大組織病化した官僚制度の改革は絶対必要、民主党の官僚的視はリスク 霞が関巨大シンクタンクの政策立案能力は活用次第、問題は政治の指導力


時代刺激人 Vol. 49

牧野 義司まきの よしじ

経済ジャーナリスト
1943年大阪府生まれ。
今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

民主党への政権交代が現実味を帯び始めた中で、霞が関の官僚の対応もなかなか素早い。民主党政権ができた場合の政策対応をめぐってのもので、民主党マニフェスト(政権公約)研究はもとよりだが、民主党政治家へあいさつ回りする動きが目につく。もちろん、自民党政権との両にらみのうえでのことで、このあたりがしたたかだが、霞が関の官僚にとっては、民主党がマニフェストで打ち出す政策決定の新たな枠組みがこれまでの自民党政権と大きく異なるため、官僚組織にクサビを打ち込まれかねないことを恐れているのだ。
 結論から先に申上げよう。官僚制度改革は大胆にやるべきだ。というのも、いまの霞が関の官僚組織、行政機構はがんじがらめの縦割りで、各省庁とも「役所益」優先の政策決定の枠組みになってしまっている。このため、省庁横断的な国をあげての戦略なテーマに関しても、信じられないことだが、縄張り争いが先行する。同時に、新しい変化に対応して政策リスクをとる発想も少なく、どちらかと言えば前例踏襲、横並び意識が根強い。典型的な大組織病に陥っているのが現実だ。こんな官僚組織は国民の側から見ても不要で、制度改革によって政策機動的な組織に変えるべきだろう。
ただ、民主党がめざす官僚主導から政治主導への政策決定の枠組みについては、発想は大いに結構。大胆にチャレンジしたらいいが、官僚を敵視し過ぎているきらいがある。官僚を敵に回し組織が動かなくなるのも困る。明らかにリスクだ。霞が関の官僚組織は巨大なシンクタンクで、その政策立案能力は評価するものがあり、そこは活用次第だ。ということで、今回は官僚制度の問題について、ジャーナリスト目線で問題提起しよう。

民主党は首相直属の「国家戦略局」新設し官僚丸投げから官邸主導の政策へ

まず、議論のたたき台として、民主党がめざす政策決定の枠組みを見てみよう。民主党マニフェストによると政権構想の「5原則」、「5策」、そして政策を実行する手順ともいえる「工程表」がある。このうち「5原則」は「官僚丸投げの政治から政権政党が責任を持つ政治家主導の政治へ」「政府と与党を使い分ける二元体制から、内閣の下での政策決定に一元化へ」「各省の縦割りの省益から官邸主導の国益へ」「タテ型の利権社会からヨコ型の絆(きずな)の社会へ」「中央集権から地域主権へ」の5つ。いずれも異存はない
続いて「5策」は実現に向けての組織改革だが、マニフェストは細かく書いていて、かなりの量にのぼるので、ポイントの部分だけ述べよう。目玉がいくつかあって、首相直属の「国家戦略局」を設け国家ビジョンや予算の骨格策定を集中的に行うのが1つ。続いて、政府に政治家100人を大臣、副大臣、政務官の「政務3役」、それに「大臣補佐官」の形で送りこみ、政治主導で政策決定するのが2つ。さらに政策テーマごとに関係大臣で政策調整する「閣僚委員会」、天下り法人や霞が関行政機構のムダや不正をチェックし改革につなげる「行政刷新会議」を新設することだろう。

自民党で官邸主導は小泉政権時のみ?大半が与党と官邸の「二元政治」

本来ならば、自民党のマニフェストにある改革案も紹介し、バランスをとりながら比較検討するのがスジだが、今回は、スペースの関係上、霞が関の官僚制度改革と密接にリンクする民主党案にしぼることをお許し願いたい
民主党案を議論する前に、これまでの自民党政権のもとでの政策決定の枠組みがポイントになる。その政策決定の枠組みは、ほとんどが首相官邸の内閣と与党自民党の幹事長や総務会の二元体制だった。官邸主導でコトを運んだのは、小泉内閣の時だけだったのでないだろうか。歴代政権は、官邸主導を標榜しながらも、現実は、さまざまな重要案件に関しては、政権与党の自民党総務会の了承を得るとか、政府と与党の責任者会議で合意を経て閣議での決定にするといった形で、要は、首相官邸は与党の意向なしに政策決定ができなかった。とくに派閥政治のもとで、弱小派閥の領袖がたまたま首相になったりすると、極めて厳しい政治状況が起きる。かつての三木政権などが典型で、常に与党自民党の意向をうかがって政策決定するという悲しい現実があった。

自民党政権のもとでは官僚は「役所益」を代弁する族議員を巧みに利用

こういった状況下では、霞が関の官僚は、首相官邸と自民党の両にらみで、双方に気遣いするが、時にはその2つの政治の力のバランスを巧みに推し量って政策立案しながら、自らの「役所益」を守ることに主たる力を注ぐことがあった。あるいは、逆に政策の流れを継続するという「役所益」を優先するため、あえて自民党の多数派の有力派閥にくみするしたたかさもあった。私がかつて毎日新聞やロイター通信の経済記者として、現場取材した際、何度も経験したことで、事例をあげようと思えば、いくつも出せる。
しかも自民党政権時の政策決定の枠組みで出てきた問題は、農林水産族とか医療などの関係で厚生族といった族議員がはびこったことだ。官僚の側も、「役所益」を代弁してくれるこれら族議員を「センセー(先生)」「センセー」と持ち上げ、時に、彼ら族議員が持ち込む選挙区案件に関して、巧みに予算措置を講じる、という持ちつ持たれつの利害関係を作り上げ、官僚組織の保持に努めたこともある。何ともおかしなことで、明らかに国民不在、もっと言えば行政官僚に一番必要な「パブリック」という公(おおやけ)意識が決定的に欠けてしまっていた。
さて、問題の民主党が「5原則」「5策」で掲げる新たな政策決定の枠組みは、本当に官僚制度にクサビを打ち込むものになるかどうか、これまでの自民党の枠組みを変える画期的なものになるかどうかだ。もし政権交代したら、まずは果敢にチャレンジしてもらいたいが、率直に言って、ジャーナリスト目線で言えば、大丈夫かな、というところがいくつかある。

自民党は政治家100人を「政務3役」の形で政府に送り込み機能するか

たとえば民主党はマニフェストで政府に大臣、副大臣、政務官の「政務3役」に加えて大臣補佐官の形で民主党政治家100人を送り込み、各省庁の官僚には政策サポート役にとどまってもらう。閣議に案件の形で出す政策案件は官僚トップの事務次官会議で決める枠組みも廃止する。これによって自民党のような官邸と与党の二元政治体制、とくに族議員がはびこる政策決定の枠組みをなくす--という。
しかし、いまの自民党政権のもとでも70人近い「政務3役」がいるのに、副大臣、政務官クラスがほとんど機能しなかった。むしろ、お飾り的なもので、選挙区対策のポストづくりに利用されただけ、という現実があったが、民主党は、それら「政務3役」が抜本的に変える力量を持っているのかどうか、政権慣れしていないだけに、結果は自民党政権と同様、官僚任せになってしまうのでないだろうか、という危惧がある。
同じことは、首相直属の「国家戦略局」にも当てはまる。現自民党政権でのマクロ政策の司令塔になっている「経済財政諮問会議」に代わるものだが、局長は閣僚級がつき、経済財政の中長期の政策はじめ、予算編成や予算骨格づくりもこの新設局で行い、財務省から事実上、予算編成機能を外してしまう構想だ。そして、「国家戦略局」が政策の司令塔になるように、政治家、官僚、民間人の優秀な人材を集め、政策運営にあたる、というのだが、構想はよし、としても、実際にどう機能するのだろうか、という危惧がある。
「経済財政諮問会議」もリーダー次第だった。小泉政権の時は、よしあしは別にして、議長役の小泉首相、とりまとめ役の竹中平蔵経済財政担当相(当時)の強烈なトップダウンの指示があったため、機能した。ところが、その後の安倍首相ら3首相のもとでは指導力の欠如で、あまり機能しなかった。その点、過去の「失敗の研究」をしっかりやって、「国家戦略局」の対応を考えないと同じ轍(てつ)を踏むことになる。

武村氏「あんまり官僚に嫌われないように」、藤井氏「官僚をうまくつかえ」と助言

ところで、民主党の政治家の政策立案能力、政治的な指導力も大きな課題だ。その力を発揮すれば官僚もついてくる。たとえば「この問題に関して、私は、こういった政策構想をまとめた。ただ、細部にわたる立法上の問題点の整理などが出来ていない。官僚の諸君で法案作りを頼めるか」といった形で振る舞えば、官僚は「わかりました。対応します」となる。要は、官僚をうまく動かせばいいのだ。   これまで自民党政権のもとでは、漠(ばく)とした政策構想を官僚に示し、事実上の官僚への政策づくり丸投げ、さらには大臣答弁もすべて官僚頼みは当たり前といったケースが多かった。民主党になった場合、100%、その点はなくなると言えるのかどうか、逆に言えば、そのあたりが確実に担保されていないと、民主党がマニフェストで描く「5原則」「5策」の政権構想は絵にかいたモチに終わりかねない。そこが率直に言って、まだ見えてこない。
自民党から政権交代した細川政権時の内閣官房長官、蔵相だった武村正義氏は朝日新聞のインタビュー記事で興味深いことを述べている。「先日、月刊誌への(民主党の)菅直人さんの寄稿を読みました。官僚がコントロールする政治から、政治家中心の政治にするという内容でした。すぐに彼に電話をかけ『あんまり官僚に嫌われないようにしなさいよ』と忠告しました。細川内閣で真っ先に手掛けた人事は、官僚トップの官房副長官に石原信雄さんを留任させたこと、これは周囲に安心感を与え、私たちも安心したものです」と。

なかなか意味深長なアドバイスだが、蔵相経験のある民主党最高顧問の藤井裕久氏も政権交代がらみで話を聞いた際、似たようなことを述べている。「私は旧大蔵省主計官などを経験しているが、官僚は政策立案が仕事だし、彼らの能力はそこそこ優秀だ。民主党が政権交代した場合には、政治主導で、政治が巧みにリーダーシップをとるのは当然だが、官僚の人たちをうまく使うことが重要だ」と述べている。

霞が関の政治官僚群に対峙する民間政策シンクタンクも今後は必要

その点で、冒頭に申上げたとおり、民主党も、官僚を不必要に敵視するのではなく、霞が関の官僚群を政策シンクタンクと見据えて、彼らから政策提案を引き出すような政治的な指導力が重要だ。うまくつかいこなせば民主党の政策能力に厚みが出るかもしれない。ただ、私は、この政策シンクタンクに関しては、別の考えを持っていて、霞が関の官僚政策シンクタンクに相対峙(あいたいじ)する民間の政策シンクタンクをつくるべきだ、という考え方なのだ。その場合、霞が関の行政組織に対しては、情報を独占することなく、むしろ情報開示を求め、制度設計を含めて、民間の政策シンクタンクと政策面で競い合う関係をつくればいいと思っている。
鳩山民主党代表の側近は以前、ある会合で、総選挙で政権交代が実現した場合の政権運営に関して「われわれとしては次期衆院総選挙と来年7月の参院選をセットにして、政権交代を実現する、という考えで取り組むのが現実的だと思っている。民主党は政策的にも十分に信頼がおける、という安心感を官僚のみならず国民のみなさんに持ってもらうことが重要だ」と述べたのが印象的だ。民主党もいまは極めて現実的な対応をしつつあるのだ。ただ、その側近は、「官僚の天下り問題や特殊法人改革を行う狙いは、歳出のムダをなくすことにある。政権交代のメドがつけば、来年中に特殊法人の精査を大胆に行う」ということだけはいい忘れなかった。

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