東日本被災地に拡がる心的ストレス 原発事故の南相馬で興味深い取り組み


時代刺激人 Vol. 228

前回のコラムで、東京電力福島第1原発から15キロ圏の福島県南相馬市小高区出身の東電執行役員OBの半谷(はんがい)栄寿さんが原発事故への贖罪意識もあって、事故後、東電を辞めて、太陽光発電とドーム型ハウスでその電力を活用し農業生産を行う「南相馬ソーラー・アグリパーク」の地域起こしのプロジェクトを展開している、という話を取り上げたら、とても大きな反響があった。

インターネットが大きなコミュニケーション・ツールとなっていることを示すものだ。反響はさまざまだが、「東電にも気骨のある人がいて、うれしい。南相馬市の実家にいた母親が原発事故で避難を余儀なくされ、自身としてもかかわらざるを得ない被害者という立場、そして東電に長年勤めて、原発に直接かかわらなかったが、東電が絶対安全を強調しておきながら事故を引き起こした加害者の立場に悩み、その贖罪意識から南相馬市が新たにめざす未来環境都市づくりのゲートウエー役を担おうとプロジェクトに取り組んだ姿勢が素晴らしい。日本も捨てたものでない」といったものが代表的だ。

南相馬市立総合病院の神経内科医師の小鷹さんの取り組みも「いい話」
私自身は、チャンスがあって半谷さんに会い、現場取材して話をお聞きし、時代刺激人ジャーナリストの立場で応援するならば、こういった生き方があるということを伝えることだと考え、コラムで取り上げさせてもらった。率直に言って、反響が出るのは、私としても、とてもうれしいことだ。いくつかの反響を半谷さんに伝えたら、「ありがたいことです。まだまだ時間のかかる取り組みですが、がんばります」と言っておられた。

そこで、今回のコラムは、南相馬市で半谷さんに会ったあと、被災地でいま起きている心的ストレスの問題に取り組む南相馬市立総合病院の神経内科の医師、小鷹昌明さんにも会って、いろいろ話を聞いた「いい話」を取り上げてみたい。実は、経済ジャーナリストの立場で取り上げたいテーマが他にもあった。しかし、南相馬市で出会った人たちの話をレポートすることがまずは大事と考え、今回は被災地に拡がる被災者の人たちの心的ストレスの問題について、現場でどんな取り組みが行われているか、述べてみよう。

津波、原発事故で仮設住宅生活を送る心的ストレス抱えた中高年男性がターゲット
神経内科の医師、小鷹さんには偶然、出会ったというわけでない。実は、医療制度改革など医療現場のさまざまな問題に取り組んでいる医療ガバナンス学会のメールマガジンで小鷹さんの取り組みを知ってとても興味深く感じ、一度、会ってみたいなと思っていた。たまたま半谷さんに会えるチャンスがあったことから、ジャーナリストの好奇心で、ぶっつけ本番ならぬ、当たって砕けろ式で、南相馬市立総合病院に勤務されている小鷹さんに連絡をとったら「いいですよ」と応じてくださった。半谷さんと同様、志をもって、あるプロジェクトに取り組んでおられ、お会いしてよかったな、というのが率直な気持ちだ。

小鷹さんのプロジェクトは、東日本大震災の津波で被害を受け、さらに東電福島第1原発事故で避難を余儀なくされて仮設住宅住まいをされている人たちのうち、長期間の避難生活、集団生活で次第に心的ストレスを抱え、引きこもりなどの問題を抱えている人たちに手をさしのべ、明るさを取り戻すにはどうしたらいいかということに、ボランティアの立場で取り組んでいる。

引きこもり状態の中高年男性に「男の木工」教室作業通じて次第に心の扉を開ける
そのプロジェクトのネーミングがなかなか面白い。HOPE(希望)という言葉に結び付け、HOHP、つまりHは引きこもり、Oはお父さん、Hは引き寄せ、Pはプロジェクトの頭文字をとったものだ。要は、引きこもり状態に入っている中高年の男性を対象に「男の木工」教室を立ち上げ、さまざまな木工に取り組むことで心的に病んだ気持ちを平常に戻そうという考え方だ。

実は、小鷹さんがこういったプロジェクトに打ち込むきっかけがある。神戸淡路大震災の教訓として、復旧から復興へと段階が進むうちに、地震から3年後ぐらいに孤独死が相次いだり、また心的ストレスによる引きこもりのケースが増えた。東日本大震災で、問題の大震災から丸3年がもう少しすると、やってくる。同じ事態を避けるには孤独や孤立の状態を作り出さないことだ、という気持ちが医師の立場にある小鷹さんの中に強まった。
そこで、小鷹さんは、東日本大震災以前、栃木県内の大学病院で神経内科医師として勤務していた自身の人生に1つの区切りをつけ、極度の医師不足で人材募集をしていた南相馬市立総合病院に飛び込んだ、という。

神経内科の患者の大工さんが小鷹さんのプロジェクトに共鳴し協力を申し出る
小鷹さんは、病院の外でボランティア活動の一環として、津波や原発事故で心的ストレスを抱えて引きこもり状態にある人たちに手を差し伸べるプロジェクトがないだろうか、たとえば木工教室のような、黙々と手作り作業しながら、完成した木工製品に喜びを感じる、他の人たちとその喜びを共有する、といったことも一案だろうかと考えた。 そんな矢先に、たまたま神経内科の患者さんに大工さんがいて相談したら「先生、それはいいアイディアだ。全国総建連という大工など建設職人の全国組織があるので、その会長にも話して、協力できるかどうかやってみよう」という答えが返ってきた。話はトントン拍子に進み、全国総建連の大工さん20人が協力を申し出てきた、という。

今年1月のスタート時、「あまり刺激してくれるな」と意外な反応
 今年1月、小鷹さんは仲間を募って、このプロジェクトを立ち上げた。そして、南相馬市の市報を通じて「男の木工」教室への参加を呼び掛けると同時に、仮設住宅を回ってチラシも配った。毎週日曜日に、南相馬市内の木工場を間借りして、午前中いっぱい、教室を開き、プロの大工さんらがボランティアの形で作業を指導していくシステムにした。

最初は参加者が2人だけだった。さらに呼びかけるため、チラシなどを配る中で、小鷹さんが聞かされたのは「あまり刺激してくれるな。そっとしておいてほしい」という意外な反応だった。神経内科の医師判断としては、今がタイミングかなと思ったが、東北人特有のやや内向き志向の結果なのか、津波災害や原発事故の影響が予想外に被災者の心の奥底深く心を開こうとしないのか、プロジェクト自体が早すぎたのだろうか、悩んだ、という。
ところが、地元メディアが取り上げてくれたり、口コミで次第に広がりが出て、いまは12人が集まってくれている。それでもまだまだ、期待した参加者は少ない。小鷹さんによると、当初の2人は借り上げ住宅と仮設住宅でそれぞれ生活している60歳台と70歳台の男性だったが、いまは33歳から最高齢80歳の人まで広がりが出ている。津波で家をなくして仮設住宅生活が多く、失業中の人が7人、パートタイマーで働いている人が4人、正社員で仕事をしている人が1人という内訳だ。

女性は精神的にタフ、むしろケアが必要なのは男性、
仮設住宅でも孤独生活
なぜプロジェクトの対象を、心的ストレスに伴う引きこもりの男性にしぼったのか、女性は大丈夫というのだろうか、私は気になった。小鷹さんによると、女性は個人差があるものの、意外に苦境のもとでもしっかりと生き抜こうと精神的にたくましい。ところが逆に男性は、仕事を失ったりすると、プライドも強いだけに引きこもりがちになる。とくに熱心に仕事に打ち込んでいた人ほど、それをなくしたショックが大きく、人生の方向性も見いだせなくなってしまう。

定年後、地域社会になじめず自宅にこもりがちの男性が多いのは事実だが、大震災の被災者の場合、仮設住宅でも新たなコミュニティやネットワークをつくろうという意欲がなくなり、結果として、孤独なままアルコールに走ったり、賠償金をパチンコの憂さ晴らしで浪費してしまう。そこで、社会的に自立してもらうターゲットを男性にしぼった、という。

「男の木工」教室で黙々作業だったのが、
製品完成後にそれぞれ達成感と微笑
小鷹さんにとっても、神経内科の専門医とはいえ、こういった木工教室の作業を通じて、男性の社会的自立を促す現場体験は初めてのことだ。「作業中の彼らは、黙々と作業に取り組むだけで、あまり話をしない。津波の惨状や原発事故での放射能被害への不安などについても口を開こうとせず、世間話で談笑することもない。どういった形で心を開いてもらうかなと最初は悩んだ。正直言って、プロジェクトを立ち上げたが、引きこもりがちの生活から男性たちを引き出し、コミュニティを創出させ、他人とのふれあいの場に慣れてもらおう、ということを考えたこと自体が、自分たちの勘違いだったのだろうか、お節介だったのだろうかと悩んだこともあった」という。

ところが毎週日曜日の教室の回数を重ねるにしたがって、小鷹さんは、いろいろな変化に気が付いた。大半の人たちが寡黙、無口ではあるのは間違いなかったが、木工細工に取り組むに際して、正確に寸法を測り、丁寧に印をつけるため、墨を入れ、そしてまっすぐに木を切り、カンナも手際よくかける、さらに垂直にビスを差し込み、塗装も満足がいくまで几帳面に行う。そして作業がうまく行き、なかなかの出来栄えだと講師役のプロの大工さんから声がかかると、思わずうなずき、少し微笑む。達成感のような、声を出して笑いの渦が出来ることは決してないが、自信や手ごたえを感じているのがわかった。

今では「男の料理教室」などプロジェクト展開、
評価を呼んで木工品の依頼も
 小鷹さんは「これでいいのだと思った。東日本大震災と原発事故という2つの大きな衝撃が南相馬市を襲い、引きこもりの人たちだけでなく多くの人たちには元に戻るまで、まだまだ時間が必要なのだと感じた」という。ところが、うれしいことにボランティアの大工さんたちのバックアップもあるが、参加した12人の人たちの作業の出来栄えがよく、南相馬市内のいくつかのところから、市街地の道路を彩る花壇はじめ、いろいろな依頼が入ったのだ。これがまた、この人たちの大きな励みになった。

そこで、小鷹さんらは「男の木工」教室だけでなく、「男の料理教室」など、他のプロジェクトもスタートさせ、これがまた、地域に広がりを見せている、という。素晴らしいことだ。最初にプロジェクトを立ち上げた時の、反応の弱さに、小鷹さんらも悩んだが、わずか8カ月で着実に、南相馬の地域社会に足跡を残すプロジェクトに成長してきている。時間がかかっても、間違いなく大事なプロジェクトだったのだ。

東日本被災自治体で心の病で休職職員の報道、
いまは復興と同時にストレス対策も
 最近、読売新聞が9月30日付の朝刊で、調査報道として、「東日本大震災の被災自治体と原発事故で避難指示区域となった地域の自治体の合計42市町村で、心の病で自治体職員147人が休職 ストレスの高まりで先が見えず脱力感」という見出しの記事を報じた。
実は、南相馬市の復興支援部や経済部の幹部の人たちに、いろいろ話をした際、市職員の人たちの中には同じような悩みを抱えている人がいることを聞いた。この報道記事を見て、やはりなと思った。以前、宮城県南三陸町でも同じような話を聞いた。それぞれの地域の抱える問題には温度差があるが、間違いなく被災地はいまセカンドステージか、あるいはサードステージに来ている、と言っていい。

著者プロフィール

  • 牧野 義司
  • 1943年
  • 大阪府
  • 早稲田大学大学院

今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

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