ASEANが独自に広域経済圏づくり 日本に好機、支援し米中に存在感を


時代刺激人 Vol. 161

牧野 義司まきの よしじ

経済ジャーナリスト
1943年大阪府生まれ。
今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

 貿易自由化などを議論するアジア太平洋経済協力会議(APEC)、東アジア首脳会議(ESA)、そして東南アジア諸国連合(ASEAN)首脳会議が最近、相次いで開催されたが、今後のトレンドを探る上で、極めて興味深い動きがあったのを、ご存じだろうか。日本国内で大きな議論を呼んだ米国主導の環太平洋経済連携協定(TPP)のことではない。

それは、ASEAN首脳会議がASEANに日本、中国、韓国、インド、豪州、ニュージーランドの6カ国を加えたアジア広域経済圏づくりを自分たち主導で進める、という点だ。エッ?これまでASEAN+3(日中韓3カ国)とかASEAN+6(日中韓にインドなど3カ国を追加)と言われていた話で、何ら真新しい話でないはず、と思われるかもしれない。

だが、今回の場合、ASEANが自分たち主導で広域経済圏づくりを進める、という点に重要なポイントがある。つまりASEANが自らの存在感をアピールしながら、アクションを起こしたところが経済ジャーナリストの好奇心をそそるのだ。

ASEAN広域経済圏は米中の経済覇権への対抗と見て間違いない
 合意事項によると、ASEANは2012年11月の首脳会議までに、自由貿易圏の基軸となるヒト、モノ、サービス分野の開放策を決める。具体的には関税障壁をすべて取り外すのか、各国の事情に配慮して例外品目をある程度、認めるのか、また経済規制を大胆に取り外して欧米などからの投資受け入れに門を開けるのか、今後1年かけて決める。そのあと日本や中国など隣接する国々に対し、このASEAN主導の経済圏に参加するかどうか打診を行い、2013年以降、広域経済圏を完成させる2段階方式という。

ASEANは2015年に地域経済統合を行って新たな経済共同体をつくる予定でおり、今回の首脳合意は、それにつなげるものと見て間違いないが、私が興味深いというのは、最近、アジア大洋州で経済覇権を互いに狙う米国や中国に一線を画す形で、ASEAN主導の独自経済圏づくりを行い、大国の思惑に振り回されないぞ、というアピールが見える点だ。

10カ国の寄り合い所帯だが、
成長に弾みつき独自アピールも無視できず
 ASEANは現在、経済発展段階がさまざまなうえに政治体制もまちまちという10カ国が集まった地域協力機構だ。インドネシア、タイ、フィリピン、シンガポール、マレーシアの先行5カ国に、あとからベトナム、ラオス、カンボジア、ミャンマー、ブルネイが加わった寄り合い所帯であることは事実。

率直に言って、誰が見ても、米国や中国、日本などを向こうに回して、張り合う大きな結束力、それに裏打ちされた経済力を持ち合せているか、と言えば、失礼ながらとても難しい。それでも、ASEAN経済は新興アジアの一角にあって経済成長に弾みがついてきている。勢いも出てきたため、ASEANのくくりによって、新成長センターになる力を持ち始めていることは確かだ。今回の存在感アピールの動きもそういった目線で見ると面白い。

米国がTPPにASEANを巻き込み、米主導ル-ル押しつけを危惧?
 ASEANがなぜ、米国や中国の経済覇権に急に対抗して独自の動きを始めたのか、と言う点が気になるが、まず、米国はAPEC議長国という立場を活用し、TPPに参加表明する9カ国の中に、日本を巧みに引き込んだ。そればかりでない。カナダ、メキシコもあわてて参加を表明した。しかも米国自身が国内の景気停滞脱却のために躍起で、オバマ米大統領が貿易量5倍目標の実現を打ち出し、TPPをターゲット市場にするのは間違いない。

それだけに、ASEANからすれば、すでにTPP参加表明しているマレーシア、ベトナム、シンガポールに加えて、米国がASEAN全体を米国主導のTPPに巻き込もうとしてくるリスクがあり、歯止めをかける必要がある、と見たのは間違いない。

ただ、ASEANにとっては、米国を敵視する理由はない。輸出先市場としての米国は、ASEANにとっては、極めて魅力的で、対立する必要はない。それに、海洋覇権を露骨に見せる中国をけん制するには米国の力を借りた方が得策という考えもあるのだが、米国流の自由貿易主義、例外品目も認めない強引さには応じられない、という気持ちが根強い。

ASEAN、むしろ地理的に近接する中国の大国主義の動きに警戒的
 もう1つは、中国の動きだ。ASEANにとっては、米国よりも中国に対する警戒感が根強い。米国主導のTPPの動きに対抗するかのように、中国商務省が11月17日の記者会見で突然、ASEAN+3による自由貿易協定(FTA)を実現し、その上にインド、豪州など3カ国を加えたASEAN+6をめざす必要がある、と発言した点を意外視するところがASEANにある。というのも、中国はASEAN+3の枠組み作りには積極的だったが、インドなど3カ国の参加については終始、冷ややかだったからだ。

そればかりでない。11月19日の日中韓首脳会議で、3カ国は日中韓FTAの締結に向け、早期の交渉入りをめざすことで一致したが、ASEANIにとっては、これまた驚きだったはず。この3カ国は、FTAで自由貿易が進むと、利害がぶつかり合うという危惧から、最後の交渉事にしようという意識があった。中でも、中国は資本取引の自由化がからむと困る、という意向が強いので、本音ベースでは積極的でないはずとASEANは見ていた。

私が推測するところ、中国は、米国がTPPを主導するだけでなく、東アジア首脳会議でも米国が主導して海洋安全保障問題をテーマにし、南シナ海での中国の海洋覇権にブレーキをかけ、中国包囲網を敷こうとする動きがあり、それらへの反発から、これまでにない動きをとったと見る。問題はASEANの対応だが、中国が米国への対抗心からASEANを自分たちの都合に合わせて利用する動きに出て来ると困る、との気持ちがあり、それがASEAN主導の独自の広域経済圏づくりへの動きに発展したのでないかと思う。

とくに中国の強引なメコン地域への南下戦略はASEANの強い不満
 しかし、ASEANにとっては、米国のグローバリズムの押しつけへの反発も強いが、中国の強引な南下戦略に対する警戒感、もっと言えば反発も意外に強い。中国の南下戦略という点で、際立っているのは、タイやベトナムなどメコン流域国の経済市場への輸出攻勢、とくに人民元を決済通貨に使うように現地で仕向け、人民元経済圏づくりをねらっていること、さらには活発な直接投資による資本攻勢で、中国よりも人件費や原料が安いメリットを活用し工業製品生産の拠点づくりを進めるが、現地にいる華僑の人たちとのリンクで、タイやベトナムの現地経済資本に揺さぶりをかけるため、反発を招くのだ。

ミャンマー政府が決断した水力発電ダム建設中止問題も象徴的な話だ。ミャンマー北部の水力発電所建設工事が中国の資金援助を得たプロジェクトとはいえ、建設作業員は中国からの出稼ぎ労働者ばかりで、現地雇用につながらないだけでなく、ダム発電で得られる電力の大半がエネルギー不足に苦しむ中国に送電される計画だったため、ミャンマー政府の反発を買って工事中止になったのだ。メコン川上流に位置する中国は、中国国内の水力発電ダムの水量調節で下流のタイやラオスの水利体系を崩すのも深刻化している。

中国経済の急成長は間違いなくASEAN経済にメリットだが、これらデメリットも与えており、ASEANにとっては、中国は、米国とは違った意味で根強い反発要因なのだ。

日本はTPPかASEAN+αの2者択一ではない、双方をつなぐ役割を
 さて、私は158回のコラムでは、TPP問題にからめて、「日本国内でいろいろな人たちと、TPP問題で議論していると、日本はTPPを選ぶか、あるいはASEAN+3、ASEAN+6を選ぶかといった、互いを対極に置く発想がある。しかし私に言わせれば、TPPとASEAN+3や+6は決して対立しあうものでない。むしろ日本が双方にかかわることは矛盾しない。現にベトナムやマレーシア、シンガポールといったASEANメンバー国が双方にかかわっている。大事なことは、双方に大きな影響力を持つ日本が広域経済圏づくりで主導的な役割を果たせる絶好のチャンスなのだ」と述べた。

この考え方は今でも変わっていない。それどころか、冒頭の11月にアジア大洋州で開かれた一連のAPECやESA、ASEAN首脳会議で、米中の経済覇権をめぐる動きが色濃くアジア大洋州に影を落とす中で、日本は、TPPにもASEAN+3や+6の双方にかかわっているユニークな立場を最大限に発揮し、双方をつなぎあわせて広域自由貿易経済圏を実現する旗振り役を果たせばいいのだ。まさにチャンスと言っていい。

日本は現代版「三国志」で臨め、
米中のはざまでASEANとの地域連携を
 この話を持ち出すと、またかと言われそうだが、私はかねてから、日本、米国、中国の3国間関係に関しては、日本が現代版「三国誌」展開をせよ、と主張している。要は、かつての中国の「三国誌」の世界における魏、呉、蜀が互いにつかず離れずで緊張関係を保ちながら独自の戦略的な展開をはかったと同じように行動することだ。

つまり日本は、米国に問題があれば中国と連携して揺さぶりをかける。逆に中国に問題があれば米国と連携する。しかし、最大の問題は日本に問題が生じた場合、米国と中国が手を携えれば日本はひとたまりもなく踏みつぶされる。そこで、日本はASEANと日ごろから連携を結び、その地域連携を外交、経済パワーにして中国や米国と相対峙(あいたいじ)する、というものだ。

日本にとっては、米国は極めて重要な国であり、日米安全保障条約を通じて同盟関係にあることは事実だが、過剰な対米依存はリスクだ。とくに、新興アジアの台頭によって、世界の富がアジアに移りつつある時に、日本が座標軸、外交戦略軸を機敏に変えるということは重要なことだ。同時に、近接する中国との経済交流が強まったとはいえ、過剰な対中依存もまた日本にとってはリスクだ。

それよりも、米中両大国のはざまで、日本は、むしろASENとの連携によって日本の存在感を強めるのだ。その意味で、今回のASEANが独自にアジア広域経済圏づくりに踏み出したのを巧みに捉え、日本の持つ経済面での強みの部分を惜しみなく提供し、経済交流を拡げることだ。

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