日本農業の先進モデル事例第3弾 建設業からの参入成功は工程管理


株式会社和仁農園
代表取締役
和仁松男

時代刺激人 Vol. 247

牧野 義司まきの よしじ

経済ジャーナリスト
1943年大阪府生まれ。
今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

 過去2回、連続して「時代刺激人」コラムで、私がジャーナリスト目線で見た日本農業の先進モデル事例はこれだ、と兵庫県姫路市の衣笠さん、そして宮城県仙台市の針生さんの2人のケースをご紹介した。共通しているのは、2人とも農業を株式会社化して、鋭い経営感覚で、しかも独自のビジネスモデルで農業は間違いなく成長産業になる、という信念のもとに経営にあたって成功している点だった。
うれしいことに、読んでくださったいろいろな方々から「こういった人たちに日本農業を託したい」「農業の現場でも頼もしい人たちがいて、日本農業に期待が持てる」といったリアクションをいただいた。そこで、これに気をよくしたから、というわけではないが、あともう1人だけ取り上げたい。さしずめジャーナリストが見立てた日本農業の先進モデル事例第3弾だ。

高山の和仁農園社長和仁さん、
経営管理手法が奏功しうまいコメづくりで連続受賞

今回の事例は、岐阜県高山市の中山間地域で建設業を経営する一方で、農業に参入して見事に成功した株式会社和仁農園社長の和仁松男さんだ。私がいろいろ取材して、この人はすごい、と感じたのは、農業の現場に工程管理、原価管理、品質管理など管理手法を積極的に導入し、それをベースにうまいコメづくりにチャレンジ、試行錯誤を経て、ついに全国食味コンクールで5年連続トップランクの成績をあげたことだ。異業種の建設業から農業に参入し、短期間でプロの稲作専業農家顔負けの農業実績は見事というほかない。

異業種からの企業の農業参入は最近になって、大手スーパーやコンビニ、外食産業が市場流通ルートとは別に新鮮野菜を確保するのだ、と傘下に独自にアグリビジネスの企業を立ち上げての農業参入ケースが出てきて、そう珍しいことではない。しかし和仁さんの場合、農業経営のロジックがしっかりしているうえ、農業でのモノづくりへの取り組みに信念とロマンを持っている点が違うのだ。

農業参入のきっかけは苦境の建設業立て直しと
耕作放棄地の活用支援依頼

和仁さんの場合は2000年ごろ、デフレ長期化で公共事業が減少し、本体の和仁建設の仕事量が減って社員のリストラなどの経営改善を求められたのがきっかけだ。 和仁建設では当時、65歳定年制を導入していたものの、技能を生かして勤めたいなら終身雇用するという経営方針だったため、新規事業に進出して仕事量を増やすしかなかった。そんな中で、地域の兼業農家などの高齢化が進んで耕作放棄地が増え始め「うちの農地を何とかしてくれないか」という耕作依頼が多く、見るに見かねて引き受けざるを得なくなり、農業に参入した、という。

耕作放棄地での農業生産実績あっても
農業者認定まで時間、10年目でやっと参入

ところが、和仁さんによると建設業からの農業参入と言っても参入障壁があり、すぐには無理で、当初は地域内の耕作放棄地の再生や耕作の受託のような形だった。2005年にリース特区による特定法人への認定をめざして事業展開したが、耕作放棄地以外への、いわゆる農業生産できる優良農地への法人参入がなかなか認めてもらえず、規制のカベに苦しんだ。

そうした中で、農業生産への取り組みなど実績が認められ、和仁社長や和仁農園が認定農業者の資格を得て、やっと本格参入が可能になった。参入決意して10年目のことだ。いま、アベノミクスの経済成長戦略の中で農協制度改革を含めた農業の規制改革の方向付けが進んでいるが、規制のカベは農業の現場では本当に岩盤に等しいものだった。

和仁さん「耕作依頼で支援仰ぎながら、
一方で企業参入を警戒して規制は矛盾」

和仁さんは、農業参入を考えてから約10年たった2009年に農業生産法人で株式会社形態の和仁農園を立ち上げた。そして翌2010年に和仁農園が認定農業者と認められたので、やっと本格事業展開を始めることが出来たのだ。

「耕作放棄地での耕作実績があるのに、認定農業者の資格を得ないと、自前の農業に取り組めないというのはおかしな話だと、当時思いました。私たちがいる飛騨高山の中山間地域で、現実問題として、高齢化などで生産の担い手がいなくなり、耕作放棄地が増えて、私たちに耕作の委託などで支援を仰ぐ現実があるのに、いざ企業の農業参入となると、資本の論理で農地を食い散らかすのでないか、と規制を加えて、競争を制限するというのは明らかに矛盾です」と和仁さんは言う。

土木工事手法を活用した工程や
原価などコスト、品質、安全の管理を積極導入

さて、ここから、和仁さんの農業経営手法のどういった点が、日本農業の先進モデル事例にあたるかを申し上げよう。
和仁さんは、農業の現場で農業の強み、弱みを徹底して学習した。その結果、農業に経営管理手法、とくに土木工事の管理手法を使って、厳格に工程管理、コスト管理、品質管理、そして安全管理を農業の現場に取り入れたら、間違いなくうまくいくはずと実践し始めた。ここが企業経営に長年、携わってきた和仁さんの経営者らしい発想だ。

和仁さんによると、土木の工程管理手法の一つに頭(あたま)落としという作業の平準化を積極導入した。具体的には、ある膨大な作業量を5人で分担していかに効率的にやるかを考える管理手法で、水稲作付け作業の場合、時期的にさまざまな作業が集中するのを、この管理手法で効率的に時間配分、作業配分してロスをなくした、という。

売れるコメづくりに力点、味がよく高品質、
ブランド価値を優先、収量確保は二の次

次に和仁さんがポイントに置いたのは、コメづくりにあたって、買ってもらえるコメ、そして売れるコメは何かということだ。端的には食味を最優先にしたコメづくりで、日本国内の大半のコメ生産農家が収量を上げることに躍起になっているのに対して、むしろ味のいい、高品質のコメ、ブランド価値のあるコメの方が結果的に利益増につながる経営だというものだ。
そこで和仁さんは、さきほどの管理手法をもとに、既存のコメ生産農家が行う多収穫米、多収量米をめざす慣行農法とは一線を画した独自農法、言わば自立できる農業を必死で考えた。とくにコメの食味が増す、味のよさが出するのは、稲穂の出る出穂期の温度差が大きい方がよいというデータがあり、その時期を9月中旬に設定、刈取りも1か月遅い10月中旬とした。慣行農法だと17度、和仁農園の場合、21度の温度差だ。それに合わせて、逆算して作付け時期を慣行農法の5月中旬から1か月ずらして6月に田植えした。

コメの苗は種もみ段階から自社育苗、
有機堆肥づくりも、プロ顔負けの生産手法

加えて、和仁さんは、うまいコメづくりに向け自社での育苗にもこだわった。種もみの段階から自社育成し、タネは自然交配して劣化を防ぐため、塩水選という作業も導入した。  また、和仁さんは有機堆肥による土壌づくりもこだわり、高山市内の旅館20軒から出る生ごみ、豆腐屋のおから、米ぬかなどにオガ粉をまぜて発酵させ有機堆肥をつくっている。
これらの努力が実って、和仁農園のコメは、全国食味コンクールで5年連続入賞した。正確には全国米・食味分析鑑定コンクールという名称で、和仁農園は2007年度、08年度、10年度、11年度が総合金賞、2009年度が特別優秀賞を受賞で5年連続受賞だ。2012年度はダイヤモンド褒賞という功労者表彰で、今もチャレンジを続けているが、冒頭に申し上げたように異業種の建設業から農業に参入し、持ち前の経営感覚でプロのコメ生産農家を凌駕する品質評価の高いコメを作り出せる、というのはすごいことだ。

アベノミクス第3の矢の産業競争力はいま1つだが、
和仁さんら先進モデルに期待

政府のアベノミクス成長戦略は、第1の矢の金融の異次元量的緩和政策、そして第2の矢の財政出動の先行で、現時点では行き場のないマネーが株式など金融資産投資に向かい、株価の上昇、円安をもたらしたほか、大企業を中心にした賃上げによる家計所得増が消費税率引き上げ後も個人消費を堅調にしている。最大の問題は、成長戦略の中核にあるはずの第3の矢の産業競争力強化が今1つ力強さに欠ける。官主導から民主道の経済成長戦略にシフトしない限り、本当の意味でのデフレ脱却が実現して成長軌道に、とはいかない。

そんな中で、これまでご紹介した日本農業の先進モデル事例ともいえる衣笠さん、針生さん、そして和仁さんのような農業を成長産業に持ち上げて行こう、という取り組みが極めて重要な意味を持ってくる。これらの先進モデル事例がいい意味で、引き金になって、例えば農業の現場で新たなチャレンジが全国的に広がり、「攻めの農業」に変わってくるのを期待したい、というのが私の偽らざる願いだ。

和仁さんの日本農業の戦略ポイントは
経営管理、IT化ベースの「企業農業」

さて、ここで和仁さんに、自身で構築した農業戦略に関して、再度、おさらい意味を兼ねて聞いてみよう。
和仁さんは最近、頼まれて農業戦略を講演で話す際、企業農業というキーワードを強く力をこめて語る。その際、今の日本農業に欠けているのは、工程、品質、原価、安全、環境などすべてがしっかりとデータ管理された経営管理型農業、農業のIT(情報技術)化、そしてそれぞれが独自のビジネスモデルをもとに経営感覚のある農業経営を行うこと、さらに付け加えれば、儲け、利益が出る販売価格にすることで、それは原価管理に裏打ちされるもので、すべてが経営の目線で農業を行う、言ってみれば、それは企業農業という考え方がぴったり当てはまる、という。

「企業農業」というのはなかなかいい言葉だ。日本農業に一番欠けている経営の視点を最重要に置くキーワードだ。日本農業は本当に「攻めの農業」に見向けてがんばってほしい。

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