパラリンピックに出場できるような選手をめざせ、といった形で育てるケースもある。早い話、社会全体が共助、共生の枠組みができているわけだ。

障がい者スポーツ施設は不十分、
一般公共施設管理者は損傷、事故恐れて締め出し

 あるスポーツ関係者に以前聞いた話では、障がい者スポーツセンターは、まだ全国の都道府県すべてに完備されていないのが現実だ。その分を一般向け公共施設が手を差しのべるべきだが、施設管理者が、障がい者の施設利用を受け入れて車いすなどで床に傷を含めて損傷が生じた際のリスク、さらに段差のある場所で転倒してけがをした際のリスクを考え責任をとりたくないため、丁重に断り事実上の締め出しを行っている、という。
この点に関連する話として、日本パラリンピック委員会の鳥原光憲委員長(東京ガス元社長)が今年9月20日の産経新聞座談会で日本を元気にするメッセージを送っている。ちょっと紹介させていただくと、「パラリンピック精神は、失ったものを教えるな、残された機能を最大限、生かそうという精神です。(中略)たとえば車いすバスケットボールでは下半身や腹筋が使えなくても、上半身や腕を鍛えて驚異的なシュート力をつけています。限界への挑戦が大事です」、「障がい者スポーツの普及は、高齢者のためにもなります。障がい者だけでスポーツをするのではなく、同じスポーツを高齢者が障がい者と一緒に楽しむようにすれば、高齢者自身の毎日の生き方も変わってきます」と。

相模原市での障がい者施設殺傷事件のような
卑劣な殺人者を出さない社会づくり

 そういった意味で、神奈川県相模原市の障がい者施設での殺傷事件は、犯人の男が、ハンディキャップを負った障がい者、とくに高齢者を社会の邪魔者扱いにしたばかりか、自身の思い上がりによって殺傷することで「社会的に淘汰するのだ」という卑劣な行為に走ったケースで、断じて許すべきでない。
この事件は、今後の社会の在り方を考えた場合、数多くの教訓を残した。私の見るところ、肝心の被害者の方々の氏名などに関しては、公表を避け、オープンにしない、という状況をつくってしまったことは気になった。家族の人たちの立場、個人情報保護も重要だが、障がい者の存在を、とくに身内の存在を隠したがる状況が続くと、すべてが閉鎖的なものになって、問題解決から遠ざかってしまう。 今回のパラリンピックでさまざまな障がい事例がオープンになったばかりか、どの選手も必死で取り組み、ベストを尽くしたあとの笑顔が日本の多くの人を元気にしてくれたことは1つのヒントだ。その意味でもオープン社会にして、みんなで共生、共助できる社会づくりに向かう必要があるのでないだろうか。

十コンパクト、省エネにとどまらず人にやさしい、
バリアフリーの東京大会めざせ

 その点で、パラリンピック開催中の9月9日付けの日経新聞記事で、ソニーコンピューターサイエンス研究所の遠藤謙さんが2014年5月に「XIBORG」という競技用義足をつくるベンチャー企業を設立し、元陸上日本代表の為末大さんらと開発に取り組んでいる、という話を知り、日本も捨てたもんじゃないな、と思った。
最後に重ねて申し上げたい。私は、2020年の東京オリンピック、パラリンピックに向けて日本がめざすべき道は、財政負担が必要最小限にという意味でのコンパクト化にとどまらず、むしろ華美や虚飾、豪華絢爛などに走らず、省エネ社会、機能的社会、コンパクト社会などのキーワードを持つ社会のもとでの新タイプの大会をめざせと言いたい。その中で障がい者が生き生きと競技に熱中するパラリンピックで、しかも人にやさしい、バリアフリーのパラリンピックが理想だ。峰村さんも「世界にとって参考になる、日本の身の丈に合った大会を期待します」とインタビューの締めくくり部分で語っていた。

著者プロフィール

  • 牧野 義司
  • 1943年
  • 大阪府
  • 早稲田大学大学院

今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

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