えっ?日本経済は底入れ?正しくは「景気最悪期離脱し奈落の底に落ちないだけ」 L字型の時間かけての回復に、今こそ低成長でも活力ある経済になる仕掛けを


時代刺激人 Vol. 43

牧野 義司まきの よしじ

経済ジャーナリスト
1943年大阪府生まれ。
今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

日本政府は6月の月例経済報告で景気底打ちを事実上、宣言した、とメディアが一斉に報じた。
えっ、本当に日本の景気が底入れしたのだろうか、経済実感にほど遠い、どういう根拠でマクロ政策判断をしたのか、といった受け止め方が多いはず。

確かにそうだ。実は、4月鉱工業生産などマクロ経済指標がプラスに転じたのが根拠になっているのだが、現実は、景気が最悪期を脱しただけ、つまりは果てしなくズルズル落ち込むリスクが小さくなくなってきたので、景気の底にたどりついた、と判断しただけのことなのだ。

だから、景気が底打ちしたと言っても、反転してV字型に山を一気に駆け上がるという力強さはない。
むしろローマ字のLに例えて、タテ一直線で落ち込んだ景気がやっと底にたどりついた、しかし世界の成長センターともいえるアジア、中でも中国に期待が持てる半面、米国や欧州の経済リスクが依然消えておらず、日本の経済は底にたどりついたあとも、欧米経済の影響などを受けて、今後は底を這うような形でテンポの遅い回復パターンのL字型回復になる、と見て間違いない。

メディア報道では景気底打ち政府宣言、という見出しが踊ったが、これは厳密に言うと正しくない。政府の6月月例経済報告では、景気の基調判断について、「厳しい状況にあるものの、一部に持ち直しの動きがある」とし、昨年12月から使ってきた「悪化」という表現を7か月ぶりに削った。そして与謝野経済財政担当相が経済関係閣僚会議後の記者会見で「楽観はできないが、輸出や生産活動が上向きになり消費者マインドも少し改善されつつあり、それらを考え合わせると1-3月が景気の底だったのでないかと強く推定される」と述べただけ。これらをつなぎ合わせて、メディア的に「事実上の景気底打ち政府宣言」となったのだ。

景気底入れ宣言が政治的思惑で行われるリスク、過去に政権浮揚と絡め問題に>/h2>

しかし政府宣言という場合、常識的には閣議での同意もしくは承認を得て、経済財政担当相なり内閣官房長官が節目の記者会見で表明するのが一般的だ。その点で思い出すのが、デフレ脱却宣言だ。

安倍元政権時代の2007年春に、前年06年10月には戦後最長の景気拡大局面に来ていて、その動きが07年に入っても続いていたため、宣言チャンスがあった。当時、尾身財務相が「今の経済状況でデフレ脱却を宣言しないことは不自然だ」と、政治家独特の政権浮揚に結び付けようとの意識丸出しの言動があった。ところが、担当の大田経済財政相が宣言発動には慎重で、消費者マインドに弱さがあるなどのいくつかの理由から、最終的に先送りした。このデフレ脱却宣言は、その後もタイミングをつかめないまま、米国発の金融危機に遭遇し、現在も日本はデフレ経済状態が続いている。結果オーライだった。

余談だが、尾身財務相はそれ以前の旧経済企画庁長官時代に、景気回復判断に関して、政治的な思惑で「桜の咲くころに景気回復する」と発言を行った。当時、現場で取材していた私は、経済実体から見てもほど遠い状況だったため、記者会見で厳しくかみついたのを憶えている。
そして現実問題として、景気回復は遅れた。ところが尾身財務相は当時、「桜の開花は何も東京だけで見るものでない。開花時期が北上し、私の選挙区の群馬県で開花ということもある」と弁解発言したため、私が会見で再び「マクロ政策の景気判断する担当大臣がそういったアバウトな言い方はまずいのでないか。
マーケットの時代に、マーケットをもミスリードする。問題だ」と批判した。
大事なことは、マクロの政策判断を政治的な思惑で行うのは慎むべきだ、ということだ。

浅生首相は「経済に強い麻生」の成果強調したい?メディアも広告対策で悩み

そういった意味で、今回の「事実上の景気底打ち政府宣言」も現在の政治状況を勘案すると、政治的な思惑があったのかな、という感じがしないでもない。
なにしろ、麻生政権にはさまざまな問題が噴出して内閣支持率が急落している。麻生首相としては、「経済に強い麻生」を売りにしており、09年度予算での経済対策、そして09年度補正予算での追加経済対策の効果が、主要国の中でも最初の景気底入れに結び付いたことをアピールし、政権浮揚につなげたいとの気持ちがあるのは間違いないからだ。与謝野経済財政担当相がそのあたりの政治的思惑に配慮し、記者会見で意識的に「1-3月が景気の底だったのでないかと強く推定される」と発言し、メディア誘導したのでないかとも言えなくもない。

実は、メディアの現場にも、同じように悩ましい問題がある。今、新聞もテレビも昨年来の景気の落ち込みで企業の広告が大きく落ち込み、それぞれの経営圧迫要因となっている。
新聞は、そこに若者中心の「活字離れ」で購読部数の低下傾向が顕著になっている。そういった中で、メディアが、政府の「事実上の景気底打ち政府宣言」に連動して紙面を大きく割き、経済の流れが変わりつつある、といった論調にすれば、企業家心理も変わっていき、仮に企業収益の好転といった事態につながる。

そうすれば企業からの広告出稿も増えるのでないか、といった思惑が働きかねない。もちろん、編集は、広告や販売の営業とは一線を画し、編集権の独立があるのは間違いないが、メディア各社が広告の急激な落ち込みのもとで、編集姿勢はどうなのか、検証してみる必要はある。

金融市場に誤った政策シグナルでミスリードすると相場形成に混乱も

繰り返すが、マクロ政策判断が仮に政治的な思惑に利用されたりすると、マーケットの時代に、株式、債券、為替、短期金融などの金融市場をミスリードし、誤った政策シグナルでもって、相場形成にもさまざまな混乱や課題を残す。そういった点で、恣意(しい)的な政策判断は厳に慎まねばならない、ということだ。

ところで、私の実体経済判断は、冒頭に申上げたように、先行き不透明な米国経済と違って、日本の経済は一方的に悪い方向にズルズルと落ちて行くことはなく、その意味で最悪期を脱したのは事実だ。しかし、まだまだ力強い回復につながるような状況でない、と思っている。これは、私自身、企業経営者やマーケットエコノミストなどを含めて、取材の現場でさまざまな人たちに出会って聞いた結果だが、ここで、ぜひ、ご紹介したいのは内閣府の景気ウオッチャー調査だ。これが意外に参考になるのだ。

この景気ウオッチャー調査は、作家で経済評論家の堺屋さんが旧経済企画庁長官時代に現場担当官に指示してつくりだしたものだ。当時の堺屋長官によると、行政は毎月あがってくるさまざまなマクロ経済指標だけを見て一喜一憂していてはダメだ、経済実感を探ることが必要で、そのためにはタクシー運転手やデパートの売場の人たち、居酒屋の亭主、不動産屋の経営者ら経済を皮膚感覚でつかんでいる人たちからナマの声を毎月、定点観測の形で収録し、マクロ政策に反映させろ、というものだった。
ジャーナリストも同じ感性で現場を走り回っているが、当時、この堺屋長官の発想については、素晴らしいと思った。

景気ウオッチャー調査で「回復速度遅く前年並みに戻るのは今秋以降」の声も

その景気ウオッチャー調査では、今、5か月連続で景気が改善の兆しを見せている、という。そこで、直近の5月調査結果を見てみた。参考になるので、ぜひ、紹介させてもらおう。「新型インフルエンザの影響で修学旅行、観光旅行、企業出張のキャンセルが続出した。
それにスポーツ観戦や観劇など人の集まる場での催しに関しても団体予約が中止になった」(旅行代理店現場担当者)、「全体の物件量は依然増えない。

ただ、中止や延期となった物件の工事が再開したり、時期がずれて着工になった物件もあって、全体として下げ止まりの感がある」(家具製造業経営者)、「ハイブリッド車の受注好調を受け車載用電子部品にからむ製品の出荷が持ち直すなど、一部に明るい材料がある。最悪期は脱したと思われるが、全体として回復の速度は遅く前年並みの水準に戻るのは今秋以降」(化学工業経営者)、「夏のボーナスは軒並み前年よりも減額になるとのお客の話を聞くなど明るい材料はない。低迷した状況から、しばらく抜け出せない」(タクシー運転手)といった具合だ。

バラマキ的な財政出動ではなく、戦略性感じさせる日本パラダイム転換の政策を

これらウオッチャーらの経済実感で見ても、経済の最悪期を脱しているものの、回復には相当の時間がかかりそうだ、という印象をもたれただろう。そこで、問題は、災い転じて福となすではないが、危機をチャンスに切り替え、日本経済をタフで骨太かつ活力あるものに持って行くことが何としても、必要だ。

そこで、ぜひ、申し上げたい。「経済に強い」と自負する麻生首相の指示で、政府は、ケタ外れの財政支出で経済対策を実施した。非常時には、確かに、機動的な財政出動による需要創出の政策判断は正しい。しかし、コラム39回の「どこかおかしい政府の経済対策」でも指摘したように、行政官僚の政策劣化なのか、縦割り行政組織の縄張り争いの弊害なのか、打ち出す政策に構想力、戦略性が感じられない。とりわけ09年度補正予算で見られたような思いつきの政策にバラマキ的な財政出動では、それこそ一過性の対処療法的なもので、いわゆる経済政策というにはほど遠いものだ。

私が指摘した「エコポイント」政策の問題点に関しても、5年後、10年後の日本の姿をイメージづける、もっと言えばわれわれ国民のみならず世界の人たちに、「日本は面白い国になる」「先進モデル事例だ」といった政策の方向付けをすることが重要なのだ。まさに日本のパラダイム転換が行われつつある、といった政策メニューを出すことだ。

この話になると、あれも言いたい、これも申し上げたいということがあるが、また別の機会にレポートする。今回は、「事実上の景気底打ち政府宣言」に関連して、何が重要かそのメッセージだけ伝えたい。繰り返しで恐縮だが、こういった非常時にこそ、バットを長く持って、少し先に、間違いなく経済に活力を生み出すような政策のさまざまな仕掛けが重要だったのでないか、と思っている。

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