メコン諸国の現場レポート4 アジアは「中進国の罠」を克服できるか 自国の強み産業育て生産性向上がカギ


時代刺激人 Vol. 238

牧野 義司まきの よしじ

経済ジャーナリスト
1943年大阪府生まれ。
今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

 石炭や銅、ニッケル、スズなど豊富な天然資源を誇る「海のASEAN(東南アジア諸国連合)」中軸のインドネシアが今年1月、未加工のニッケルなど鉱産物資源を国外に持ち出すことを禁じる方針を打ち出したため、国際的に波紋を呼ぶ事態となった。ところが輸出禁止措置ながら、そこには例外規定があって、「ただし、インドネシア国内で精錬・加工して付加価値をつけたものであれば輸出はOK」という奇妙なもの。

インドネシアが工業化狙いで奇策?
鉱物資源ほしい外国企業に合弁での精錬要求
 実は、このインドネシア政府の措置は2009年に制定された「新鉱物・石炭鉱業法」、つまりインドネシア国内で採掘された鉱物資源については必ず精錬・加工を義務付けるという法律にもとづくが、今回の措置は、加工などによって付加価値をつけなければ輸出が出来ないぞ、という二段階規制にするものなのだ。

どういう意味か、おわかりだろう。要は、自国産業の工業化が課題のインドネシア政府は今回の措置で、外国企業をターゲットに、ニッケルなど天然資源に付加価値をつけるため精錬・加工の工業化を促す。その際、インドネシア企業との合弁事業を求め、民族系製造業の育成を図ると同時に、完成品輸出で外貨もしっかりと獲得する、という狙いだ。
早い話が、自国産業の工業化対応には資金や技術、人材確保の面で時間がかかるため、天然資源がノドから手が出るほど欲しい外国企業をうまく活用し、インドネシア自身の工業化に弾みをつけようというものだ。

インドネシアの新措置はもろ刃の剣、
長期的にはプラスだが短期的には大マイナス
 この強引な手法には、もろ刃の剣の面がある。長期的にはインドネシアの民族系企業の工業化にプラスだが、短期的には鉱産物資源輸出で得ていた外貨収入が激減し、貿易・経常赤字の拡大要因となる。いま、米国の量的金融緩和政策の縮小に伴い新興国に投資していたドル資金が米国に還流しあおりで新興国為替相場に影響が出ている。インドネシアもルピー安になっているが、経常赤字になれば通貨安に拍車がかかりかねない。それどころか輸入物価の上昇につながり国内インフレを招く恐れもある。文字どおりもろ刃の剣だ。

外国企業は大打撃だ。中でもニッケルの輸入依存度が高い日本企業は深刻で、日本政府も、話し合い決着がつかないならばWTO(世界貿易機構)に提訴せざるを得ないと揺さぶりをかけている。このため、インドネシア政府は現在、最終決断を留保した形だ。

メコン経済圏諸国も工業化で似たような悩み、
外資依存から脱却できるか
 タイ、カンボジア、ベトナム、そしてミャンマーのメコン経済圏諸国を歩いた現場レポートなのに、なぜ、インドネシアの話なのかと思われるかもしれない。しかし、「陸のASEAN」の国々にとっても、この工業化をめぐる問題は無縁ではない。形を変えて自国の工業化をどうするか、という政策判断迫られる問題が起きる可能性が十分にあるのだ。

そこで本題だ。今回はメコン経済圏諸国の「中進国の罠」という問題を取り上げよう。 この「罠」は、経済成長に弾みがついて発展途上国から中進国にまで駆け上がった国々が直面する問題で、持続的な成長に必要な生産性向上に取り組む力が弱く、外資依存から脱して自国産業の工業化に積極的に取り組む力にも欠けるため、その上の先進国に進めない。それどころか都市化、人口の高齢化に伴う医療や教育、年金など社会インフラニーズが押し寄せても財政面で対応ができず、カベにぶつかるという話だ。中国がまさにその段階に来ているが、今回歩いたメコン経済圏諸国のうち、タイもその「罠」にはまりつつある。

タイ・バンコクの産業集積はケタ外れ、
今や巨大なサプライチェーン
 タイ、とくにバンコクの産業集積は驚くばかりだった。製造業を中心にさまざまな業種の集積は、他のベトナム、カンボジアなどに比べて突出していた。中でも日本企業の集積度合いがすごかった。サプライチェーンは、工業製品を中心に原材料の調達から部材の製造、製品の開発・製造、物流までを手掛ける企業が集積する状態をさすが、バンコクの産業集積を見ていると、タイが中進国入りしているなと実感した。

ご記憶だろうか。2011年10月から11月にかけてタイで深刻な洪水騒ぎが起き、下流域にあるバンコクの工場団地に洪水が押し寄せた時のことだ。同じ2011年3月の東日本大震災で東北地区のサプライチェーン網が寸断されたため、世界中に供給予定の産業部品がダウンして操業ストップに追い込まれる企業も出たが、このタイの産業集積地もサプライチェーン化していたため、同じ操業ストップ問題で、タイに供給を依存していた日本企業を含む外国企業にとっては致命的な打撃を蒙った。

シンガポールなどには1人あたりGDPで劣るが
タイも中進国、今やODA供与国に
 このサプライチェーンを擁するタイは、その産業集積地からの輸出などによって、GDP(国内総生産)は大きく膨れ上がった。ASEAN10か国の中でGDP1人あたり国民所得を見た場合、5万ドル超のシンガポール、産ガス国のブルネイの4万ドル超、マレーシアの1万ドル超には及ばないが、5600ドルで第4位にあり、発展途上国のレベルを越えて中進国の地位にあることは間違いない。

日本の開発援助政策にかかわるJICA(国際協力機構)のタイ駐在関係者によれば、タイは今や日本と並んでODA(政府開発援助)供与国の立場にあるのだと盛んにアピールする国に変わった、というから、タイ自身が中進国を自負していることは確実だ。

問題はタイ輸出支えるのが進出外資の現実、
一方で都市化や高齢化対応に課題
しかし、そのタイの中進国の現実を見た場合、課題が山積だ。端的にはタイの輸出に大きく寄与しているのは、タイのサプライチェーン地域に企業進出する日本企業など外国企業のタイからの輸出部分だ。中国GDPを支える輸出に関しても、実は中国に企業進出した米国多国籍企業など外国企業であるのと同じだ。タイの場合、合弁企業からの移転技術や経営ノウハウをもとに、自国の工業化をどう進めるのか、いまバンコクにあるサプライチェーンのタイ版をつくりあげ新たな経済成長の起爆剤に持ち込めるかが課題だろう。

いま、タイにはサイアムセメントなど民族系企業グループが20グループほどあるが、どちらかと言えば銀行証券分野やサービス産業分野に集中し、製造業分野でのリーディングカンパニーは数えるほどでしかない。他方で、人口の高齢化が急速に進み、すでに申し上げたさまざまな社会インフラ構築ニーズが高まっているのに、対応し切れていない。中間所得像が着実に増え、社会に厚みが出始めたが、医療や年金、教育サービスを受けきれない一方で、貧富の格差も顕在化し始めたため、社会不安が政治不安に発展して現在の政治混乱になっている、と言っていい。

他のメコン経済圏諸国は経済に勢いあるが、
さまざまな課題克服策が必要
メコン経済圏の他の国々はどうだろうか。さきほどの1人あたりGDPで見ると、ベトナム1500ドル、ラオス1400ドル、カンボジア、ミャンマーが900ドル前後なので、中進国にはほど遠く、発展途上段階と言った方がいい。しかし、これまで申し上げてきたように、各国ともさまざまな国内課題を抱えながらも、経済に勢いが出てきて、着実に中間所得層が増えてきて、その消費購買力に力がつけば、内需に力がつく。そして産業に輸出競争力がつき、内需と外需の両輪で好循環という理想の姿になれば、中進国入りも決して夢ではない。問題は、中間所得層に所得をもたらす源泉を何に求めるかだろう。

ASEANが2015年12月に地域経済統合を進め、加盟10か国間で関税率の撤廃などに踏み込めば、各国間の経済国境が低くなり、ヒト、モノ、カネなどの往来が自由になって、ASEAN全体の経済が活況になる。どの国も、それに向けての布石をどこまで打っているのか見てみたい、というのが、今回の私の取材旅行の目的の1つでもあったが、ベトナムのケースを見ても、中進国入りにはさまざまな課題克服が必要だな、と感じた。

ベトナムは自動車の輸入関税撤廃を延長したが、
自国産業の自立策は見えず
 ベトナムの自動車輸入関税に関して、ASEANは話し合いで関税率の撤廃を2018年にする特例措置を認めている。ベトナムの自動車産業が自立するまでの猶予期間というわけで、原則はすべての関税率を2015年末に撤廃としているのを、ベトナムの自動車の輸入関税撤廃については3年間、先延ばししたのだ。

だが今回、ホーチーミン市で数人の専門家に話を聞いたところでは、ベトナム政府の取り組み姿勢は猶予措置を講じてもらったにもかかわらず、産業政策対応が進んでいない。自動車工業会に加入して自動車を製造・販売する企業数が18社ほどあるのに、完成車メーカーを絞り込み、部品生産会社を育成するとか、環境にやさしいエコカーなど戦略車をどうするか、といった方向付けもない、という。

韓国自動車メーカーが日本に対抗して
ベトナムに産業集積化図る?
 このため2018年時点で、タイやインドネシアで生産された自動車が域内関税ゼロの優位性を活用してベトナムに流入すれば、メイド・イン・ベトナムの自動車メーカーは一気に淘汰されかねない。自国生産を断念し、域内の他の国々からの輸入車を販売するだけの会社になる可能性もある。

今回の取材で聞いた話で興味深かったのは、日本へのライバル意識が強い韓国企業のうち、現代自動車などがタイのバンコクに産業集積するトヨタ自動車など日本の自動車メーカーに対抗して、ベトナムを韓国メーカーの産業集積地にする動きがある、という。問題は、冒頭のインドネシアの話でないが、ベトナムの場合も、自国産業の工業化にどこまで戦略的に踏み出せるのかどうかだ。

メコン経済圏諸国は生産性向上策や
社会インフラ構築づくり急ぐ必要
 メコン経済圏諸国はどこも経済成長に対する執着心は極めて強い。しかし現実問題として、外資に依存した経済成長パターンが続いている。外資導入の際、カンボジアのように100%外資の現地法人を認め、言ってみれば外資に頼り切るケースもあるが、大半の国は合弁企業形態での進出を認め、立地する生産工場の土地や電力、水道などのインフラ設備を提供し、税制面で優遇する代わりに、現地労働力の優先雇用を求め、技術移転も確保する、輸出で外貨稼ぎも容認するが、税金支払いで国家に寄与を求める、といったやり方だ。
問題は、ASEAN地域経済統合をきっかけに、各国がどこまで自立の経済体制をつくるのか、あるいは狭い地域経済主義にこだわらず、むしろ外資を活用してWIN/WINの枠組みをつくって経済成長優先政策で臨むのか、それぞれの国にとっては、大きな岐路にさしかかる。ただ、中国やタイのケースのように、中進国に近づくと「中進国の罠」が待ち構えており、持続的成長に向けての生産性向上策をどうするのか、都市化や人口高齢化に対応した社会インフラ構築も視野に入れた対応をせざるを得ない、と言っていい。

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