サムスンなど財閥企業依存の韓国 すぐ後ろに迫る中国にどう対応?


時代刺激人 Vol. 155

牧野 義司まきの よしじ

経済ジャーナリスト
1943年大阪府生まれ。
今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

 韓国は、日本のような極度に内向きに陥っている国とは対照的に、国の内外にさまざまな課題を抱えながら、文字通り生き残りをかけて、必死に対応せざるを得ないという、常に緊張と背中合わせの不思議な国だ。特に、北朝鮮(朝鮮人民共和国)という体制の異なる政治・経済・軍事のいずれの面でも暴発リスクを抱える国と同居しながら、一方で、1997年のアジア金融危機、そして2008年の米国発の金融危機、リーマン・ショックの2つの大きな外的なショックをきっかけに、自由貿易協定(FTA)を戦略的に活用してグローバル展開を図るといった大胆な政策選択をとらざるを得ないからだ。

私にとって韓国は初めての訪問で、9月後半の約1週間の旅ではFTA下の韓国農業の現状を取材し、同じ問題を抱える日本農業にとって学びとる課題は何かをつかむと同時に、経済ジャーナリストの立場で好奇心旺盛に、多くの韓国の人たちに会い、農業問題に限らず経済問題全般について、現場ベースで見聞することができたのは、プラスだった。

アジア金融危機で国際競争に勝ち抜くため、
産業を大胆に管理淘汰
 そこで、今回は、これまでの2回のレポートコラムの最終回ということにして、サムスンエレクトロニクスなど財閥系大企業グループ依存の韓国経済の問題にスポットを当ててみたい。私の問題意識はこうだ。

韓国経済はアジア金融危機でどん底に落ちかけた際に、時の政権が産業政策の面で1業種2社体制に絞り込む産業の管理淘汰を大胆に行った。同時に、エレクトロニクス、自動車、造船などの業種ごとに、上位2社を政策面で、さらに政策金融面で、国際競争力強化という目的で徹底した支援体制をとった。それら2社がグローバル展開するためのサポートの極めつけがFTA戦略だ。同時に通貨面での輸出競争力をつけるために、場合によっては為替市場への介入でウオン安を作り出すことも辞さず、という競争力強化政策だ。

すでに前回、前回のコラムでも述べたように、韓国経済自体が4800万人の人口にとどまり、狭い内需にしがみついて縮小均衡で生き残れる状況でない。むしろ、国内区から一気に国際区、グローバル区に飛び出して積極展開しながら、国内総生産(GDP)を増やしていく政策選択をとらざるを得ない状況だ。とくに、その場合、際立っているのは時の政権が、その政策の基軸を財閥系企業の競争力サポートに置いていることだ。

「韓国の中国対策は日本企業の
秘伝のタレ的な技術の確保」と真田教授
 しかし今回、ぜひ取り上げてみたいのは、その韓国のすぐ後ろに新興経済国で急成長を続ける中国の追い上げが強まっており、しかも韓国モデルを徹底研究して凌駕(りょうが)する可能性も否定できない。これを受け止める新たな戦略構築があるのかどうかだ。

この問題に関して、144回のコラムで、日本の中小企業の生き残り戦略を取り上げた際、ご紹介した私の友人の愛知淑徳大学の真田幸光教授の興味深い話がヒントになる。韓国のサムスンエレクトロニクスのようなグローバル展開する企業は、ブランドイメージを高めるマーケッティング力を駆使しながら、新興市場での現地化戦略、とくに機能を単純化した家電製品を割安価格で、かつ現地ニーズに対応して、たとえばコーラン機能がついたテレビをイスラム社会で低価格販売するといったやり方でシェアを拡大させた。今後、中国が同じ手法でさらに低コスト化を図れば太刀打ちできなくなる恐れがある。

そこで、真田教授によると、韓国の企業は、中国からの追いあげをかわすために、日本の優れもの技術を持つ企業のうち、株式非上場のオーナー企業で、資金繰りに窮したり、人材難で苦しんでいる企業を秘かに物色して経営連携を図り、マーケットから買えない無形の技術資産を手に入れようとしている。それさえ持てば、技術革新力、品質維持管理力などで劣る中国を引き離せる、と踏んでいる。もちろん、グローバルに売れる商品を見つけ出し、戦略特化するのも大事だが、真似の出来ない日本の老舗企業が持つ一種の秘伝のタレ的な独自技術の獲得に躍起だ、というのだ。

出井ソニー元CEOは「サムスンがさらに
グローバル戦略を追求するしかない」
これに対して、最近、会う機会のあったソニーの元CEO(最高経営責任者)で、現在、クオンタムリープの代表取締役の出井伸之さんは違う見方でいた。このサムスンエレクトロニクスなどグローバル展開する企業の中国追い上げ対策に関して、「秘伝のタレのような技術を追い求めるのでなく、あくまでもグローバル競争に勝ち残れるような新たなビジネスモデルを探ることだ。マネージメントの課題は常に、それを追い求めることでしかない」と述べている。

出井さんによると、グローバル企業のソニーのトップとして、出井さん自身が常に課題にしてきたのは、グローバル競争に勝ち抜くための技術力はじめ、それに裏打ちされた売れる商品づくりなどだ。経営は、そのために不断の取組みが求められた、という。

「中国はまだ国内が主戦場、韓国ベンチマーク経営に太刀打ちできず」と深川教授
 韓国経済研究では専門家の深川由起子早稲田大学教授は、いくつかのセミナーで、韓国のグローバル展開する企業には、中国にない強みを持っていること、また中国自身が国内市場を主戦場にする状況で、韓国とのグローバル戦略には大きな開きがあるため、韓国を抜き去る可能性は少ない、という見方を述べている。

深川教授の分析はこうだ。具体的には、日本を追い上げる形で来た韓国企業は、日本の膨大な企業投資、とくに基礎研究開発には強い関心を示し市場性のある売れる商品とのオーナー経営者の判断がつくと、すさまじい勢いで設備投資を行い、一気にコストダウンを図って、あとはマーケット戦略で抜き去ってしまう。この経営判断のスピードの早さ、米国から取り入れた財務感覚で、しかも短期間に収益をあげることに躍起となる。日本の現場主義もすかさず学びとってしまう巧みさも身につけている。

こうした点で、中国企業にとっては、日本企業などをベンチマークにする韓国の経営手法はまだ真似できない。同時に、さきほどの指摘のように、中国企業が主戦場を国内に置いているのと違って、韓国企業は外国企業の経営統合や合併(M&A)を積極的に行い、グローバル展開でも中国とは格段の差がある、という見方だ。

中国企業経営には課題が多いが、
後発のメリットを活かすのは時間の問題?
 私自身は、この深川教授の指摘に関しては、現状ではそのとおりだろうと思う。しかし、今のようなグローバルの時代、スピードの時代、そしてマーケットの時代には、後発のメリットはすさまじいもので、中国のように急成長の経済力を背景に、徹底した技術の模倣を経て、あっという間に、追いついてくる可能性が高い、と見るのだ。

問題は、韓国のサムスンエレクトロニクスのようなオーナー経営者などによるスピーディな意思決定が出来る経営体制にあるかどうか、中堅幹部を含めてグローバル人材を活用し、成果主義で大胆に評価する人事マネージメントが出来るのか、韓国のウイークポイントの技術の応用のみならず、日本の強みの基礎技術の研究開発力を備えているかーなど課題を克服できるか、中国のように社会主義と市場経済主義を宅に使い分けながら、後発のメリットを活かす、というやり方だけでは、いずれ限界が露呈してくる。そういった点で、中国がどこまで韓国を追いあげ得る力があるかどうかだ。

サムスングループ連結売上高が韓国の名目GDPの10%はすごい数字
 ところで今回の旅で、韓国のある大学教授は意味深長なことを言っていた。「かつての日本のような政、官、財一体の日本株式会社的な国家経営が今の韓国にある。政権にとっては、サムスングループなど財閥系企業グループのグローバル展開力への依存度は強まるばかり。サムスングループの2010年度連結年間売上高は154兆ウオン、連結利益が16兆ウオンだが、売上高は韓国の同じ年度の名目GDP1172兆ウオンの10%にのぼる。韓国経済のサムスングループの依存度の大きさが理解できよう。この企業経営が破たんでもしたら、韓国自体の経済危機になりかねない。明らかに異常だ」というのだ。

別の韓国人の大学研究者も「以前、サムスングループの顧問弁護士が良心の呵責か、時の政権との癒着、とくに贈賄などの問題を内部告発し、検察がそれを受けとめてサムスンエレクトロニクスの会長が逮捕されたりして、企業のガバナンスも厳しくなったのは事実。でも、まだまだ、われわれのうかがいしれない部分で、財閥系企業と政治や行政の癒着も出かねない。日本のように、しっかりとしたモノづくり技術を持つ中堅・中小企業が育っていないのも課題だ。それに、グローバル化のもとに役員報酬や幹部の給与がエスカレートし、一般企業などとの所得格差は広がるばかり。これも課題だ」という。

日本企業の韓国戦略に変化、
FTAと法人税安の活用で韓国に立地
 これら課題を抱える韓国に対して、直接投資の形で進出する日本企業の動きが最近、際立ってきた。経済ジャーナリスト的にも興味ある点だ。いくつかの動きを挙げると、旭化成ケミカルズが2011年1月に約2700億ウオン(円換算200億円)を投じて東西石油化学の工場に化学プラントを建設、同じく東レが約630億ウオン(円換算50億円)をつぎ込んで主力の炭素繊維工場を建設する。また三菱商事と日本曹達が韓国の南海化学と合弁会社を設立、石油化学コンビナートに農薬原料の生産工場をつくるといった点で、文字どおり枚挙にいとまがないほど、急増している。

韓国のFTA戦略を巧みに活用しようという戦略にほかならない。韓国がFTAを結んで関税の自由化がこれから本格化するEU、それに米国に対しては、韓国の工場で生産したものをEUや米国に輸出すれば、韓国企業との競合になるが、日本から輸出するよりも、はるかに関税面で割安感が出てコスト競争力がつくというものだ。そればかりでない。韓国の産業用電力の料金が日本の3分の1のキロワットアワーあたり3.8円、法人税も日本の実効税率40%よりも安い24%などの立地メリットも大きいというものだ。

トヨタは米韓FTAを活用し、日本発から
米国産カムリを韓国に輸出検討も
さらに、最近のメディア報道で、おやっと思ったのはトヨタ自動車が2012年から韓国向け輸出用の中型セダン「カムリ」について、日本からの輸出を米国で生産したクルマに切り換えることを検討中、というのだ。東レなどのように、韓国工場からのFTA活用による輸出とは違って、逆に、米国と韓国とのFTA批准が今年中に終わる見通しのため、米国から逆に韓国市場向けに輸出すれば、円高で為替リスクが増大するリスクも回避できるし、米国トヨタが米韓間の関税撤廃のメリットを享受できる、というわけだ。

今回の韓国の旅で、ソウル市内のみならず至るところで、圧倒的に韓国の現代自動車が走っていた。韓国の人たちの話ではニューリッチ層や富裕層はトヨタの高級車レクサスに人気があり、ステータスシンボルになっているが、輸入関税が高くて、一般の人たちは手が出ない、という。これも考えようだが、カムリと同様、韓国のFTAの逆利用もあり得る。こうしてみると、日本自身が韓国の土俵で相撲をとるよりも、日本自身が大胆なFTA、あるいは環太平洋経済連携協定(TPP)の戦略展開が必要になる。いかがだろうか。

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