小沢民主党代表の突然の辞任、世論調査結果が引き金? 「政治動かす世論調査」はあり得るか、メディアの調査方法にさまざまな課題


時代刺激人 Vol. 37

牧野 義司まきの よしじ

経済ジャーナリスト
1943年大阪府生まれ。
今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

小沢一郎民主党代表が5月11日夕方、ついに辞任した。西松建設からの政治献金をめぐって公設第1秘書が3月に逮捕されて以来、小沢氏自身の去就が注目を集めていたとはいえ、なぜ今なのかがはっきりしない唐突な辞任劇だ。小沢氏は緊急記者会見で「メディア批判の矛(ほこ)先の相手が私ということならば、私の辞任によって民主党内に不安定さがなくなり、総選挙に向け挙党一致で戦う態勢が出来上がることを願う」と述べた。しかし政治責任をとったのか、という点に関して、小沢氏は会見で「政治資金の問題は、一点のやましい問題もない。政治的な責任で身を引くわけでない」と突っぱねている。
 では、何が引き金となったのだろうか。小沢氏は辞任を決断したのは5月連休中だった、と会見で述べている。とすれば辞任が連休明け5月7日や8日でなくて、なぜ、週末の土曜日、日曜日を越した11日だったのだろうか。それについて、1つ気になる話がある。読売新聞が11日付朝刊1面トップで、独自の世論調査結果をもとに、「小沢氏続投納得せず7割」、「内閣支持率(24.3%から)29%に上昇」という記事を掲載したことだ。小沢氏が「メディア批判の矛(ほこ)先の相手が私ということならば、、、、」と述べていることから見て、この世論調査結果が引き金になり、小沢氏の背中を押した可能性がある。
こういった話をするのは他でもない。実は、私はこのコラム用に、政治と世論調査の話を書いていたら、突然、小沢氏の辞任表明となった。このため、コラム原稿を差し替えねばならなくなってしまった。しかし、いま申し上げたように、メディアの世論調査結果が政治に影響を及ぼした可能性も否定できない。そこで、この際、そのアングルで「政治を動かす世論調査」があり得るか、その場合、課題はどんなものがあるか、探ってみよう。

世論調査の頻度と報道量は飛躍的に増えたが、数字を政治の目標と履き違え
 私は、生涯現役をめざす経済ジャーナリストだが、政治記者でもないので、この分野では政治分野の専門家の助けを借りなければならない。そこで、メディアの友人たちが取り上げた世論調査がらみの記事やコラムなども参考にさせていただこう。
その1つ。かつて私が在籍した毎日新聞の政治コラムニスト、山田孝男氏が昨年2008年5月19日のコラムで「世論調査栄えて霧深し」という話を書いている。興味深い話がいくつかあるので、引用させていただこう。
「この20年、世論調査の頻度と報道量は飛躍的に増えた。手間のかかる面接方式に代わり、手軽で早い電話方式が主流になったからだ。昔は、自前で面接調査を実施できる全国紙と通信社、NHKがそれぞれ年に数回ずつ実施した。今は民放テレビを加えた合計10数社がテレマーケッティング会社に委託して月例調査をやり、何か起きるたびに緊急調査を行う」
 山田氏がこの問題を取り上げた当時は、福田康夫政権のころだ。その福田内閣の世論調での支持率が低落している問題について、山田氏は「福田内閣の支持率が続落している。理由は明白で、それ自体、擁護できない。だが、世論調査が多すぎるという点では首相に同情する。多すぎる結果、本来は施政の参考資料であるべき(世論調査結果の)データを政治の目標と履き違える風潮が広がっている。そのことを問いたい」と。なかなか鋭い問題指摘だ。

「世論調査が単なる反応調査、感情調査になってしまっている」
 もう1つ。今年09年4月24日の朝日新聞オピニオンページで「選択の年 世論調査の質が問われる」という、私の好奇心をかきたてるテーマで座談会をしている。ここでの議論も興味深いので、ぜひ、取り上げさせていただこう。
座談会の冒頭、朝日新聞編集委員の峰久和哲氏が以前の世論調査センター長時代の経験を参考に問題提起をしている。「民意の動向を測る世論調査が果たすべき役割はかつてなく重い。『調査をする側』も『調査結果を受け止める側』も、数字の表面だけ見て右往左往することのないよう心掛けねばならない」と述べたあと、「本来、世論調査で数字を出すべき世論には3つの条件が必要だ。問題意識を国民みんなで共有していること、その上で議論が行われていること、そのプロセスを経て多数意見が醸成されていること。だが、今は、そういうプロセスで世論が形成されていないため、世論調査が単なる反応調査、感情調査になってしまっているのでないか」という。
そして、峰久氏は問題提起の最後部分で、こう結論づけている。「一部のメディアには(世論調査が単なる反応調査、感情調査になってしまっている、といった)問題点の認識もなく、非常にお粗末な調査さえある。そんな調査でも『世論調査』として、まかり通ってしまうのは怖いことだと思う」と。この指摘はメディア世論調査の実態を厳しく突いている。

「数字が出るとオーラを帯びて広く流通し人々の思考や行動を変えてしまう」
 最後にもう1つ。同じ朝日新聞の座談会に参加した評論家の宮崎哲弥氏が「総括」のところで、いい指摘をしている。「世論調査は『みんなの意見』という建前から、その結果が政局を動かすことになっても、責任を取る者がいない。この構造に強い危惧を感じる」「(メディア各社の世論調査結果の数字の)誤差が大きいことや質問の仕方などが回答をゆがめる可能性が指摘されても、一度(世論調査結果という形で)数字が出ると、客観性のオーラを帯びて広く流通し、人々の思考や行動を変えてしまう。世論調査を何か決定的なものとして取り扱うべきでない。『正しさ』はほぼ検証不能だし、『誤り』が証明されることもない」と。
 さて、メディアでの議論をつまみ食いするような形になってしまって恐縮だが、私が、ここで引用させていただいたのは、「政治を動かす世論調査」の背後にはさまざまな問題がある、ということを、これらのポイント部分を紹介することで、浮き彫りにしたかっただけだ。今回の小沢氏の緊急辞任に際して、世論調査結果が最後に背中を押したかどうか定かでないが、主要新聞の「5月11日の民主党ドキュメント」などを見ると、小沢氏は記者会見後、民主党関係者との会合で「世論調査で(小沢批判や小沢辞めろといった)流れが出来てしまった」といった趣旨のことを述べている。それで見る限り、間違いなく。世論調査が政治の流れを規定すると同時に、小沢氏に対しても辞任を迫る形で背中を押したことは言えるようだ。

世論調査での支持率の高さで首相選び、政治の劣化がこわい
 しかし、政治が世論調査に一喜一憂し、それによって政治の流れも決めていくとしたら何ともさびしい限りだ。とはいえ、小泉純一郎元首相などは間違いなくポピュリズム型政治で、世論調査結果を巧みに活用しながら、政治をリードしていった面がある。
現に、ある自民党幹部は以前、「小泉さんが後継に安倍(晋三)元首相を意中の人としたのも、安倍君が世論調査で高い支持率を示したからだ。そして、結果として、当時の自民党は、選挙での必勝期待のために、若さと世論調査での支持率の高さだけで政治経験や見識、手腕に欠ける安倍君を首相に選んでしまった。今の麻生(太郎)首相選出に際しても同じだ」と語っていた。政治が確たる信念や見識で動くのでなく、世論調査などが映し出す政党支持率、内閣支持率に一喜一憂し、下手をすると支持率アップをめざして政治が行われるとしたら、政治劣化以上にこわいものがある。このあたりが、最も私の申上げたいところだ。
ところで、「政治を動かす世論調査」に関して、まだまだ課題がある。調査方法に関して、今は電話で、しかも固定電話にかけて聞くというスタイルのため、どうしても日中、自宅にいる人は主婦の中高年女性か、年寄りの男性といった人たちになり、偏りが出てしまう。携帯電話を持つ若い層には聞けないので、調査結果が大丈夫かという問題があるのだ。
そこで、ある新聞社では最近、コンピューターを使って相手先に電話して、年齢、性別などをチェックし、調査対象の階層がうまく分布するように、工夫した調査方法にしている。その結果、仮に3300サンプルを目標にやった場合、実際には年齢、性別チェックなどでほぼ倍近い5000ぐらいに電話することになる。コストが大幅にアップするが、やむを得ない、とその新聞社関係者は述べている。
また、どの政党に投票するか、だれに投票するかといった単純な質問なら問題はないが、たとえば世論調査で、政策の是非を問う場合、その質問の仕方でも答え方が変わる場合もある。こういった意味で、いまは、メディアも、政党も、これら世論調査手法で民意を探るが、その質問の仕方によっては、回答が大きくずれる可能性もあり、まだまだ課題が多いことは事実だ。

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