日本農業は守りから攻めへ TPPは一里塚、輸出含め戦略を


時代刺激人 Vol. 159

牧野 義司まきの よしじ

経済ジャーナリスト
1943年大阪府生まれ。
今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

多くの課題を抱える日本の農業を今後、どういった方向に持っていくべきか、環太平洋経済連携協定(TPP)への参加をめぐる議論の中で農業が最大のテーマになっている。TPPイコール農業問題になっているのは、ちょっと異常だ、という点は、前回のコラムでも指摘した点だが、今回は、お約束したとおり、農業の現場で新たなビジネスチャンスを求めて農業経営に積極的に取り組む人たちの動き、声を伝えながら、日本の農業をどうするべきか、問題提起したい。

結論から先に申上げよう。時代刺激人ジャーナリストとして、農政のみならず農業の現場を取材したことを踏まえて、私の問題意識を言えば、日本農業はこれまで守りの農業に終始したが、一転、攻めの農業に戦略転換すべきだ。TPPをめぐる問題は単なる一里塚だ。今後、ASEAN+3(日本、中国、韓国)、それにインド、豪州、ニュージーランドを加えた+6との本格的な経済連携を視野に入れた攻めの農業、グローバル世界でも十分に競争できる農業にすべきだ、というのが私の主張ポイントだ。

高関税での農業保護はマイナス、
6次産業化で農業経営イノベーションを
 農業分野で守るのは農山村の自然や水利、森林、さらに里山、そして土壌などの環境であるべきだ。しかし農業の自給率向上、生産力維持という大義名分のために、輸入高関税で農業すべてを必要以上に保護する必要はない。そのあおりで、農業の現場にイノベーションが作動しなくなったばかりか、グローバル市場で競争する力を放棄しビジネスチャンスも失っている。その点でも攻めの農業に戦略転換すべきだ。

では、どういった攻めの農業があるか。国内では、私の持論でもある農業の6次産業化でチャレンジすることだ。端的には第1次産業としての農業が市場流通に頼らず、独自の産直ルート、バイパス流通の開発に取り組むことで存在感を高める。そしてカット野菜など食品加工や冷凍加工の第2次産業に手を伸ばすと同時に、レストランやスーパーなど第3次産業にまで、農業が主体的にかかわる。1+2+3で足しても、あるいは掛け合わせても6となる6次産業化によって、生産から流通、消費分野まで、経営の独自センスでビジネス展開していく。農業の企業経営化、産業としてのパワフル農業化だ。

新興アジアのニューリッチや中間所得階層は日本農業のターゲット
 先進ビジネスモデルとなる農業者の人たちの現場を取材して、いろいろな事例を見てきたが、共通しているのは農業経営に自信を持っていることだ。しかも思わずわくわくする人たちばかりだ。こういう人たちには農業保護などは無縁だ。TPPも無縁とは言わないが、受けて立とう、という人たちばかりだ。

こういった人たちに共通するのは、海外、とりわけ新興アジアのニューリッチといわれる富裕層のみならず中間所得階層をターゲットに、日本の食文化というソフトパワーを携えて、農産物、農産加工食品を積極輸出してグローバルマーケットでの活路を拡げる、ということについて、壮大なチャレンジ心を持っていることだ。

日本の食文化がソフトパワー、
アジア経済成長で食の消費も旺盛に
 とくに日本の食文化が大きな広がりを見せていることが、日本農業にとっては強力なプラス材料だ。以前も、このコラムで指摘したが、日本の食文化は今や、新興アジアのみならず欧米諸国でもブームといったレベルから「安全・安心」「おいしい」「品質がいい」「おもてなしなどサービスが素晴らしい」といった形で、食文化そのものが定着し始めている。言ってみれば日本のソフトパワーになりつつある。農業現場が活用しない手はない。

中でも、新興アジアでは経済成長に伴い、かつての日本と同様、中間所得階層が急速に増え、都市化とともにライフスタイルが変わりつつある。豊かさを求めて食生活に関しても旺盛な消費購買力を持ちつつある。日本国内の消費市場が成熟化して、消費に爆発的なパワーがなくなっているのと対照的に、新興アジアは中国はじめどの国を見ても勢いが違う。しかも食物の安全・安心やおいしさにこだわりを見せる消費層が増えているということは、日本農業にとっても、食品加工企業にとってもチャンスと言っていい。

新潟の玉木青年は台湾でコメ現地生産、
円高対応に加え現地市場狙い
 過去に、このコラムで取り上げた新潟県の農業青年、玉木修さんをご記憶だろう。最近、TPP問題の対応で話を聞きたいと思って、携帯電話で連絡したら、玉木さんから折り返し電話があって「今、台湾にいます。台湾の農業者15人との間で、玉木米ブランドの新潟コシヒカリを現地生産する契約を終えて、本格生産します。100ヘクタール規模ですが、台湾市場で日本米へのニーズが高いので、十分にやれます」と、弾んだ声が聞こえてきた。

これまで日本から輸出した新潟コシヒカリは輸送コスト、為替コストなどで割高ながら、富裕層を対象に販売している。しかし玉木さんの新たなターゲットは台湾の中間所得階層で、「消費のボリュームゾーンであり、この消費層向けに手ごろな価格で玉木ブランド米を販売する必要があり、あえて現地生産に踏み切りました」という。実にたくましい。

玉木さんは、新潟で篤農家の父親と一緒に大規模な稲作栽培しているが、今年5月に農業生産法人「新潟玉木農園」を立ち上げ集荷、卸売、精米加工、さらに輸出など貿易業務も事業内容に含めた多機能会社にした。台湾での新潟コシヒカリの現地生産をベースに、玉木さんはTPPへの日本農業の対応も考えている。現地生産が軌道に乗れば、コストの安い海外の新潟コシヒカリを日本へ逆輸出するのも一案だ、という。考えることが大胆だ。政治や行政はこうした意欲的な農業者を先進モデル例にしてバックアップもすべきだ。

近江牛の6次産業化進める田原さん、
米国、アジアへの和牛肉輸出に意欲
 最近、出張取材で出会った田原善裕さんも、ぜひここで、取り上げたい1人だ。田原さんは苦労人ながら、農業経営に素晴らしい経営力を発揮し、今では滋賀県の中山間地域で和牛ブランドの近江牛の肉用牛生産のみならず酪農で乳製品生産、そして養豚生産を行う有限会社宝牧場を経営する。その一方で、牧場内に焼き肉レストランなどを経営し、生産から加工、レストランまでの6次産業化を進めている。

田原さんは、近江牛肉を米国だけでなく、シンガポール、タイにも輸出している。「東電の原発事故による放射能汚染警戒から米国向けが輸出ストップになったが、海外での日本産の和牛肉需要は極めて強い。TPPが今後、どういった展開になるか見極めが必要だが、日本農業の品質管理力、おいしさなどを駆使して、和牛肉の輸出は十分にやれると見ている。将来はロシアも味のいい高級肉志向が強まるとのは確実。狙いめだ」という。

京都や大阪の大消費地から遠く離れた中山間地域の宝牧場には、安くてうまい焼き肉を求めて消費者が観光バスでやって来る。田原さんは「生産者の顔が見える牧場レストランにすれば必ず消費者はついてきてくれる」という。その田原さんの経営者勘では、和牛肉の味の良さは国際競争力を十分に持つ、あとは輸出価格を含めて為替などのコスト対策、マーケットリサーチが勝負と見ている。玉木さんと同様、チャレンジ精神がすごい。

なぜ日本農業は守りにこだわる?
弱みと強みを見極め強みに特化を
 もっと紹介したい農業現場の先進モデル例があるが、このあとは、守りにこだわる日本農業の問題について、少し述べておきたい。ここまで述べてきたことで、私の農業問題に関する立ち位置はおわかりいただけよう。日本の農業には、モノづくりの技術力、品質管理力に裏打ちされた競争力と同様、高品質で、安全・安心などの強みがあり、その強みを伸ばせば十分に生き残れる。弱みを見極めて、むしろ強みに特化すればいいのだ。

ところが農業の現場は、過去の政府や旧自民党政権時代の高米価政策に依存し過ぎて、経営マインドを持たないまま、高コスト構造に手をつけず状況に流されて現在に至っている。それが弱みとなっている。農業を単なる票田としてしか見ない政治家、また最重要の営農指導せずに、金融や購買、共済で農家に対応した農協にも大きな責任があるが、何よりも自助努力を怠った農業者も問題だ。

元農水省次官の高木さん
「従来の守り方だと農業はさらに弱体化するだけ」
 ところで、最近、いくつかの新聞や雑誌のインタビューで、TPP問題と日本農業の在り方で鋭い問題提起をされている元農水省事務次官の高木勇樹さんの話を取り上げたい。高木さんは、私が旧毎日新聞時代から取材でおつきあいしている長年の友人だが、それらメディアとのインタビューでの指摘はポイントをついており、少し引用させていただく。

高木さんは「日本農業は今、負のスパイラルにある。高い輸入関税や多くの農業予算で農業を守ってきたが、この20年間で農業生産額は4兆円近く減り、農業所得も半減した。農業従事者の平均年齢は66歳に達している。従来通りの守り方を続けても、農業は弱体化し、農村は疲弊するばかりだ」と述べている。そのとおりだ。

「最後は日本農業を守りきれない」
という事態まで放置することは避けよ
 また、農家への所得補償制度についても、高木さんは「今の制度は、経営規模などに関係なくすべての販売農家が対象だ。民主党は農村活性化と国際化の両立を政策目的に導入したはずなのに、現状はバラマキと言われても仕方がないやり方だ。給与収入もある兼業農家にまで支払っていては、いずれは財政の負担の限界から、最後は『守りきれない』ということになりかねない」と、手厳しい。現実問題として、本当に農業経営に取り組む意欲のある専業農家にのみ所得補償するのが筋だろう。

農水省の事務次官を経験した幹部官僚にも、いろいろな人がいるが、高木さんのような骨太の論理で、正論を主張するOB官僚がいるのは心強い。率直に言って、信頼できる。今、大事なことは、さきほども述べたように、日本農業の強みと弱みをしっかりと見極めて、弱みの部分の何を守るか、補強が必要ならどうすべきか、逆に強みの部分は何か、それを見極めて、どのように戦略的に伸ばすかなどを明確にすることだ。守ることにばかりこだわっていては、最後は取り残されるのは農業だけ、ということになりかねない。それだけは避けるべきだ。高木さんが言うように「最後は守りきれない」と言う事態にまで、あいまいな対策で農業に必要な対策をとらないことこそ、最悪だ。
 

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