6月に迫った第3の矢は大丈夫か 抵抗勢力跳ね返す政治力が必要


時代刺激人 Vol. 217

牧野 義司まきの よしじ

経済ジャーナリスト
1943年大阪府生まれ。
今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

 安倍自民党政権がデフレ脱却をめざして打ち上げたアベノミクスの成長戦略は、現時点でなかなかの出来栄えだ。息切れすることもなく株高、それに過去の円高の大幅修正という形での円安がずっと続き、その相乗効果で、実体経済がプラスに動いている。

新任の黒田日銀総裁が打ち出した異次元の量的金融緩和政策の寄与が大きいが、マーケットなどに、先行き経済はよくなっていくだろうという期待感を増幅させ、それが消費者の消費行動を上向かせる結果につながった、と言っていい。ここまでくれば経済に弾みがついて、歴代政権が長い間やれなかったデフレ脱却を何としても実現してほしいものだ。

安倍首相側近「うまく行きすぎて気味が悪いほど」と言いながら、
第3の矢を懸念
最近出会った安倍首相の側近の政治家が面白いことを言った。「やることなすこと、今はうまくいきすぎて気味が悪いほどだ」と、まじめな顔で言うので、思わず笑ってしまった。政治家にしては珍しく正直だなと思いながらも、「そうか、安倍政権の中枢では、今の実体経済の動きは少し出来過ぎだ、と思っているのだな」ということを実感した。

ところが、その政治家は、6月に公表予定の成長戦略の「第3の矢」の政策の中身が、族議員や行政官庁の一部に抵抗があって、まだ、骨太の矢にならないでいることを懸念しているのだ。「でも大丈夫。最後の段階で、安倍首相が政治指導力を発揮して、大胆に実行に移す」と述べていたが、少し気になる。最終調整まで、1か月しかないからだ。
そこで、私は3月7日の第213回時代刺激人コラムで「期待先行のアベノミクス、デフレ脱却のカギは第3の矢」と書いたのに続いて、今回のコラムで再度、取り上げよう。とくに、何が骨太の第3の矢になりきれない問題なのかを調べて、問題提起してみたい。

デフレは需給ギャップ、とくに需要減少に原因、
成長政策で需要創出が必要だ
 私は、そのコラムで「経済ジャーナリストの職業柄、モノゴトを楽観視せず批判的に見る癖がついており、アベノミクスの『3本の矢』のうち、金融の大胆緩和には、依然、危うさを捨てきれないでいる」と述べた。
その危うさというのは、民間金融機関にジャブジャブに緩和マネーが行っても、肝心の金融機関が、民間企業の投資行動を促す積極融資にアクションを起こさないと、結局、行き場のないマネーは民間金融機関に滞留し、最後は資金運用の国債投資に回って、実体経済の好転にはつながらないリスクがある、というものだ。

ただ、私は「政権の産業競争力会議の打ち出す成長戦略『第3の矢』こそが重要で、積極的にやるべしという立場だ。デフレ原因の需給ギャップの解消が何よりも必要だ。今度こそ、産業の成長戦略を大胆に打ち出して新規の需要創出、そして雇用機会の創出につながる政策を打ち出すことだ」と書いた。その考えは今も変わっていない。

新興アジアに、日本は成長見込める分野多く投資しよう、
と思わせることも必要
3本の矢のうち、第1の矢の金融大胆緩和、第2の矢の財政出動のいずれに関しても、それぞれマクロ政策的に意味あるもので、その効果を否定しない。しかし、デフレがここまで長期にわたった最大の問題は需給ギャップ、とくに需要の縮小が最大の問題で、この需要創出のためには大胆な成長政策を打ち出し、実行に移すことだ、と思っている。

中でも新たな成長が見込める分野に関しては、政府や政治が既得権益を守るのでなく、むしろ大胆に規制を取り外して新規の需要創出につながる仕組みづくりを活発に行うことだ。加えて、新興アジアの投資家向けに「日本は成熟国家ながら、ビジネスチャンスが多そうなので投資しよう」という状況を作り出すことも大事だ。新興アジアから成長マネーを日本に引っ張り込めるように、日本を魅力ある投資対象国にすることだ。そのためにも第3の矢で大胆な枠組みづくりを行うことだ。

歴代政権のデフレ脱却失敗、
成長戦略つくっても政治の指導力なく実行できず
 これまで自民党、そして政権交代後の民主党と、さまざまな政権が入れ代わり立ち代わり政権の座に就いたが、どの政権もデフレ脱却を前面に押し出し、経済成長戦略を掲げながら、なぜか絵に描いた餅に終わった。そこが問題だ。中には成長戦略作文競争だけだった、という政権もあった。

私の見るところ、過去の自民党の小泉政権を除いて、ほとんどが短命政権で、持続力がなかったうえ、決定的なことは、政治指導力に欠けていたことが最大の原因だ。とくに首相官邸主導の政治力を誇示した割合には、首相の指導力に問題があったうえ、首相官邸の中に、さまざまな政策立案のための会議を置き過ぎて、方向付けができないまま、政権の命運が尽きて、結果として、何も実行しなかった、というケースがほとんどだ。

安倍首相も過去の政治的失敗踏まえた学習効果あるが、
問題は指導力発揮だ
 今回の安倍政権がそれをやれるのかどうか。問題はそこだ。ただ、今回の3本の矢のアベノミクス政策に関しては、少なくとも安倍首相が政権の座についてからは、過去の政権運営の失敗を踏まえた学習効果が生きたのか、冒頭の側近の政治家がいうようにうまくコトが運んでいる。あとは第3の矢を打つにあたって、政治家としての指導力をどこまで大胆に発揮できるかどうかだろう。

その点で、安倍首相も政治的な挫折で苦労しただけに、今回は、ひょっとしたら本物かもしれないことをうかがわせる面白い特集記事がある。ぜひ、読まれたらいい。毎日新聞4月28日付の朝刊で政治部デスクの川上克己記者が「安倍首相 雌伏の日々 『地獄』からの5年」と題して書いた記事がそれだ。
丹念な取材をもとに、安倍首相が持病悪化を理由に政権の座を投げ出してから首相の座に返り咲くまでの苦闘の話を「ストーリー」という企画1ページを使って書いたものだ。安倍首相は同じ失敗を繰り返さないため、さまざまな手を打っていることをうかがわせる。「3本の矢」のアベノミクス戦略もそこから出たものだ。

第3の矢にからむ分野にはさまざまな抵抗勢力、
それをどう突き崩すかが勝負
 ただ、政治の世界は冷酷であり、当然のことながら、結果を出さなくてはならない。とくに、第3の矢にからむ産業の競争力強化の分野は、農業や医療制度などの大胆な改革に対して、既得権益を必死で守ろうとする業界団体、それにつながる政治の族議員、さらに役所の省益しか考えない霞ヶ関の行政組織などがいる。問題は、この抵抗勢力をどう突き崩して、日本が変わった、ということを内外に印象付け、存在感をアピールできるかだ。

政治家独特の手法として、敵をつくって、その敵の存在を鮮明に浮き彫りにし、政治的に叩く、というやり方がある。その政治手法で大胆に政治指導力を発揮したのが、自民党政権時代の小泉首相の郵政民営化問題だった。安倍首相は当時、小泉政権の中枢にいたので、その政治手法を十分に学び取っている。

第1の矢の日銀たたきは小泉政権時代の郵政民営化対策での
学習効果?
アベノミクスの第1の矢の金融の大胆緩和に関して、安倍首相は当初から徹底した日銀たたきで終始した。日銀法改正もちらつかせながら、白川前日銀総裁に対して揺さぶりをかけたのも、その一環だったのだろう。問題は、第3の矢で、政権の命運をかけて抵抗勢力を押し切る政治的な指導力を発揮できるかどうかだ。まさに、6月の産業競争力強化策、規制緩和策などの一連の第3の矢戦略の発表時が勝負どころだ。

その点で、安倍政権で経済再生担当、経済財政諮問会議やTPP(環太平洋経済連携)問題担当の甘利内閣府特命問題担当相は最近、興味深いことを言っていた。甘利担当相によると、日本の科学技術政策の司令塔の再構築が必要ということで、総合科学技術会議の大改革に取り組んだ。その際、科学技術政策に関しては文部科学省がすべての権限を持って既得権益を守ろうとするため、この司令塔の改革から手を付けることにした。

甘利内閣府特命担当相も総合科学技術会議の司令塔改革で
文部科学省とバトル
 具体的には、総合科学技術会議の運営にからむ企画立案や予算配分にからむ文部科学省の権限に制限を加えると同時に、会議の委員構成に関しても科学技術の産業化をめざして民間企業などの専門家の数を増やすようにした。当然、抵抗があったが、押し切りつつある。ノーベル賞を受賞した京都大の山中教授のIps細胞の問題も学術的な基礎研究を深化させると同時に、産業化につなげるためには総合科学技術会議の改革が必要だ、という。
そのとおりだ。日本の科学技術政策を方向付ける総合科学技術会議が学者のサロン化し、それにリンクする形で文部科学省が幅をきかせる、といった発想の中からは、次代の科学技術の産業化といったことは出てこない。政治が指導力を発揮して司令塔機能を変えるのは当然だ。

第3の矢めぐり産業競争力会議と経済財政諮問会議が
戦略対立の様相
 しかし、第3の矢戦略に関しては、懸念材料がある。安倍政権内部で、主力の産業競争力会議のほかに規制改革会議、さらにマクロ政策運営を決める経済財政諮問会議の3つがあり、それぞれが互いに張り合う部分があるばかりか、調整が十分に進んでいない問題があるのだ。
具体的には産業競争力会議が東京、大阪、愛知の3大都市圏を軸にした「アベノミクス戦略特区」構想を打ち出した。これはこれで、戦略特区を使ったすごく面白い構想なのだが、経済財政諮問会議の民間議員が中心になって、都道府県ごとに47特区をつくり、戦略的に動かすべきだ、と提案している。

官僚組織は自身の政策領域に手が伸びるのを懸念し必死防衛、
まさに正念場
 これは象徴的な事例だが、官僚組織は、これらの2つの会議の民間議員の動きを横目に見ながら、自分たちの政策領域に手を突っ込まれて規制の枠組みが瓦解するのを恐れて理屈をつけて抵抗している。

甘利内閣府特命問題担当相は、産業競争力会議と経済財政諮問会議にもろにかかわる担当相なので、官僚組織の抵抗をはねつけながら、その一方で、どこまで2つの会議が出して似たような戦略特区案の調整を行うかだ。最後は、かつての小泉首相が大胆に裁断を下したのと同じように、安倍首相が今回のアベノミクスの第3の矢戦略発表時に、政治的な指導力を発揮して裁断を下すかどうかだ。
6月まであと1か月の中で、どう方向付けができるかだろう。最近聞いた話では、与党の自民党内部から、参院選で自民党が勝利を不動のものにするには票田としての農業や医療分野への配慮が必要でないかと、言外に、問題先送りなどを政権に求めているという。政治家のあさはかな目先の利益行動が出始めている。安倍政権としては、間違いなくアベノミクス戦略で懸案のデフレ脱却を果たす正念場だけに、雑音に惑わされてはダメだ。

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