原発事故教の教訓生かされず風化こわい 原発再稼働には多重防護の安全策が前提


時代刺激人 Vol. 239

牧野 義司まきの よしじ

経済ジャーナリスト
1943年大阪府生まれ。
今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

 ここ4回ほど連続してタイ、カンボジア、ベトナム、ミャンマーのメコン経済圏諸国の現場で起きているさまざまな動きについて、ジャーナリスト目線の現場報告の形で「時代刺激人」コラムをお届けしてきた。しかし今回は、勝手ながら、違うテーマを取り上げたく、何とかご容赦願いたい。

さて、そのテーマは、みなさんだけでなく私にとっても避けて通れない、3年たった東日本大震災、東京電力福島第1原発事故の問題だ。中でも今回は、私自身が東電原発事故調査を行った国会事故調の事務局に1年近くかかわった関係で特別な関心を持つ原発事故について、取り上げてみたい。

メディアが3事故調委員長らの討論会での
鋭い問題提起に、なぜか冷めた報道
 実は、何としても取り上げようと思ったきっかけがある。それは、2014年3月10日に日本記者クラブで、「福島原発事故から3年たつ今、われわれは何を学んだか」というテーマで、事故調査に携わった政府、国会、民間の3事故調の元委員長の畑村洋太郎氏、黒川清氏、北澤宏一氏の3氏にグレゴリー・ヤッコ前米国原子力規制委(NRC)委員長も加わっての討論会が行われたので、参加した。ところが討論の内容はポイントを突くものが多かったのに、なぜかメディアの取り上げ方が冷めたものだったためだ。

同じジャーナリストの立場にある私にとっては、この報道側の対応は驚きだった。3年たった大きな節目に、原発事故調査にかかわった専門家が、メディアに対して、原発事故の教訓をしっかり再認識してもらおうとしたのだから、メディアとしても当然、それを受け止めて日本国内のみならず海外にも伝える絶好のチャンスだ、と私は思っていた。討論会の現場取材したメディアの人たちのニュース判断には未だに首をかしげるものがある。そこで、討論会で浮かび上がった問題をこの際、コラムで取り上げようと思ったのだ。

「日本の事故教訓が伝わって来ない」と
海外から指摘、情報発信がまだ不十分
結論から先に申し上げれば、討論会での集約されたポイントは、次のような点だ。
まず、日本のみならず世界中を震撼させた福島原発事故がなぜ起きてしまったのかという点に関して、日本は世界に対する情報発信を未だ十分に行っていない。このため、世界の一部の国からは「事故の教訓が伝わって来ない。日本では事故後、3年たった今も何が変わったのか、よく見えない」という苦情が出たことなどの点を踏まえて、日本の教訓を世界にもっと伝えるべき責任がある、との指摘があったことだ。

とくに黒川氏の指摘は耳が痛い。海外に幅広い人脈ネットワークを持ち講演機会の多い黒川氏は、ある国の首相から日本の原発事故の教訓の説明を求められた際、「(これほどの重大事故なのに)日本はおとなし過ぎる。なぜなのだ」と皮肉っぽく言われたという。
確かに、海外の国々は、事故を引き起こした日本から学ぼうと、教訓が何なのか必死でいるのに、日本が情報発信できていないのは重大問題だ。北澤氏も「日本としては情報を隠すつもりはなかったが、結果的に、世界に向けての情報開示が出来ていなかったことは事実だ」と述べた。日本は内向きだと言われても仕方がない。

ヤッコ米規制委前委員長、3事故委員長は
「原発事故はまだ終わっていない」で一致
2つめのポイントは、事故現場の処理だけでなく、今後の原発事故に備えた関係自治体の住民の避難対策などに関しても、まだ取り組み課題が山積しており、原発事故そのものが終わっていない、という点で認識一致したことだ。具体的には、汚染水の処理が果てしなく続いていること、4号機建屋の屋上プールにある使用済み核燃料の移動処理が終わっておらず新たな巨大地震の揺れに耐えきれないリスクを抱えていること、原発サイトの外での避難民の生活不安、心労リスクの増大への対応も不十分であることなどの指摘だ。

このうち、多くの人たちが不安に感じている汚染水処理問題に関して、畑村氏の指摘は厳しかった。「事故直後から、壊れた原子炉建屋に地下水が流れ込み、そこに雨水も加われば深刻な汚染水リスクになるのは土木専門家ならば、わかっていたこと。だが、現場を仕切っていた当時の東電原子力担当者は原発しか見る余裕がなく、問題先送りした。全体を俯瞰し総合判断できる人材を置いておかなかったことが問題だ。未だに課題だ」という。

稼働停止中の他の原発ではIAEA基準の5層の
多重防護策の対応が万全でない?
3つめのポイントは、福島原発事故を踏まえて、旧原子力安全保安院が解体され政府から独立した新原子力規制委員会が立ち上げられ、新安全基準がつくられたのは当然のことだが、国際原子力機関(IAEA)が厳しく要求する安全確保のための5層の多重防護策について、稼働停止中の国内の他の原発では、まだ万全な対応にあるとは言えず、原発事故の教訓がいまだに徹底されていない、との点で一致したこと。

現在、国の新安全基準に対応中の九州電力の川内原発など10原発17基については、各電力会社が適合審査を求めている。電力会社は原発再稼働のためには必死で新基準対応をしたのだろうが、朝日新聞が3月12日付朝刊で報じた記事によれば、全国でまだ国に対して適合審査の申請を行っていない30基の原発のうち、老朽化した原発など13基は新基準の安全対策に膨大な費用がかかることなどを理由に、対策対応が十分に出来ていない、という。しかも討論会で事故調元委員長らが指摘した多重防護策のうち、第4層の「事故の進展防止と過酷事故の影響緩和策」などに関しては、これら13基では後回しになっている可能性が強い。今、求められているのはすべての原発での多重防護なのだ、ということを黒川氏らは討論会で繰り返し指摘した。これも重要なポイントだ。

安倍首相の再稼働前向き発言を不安視、
事故は起こりえるとの発想が希薄の指摘
 そして、4つめは、3つめの問題とも関連する最重要ポイントだ。福島原発事故の最大の教訓は「原発の絶対安全はありえない。事故は必ず起こるものだとの認識が必要」を前提に、しっかりとした多重防護の安全対策を講じることが先決、と言う点だった。ところが今、日本国内ではその点が看過され、政治家を中心に、既存原発の再稼働問題に前傾姿勢になってしまっていることに不安を感じる、という点でも意見が一致したことだ。

とくに、安倍首相が国会などで「原子力規制委員会が世界で最も厳しいレベルの規制基準にもとづき徹底した審査を行い基準に適合すると認めた原発に関しては、政府としては再稼働を認める」と公言していることについて、絶対安全などありえないという教訓が生かされないまま、再び原発安全神話に似た発想が政治の世界に広がることを問題視する声も討論会で出たことだ。

2011年当時、立法府の行政府監視を豪語した
国会はなぜ動かないのか
 このほかに、討論を聞いていて、ジャーナリストの立場で、世の中にもっと声高にアピールすべきだなと思ったことがまだいくつかある。

その1つは、立法府の行政府監視機能が十分に機能していないことだ。
とくに衆参両院は、2011年秋に政府事故調や東電事故調のような内部調査では真相解明に至らないとし、国会が憲政史上初めて、政府や電力事業者から独立した調査機関をつくるべしと、全会一致で国会事故調法にもとづき国会事故調を立ち上げた。国会職員を別にして民間人専門家でつくる国会事故調の事務局に私も参加し、10人の委員の調査活動のサポートに携わったが、当時、国会サイドで主導的な役割を果たした塩崎恭久自民党代議士が「立法府が国会事故調をきっかけに今後、行政府監視機能を高めていく」と豪語したのをよく憶えている。あの発言はいま、どうなったかと問いたい。

国会事故調の7提言は原子力問題調査特別委設置のみ、
その委員会も機能せず
 ところが国会事故調の7つの重要提言に対して、国会が対応したのは規制当局に対する国会の監視、という任務を果たすための原子力問題調査特別委員会だけだ。しかもこの特別委は衆院で提言から9か月後にやっと設置、参院はさらに数か月後というひどい対応だった。しかも汚染水問題が大問題になると、衆院経済産業委員会に審議を委ね、原子力問題調査特別委はなかなか腰を上げようとしなかった。今や政権与党の立場にある自民党の塩崎氏ら国会議員の見識ある行動が求められるが、原発再稼働問題もからむのか、なぜか動こうとしない。他の公明党、民主党などの国会議員も全く同じだ。

国会事故調提言の残る6つの提言、とくに独立の調査委員会を設置して廃炉の道筋や使用済み核燃料の処理策の調査、政府の危機管理体制の見直し、被災住民に対する政府の対応策検討、電気事業者の監視などを求めた提言に関しては、事実上、放置状態だ。立法府の行政監視機能はどこへ行ったのか、3権分立の体制はどこへ行ったのかと思わず叫びたいところだ。

政府と国会の両事故調のヒアリング資料はじめ
記録やデータの開示が必要に
 政府事故調、国会事故調とも膨大なエネルギーと時間をかけた調査のデータ活用問題も課題だ。このうち政府事故調は、東電事故調と並んで内部調査であったため、どこまで真相解明を行えたかどうか定かではないが、政府の名のもとに公権力を使って、あらゆる関係者からヒアリングを行った記録やデータは貴重な資料のはず。同様に、政府から独立した独自調査の国会事故調の調査記録も今後の事故原因検証などには重要なもの。
ところが政府事故調の調査に関しては当時、検察当局が主導で行い、非公開、秘匿を条件にあらゆるヒアリングに応じてもらったもので、オープンには出来ないとしていた。国会事故調も似たような理由づけながら、最終的には国会の判断に委ねるとして国会図書館に置かれたままだ。要は、この点に関しても、さきほどの立法府の行政監視機能をタテに後世の研究調査に生かすようにすることが必要だ。

世界中が日本を積極評価するような
事故対策情報の開示が必要、内向きはNOだ
 もっと重要なのは、冒頭に申し上げたように、世界中の国々が日本の原発事故事例を教訓に、「失敗の研究」を行うためのさまざまな情報や調査データなどを求めているのに日本側が対応しきれていないこと、現在進行形の事故処理、さらに今後の廃炉処理での各国間の情報交換、研究連携などを大胆に進めるべきなのに、いまだに海外から日本の対応を積極評価する、といった賞賛の声が上がっていないことだ。裏返せば、冒頭に申し上げたように、原発事故に関して内向きに終始していて、世界中で情報共有していくシステムに切り替えていないと言っていい。

まだまだ申し上げたいことがあるが、スペースの関係で、残念ながら限りがある。でも、東電原発事故の教訓が十分に生かされないまま、問題が風化しかねないことは大問題だ。その点で、私自身は国会事故調にかかわった関係で申し上げるが、重ねて、立法府の行政府監視を厳しく行い、政治家が国民、被災者目線に立って、この原発事故処理対応でやらねばならないことがまだまだ多いことを肝に銘ずべきだ。私は、反原発という立場でないが、原発事故の教訓を十分に生かし万全の安全対策を講じないまま、原発再稼働に前傾姿勢になることには強い違和感を持っている。多重防護の徹底こそが安全の証明だ。

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